第4章 第3話 集う猛者たち
〇きらら
国体の話が出てから二日後。自分、環奈さん、梨々花さんの三人は小内さんの運転する車に揺られていました。
「まさか夏休みで二回も合宿に行くとは思いませんでした……」
どうやら選抜されたメンバーで練習を行うようで、環奈さんと珠緒さんの出身中学、紗茎学園で三泊四日の強化合宿が開かれることとなりました。三泊四日と言っても実質は三日間。夜の集合となっており、花美での練習後に向かっています。
「梨々花先輩とお泊まり……梨々花先輩とお泊まり……ぅへへ……」
合宿とはいえお泊まりだから多少は楽しみではあるのですが、後部座席で隣に座っている環奈さんがぶつぶつ言いながらよだれを垂らしているのが気がかりです。
「大丈夫なんですか? こっち来て」
さすがにこんな環奈さんとお話することはできないので外の風景を眺めていると、助手席の梨々花さんが小内さんに話しかけます。コーチである小内さんが合宿組の引率をするということは、バレー経験のない徳永先生が居残り組の練習を見るということ。残っているのも三人だけですし、少し気がかりではあります。
「一応一ノ瀬さんに来てもらうようお願いしたから大丈夫じゃないかしら。まぁ直近で大会もないし、多少おざなりになっても構わないわよ」
一ノ瀬さんとは、先日の春高予選を経て引退した三年生の元部長さんです。確かに朝陽さんがいれば安心ですが、一つ気になっていることがあります。
「珠緒さん……大丈夫でしょうか……」
この部で誰よりもバレーにストイックな珠緒さんが、今日の練習はお休みしていました。花美での練習以外にも近所のママさんバレーに通っているほどの珠緒さんが休むだなんて考えられません。よほど国体に選ばれなかったのがショックだったのでしょう。
「煽らなければよかったです……」
ついついいつもの癖で煽ってしまいましたが、そこまで珠緒さんが気にしているとは。ちょっと謝罪のメッセージを送りましょうか。
「着いたわよ」
スマホを取り出すと、ちょうど窓から一度見たことのある紗茎学園の大きな校門が目に入りました。
「じゃああーしは荷物と車置いていくから。集合場所は二軍体育館だから水空さん、よろしくね」
「はーい」
手荷物だけを持ち、ここから少し離れた合宿所に車を走らせる小内さん。そして中等部OGの環奈さんが手続きを行い、夜の学校へと入ります。
「いつ見ても大きいですねー」
紗茎学園は一度練習試合で訪れましたが、スポーツ強豪校だけあって体育館の数が凄まじいです。しかも八時だというのにまだ灯りの付いている体育館もあって、普通以下の花美との差を実感します。
校門から五分くらい歩き、自分たちが普段使っているものより大きな体育館の前に到着しました。以前使ったのは倉庫扱いになっているボロボロの体育館だったのですが、二軍用だというのに外からでもわかるほど立派です。
「あー……緊張してきたー……」
入口の前で一言漏らし、環奈さんが体育館に入ります。それに続いて自分と梨々花さんも入ると、中には三人の女性が立っていました。
「こんばんは、みなさん。遠いところおつかれさまでした」
営業スマイルでそう挨拶したのは、紗茎学園高等部二年生、双蜂天音さん。
「天音ちゃーん、ひさしぶりーっ」
「環奈ちゃーんっ。梨々花ちゃんに、翠川さんも。久しぶりに会えてうれしいよーっ」
そして営業から普通の笑顔に変わると、環奈さんと天音さんが抱き合いました。
「私にもおいでっ」
「絶対にいや」
腕を開いて環奈さんを待ち構えたのは、紗茎学園高等部一年生、飛龍流火さん。美人さんなのですが、変態です。それをわかっている環奈さんは睨みつけて牽制します。
「こんっ、こんばんはっ。おひっ、おひさ……」
「いい加減慣れてくれませんか? 風美さん」
そんな流火さんの後ろで大きな身体を縮ませて一人焦っているのは、流火さんと同じ一年生、蝶野風美さん。コミュニケーション力が低く、しばらくすると普通に話せるのですが、ひさしぶりに会うとこんな風になってしまいます。
「紗茎も三人?」
「ううん。もう一人いるんだけど待っている間走り込みに行ってる」
梨々花さんの質問に天音さんが答えます。花美と紗茎を入れて七人。あと五人ですか……。
「聞いたよ? あの藍根をかなり追い詰めたらしいじゃん。すごいね」
「点数で見たらそうかもしれませんが……実際はかなり微妙なところです」
「そーそー。織華に完全にふみつぶされちゃったもんねー」
流火さんと話していると、後ろから嫌味な声が……!
「木葉さんっ!」
「やっほーきららちゃん。おひさー」
自分とほとんど変わらない目線でへらへらと挨拶したのは、春高予選で花美を破った藍根女学院一年生の木葉織華さん。ひさしぶりに会っても腹立つ人です……!
「ていうか合宿なのに気合い入れすぎじゃないですか?」
「ふふーん。真のおしゃれさんとはどんな時も気を抜かないものなのだよー」
褒められたと感じたのか、木葉さんは一回転し、ノースリーブのワンピースの裾をはためかします。……いらっ。
「ならそのださい帽子やめた方がいいですよ?」
「だからださくないもんっ」
お気に入りと思われる葉っぱ型の帽子を握ります。自分が知っている木葉さんの弱点はこれくらい。もっと弱みを見つけないと……!
「夜だというのに元気ですね」
「雷菜さんっ」
そうだ、木葉さんがいるということは他の藍根の方も到着したということです。一年生、深沢雷菜さんが腕を組んで呆れた顔をしています。
「ごめんねー。雷菜ちゃんって子どもだから夜になると眠くなっていらいらしちゃうんだよー」
「眠くないわっ。お目目ぱっちりよっ」
雷菜さんは必死に反論していますが、別に不思議ではありません。雷菜さんの身長は百五十センチとかなり低いからです。これでスパイカーなんだからまた驚きです。
「あら環奈ちゃん。梨々花ちゃんも。あの時の約束忘れてないわよねぇ?」
「「ひぃっ」」
少し離れたところで環奈さんと梨々花さんに絡んだのは、藍根女学院部長、鰻伝姫さん。ロリコンです。ちなみに約束とは、藍根が試合に勝ったら一晩一緒にいるというもの。まさかあれが冗談ではないとは……どんまいです。
「藍根も四人なんですね」
話し相手がいないのか、離れたところで気まずそうにしているのは藍根女学院二年生にしてエース、矢坂丹乃さんを加えてこれで十一人、あと一人ですか。
「おい、騒がしいぞ」
どなたが来るのでしょうかと思っていると、低い静かな声が体育館に響きました。
「ようやく集まったか。ゴミ共」
そして自分たちを罵倒すると、その方は額にかいた汗をタオルで拭いました。