第4章 第6話 リベロ不要論者
〇梨々花
県内中学バレー界のトップに君臨する紗茎中学。それをストレートで下したという弱小梅宮中学。そんな大波乱を引き起こした指導者、高海飛鳥。
正直わたしも信じられない。わたしの出身中学は当たったことはないけど、紗茎中の強さは身に染みていた。どんなにがんばってもどうせ紗茎には勝てない。そんなどうしようもない空気があの会場には満ちていたからだ。
「それで、どうやって音羽を……!」
でも天音ちゃんの関心は自身の出身中である紗茎には向いていない。あくまでも紗茎中の選手の一人、妹の双蜂音羽ちゃんにこだわっている。
それも当然だ。以前アルコール入りキャンディを舐めて酔っ払った天音ちゃんは、音羽ちゃんに勝つためにバレーをやっていると語っていた。他のことでは勝てないけど、バレーなら食らいつける。バレーでしか勝てないと。
それなのに。天音ちゃんにとって大きすぎる壁だったのに。それを半年にも満たない指導期間でいともたやすく打ち破ってしまったのだ。
「別に特別なことはしてないわ。私が徹底させたのはレシーブ練習。全ての練習時間をレシーブに当てさせただけよ」
レシーブ。相手が打ったスパイクを拾う技術。ボールを落としてはならず、持ってはいけないバレーにとって最も重要な技術だ。いくら他の技術がすばらしくてもボールを拾えなければそこまで繋がらないのだから。
「そんなことで……音羽に勝てるはずがない……!」
天音ちゃんの言うことはもっともだ。紗茎中は個々の力も高いだろうが、県内最強の中学三年生、『殿銅の漆』の内二人がいる。
一人は天音ちゃんの妹、双蜂音羽ちゃん。常軌を逸した運動能力でコートを駆け回り、相手ブロッカーをかき回すのが得意な選手。それだけじゃなく、いくらブロッカーが立ちふさがろうとも両利きを器用に活かし、身体の向きとは別方向に落とすという類い稀なる技術もある。
そしてもう一人の『殿銅の漆』、皇志穂ちゃん。百七十センチを超える身長に加え、異常な跳躍力を持つミドルブロッカー。加えてバレー眼もよく、わたしと美樹の必殺技、『一手飛ばしの速攻』の弱点を見抜いたという実績もある。
二人ともまだ中学三年生だが、花美高校との練習試合ではそれを感じさせないほどの実力を発揮してみせた。そんな二人をレシーブ力だけで倒せるならわたしたちも苦労はない。
しかし高海さんの答えは、そんなわたしたちの常識を大きく超えたものだった。
「言ったはずよ? 私はレシーブしかやらせなかった。つまり、ブロックを完全に捨てさせたのよ」
「!?」
ブロックを捨てた……? バレーボールを象徴する高さを捨てたってこと……?
「双蜂音羽の移動攻撃、両利きは確かに驚異的だったわ。でもパワーはない。下手にブロックに跳ぶより、レシーバーを六人にする方がよほど効果的よ」
「でも……そんな小細工で音羽さまには勝て……」
「そうかしら? 想像していたより楽に勝てたわよ。圧倒的に格下のチームに攻撃を何度も拾われて焦り、ラインギリギリに打ち込もうとして自滅。そんなのが数十本あったわね。実力は認めるけど、あんな傲慢な性格じゃ先はないわ」
「っ……!」
「じゃあ志穂はどうしたんですか? あの子なら相手を舐めるとかはないと思いますけど」
目標を潰され完全に押し黙ってしまった天音ちゃんに代わり、流火ちゃんが訊ねる。
「皇志穂は厄介だったわね。あのブロックを攻撃も捨てた梅宮で突破するのは難しい」
「だから」。高海さんは言う。わたしと環奈ちゃんの方を見て。
「スパイカーを一人増やしたわ」
バレーボールの基本的なポジションは四種類。攻撃の要、アウトサイドヒッター。ブロックを主導するミドルブロッカー。トスを上げるチームの指揮者、セッター。その対角で攻撃、防御を支えるオポジット。どれも一応ポジション分けされているが、それぞれを切り分けるルールはなく、どのポジションでもサーブ、レシーブ、トス、スパイク、ブロックをすることができる。
だがたった一つ。明確にルールを決められ、サーブやブロック、スパイクが禁止されているポジションがある。
後衛のみいることを許され、自由に何度も交代できるチームの守護神。
リベロ。高さを求められるネット際で戦うことはなく、身長が低くてもレシーブ力さえあれば務められる唯一のポジション。それを、この人は。
「リベロを完全に廃止したのよ」
わたしと環奈ちゃんが生きられる唯一のポジションを、捨てたというのか。
「バレーボールの理想の形は全員セッターとも言われているわ。全員が全ての技術を高水準で持っているのが理想。でも現実は厳しいわ。レシーブのスペシャリストがいると他の選手も安心できるわよね」
高海さんは語る。気持ちよさそうに、つらつらと持論を。
「でもそんなものは甘えよ。なぜわざわざ攻撃に参加できない無能な選手を入れなければならないのかしら。理解に苦しむわ」
不意に、理解した。なぜ十二人だとわたしと環奈ちゃん、同時に選ばれることがありえないのか。
「最初に言っておくわ。私はリベロをゼロ人、入れても一人と考えている」
リベロは本来不要な選手なんだ。それなのに控え枠を用意することは無意味。控え含めて十四人ならリベロを二人入れるのが基本のルールだが、十二人ではそんな余裕はない。つまり、
「水空環奈と小野塚梨々花。あなたたちを同時に採用することはありえないわ」
わたしと環奈ちゃんのレギュラー争いが再び始まったのだ。
「じゃああたしか梨々花先輩のどちらかがセッターってこと?」
「NOよ。控えとはいえ身長の低いトラッシュを入れるくらいなら十一人で挑む方がマシだもの」
環奈ちゃんの問いに平然と答える高海さん。でも控え枠はできるなら埋めた方がいいに決まっている。なのにこの場にいるのは十二人。この子はなにを考えているんだ?
「入ってきなさい」
全員の視線が高海さんに集まっていると、用具入れに向けて高海さんは声をかける。そして中から十数人の選手たちが出てきた。
「珠緒!」
「青令さん……比音さん……民美さんたちも……!?」
現れたのは、珠緒ちゃんや試合で見た紗茎の三年の選手たち。他にも何人もの貫禄のある人たちが集まっている。
「紹介するわ。今日合宿所や体育館の整備をしてくれた紗茎学園高等部の三年生と、国体参加志望者たちよ」
これでこの場にいる選手は約三十人……。これって、まさか……!
「国体の選抜メンバーはあなたたち十二人で決定じゃない。この合宿参加者三十人で十二の枠を争ってもらうわ」
そして高海さんは今までで一番の笑みを浮かべる。まるで本当に悪辣なゲームのマスターであるかのように。
「さぁ、デスゲームの始まりよ」