第4章 第30話 もうひとつの地獄
〇環奈
「ふんふふんふふーん」
「ずいぶんご機嫌だねー、水ちゃん。なんかいいことあったの?」
一軍のみんなとお風呂に入り、食事の時間まで部屋でまったりしていると、ベッドの上で天音ちゃんとトランプのスピードで戦っている最中の和子ちゃんが語りかけてきた。
「んふふ。そりゃもーとびっきりいいことあったんだよー。聞きたい? 聞きたい?」
「んー、聞きたいってほどは興味ないかなー。はい、おわり」
「ぎゃー! また負けたー!」
あたしに話しかける余裕を見せながらも天音ちゃんに圧勝した和子ちゃんが、退屈そうにスマホを眺めながら会話を続けようとする。
「どうせあの小野塚梨々花、って子関連でしょ? 話したことない人のことなんてどうでもいいよ」
「和子って誰とでも仲良くって感じなのに意外とそういうとこあるよね。はい、もう一度やるよ!」
「えー、天ちゃん弱いからなー。それよりみんなでウノやろ? ウノ」
既に十連敗くらいしている天音ちゃんがトランプを集め直して挑戦を申し込むが、するりとかわされてしまう。ひさしぶりに会っても相変わらずの気分屋だ。
「ごめんなさい、あたしパスです。あたしー、今からー、梨々花先輩とデートなんでー!」
聞きたくなくてもこっちは言いたくて仕方ないんだ。まさか、まさか向こうからお誘いが来るなんて! 高海さん経由だったのはちょっと残念だけど、うれしいことに変わりない。
「デートって……合宿所から抜け出すつもりー?」
「ふっふっふ……あたしたちの関係はもっと深いところまで来たのだよ、織華くん」
「うわー、テンションうざーい」
部屋に帰ってきてからずっと洗面台の前で髪のケアをしている織華があからさまに嫌な顔をする。自分でもこのテンションがうざいっていうのはわかってる。でもこれが平然としていられるか!
「なんと! お部屋デートだよっ! しかも誰も使ってない空き部屋! これはもう……あれでしょっ!」
うわー、こんなことがあるんならもっとちゃんとした服とか下着持ってくればよかった! お泊まりとはいえ合宿だったから制服が一番かわいい服だよ……最悪だ。
「へー、よかったね。髪アレンジしてあげよっか?」
「うん、おねがいっ!」
織華の隣で同じく髪のケアをしていた流火の手招きを受け入れ、やたらと豪華な椅子に座る。
「結構伸びてきたねー、編み込みでいい?」
「うん、任せるよ」
こういうのは流火か織華に任せるに限る。あたしと入れ替わりに立ち上がった流火があたしの後ろに立ち、サイドをちょこちょこといじっていく。
「……ていうか今は小野塚さんよりきららちゃんじゃないのかなー……」
珍しく周りを気にするような小声で話しかけてくる織華。表情的に本当に気にしているようだ。
「なんか目つけられてるみたいだし……あの子、潰れちゃわないかなー……」
「そんな気にしてるなら行ってあげたら?」
「いやー……織華ときららちゃんはライバルっていうか……敵視されてるから逆効果じゃないかなー……」
本当に珍しい。性格の悪い織華にここまで言わせるなんて……あたしの知らない間になんかあったのかな。
「まぁ合宿もあと一日だし。終わったらちょっと気にしてみるよ」
きららのことも気になるっちゃ気になるけど、今のあたしは梨々花先輩のことで頭がいっぱいだ。珠緒、頼んだ!
心の中で珠緒に丸投げしていると、和子ちゃんがつまらなそうな声でつぶやくように口を開いた。
「あの子のどこがそんなにいいかねー。風ちゃん、大富豪やるよー」
「う、うん……和子ちゃんって大富豪派だったっけ……?」
「あれ? 紗茎って大貧民だっけ?」
「わたしたちの代は大富豪だったね。下の子は大貧民なはず」
「おー、天ちゃんよく見てるー」
あたし、流火、織華がウノに参加しないので風美、天音ちゃん、和子ちゃんの三人で大富豪をやるようだ。いやそれよりも……。
「聞き捨てならないな……」
「だね。大貧民って言ってるの風美くらいでしょ」
「流火、そっちじゃない。梨々花先輩の方だよ! 梨々花先輩はすごいかっこいい人なんだからっ!」
和子ちゃんは絡みがないからわからないかもしれないけど、梨々花先輩はとっても素敵な人だ。仕方ない、布教してやるか……!
