Case.25『寄神の過去と神白の行方』
「……ここで何かが起こった」
コンサートホールの脇で順番待ちをする子供達。客席を見れば拍手喝采、丁度――寄神の演奏が終わった所。
舞台袖へ歩いていく寄神は、神白の前で止まる。目の前にいる寄神すら眼中に無い神白に対して、寄神は何かを言った後に退出。その様子は……怒っているような、己に失望したような、怒りと悲しみが入り混じった表情だった。
この後に、窓を殴る事件が発生した。
「だったら――あるかな」
この立体化された映像には音声が無い。公共の道路ならあるのだが、こういった私立の建築物はどこに監視カメラを仕掛けるのか分からない為、音をあえて切っている……過ぎた技術は盗撮等の悪用にも繋がってしまうのが理由だ。
早い話が警備員がその音を悪用すればストーカーへと成り代われる。と言うより、オーナーや警備員などの関係者全員が邪な考えを全く持たない性善説がある訳が無く、こういった事態が頻発した。
「音声が無くても……コンサートホールならきっと、映像化された音が残っているはず」
観客は拍手をするこの会場内、脇には寄神と神白を含む子供達、壇上には一つだけ照らされた――高そうなピアノ。つまり、事件当時は子供のピアノコンクールか何かが行われていた。そうなれば、記録として壇上の映像と共に音があるはずだ。
「あった。後は――」
コンクールのマイクはきっと高性能、なんせ繊細な音で食うための職業だから。どこまで拾えるかは未知数だが、高性能なら――微かに拾っている可能性もあるはず。この舞台袖で何か喋っている様子を、拍手の裏の会話を。
「この部分を切り取って……」
全てを解読するのは時間と根気のいる作業。だから、今はこの寄神が手を傷つける決定的な要員となった、寄神の演奏終わりから次の人が演奏するまでの間を切り抜いて――来栖へ。
「来栖さん、鑑識依頼。送った音声、あの中にある声を拾って欲しいです」
『どんな音声ですか?』
「えーっと……一緒に舞台袖の映像も送るから、この口の動きに一番合う音声を拾うって可能です?」
映像は寄神が怒っている部分。それを切り取り、音声に付け加えて送る。
『……一応可能です。少々時間は取っちゃいますけど』
「ありがとう、来栖さん。他に欲しい情報とかはありそうです? 僕はもうそろそろ外へ向かうので」
『うーん、そうですね……』
暫く考え事の後、来栖からとあるデータが送られてきた。
「これは?」
『あの死体解剖中、個人的に怪しいと感じた違和感です』
そのデータは、右腕を詳しく解剖した物。特に怪我の治癒痕を詳しく記した物だ。
『この怪我、どうやら一名じゃ傷つかない場所まで傷があるんですよね』
傷は数ヵ所。一つは拳周りを中心にした切り傷で、既に治った指先は線のように多少白くなっている。
二つ目は手首に付いた横方向の切り傷。……芸術家や音楽家は病みやすいと言うが、多くは言うまい。
三つ目は手の甲を折る骨折。これは、何かに殴られた跡だが……傷の痕跡と四ッ谷の鈍器はある程度一致する。傷のズレで完全一致とは遠いが、襲われて逃げる想定や攻撃のブレで収まる範疇。大体間違いないと見ていいだろう。
問題は四つ目――
「……内腕に残る大きな火傷跡」
『形状はその場の火傷だけで下に垂れていない。お湯等の高温の液体をかけられた訳では無いんです。なのに、跡的に一致するのは――やかん』
「……お湯が無いやかんを炊く?」
『あまり考えとしては無いですね。ここまで大きいと、痛みは強いはずですし……そうなると、中に入ったお湯を溢さないのは理に叶ってません』
仮に空焚きでやかんを熱していたとして、腕を焼く趣味があるとは思えない。そうなれば、当然中身入りを炊いていたのが普通。
二次災害のお湯を溢さず、中身入りで中々の重さのやかんを使い、自らの腕を焼けるだろうか。……考えられる可能性は、虐待。
そして、この場所で調べて欲しい物……。
「調べて欲しいのは、この寄神の映像から写される腕に火傷跡があるのか……ですよね、来栖さん」
『はい。今現在で虐待を受けていたとすると奇行も納得ですし、神白さんはその寄神さんの腕を見て失踪しているのなら、ある程度場所を特定できます』
今度は寄神の右腕を中心に、映像を前後する。すると――
「……映像、送ります」
『――やっぱり、うっすらですが……包帯が見えますね。寄神の家から周囲の病院を確認して、この事件から前に寄神が来ていなかったか裏を取ります』
「分かりました。後は大丈夫です?」
『はい。欲しい情報は見つかりましたので』
寄神の虐待。腕の包帯は隠されているが、逆に言えば包帯されている程に近日の出来事。……後は、鑑識の領域だな。
「よし、戻ろう」
コンサートホールを後に、外の車へと向かう。やっぱり、こういう時には潜入用の『スーツ』が有り難く感じてしまうなぁ……。




