第4章 第22話 リンボ
自分の未熟さを突きつけられて、様々な人の下を練り歩いた合宿二日目から一夜明け、合宿三日目。今日が実質折り返し地点です。
「矢坂丹乃、蒲田霧子。あなたたちは翠川きららのサイドにつきなさい」
初戦の二軍対一軍の試合の直前、高海さんが自分たちにそう指示しました。
「だが私たちはアウトサイドヒッターだ」
「いいから言う通りにしなさい」
本来同じポジションの選手は一直線に並ぶことがないよう対角につくことになります。蒲田さんの当然の言葉を軽く受け流し、高海さんはさっさと一軍の方を向いてしまいました。
「一軍も私が指示した通りに並びなさい」
高海さんがそう言うと、不満そうな表情を隠すことなく一軍の方々も並びます。
「え……?」
前衛センターにいる自分の正面にいるのはアウトサイドヒッター、風美さん。それはいいのですが、サイドにいるのは環奈さんと流火さん。このお二人は攻撃がほとんどできないので弱いローテを作らないよう対角に並ぶのがベターなのですが、前衛スパイカーが風美さんだけというローテとなってしまいました。
『あなたには地獄に堕ちてもらうわ』。昨夜高海さんが言った言葉を思い出します。おそらくその延長線上にこのローテがあるのでしょうが、その意図を読み取ることがまったくできません。
しかしそれは試合が始まる前まで。すぐに嫌でもその理由を知ることになりました。
「風美!」
試合が開始し、一発目に流火さんが選んだのは風美さんのスパイクでした。当然です。前衛スパイカーは風美さんしかいないのですから。
「クロス! せーのっ!」
自分が声を上げ、百七十センチ越えのブロックが三枚並んだのですが、
「ふぅっ」
風美さんのスパイクは自分と蒲田さんの間をすり抜け、二軍のコートに叩きつけられました。……後ろには紗茎の三年生の方がいたと思ったのですが届かなかったようです。
「どんまいですっ。次取りましょうっ」
まぁミドルブロッカーがレシーブ苦手なのは当然のこと。それに蒲田さんのブロックが自分から離れてしまい、レシーブがしづらかったはずです。あまり落ち込まないようにそう声をかけたのですが、
「ちゃんとブロックしてよ、翠川さん」
三年生の方にそう怒られてしまいました。
「自分はちゃんとしましたけど……」
今のは自分に合わせてクロスを締めず、普通にスパイクを止めようとした蒲田さんのミスのはずです。
「翠川、なぜスパイクから逃げた」
それなのに蒲田さんも自分を責めました。
「逃げた……? 逃げたつもりはないのですが……」
「ならなぜ止めなかった。今のこの前衛なら蝶野を止めることだってできたはずだ」
風美さんを止めるって……この方本気で言ってますか? この合宿に来ているメンバーで風美さんをドシャットできるとしたら木葉さんと天音さん、加賀美さんくらいのものでしょう。ワンタッチしようにも吹っ飛ばされて終わりです。環奈さんがいれば吹っ飛ばされても拾える目はあるでしょうが、今の後衛じゃ……。
「!」
ドシャットする以外、風美さんのスパイクの対処はできない……?
ワンタッチも拾えないんじゃ、レシーブなんてできるわけがありません。鰻さんはセッターでトスがある以上レシーブは避けたいですし、紗茎の三年や紅葉学園の方では風美さんの超強力な一撃を拾えない。可能性があるオールラウンダー型の矢坂さんと蒲田さんも前衛でブロックに跳んでしまっています。
じゃあ自分の、胡桃先輩のトータルディフェンスは、このチームでは使えません。ローテがずれれば話は変わってきますが、少なくともこのローテではまったくの無意味。
「ガキが……!」
これが高海さんがこのローテを強制した理由。風美さんのみにスパイクを集中させ、対処させるために私モードを引き出させるつもりですね……!
