第4章 第7話 もう間違いは犯さない
「ぅあー、思ってたより汚い……」
わたしたちに与えられた合宿所の部屋。一応布団は敷いてあるけど、ボロボロでかび臭い。ていうか布団でいっぱいいっぱいで荷物置くとこないじゃん……。
「うわ、普段より汚くない?」
同じ部屋の紗茎の三年生たちも顔を引きつらせている。これがわたしたち四軍への待遇ってやつか。
「この合宿で行うことは一つ。チームを四つに分けての試合のみ。これが明日のチーム分けよ。薬」
「かしこまりました」
三十分ほど前の体育館。デスゲームの開始を宣言した後、九寺さんはわたしたちにプリントを渡してきた。その内容は、
1軍
1 双蜂天音 OH (紗茎・二)175.5cm
8 翠川きらら MB (花美・一)185.5cm
3 飛龍流火 S (紗茎・一)171.2cm
4 蝶野風美 OP (紗茎・一)179.0cm
6 木葉織華 MB (藍根・一)184.3cm
7 水空環奈 L (花美・一)147.2cm
2軍
2 加賀美和子 MB (葉原・二)182.4cm
9 鰻伝姫 S (藍根・三)170.5cm
10 矢坂丹乃 OH (藍根・二)173.4cm
11 蒲田霧子 OH (紗茎・三)173.8cm
13 陽炎青令 MB (紗茎・三)172.9cm
27 茂木いろは OP (紅葉・二)170.0cm
3軍
14 少比音 MB (紗茎・三)172.1cm
15 丸井団子 MB (紗茎・三)170.1cm
16 美濃未乃 OP (紗茎・三)167.9cm
17 安藤有 OH (紗茎・三)167.4cm
28 美川山美 OH (紅葉・二)170.2cm
29 寺空大子 MB (紅葉・二)170.8cm
4軍
18 星点灯 OH (紗茎・三)166.9cm
22 瀬見民美 S (紗茎・三)164.7cm
23 向井楓 L (紗茎・三)153.9cm
5 深沢雷菜 OH (藍根・一)150.1cm
12 小野塚梨々花 L (花美・二)146.8cm
30 新世珠緒 S (花美・一)163.1cm
トラッシュ
19 谷多二 MB (紗茎・三)162.9cm
20 下司気詩 OP (紗茎・三)162.2cm
21 芋井妹子 OH (紗茎・三)161.1cm
24 早川八重 S (紗茎・三)157.2cm
25 模隙糸 L (紗茎・三)155.1cm
26 路地樹 L (紗茎・三)154.3cm
軍……ということは上手さ順ってことかな? でもそれにしては少しおかしい。
まず大きな特徴はあの雷菜ちゃんが四軍で、まだまだ初心者の域を出ないきららちゃんが一軍だということ。それにわたしがいる四軍、いくらなんでもポジションが偏りすぎてる。スパイカーは二人だけで、セッター二人、リベロ二人という組み合わせ。しかも二十二番と二十三番って確か紗茎のスタメンだったはず。これは……。
「身長……だねー」
少し遠くで織華ちゃんがそう漏らした。なるほど、トラッシュの意味はわからないけど、それ以外だと環奈ちゃんや流火ちゃんのような特例の上手さを持つ人以外はだいたい身長順だ。
「流火ちゃん……わたしたちのこれ、全国制覇した時と同じ背番号だよ……!」
「んー……ごめん、今そういうのいいかな」
「ぅえっ!?」
流火ちゃんや他の人たちもプリントを凝視してなにか考え込んでいる。やはりどこか違和感のあるチーム分けなのだろう。
「あのー……このトラッシュっていうのは……」
体育館が静まり返る中、おそらくその枠組みに入れられたであろう小さな人が控えめに手を挙げた。
「やはりジャパンの英語力の低さは問題ね」
「いえ意味はみんなわかってると思いますけど……」
え? トラッシュって簡単な単語なの? わたしよりも頭が悪かったはずの珠緒ちゃんに訊いてみたいけど、さすがに今は無理か……。なんかプリントを握る手に力が入ってるし……。
「別に。言葉の通りよ」
こうなったら環奈ちゃんに教えてもらおうとすると、高海さんは肩肘をついてニタニタと嫌な笑みを浮かべた。
