Case.20『仮面を付けた悪人』
工場の内部は改造され、原型があまり無いような状態だった。大量の鉄パイプが地面から顔を覗かせ、天然の落とし穴が多数。錆びた鉄橋は、その上を軽くふさいだだけで正直信用性が無い。
「――人はいない。異常無し」
『こっちも異常――おっと!』
報告の途中で小さな爆発音と金属同士がぶつかり合う金切り音。
「ブレイブ?」
『いやー、やっぱりキングの言う通り……こっちに罠が多い』
俺の場合は屋上な上に罠に感知されない『スーツ』の機能で通り抜けられるが、それでも数は多い。それよりも多い物が下にあると考えたら、ブレイブ側が動ける物ではない……か。
「こっち側が先行する。ブレイブは死なないように進んでくれ」
下側からの詰めは無理として、残り全部を俺が動かないと……。
『キング、少し……妙よこれ』
「え?」
『ここ、何か――』
無線妨害、突然入る大きなノイズに耳が痛くなる。この大音量的には……無線そのものを乗っ取ったと言うより、無線の電波を丸ごと全て吹き飛ばす雑な電波を流して妨害しているのか。
「……切るか」
流石にノイズをずっと聞いていられるほど、丈夫な耳をしていない。
「――これは、誘われてるなぁ……」
ノイズで周囲を塞ぎ、下は罠多数。この動きは予め、複数人の存在が入ってくる事を見越した妨害だ。ラビットに対して逃げすぎず近づかせすぎない機動力を合わせると……俺達を知っている人間の犯行。
元は一般人だとしても、ラビットは素の身体能力も高ければ『スーツ』も兎のように機動力特化。大体の相手なら絶対に逃さない。そうなると、一定の距離を維持しながら逃げていた奴も同じ性能という事になる。
……そこまで改造できるなら、俺達の存在を知らないはずがない。あんまり噂を立てては欲しくないが、天敵とも言える存在を認知せずここまで好き勝手は出来ないはずだ。
「知っているなら、こんな罠仕掛けないし……俺に対する何かが奥で待っている……」
そして知っているのなら前提が覆り、この罠の矛盾が見え透いてくる。……罠の専門家がいる警察相手に、こんな幼稚な仕掛け方をするのはおかしい。ブレイブですら防げる程、単調なのだ。
「その割には無線妨害するもんなぁ……俺個人に言いたい事でもあるのかな」
工場の奥へ導かれるように進む。いかにも進んでくださいと言っているような道筋。まぁ、何が待っていたとしても関係無しで捕まえるのだが。
「……この部屋が行き止まり」
工場の奥には元々休憩室のような行き止まりの部屋が存在しており、そこを拠点に動いているようだ。罠の隙間から導かれた先も――その休憩室。
「とりあえず――挨拶は突然に!」
扉を蹴破り、罠の確認。倒れ込むドアは当然のように爆発し、木片がこちらへ飛んでくる。顔を少し隠しながら先を見ると、そこには――
「よぉ、下手くそ」
「四ッ谷……!?」
同じ役者で、座長の顔を借りた男『四ッ谷 正嗣』が目の前に立っていた。――あのガスマスクを首に抱えながら。
「お前、何で――」
「やっぱり、お前はいけ好かない奴だな!」
会話すら噛み合わず手に持った金槌を振り回してくる、あの機動力による暴力的な加速によって。
「ちょ――」
「前から気に入らなかったんだ! 澄ました顔で無視しやがって!」
攻撃は単調かつ、殺陣のような動き。実践的ではなくあくまで見世物としての殴り方は、機動力で加速させられたとしても容易に躱せるし……何より、その殺陣を受けていたのは俺だ。
「お前がそういう事して、劇場やマネージャーはどうなるんだよ!」
「あぁ、あいつか。殺してやったよ!」
――知り合いを、殺した……?。明らかに正気を失っている眼と言葉に狼狽えていると、一本の電話が繋がる。
『長通さん! やっと繋がった!』
電話の主は来栖、鑑識の男だ。
『そのまま聞いてください! その場所そのものが罠です!』
四ッ谷の攻撃を避けながら電話の内容を頭に入れ込むが、この場所そのものが罠……?。
『あの死体! いくつかの人間を使われていますが、そのどれもが――貴方達セブンヴィランズの関係者です!』
……複数殺人犯。そして――それが、己の快楽による物。
「……お前、何でこんな事してる?」
「決まってるだろ!? お前らを潰す為だ!」
俺達に対する死怨。最初はそのつもりだったが、段々殺しが楽しくなってきたパターンか。
「それに――俺達は今『スモーク』に選ばれたからなぁ!」
俺達を待っていたかのように、背後の物影から現れる多数の人間。……段々、見えてきた。
「『セブンヴィランズ』の情報を渡されて、この罠を貼ったのか」
「今更気付いても遅いんだよ! 下手くそ!」
瞳孔が開き、既に正気とは思えない瞳。『スーツ』は慣れないとあんな機動力を発揮出来ない。使う筋肉が違うからだ。高すぎる出力は手足を補助する反面、それを制御する為の体幹が必須。ラビットと同等の性能なら尚更、空中制御の為に鍛え抜かなければならない。
剣術をやっているラビットとは違い、殺陣だけのスタントマンな四ッ谷。鍛える差は歴然で、それこそ――薬物による筋力増強でもやって無い限り、一緒の動きは無理だ。
「大人しく死ねよ下手くそ!」
狂っている表情と笑い声。……筋力増強だけじゃない、痛覚無視と気分向上辺りも使っているな。
「……遠谷警部、聞こえてるんでしょう?」
『何だい? まぁ、何となく要請は分かるけれど』
「限定的……殺傷権の許可を」
『はいはい。分かったよ』
……セブンヴィランズは蔑称であり、別称。俺――僕が、自らこの名前を呼ぶのには理由がある。
「殺傷権? 何だ、それ? 強がりか?」
「一つ……対象相手が死刑と同等の罪を重ねた時」
大量殺人。少なくとも、4人は殺している。そして彼らは自ら『スモーク』というテロ組織を名乗った。それは――死刑を宣告するに十分な罪だ。
「死刑と同等? 何を――」
「二つ……僕達警察が危機に瀕した時」
一対多。大量に現れた人間の手には全て、殺す為の凶器が持たれている。一つでも当たれば死に瀕して、いずれ殺される。
「おい、長通! お前は――」
「三つ……僕達の裁量で殺すべきと判断した時だ」
現場の命、罪の量、本人の声。その3つが揃った時、僕達は――犯罪者を殺す許可を取れる。
「このヘルメットは僕を隠す為の物」
殺傷権によって格納されていくヘルメット。これは、僕が俺として演技をするスイッチでもある。それは同時に、理性を保たせる為の俯瞰な視線でもある。言ってしまえばやり過ぎてしまわない様、過剰な演技によって作られた理性だ。
「教えてやるよ、四ッ谷。僕の中には――悪が住んでいるんだ」




