第4章 第5話 デスゲームのはじまり
「殺し合い……?」
突然デスゲームの開始を宣言したスーツさん。全く意味を理解できず呆然としていると、雷菜さんが一人スーツさんの方へと歩いていきました。
「いきなり何の冗談ですか? そんなお遊びに付き合うほど私は暇ではありません。帰らせてもらいます」
そう力強く告げた雷菜さんですが……やばいです! これって死亡フラグってやつです! 真っ先にゲームマスターに逆らう人は確実に殺されちゃいますっ!
「薬」
「かしこまりました、ご主人さま」
まさか。まさかまさか。薬と呼ばれたメイドさんが短いスカートを捲り上げ、太もものホルスターから取り出したのは……、
「銃!?」
うっそですよねまさかほんとに!?
「ひぃっ!?」
「雷菜さ……!」
銃口を向けられのけぞる雷菜さんを助け出そうと動き出したその瞬間、スーツさんの口がわずかに開きました。
「BANG」
発砲音。乾いた銃声が体育館に響き渡ります。そしてそれとほとんど同時に、雷菜さんの身体が崩れ落ちました。
「雷菜さぁぁぁぁんっ!」
「雷菜ちゃんっ!」
仰向けに倒れた雷菜さんに駆け寄る自分と天音さん。揺すったり叩いたりしますが返事がありません!
「そんな! 嫌です! 死なないでくださいっ!」
「うぅ……! 雷菜ちゃん、仇は討ってあげるからね……!」
このデスゲーム……木葉さんは最悪犠牲になっても必ず他の全員で生き抜いてみせます!
「ふひゃっ、はひゃっ、ふわぁっ」
そう決意すると、足元で倒れている雷菜さんが突然息を吹き返しました。
「雷菜さんが生き返りましたっ!」
「し、死んでないわよっ! ちょっと! ちょっと……びっくりしただけ……!」
あれ? よく見たらどこにも血が付いていません。これってどういう……?
「This is JAPANESE JOKE!」
天音さんと顔を見合わせていると、スーツさんがとびきり明るい声でそう告げました。
「ジャパンでは挨拶の時ドッキリをやるのが礼儀なんでしょう? GREAT……いえ、PERFECTな出来だったんじゃないかしら!?」
「ええ。完璧ですご主人さま」
……ドッキリ? ていうか、礼儀?
「……ぷぷ」
「ちょっと! 薬が笑ったってことは嘘なんじゃない! この空砲用意するの大変だったのよっ!?」
銃口からもくもくと上がる煙をふっ、と吹き消し、くるくると綺麗に回転させてホルダーに戻したメイドさんにスーツさんが立ち上がって抗議します。
「……きらら、さすがに冗談だって気づこうよ。……天音ちゃんも」
「またやっちゃったっ! はずかしいっ!」
「天ちゃんそういうとこあるよねー。しかも無駄に攻撃的なのがタチ悪い!」
「知ってますー? 天音ちゃん勘違いでボイコットしたらしいですよー?」
「なんそれ! ウケる通り越して引くわ!」
「お願い! そのこと言わないで織華ちゃんっ!」
……あれ? まさか自分も勘違いしてました? しかも天音さんと同レベルの?
「はずかしいです……!」
「そんな嫌なことですか!? 翠川さん!」
まぁ空砲にびっくりして変な声を出していた雷菜さんよりはマシですが……。うぅ……こうなったのも全部この方たちのせいです……!
「そもそもあなた方はどなたですかっ!? 正体を明かしてくださいっ!」
反応的に天音さんたちも知らない方のはずです。だとしたら部外者……いえ不審者と言っても過言ではありません!
「天音さん! 警察に通報しましょうっ!」
「そうですねっ! ブタ箱にぶちこんで罪を償わせてやりましょうっ!」
……だから攻撃的なんですって。自分そこまで言いましたか?
