第4章 第31話 最悪の再会
「地獄……?」
何が何やらわからない。梨々花先輩に無人の部屋に呼び出されたかと思ったらそこにいたのは高海さんと九寺さんで、しかもあたしを縛り上げて地獄がなんちゃらとか言ってる。
「と、とりあえず説明してもらっていいかな……?」
「悪いけど一々説明してあげる時間はないのよ。でも安心して、これも全部あなたのためだから」
高海さんは純度100%の慈愛の笑みを浮かべ、「薬、丁重にね」と九寺さんに何やら指示を出す。
「水空さま、申し訳ありません」
それを受けた九寺さんはあたしの背後に回ると、何か布のようなものをあたしの目前に掲げた。それを目に押しつけると、一周させて顔の後ろで留める。これ……どう考えても目隠しだよね……!?
「ちょっ……やめむ、ぐぅっ!?」
突然目隠しなんかされたら抗議の声を上げるに決まっている。だがそれを狙ったように口を開けた瞬間何か丸いものを詰められた。
「ふぁっ……ふぉっ、お、ぉお……?」
ボールのようなものが口の奥に嵌っているせいでうまく話せないし、口を閉じることができない。それに穴が開いているのか涎が垂れ流しになり、顎を伝って胸に落ちる感触が不快だ。
「さぁ、行きましょうか」
「ふぅっ!?」
高海さんがロープの先を引っ張ったのか、身体が横に倒れる。なおも引きずろうとしてくるが、脚も縛られたこの状態では立ち上がることもできない。なので膝と胸を支えにして芋虫のようになってしまう。
「ふぅん。もうちょっとスピード上げたいわね」
「んっ」
そのまま部屋の外に出たあたしを力いっぱい引き上げる高海さん。そのせいでロープの締め付けが強くなり、思わず声を上げてしまう。
「そんな大きな声だしていいのかしら? この姿、他の誰かに見られたらどう思われるかしらね」
「ふ、ぅ……!」
今のあたしを傍目から見たらこうなるだろう。亀甲縛りをされ、目隠しをされ、口轡を噛まされて涎を垂らしながら散歩している変態。こんなの梨々花先輩に見られたら――。
「ふぅ……ふぅ……」
「あぁいいわこの反応っ。ちょっと本気で調教してあげようかしら……」
「ご主人さま。趣味の方は後回しにしましょう」
「あぁそうね。とにかく時間がないわ」
さっきからずっと高海さんは時間を気にしている。なぜかは気になるが、それを考察することも知る術もない。ただ身を任せて連れられるしかできない。
しばらく歩いたが、一応まだ誰にも見られていない。と思う。少なくとも話しかけられた気配はない。でもここからはワケが違う。
「む……うぅ……!?」
夏の夜らしい生暖かさと冷たい夜風が肌に当たった。まさか外に出たんじゃ……! 一応外に出てもまだ合宿所の敷地内ではあるけれど、方向からしてこれ、敷地から出ようとしてない!?
「うぅ……!」
膝に当たる感触が道路のそれに変わった。これもう遊びじゃ済まされないよ……!
「さすがにドキドキするわね……水空環奈もそのようだけれど」
「ふぁっ」
「とにかく急ぎましょう。目的地はもうすぐです」
幸い足音は高海さんと九寺さんのものしかなく、締め付けに耐えながらも一心に前に進む。すると膝の感触が土のものに変わった。紗茎学園の敷地に入ったんだ。
「ここら辺でいいかしら」
夏休みで人は少ないとはいえ、紗茎は部活強豪校。誰にも見つからないことを祈って進んでいると、ロープを引く高海さんが止まった。これで解放される……?
「それじゃあね、水空環奈」
「……ふぅっ!?」
ちょっと待って!? 足音離れてるんだけど!? しかも電灯に括りつけられて動けないし! 放置!? 放置はやばいって!
でも騒いだところで二人が帰って来ることはない。あたしは亀甲縛り、目隠し、口枷の状態でどこともわからない場所で放置されることとなった。
あれから何分経ったか。胸へと垂れる涎の不快さに耐えられなくなっていると、一つの足音が聞こえた。その足音はまっすぐこっちへと向かい、あたしの目の前で止まった。
「ふ……ぅ……?」
誰だ? 知り合いならいいけど……いやよくないんだけど……梨々花先輩……? あたしを助けてくれる人は梨々花先輩しかいない。
「うぅ……ぅ……!」
梨々花先輩はその柔らかい指であたしの目隠しを外す。いや……でもこの指の太さ……梨々花先輩じゃない……?
目隠しがはらりと落ち、暗い視界に仄かな光が差す。そしてその中心にいたのは――!
「ひさしぶりだね、環奈」
「――――!」
にっこりと太陽のように微笑む、瀬田絵里だった。