「ゴミ。あなたたちがどれだけ努力をしようが選抜メンバーには入れないから興味ないってことよ。だから帰ってもらっても構わないし、球拾いをしていてもいいわ。薬、誘導してあげて」
「かしこまりました。さぁ、こち……」
「訂正してください」
九寺さんが体育館の出口に腕を向けようとすると、天音ちゃんが口を開く。小さいながらもこの場の空気を一瞬で自分のものにする力強い声だ。
「この方々は同期や先輩たちが練習についていけなくて辞めていく中、試合に出るために必死に練習に励んできた尊敬できる先輩方です。ゴミ呼ばわりは許せません」
「嫌だ、と言ったら?」
「国体の参加を辞退します」
「それは困る……ま、四軍の選手が不甲斐なかったら交代することもあるかもね。ただ寝床や食事は用意しないわよ」
おぉ、すごいな天音ちゃん。この偉そうな中学生相手に自分の意見を呑み込ませてみせた。
「話を戻すわよ。合宿は今日を除いて二泊三日。その間の試合の出来によって昇格降格を積極的に行っていく。そして最終日に一軍二軍にいた選手を国体選抜メンバーとするわ」
なるほど……今は四軍でも結果を出せば上に行けるってことか。まぁわたしの場合は……。
「試合は五セットマッチを想定して百十五点先取とするわ。実際のものと同じでどちらかが八の倍数になった際にテクニカルタイムアウトで六十秒。十回のタイムアウト、ローテーションは各チームで決めること」
うげ、百十五点先取って……。二時間半くらいぶっ続けで試合やれってこと……?
「ちなみにこの番号は私がまだ名前を覚えていない選手を呼ぶ時に使うわ。ゼッケンを必ず着けておくこと。それとチームごとで部屋を分けてあるわ。序列で部屋の豪華さを変えてあるから今の待遇が嫌だったら努力することね」
「それじゃあ解散」。そう手を打って解散したのが約十五分前。今ようやく部屋に着いたけど、高海さんの言っていた通り努力して上に行った方がいいかもしれない。こんなところに四日間もいたら病気になっちゃうよ……。
ていうか同じ部屋の知り合いは珠緒ちゃんと雷菜ちゃんだけ。後の三人は知らない三年生だし、少し気まずいや。
「珠緒ちゃん、お風呂入りに行かない?」
とりあえず荷物を押し入れにぶち込んでそう訊ねると、珠緒ちゃんは一つため息をついてわたしから少し距離を取った。
「先に言っておきますわ。この四日間。わたくしはあなた方と慣れ合うつもりはありませんわ」
そう告げた珠緒ちゃんの瞳にはいつもの暖かさがない。まるで出会ったころのようなよそよそしさを感じる。
「自惚れていたつもりはありませんが、四軍という結果には思うところがありますわ。この結果を受け入れてしまってはわたくしは、花美はいつまで経っても上へは行けません。わたくしは自主練に行ってきますわ」
「私も同意見です」
珠緒ちゃんに続き、タオルとドリンクを用意していた雷菜ちゃんも言う。
「私たちは強くなるためにここに来たんです。四軍なんかに収まっているわけにはいきません。新世さん、トスを上げてくれる?」
「光栄ですわ」
……ほんとに部屋から出て行っちゃった。あの二人、すごいやる気だなー……。
「あなたは行かないの?」
仕方なく一人でお風呂に行こうと思っていると、紗茎の三人も練習着で部屋を出ようとしていた。
「いや……わたしは日中も練習してたので……」
「ふーん。ま、しょせん花美だしね……じゃあ戸締りよろしく」
「はーい……」
なんだべ、しょせん花美って。珠緒ちゃんだって花美だっての。弱小校だからって馬鹿にして……。それにさ、
「環奈ちゃんに勝てるわけないじゃん……」
どれだけがんばってもリベロは最大一人。だったら環奈ちゃんで決まりじゃん。
わたしは絶対に環奈ちゃんには勝てない。そんなのはもう身に染みている。春の正リベロ争いで、もうとっくに。
それにわたしのバレーは環奈ちゃんのためなんだから一人努力したって……。
「絵里先輩……」
なぜかわたしの口からは、あの人の名前が水で溢れたコップから零れるように漏れていた。