「そうかなー。ザ・普通の子って感じじゃない? バレーは結構癖あったけど」
「梨々花先輩は特別だよっ! 優しくてかわいくてかっこよくて……」
「あーはいはい。こういうのってバイアスかかるからなー、ニュートラルな視点だとどう?」
「え? んー、前の合宿で結構仲良くなったけど、まぁいい意味でも悪い意味でも普通って感じ……かな。普通にいい子で、普通に人間らしいとこもあると思うよ」
和子ちゃんに振られた天音ちゃんも全然わかってない発言。まぁいいや! 梨々花先輩のいいとこはあたしだけ知ってればいいんだし!
「はい、完成」
「ありがとっ。じゃ、行ってくるねっ。ごはんは梨々花先輩と食べるから!」
「はいはーい。いってらっしゃーい」
サイドから後ろにかけて編み込みを作ってもらい、あたしは部屋を出る。えーと集合場所は……。
「か、環奈ちゃんっ!」
ここからかなり離れた部屋に向かおうと歩き出した時、後ろからあたしを呼ぶ声が聞こえた。
「……どうしたの? そんな大声出して」
あたしを呼び止めたのはあの引っ込み思案な風美。人見知りとはいえ普通に仲のいい関係だし話しかけてくるのは珍しくないけど、今の表情。困ったような顔は据え置きで、その中になにかの意志を感じる。まるで大事な話をする時のようだ。
「えと、その、言うか迷ったんだけど……」
「うん、ゆっくりでいいよ」
集合時間まであまり時間はないけれど、これを無視するほど急いではいない。少し待っていると、覚悟を決めたように一度深呼吸をし、そして大きく口を開いた。
「環奈ちゃん、さ、ちゃんと小野塚さんのこと……考えてるかな……」
「? そりゃ考えてるけど……」
今さらなにを言ってるんだ、この子は。しかし言葉を間違えていたのか、風美の顔は依然静かだ。
「そうじゃなくて、なんていうか、本当に、相手のことを……うぅ!」
「あー、ごめん。そろそろ本当に時間がなくなってきたからあとで話聞くね」
「あ、その……うん……」
なにか言いたげな風美に背を向け、少し早歩きで目的地に向かう。
あたしは梨々花先輩のことを考えている。これ以上ないくらいに。前例のないくらいに。
梨々花先輩のことだけを考え、全力で尽くしている。今さら考える必要もない。
でも風美のあの表情……なにが言いたかったんだろ。
そんなことを考えていると、あっという間に集合場所に到着した。高海さんたちが使っている隣の部屋。ここなら多少声を出しても……むふふ。
「梨々花せんぱーい! 入りますよー!」
ドアを数回ノックし、部屋の中に入る。真っ暗……まだ来てないのかな?
「!」
と思っていると、ドアが閉まる音がした。しかも鍵も! 電気つけずに! まさかいきなり!? あ、あたしはいいけど……まだ心の準備が……!
「えっ!? ちょっ、あっ」
覚悟を決めようと胸に手を当てようとすると、身体に細いなにかが巻き付いてきたのを感じた。これ……ロープ……? し、縛られてる!? 制服にシワついちゃうけど……そ、そっか……梨々花先輩そんな趣味が……!
「あぁっ」
手を後ろに纏められ、脚も縛られ、股の下にも縄を通され、あたしは床に倒された。胸を挟み込むように縛り、お腹の上に円形で縄があるのを感じる。これ……亀甲縛りってやつだよね……? り、梨々花先輩ったら……もう……!
「梨々花先輩なら……あたしはなんでも……」
受け入れる。そう口に出そうとした瞬間、視界が白く輝き出す。電気を点けたんだ。少し慣らしてから目を開くとそこには梨々花先輩が……!
「Good Evening、水空環奈」
「……え?」
床に倒れたあたしを見下ろしているのは、梨々花先輩じゃない。高海さん……それに九寺さんもいる。梨々花先輩が呼んでいたと教えてくれた張本人だ。
「……あれ? 梨々花先輩は……?」
なにが起きたか理解できていないあたしに、高海さんは笑顔を見せる。うれしそうに、幸せそうに。
「待たせたわね。ようやくあなたの地獄の番よ」
高海飛鳥はそう告げた。