「矢坂さん、蒲田さん、レシーブに回ってくれませんか……?」
そうはさせません。向こうの意図がわかっている以上対処もできます。意地でも計画に乗ってやりません。
「ふざけるなよ翠川」
しかし自分の意図は蒲田さんによって一蹴されてしまいました。
「貴様の技術が低いのはわかっている。だが腹立たしいことに貴様には身長がある。普通に跳んで腕を前に出せば蝶野を攻略できるはずだ」
蒲田さんの言っていることはもっともです。この三枚の壁ならいくら来るとわかっていれば風美さん相手といえどなんとでもできる。でも、自分は……。
「それは、できません……」
自分の行くべき道がブロックとレシーブの連携、トータルディフェンスだとわかった今、レシーバーを切り捨ててただブロックに跳ぶなんてしたくありません。
「蒲田さんがレシーバーに回ってくれたら自分が必ずコースを塞いでみせます! 自分を信じてください!」
「……やはり貴様とは話す価値はないな」
しかし自分の願いは、蒲田さんに届き得ませんでした。
「矢坂、この独活の大木は捨てて二人で止めるぞ」
「ぇ……や……」
「返事はどうした!」
「はっ、はいっ!」
蒲田さんに脅され、矢坂さんも協力してくれない。
昨日、自分は一軍の方々に劣っているとはいえ、三軍四軍相手にはそこそこ通用していると思っていました。
どんな強力なスパイクが相手でも、自分のブロックがあれば打つコースを誘導することができる。胡桃先輩の教え通りにやっていれば格上にも通用する。そう実感していました。
でも、それは違いました。
自分がすごいんじゃない。環奈さんがすごかったんです。どんなスパイクにも、コースさえ絞れていればほぼ間違いなく拾える環奈さんが。
思えばいつでもそうでした。自分の後ろには、必ず環奈さんか梨々花さんがいてくれる。だから自分は通用していたし、迷うことなくこの道を信じてこれた。
でも今。頼れるレシーバーがいなくなり。
自分の評価は、独活の大木。
大きいだけで、役に立たない。
「――私だったら、止められるのに」
っ!
違う! 違う違う! そうじゃない、です!
私だったら止められる。そうでしょう。その通りかもしれません。
でもスパイクを止めることだけがブロックじゃない。止める必要がないんです。
……そうです。そもそも自分は花美高校の選手。この三年間、必ず環奈さんが後ろにいてくれるじゃないですか。
だったら問題ない。国体なんてどうでもいいです。花美で通用してればそれでいいんです。
こんな試合、勝てなくてもいいじゃないですか。
そう決めた二軍対一軍の試合。結果は53対115。やはり過集中をコントロールできなかった流火さんと木葉さんが途中から自分以上の無能になったとはいえ、ダブルスコアで負けてしまいました。
正直きつかったのは前衛より後衛の時。本来前衛に出ない環奈さんが回ってくるのがこの試合の特徴ですが、同時にスパイカーが前衛に三枚並ばないのも特徴でした。
でも高海さんが強制したこのローテでは、天音さん、加賀美さん、木葉さんが並ぶこととなる。その際には自分は後衛。レシーブができない自分では、どうがんばっても通用しませんでした。それは木葉さんが使えなくなっても同様。
つまり自分は、この試合で前衛でも後衛でも貢献できませんでした。
まぁいいです! 次の試合は二軍対四軍。どうせ高海さんのことだから雷菜さんと自分をマッチアップさせるつもりでしょうが、そもそも雷菜さんの武器はブロックアウト。まともにブロックで戦うつもりはありません。
それに一軍相手でなければトータルディフェンスだって可能です。色々辛かった試合ですが、これでなんとか……。
「翠川きらら、あなたは三軍に降格よ」
「……え?」
しかし高海さんは逃れることを許さない。まだまだ地獄はこれからだと、そう宣告してくる。
「次の試合は二軍対四軍。そして一軍対三軍。しっかり準備しておくことね」
三軍じゃ、二軍以上にレシーブはできない。それにもし三軍での試合の後に四軍に落とされたとしたら……。
「あ……あぁ……!」
震えが止まらない。まさかこのためにレシーブが上手な梨々花さんを四軍から落としたとしたら。
高海飛鳥は、徹底的に自分を、潰そうと……!
「もう、やだぁ……!」
自分は今日、三度地獄に堕ちることが決定した。




