第4章 第2話 脚
「国体って知ってるか?」
全国という万年一回戦負けのわたしたちには聞き慣れない単語が飛んできた後、徳永先生はまたも聞き慣れない単語を口にした。
「インターハイ、春の高校バレーに次ぐ高校三大バレー大会の一つですよね」
「国民体育大会っていえばバレーだけじゃなくて色々なスポーツでやってますよねっ」
と思いきや、環奈ちゃんときららちゃんは普通に反応している。うそ、知らないのわたしだけ? いやいやおかしいってそんなことない。だってインハイも春高も予選があったのに国体予選なんて聞いたことないもん。
「そう。その岩手県代表に小野塚さん、水空さん、翠川さんが選ばれたんだ」
「選ばれた?」
「国体は代表校か、選抜メンバーで県代表を選出するんです。岩手は毎年選抜式なんですよ、梨々花先輩」
「へー」
さすが名門紗茎中学出身。わたしなんかより全然詳しいや。
「わたくしは! わたくしの名前はありませんのっ!?」
すっかり落ち着いていると、珠緒ちゃんが大声を上げて先生に詰め寄った。
「いやー……今のメンバーだと三人だけ……」
「なんで初心者のきららさんが選ばれてわたくしが外されますのっ!?」
珠緒ちゃんの身体が崩れ落ちてバンバンと床を叩いて叫ぶ。わたしは選ばれた側だし、すごいうれしいってわけじゃないから珠緒ちゃんの気持ちはわからないけど、共感はできる。
きららちゃんがバレーを始めたのは高校からで、珠緒ちゃんは小学校から。たぶんきららちゃんが選ばれたのは百八十五センチという圧倒的な身長のおかげだろうし、そんな持って生まれた体格だけで負けるのは屈辱だろう。
「どんまいですっ」
「黙れですわっ!」
しかもきららちゃんってこういう時慰めちゃうタイプなんだよね。さすがにかわいそうだ。そんな二人に苦笑いをし、徳永先生は話を続ける。
「全国って言っちまったがその前に東北ブロックを勝ち抜く必要がある。でも地方大会まで行けたならもう全国みたいなもんだべっ。どうすべ? 一応断れるらしいけども……」
「行きますっ」
うお、きららちゃんいい返事。手を大きく上げて目を輝かせている。
「全国で戦えればもっと強くなれます。これを逃す手はありませんっ」
春高予選が終わってからきららちゃんの様子がどうにもおかしい。悪い意味じゃなく、いい意味で。
元々練習はがんばってたけど、その中に確かな目的が生まれたような気がする。なにか気持ちの変化があったのだろうか。
「梨々花先輩はどうします?」
真っ先に返事をしたきららちゃんとは対照的に、環奈ちゃんが困ったようにわたしに訊ねてくる。
「個人的にはあんまりなんですよねー。もしかしたら嫌な人に会うかもしれませんし、脚まだ怪我してますしー……」
「ならわたくしに譲りなさいっ。そもそも国体って十二人まででしょう!? 環奈さんと梨々花さんが同時に選ばれることなんてありえないんですのよっ!」
「あたしもそう思ったけど今は梨々花先輩と話してるの。あんたは黙ってて」
「くそー! ですわ!」
十二人だとわたしと環奈ちゃんが選ばれない? どういうことなんだろう。まぁいいや。
「わたしは行こうかな。せっかくの機会だし」
「ならあたしも行きます」
環奈ちゃんはわたしを好いている。
いや、そんな単純な話ではない。
環奈ちゃんがバレーをやる理由。それがわたしの存在になっていた。
わたしがいればどこでも行くし、脚を怪我していようがバレーを続ける。
それはきっと間違っているのだろう。バレーをやる理由としてふさわしいわけがない。
でもわたしがバレーをやる理由も環奈ちゃんのためだから。
その間違いを受け入れるしかなかった。