第4章 第25話 神曲
〇きらら
「ちゃんとブロックしてよ!」、「ふざけてんの!?」、「使えねぇな!」。
もう聞きなれたと思っていても、声が飛んでくるたび心臓が締め付けられる。
「お前らだって止められないだろ」、「正面に飛んできても拾えないくせに」、「黙ってろチビどもが」。
そう言ってやりたい気持ちを抑えることに精一杯で、試合に集中できない。疲れと怒りで視界が真っ白になっていく。まるで自分のものじゃないみたいに身体が重い。
そしてやっぱり一番思ってしまうのが。
『私が本気を出せば止められるのに』。
というどうしようもない事実でした。
三軍対一軍の試合は23対84というトリプルスコアも超える圧倒的な差をつけられていました。
自分がいる三軍は全員がスパイカーで攻撃力は二軍並と言ってもいいのでしょうが、とにかくレシーブができない。
レシーブがなければ攻撃に繋がらず、たとえ攻撃に移れたとしても加賀美さんと木葉さんのブロック、環奈さんと天音さんのレシーブを崩すことはできない。
しかも試合時間が短いせいでまだ木葉さんの体力は残っていますし、味気ない試合に流火さんは『熱中症』に入ることすらありません。
唯一つけこめる弱点を失った一軍は本当に強い。自陣の選手を追い詰めるような無能どもしかいないこのチームでは手も足も出ません。
また風美さんのスパイクがくる。自分はコースを塞ぐ。空いたスペースにレシーバーが全然集まってくれない。この試合で何度見た光景でしょうか。
「ブロックできないんだったらどっか端に行っててくれる!?邪魔なんだけど!」
「やる気ないなら帰ってくんない!?」
「あーあ、試合に出られない子かわいそー!」
点が入り、紗茎の三年生の方が寄ってたかって自分を責め立てます。
「……すいません」
それに対し自分はなにも言い返せません。信条を理由に止めるためのブロックをしていないのは事実。悪いのは自分なんですから。
ですが自分も今さら引き返すわけにはいかないんです。胡桃先輩の教えはもちろんですが、それ以上に高海飛鳥の思い通りにさせたくない。
高海飛鳥の目的は独りよがりな私モードを引き出し、その先にある過集中を使わせること。そのために自分を下に落とし、梨々花さんを試合から外し、風美さん中心の試合になるようコントロールしているのです。
目的とやることさえわかっていれば対処は簡単です。誰になにを言われようが、自分のスタイルを曲げないこと。
どんなに辛い目に遭おうが、自分を貫ければ奴の負け。自分の勝ちです。
だから自分は……!
「流火ちゃん、ちょうだいっ」
再びトスが風美さんに向かうかと思っていると、後衛の天音さんが手を挙げました。この試合でトスを求めたのは初です。
……ですが、ここでなにも考えずに天音さんに跳ぶことはしません。リードブロック。トスを見てから、跳ぶ。これなら遅れることはあっても振り切られることはありません。
「天音ちゃんっ」
きたっ! そのまま天音さんにバックトス!
自分の両隣の無能どもはなんだかんだ風美さんを警戒していたのでカバーには時間がかかりそうです。ですが天音さんのスパイクは風美さんと比べるとそよ風のよう。暴風には立ち向かえないレシーバーでも、天音さん相手ならコースさえ絞れればなんとかなるはず!
「はぁっ!」
クロスを塞ぎ、打てる場所はストレートのみ! ここで一矢報い……!
「え……?」
しかし天音さんが放ったボールは自分の腕に当たり、向こうコートに落ちました。
「あーっ、ごめーんっ!」
ひさしぶりの得点なのにまったく声を出さない三軍とは対照的に、頭を抱えて悔しがる天音さんとそれを励ます一軍。涙が出そうです。もちろん。
「勝手に同情して馬鹿やってんじゃねぇよ」
怒りと屈辱で。
「っ。ち、ちがっ、わたしそんなつもりじゃ……!」
「違わねぇよ。私を誰だと……! っ!」
自分は、なにを言って……!
「ごめんなさい……!」
突然の暴言にあたふたする天音さんに頭を下げ、そしてそのまま耐えきれなくなってうずくまる。
ここまであいつは考えていたんだ! 行き過ぎた正義感を持った天音さんなら、周りに責められなにもできないかわいそうな一年生を助けるはず。
そしてその優しさが人を苦しめることを知っている。しかも自分はただのかわいそうな一年じゃない。様々なスポーツで成功を収めた天才。
心よりも、プライドが傷つけられる……!
「きら、ら……?」
立ち上がった自分を見上げ、環奈さんがわずかにネットに近寄ってくる。
「大丈夫……?」
「大丈夫に……決まってるよ……!」
「でも、涙が……」
涙? 涙なんて出るに決まっている。
なにもできない現状と、相手にも情けをかけられた屈辱と、汚された過去の栄光。全てを受け入れて平然としていられるほど私は強くない。
それでも、私は。
「私は! 胡桃先輩が間違って、ないって! 証明しなきゃいけないんだっ!」
だから立ち止まっている暇はない。これが私の責任なんだ。
胡桃先輩の教えを破り、その結果胡桃先輩のバレーを終わらせてしまった責任。
これを果たすまで私は私になるわけにはいかない。
「生意気なガキも、ただの天才も、全部全部! 私が胡桃先輩のバレーで倒してやる……!」
それでも結果は34対115で三軍の負け。結局一度もトータルディフェンスは成功しなかった。
「翠川きらら、あなたは四軍に降格よ」
クソガキがなにか言っている。四軍……ということはまた一軍との試合……。まぁでもこれは想像通り。しかもここなら。
「翠川さん。あなたがやりたいバレーを私たちがさせてあげるわ」
「馴れ合うつもりはありませんでしたが、状況が変わりましたわ。ここまで友だちをコケにされて黙っていられるほどわたくしは大人じゃなくてよ」
四軍には珠緒さんと雷菜さんがいる。この二人のレシーブ力ならコースさえ絞れれば風美さんのスパイクもなんとか拾えるはず。そうだ、一人じゃ勝てなくても仲間さえいれば……!
「深沢雷菜、新世珠緒。あなたたちは三軍に上がりなさい」
逃げられない。高海飛鳥からは、決して……!
「あんたは……何が……したいの……?」
再び流れ出した涙と共に零れたのは、答えのわかっている問い。
でも煽るような笑みから出た答えは、過集中を引き起こすという私の予想を遥かに超え。
私の全てを否定するものだった。
「私は、真中胡桃が間違っていると否定したいのよ」




