プロローグ
ビルが立ち並ぶ隅の影、視線から外れた物陰に人知れず悪意は蠢く。そして、今日もまたそこから飛び出す三人の犯罪者。
「――何なんだよ! あいつら!」
『AR』という存在は世界を発展させ、拡張された欲は人間を善にも悪にも染め上げた。
『ラビット! ブレイブ! そっち行ったよ!』
無線で届く声を合図に、向こうは行動を開始した。覗き込んだ双眼鏡からは二人の仲間が犯人の三名を追いかけ、うまく誘導するように僕の方向へ詰めていく。
『あれ? キングは?』
「さて、僕も動くか……」
『キング! 貴方まだ動いてなかったの!?』
「ごめんごめん。犯人の動きを見てたら少し時間掛かっちゃって」
無線の先で怒りの声色。犯人に傍受される恐れもあって、捜査中はコードネームで呼び合っている。俺はキングで、無線の彼女はホワイトと称される女性。
「さてと、罠作りーっと」
今回の作戦は――ラビットとブレイブが追い立て、丁度良く無人で開けたビルに誘導、僕の罠で一網打尽という流れ……なのだが、そこまで上手く行くとは思えない。それは――
『キング! お前の言った通り、こいつら違法パーツ保持者だ!』
違法パーツ……『AR』は現実世界の延長線上の物。ARという存在を目視出来る『コンダクター』と着るだけである程度の身体補助を受けられる『スーツ』の普及によって生活の必需品まで拡大した拡張現実は、相対的にとある存在の増加へと繋がった。
それは、ARを用いた犯罪。世の中を便利にする道具は使い方次第で悪になる。ARもまた、悪が使ってしまえばこうやって――犯罪者が生まれてしまう。
「ラビット、予定通りビルに追い込んで」
『了解!』
「……急がないと」
手元から湧き出るように、無から罠を生み出していく。これもまた、興味という欲で止まらなかった研究者が作り出した、とんでもない発明。
『電脳力場』――万物に力があるように、電脳であるARにも力という質量を持たせようと実験を繰り返して見つけた物質。
詳しくは僕も知らないけど、その物質『オーグメンテッド・マテリアル』の発見によって、電脳世界にも質量が生まれた。
違法パーツはそれを悪用した代物で、その装備は多岐に渡る。ただ、大体はVRのゲームを現実に模倣させる為に作られた物で、使用目的はARでの無双。所謂、現実で扱えるチートとして手を出す人達が多い。
「――よし、こっちは準備完了!」
急ぎ足で罠を仕掛けていき、丁度無人のビルへ犯人が入り込む直前で全ての事が済んだ。後は、引っかかるのを待つだけ――
「ここまで来れば、撒けるだろ。一体何なんだよあいつら――」
ビルへ入る犯人を目視、人数は外で確認した時と変わらず三人。
「……ブレイブ、許可を頼む」
『はいはい。――限定的警察権の行使、警部補の命において許可する!』
掛け声が掛かると、胸元のポケットに潜ませた手帳に自身の名前が刻まれる。これが無いと僕達も捕まってしまうから、大事にしないと。
「――何だ! 急に扉が!」
厳密に言えばこの警察手帳が刻まれる前に罠を作った時点で、中々の厳罰物ではあるんだけど。……まぁ、捕まえられたら問題ないだろう。
「さて、そろそろ懲らしめにいかないと」
足元に転がっているフルフェイスのヘルメット。気弱なスーツアクターがヒーローになれる、僕なりのスイッチ。それを被り、僕から――俺へ。
「警察だ。『現実保護法』の条例に則り、違法パーツを所持しているお前らを現行犯で逮捕する」
「何だこのヘルメット野郎――」
一歩踏み出す犯人の一人に反応して作動する罠。それは殺傷能力の無い物だが、気絶させるには十分な威力を持つクレイモア地雷。
「ガ――」
「動くな。もう、お前らは詰みだ。大人しく捕まっておいた方が良い」
実際はこのクレイモアだけで、このフロアに罠は無い。これで大人しくすれば御の字、ただ当然――
「大人しくする訳無いだろ!」
犯人は抵抗する。向かって右側の男の手に持つそれは、刀。抜刀をしようとするそれが明らかに違法パーツなのは分かるが、万程あるゲームからあの刀を理解しそのゲームから技を特定――なんて事は出来ない。俺に出来る事といえば、
「――右っ!」
筋肉の動きと些細な網膜の動きから――飛んでくる技を推測するだけ。たとえそれが人智を超えた速度を出そうとも、それを放つ存在が人なら事前準備が必要。それさえ見ていれば、どこに何が飛んでくるか程度なら判別が出来る。……仕事柄、殺陣の仕事が多くて身に付いただけなんだけど。
「何!?」
初見殺し染みた抜刀を躱し、腰に携えたショットガンの銃口を眼前に突きつける。
「言っただろ。大人しくしろって」
銃口を突きつけられ狼狽える男が再度行動を起こさない間に、ショットガンの威力調整。殺さない程度まで威力を絞り、頭ではなく腹を撃つ。
「うご――」
「……後一人、大人しくすれば痛い目を見ないぞ?」
ジャコンと小気味良く鳴るポンプ式の銃。ただの銃じゃ近接戦闘が心配で単純構造のコッチにしたけど、正解だったな――
「チィッ! 誰が捕まるか!」
追い詰められた犯人が起こす第三の選択、逃げる。だけど――
「そっちは危な――」
「ぎゃあああああぁぁぁぁ」
再度破裂する地雷。罠は広範囲に薄く、追い詰めるように張る。鉄則と言えば鉄則なのだが、少しゆっくりしすぎて時間が無かったおかげか、威力調整をミスしたようだ。
『キング、すっごい音がしたんだけど?』
「……借り物なんだけどなぁ、このビル」
上へ行く階段もろとも吹き飛ばしたそれは、粉々の瓦礫となって倒れ込む犯人に積もっていく。
「……大丈夫……ですか?」
「ゴホッ、ゴホッ」
どうやら、皮肉にも違法パーツによって生き永らえていたようだ。破けた服の下からは、鎧のようなスーツが顔を覗かせる。
「い、一応、制圧完了……なのか?」
「うぐ……っ。な、何なんだよお前ら!」
意識も残されているようで、身体は動かせないが口だけは動くらしい。
「何だって言われても、警察だが?」
「警察がそんな物使える訳無いだろ!」
……指摘されている事は半分事実だ。警察が違法パーツを使えば、それは信用問題へと繋がる。だから、警察は使わない。
「……『特殊事件捜査係第七班・電脳科』」
だから、限定的警察権がある。警察に許可されている間だけ、犯罪者を捕まえられる権利と――違法パーツが使用出来る。
「それは――」
「そっちに身を置いているなら、噂程度には聞いてるだろ」
この班が出来る前は、違法パーツ所持者に警察は勝てなかった。圧倒的スペックを誇り、警察の一歩先へ行く技術力を持っていた組織には、太刀打ち出来なかった。
「お前らが……あの!?」
裏で違法パーツを取り締まる、同じ違法パーツ所持者達の集まり。表では一般人として装い、警察に所属すら消されている存在――
「『セブンヴィランズ』。お前らのような悪人には、同じ悪人が丁度良い」
特殊事件捜査係第七班・電脳科、通称『セブンヴィランズ』。違法パーツという存在を許可された、警察組織だ。