第4章 第28話 電撃
「GoodEvening、翠川きらら」
行きと同じ制服に着替え、全ての荷物を持って合宿所を出ようとすると、片手を腰に当てた高海飛鳥が私の目の前に立ちふさがった。
「……なんのようですか? 自分はトラッシュ落ち。帰ってもいいって最初言ってましたよね?」
「あなたを逃がすつもりはないとも言ったわね。悪いけど帰らせないわよ、力ずくでもね」
この中学生が自分を降格させた理由はわかっています。自分の今のスタイル、トータルディフェンスを捨てさせ、私のスタイル、キルブロックをさせるため。そのために今日一日自分に地獄を見せたのです。
「あなたがどんなことを考えていようが、自分が言うことを聞かなければ全てが無意味。だから自分は帰らせてもらいますよ、無理矢理にでも」
力ずくと言ったって身長百五十センチそこそこの高海飛鳥じゃどうやったって自分には勝てない。百七十越えの九寺さんでもいれば話は変わったでしょうが、午後からあの方の姿が見えません。大事なところで使えなかったメイドを恨むんですね。
「ではさようなら。できれば二度と会わ、が、ぁっ!?」
高海飛鳥の横を通り抜けようとした瞬間、私の腹に、激痛が……!
「こうも言ったはずよ。あなたの意思なんて関係ないって」
腹から入った痛みが指の先まで一瞬で通過していき、身体に力が入らなくなる。そんな私の瞳に映ったのは、高海飛鳥が持っている先端に二つの銀の輝きを持つリモコンのような機械。その間に青白い光が走った。
「スタン、ガ……!」
自身の身に何が起きたのか理解した時、私の身体は床に崩れ落ちた。
こいつ、スタンガンを使いやがった! 力ずくにも限度ってものがあるでしょ!
当然こんなものを受けるのは初めてだが、到底耐えられる代物じゃない。気を失いたくても身体中に走った電撃がそれを許してくれない。
「あら、思ってたより威力があったわね」
「ぅっ」
楽しげにそう笑うと高海飛鳥はしゃがみこみ、あろうことか私の髪を掴みあげる。
「まぁ気絶しなかっただけ上等ね。私一人じゃ運べないし」
「は……なせよクソガキ……!」
「いい目ね。やっぱりそうじゃないと調教しがいがないわ」
顔を近づけて侮蔑の表情を浮かべる奴を睨みつけると、心底楽しそうに笑って手を離す。さらに立ち上がると、勢いを弱めることもできずに床と衝突した私の頭をハイヒールでぐりぐりと踏みなじってくる。
「この……調子乗ってんじゃ……!」
違う! こいつの目的はとにかく私を怒らせることにある。
怒らせて、理性を失わせて、自分を捨てさせる。
「……好きなだけ、やればいいじゃないですか……!」
だからここは耐えてやる。耐えていればきっと誰かが来るはず。そうすればさすがのイカレクソガキも手を出せなくなるはず……!
そう決意した自分の視線の先を、再び電流が走った。
「ついてきなさい、翠川きらら」
「……はい」
その光は、再び私の心を折るのには十分だった。
「お待ちしておりました」
高海飛鳥が私を連れてきたのは、合宿所の端にあるこの中学生たちの部屋の隣の誰も使っていない部屋。間取りは隣と同じだが、私たちを出迎えた九寺さんが持っているのは……!
「ムチ……!」
「安心しなさい、使うつもりはないわ。あなたが私の言うことをちゃんと聞いてくれればの話だけど。薬」
高海飛鳥の命令に従い、九寺さんは窓の格子と私の腕を手錠で繋ぎ止める。窓の位置の関係で、私は両腕を上げて膝をつく体勢になった。
「ふぅん。中々いい景色ね」
高海飛鳥の視線が夏服の袖から覗く腋に注がれる。隠そうともがくが、腕が完全に伸ばされているせいでこれっぽっちも動くことができない。
「帰りの電車がなくなる。手短に終わらせて」
「帰らせるつもりはないけど、手短に終わらせたいのは私も同じ。スケジュールが詰まってるのよ。私も、この部屋も」
この部屋って……!
「私以外にも……まさか梨々花さん!?」
このガキが目を付けているのは私と梨々花さん。だとしたら何としてでも耐えて……!
「はぁ? 小野塚梨々花なわけないじゃない」
しかし高海飛鳥は笑う。馬鹿にし、小馬鹿にし、嘲笑う。
「あれは水空環奈を元に戻すための餌よ。わざわざ私が手を下すわけないでしょう」
元に……戻す……? その意味を訊ねようとすると、口に出す前に高海飛鳥は得意げに語り出す。
「中学時代の水空環奈は素晴らしかった。勝利にしか興味がなく、勝利を求め、そして何より強かった。なのに今は小野塚梨々花なんかに執着している。困るのよ、そんな恋愛脳のどこにでもいる普通の高校生になられたら。あれは私の計画の大事なパーツなんだから」
「計画……?」
「おっとしゃべりすぎたわね。じゃあそろそろ始めましょうか」
ゆっくりと近づいてくる悪魔に、今さら何をと訊ねる必要もない。
「ここからが本当の地獄よ」