「その必要はない」
天音さんが迷いなくスマホを取り出すと、それを制止させる声が。
「近田監督っ!」
体育館に入ってきたのは紗茎学園高等部の監督、近田治由さん。両脇には花美高校コーチ、小内さんと藍根女学院監督、大海椎菜さんもいます。
「監督、この人たち誰ですか!?」
「この強化合宿のメインコーチをやってくれる方だ。お前たちもちゃんと挨拶しておけよ」
「メインコーチ!?」
てっきり紗茎学園でやるから近田監督が指揮を執るかと思ってましたが……というかこの方々がコーチだなんて聞かされても信じられません。だって中学生……せいぜい自分たちと同い年くらいに見えます。少なくとも大人ではないでしょう。
「薬、普通でいいのよね?」
「はい。素晴らしい挨拶を期待しています」
「ふふん。任せなさい」
スーツさんはパイプ椅子から立ち上がると、百五十センチそこそこしかない身長から自分たちを見渡しました。
「Good evening,everyone.私は中学三年、高海飛鳥よ。そして従者の、」
「九寺薬と申します。ご主人さまと同じく中学三年生です。どうぞお見知りおきを」
腕を組んで偉そうにしているスーツさんこと高海さんと、一歩後ろで深々と頭を下げるメイドさんこと九寺さん。ていうか本当に中学生でした。
「深沢の言う通りだな。中学生に教わるほど私は落ちぶれていない。帰らせてもらうぞ」
雷菜さんと同じように高海さんに近づいたのは、紗茎のキャプテン、蒲田さん。元々鋭い眼光をさらに研ぎ澄ませて二十センチ近く下を睨みつけます。
蒲田さんの言い方は少し気になりますが、自分も、おそらく他の方々も気持ちは同じです。自分たちは強くなるためにここに来たのです。これだけ自信満々なのだから多少は上手いのかもしれませんが、それでもしょせんは中学生。言葉通り自分たちはそこまで落ちぶれていません。
「……ぷはっ」
針のむしろ状態だったことは高海さんにだって伝わっていたはずです。それなのに彼女は笑いました。予想通りだと言わんばかりに、楽しそうに。そしてこう言います。
「その発言は、私たちが梅宮中学の三年だと知っても変わることはないかしら?」
「「「梅宮!?」」」
そう声を上げたのは、流火さん、天音さん、蒲田さんの紗茎の各学年主軸の方々三人。
「有名な中学なんですか?」
「……いいえ、聞いたこともないくらい弱い学校です。確か万年一回戦負けだったはず」
そう語る天音さんの顔は、発言とは裏腹に緊張感に満ちています。いえ、緊張というよりは、警戒、敵視という方が近いでしょうか。そして天音さんは冷や汗を垂らし、口を開きます。
「なのに音羽を……紗茎中をストレートで打ち破り、最後の大会を一回戦で終わらせたチーム……!」
自分は高校からバレーを始めたので詳しくは知りませんが、岩手県の中学バレーは毎年紗茎学園中等部の一強状態だったそうです。それに加えて高校生に混じっても全く引けを取らない県内最強の七人の中学三年生、『殿銅の漆』が二人も在籍していました。
いわば花美高校が紗茎学園を二対ゼロで倒したようなもの。つまり、ありえない。
「どうやって……音羽を……!」
「簡単なことよ。とは言っても実際に戦ったのは私じゃないわ。この春に六年ぶりにアメリカから帰ってきたばかりだったし、私の専門はコーチング。プレイヤーとしての能力は非常に低いわ。でも、今はそっちの方が都合がいいわよね」
そして高海さんは椅子に座り直すと、脚を組んで挑発的な笑みをさらに深めました。
「どう? これでもあなたたちをコーチングする資格はないかしら?」
「……話だけは聞いてやる」
実績。話術。空気作り。
コーチとして必要な能力を全て示し、中学生なのにもかかわらず、高海さんはメインコーチをする資格を手に入れました。