第4章 第21話 模倣
「自分はあなたに学ぶ気はありませんし、転校するつもりもありません。どうしても自分と一緒にバレーがしたいと言うのならあなたが花美に入学してください」
満面の笑みで詰め寄って来る高海さんを払いのけ、自分は強めにそう言い放ちます。
「嫌よ。いくら私が指導したとしても花美じゃ紗茎、藍根を超えることはできない。そうだ、藍根にしましょう。それで水空環奈、新世珠緒も一緒に転校すればいいわ。そうすればあなたたち三人とも次年度にはレギュラー決定よ。これなら全国制覇は確実。黒鷲旗でもいいとこまでいけるかもしれないわ。どう? 悪い話じゃないでしょう?」
それでも高海さんに譲る気配は一ミリもありません。まずいです、こんな話をされたら珠緒さんなら本当に転校してしまいそうな気がします。なんとか自分が食い止めないと……!
「評価していただけているのはありがたいのですが、明らかに買い被りすぎです。自分はそんな大層な人間ではありません」
本音を言えば買い被り、とまではいかないと思います。バレーボールの厳しさを知って易々とプロとなどは言えなくなりましたが、それでも天才なのは事実。このまま努力を続けていればかなり上までいけるでしょう。まぁ全国制覇や全日本まで行けると思えるほど傲慢ではありませんが。
「あなたが卑下したくなる気持ちもわかるわ。いえ、そうさせたと言っておくべきね。むしろそうなってくれなければわざわざ一軍に入れさせた意味がないわ」
言っている意味は……まぁわからなくもないです。薄々、いえ大方理解していたので。レベルの高い場所に入れて、調子に乗っている生意気な一年の鼻っ柱を折る。運動部らしい陰湿なやり方です。
「大丈夫、あなたは天才よ。バレーでも、ポジションでもない。もっと広大で、もっと高尚な才能。スポーツの才能をあなたは持っている」
そして高海さんは語ります。過集中と同じような塩梅で、胡散臭く、魅力的に。
「水空環奈の『浸透』が能力向上、飛龍流火の『熱中症』が技術向上、木葉織華の『寄生』が感覚向上だとしたら、翠川きらら。あなたの過集中は才能向上。『模倣』よ」
模倣。真似。つまり、他人の技術を使うこと。
「あなただけじゃない。小野塚梨々花の過集中も『模倣』よ。小野塚梨々花はバレーの才能によって。翠川きららはスポーツの才能によって。他人の技術が自分にもできるなら再現できる」
ずっと不思議だと思っていました。梨々花さんが練習もせずに複数のサーブを扱えたこと。雷菜さん並の跳躍を見せたこと。両利きの音羽さんのように左腕を咄嗟に動かせたこと。
それが、たとえばテレビでやっている試合でサーブを観たから。ネットの向こうにいる選手の技術を観たから。自分もやってみたらできた、ということだったら。
自分も同様です。藍根との試合の終盤、胡桃先輩のスピンターンと風美さんのスパイクを再現することができました。もっとも風美さんとは体格や筋力が違うので完璧な再現とまではいきませんでしたが、細身な長身という共通点があった胡桃先輩の技はほぼそのまま、いえ身長的には上位互換で放つことができました。
これが、高海さんのいう『模倣』。
「だとしたら梨々花さんを誘えばいいじゃないですか」
梨々花さんの場合は不完全な自分とは違い、ほぼ完璧なまでの再現を見せました。それなのに高海さんは珠緒さんという天才というより秀才側の選手の名前は出したものの、梨々花さんを転校させようとはしませんでした。
「あれはトラッシュよ。確かに『模倣』の精度は認める。でも圧倒的に身長が足りない」
高さがなければ、ゴミ。それはあまりにもわかりやすく、あまりにも残酷で、あまりにも真理です。
「いくら才能があってもさすがに小さすぎる。花美はビッグサーバーとして扱っているようだけど、あの打点の低さでは底が知れているわ。インハイでの紗茎戦は相手の油断があったから打ち崩せていたけれど、春高での藍根戦ではサービスエースが一度もなかったのがその証拠。スパイクにしても深沢雷菜ほどに自身の戦い方をわかっていれば話は変わってくるけど、現状ただのびっくり人間に過ぎないわ」
びっくり人間。試合中の梨々花さんの迫力をそう表すにしてはいささか間抜けすぎます。でもそう呼んだということは、つまりそういうことなのでしょう、
「その点あなたはすばらしいわ、翠川きらら。よく人は自分では理解できない存在を『天才』と呼ぶけれど、天から与えられた才能を持つ人間はそう多くない。なんせ体格、センス、知力。その他諸々の能力を全て備えていることが天才の最低条件。そうね、この合宿に来ている人間で今後の成長性も踏まえ天才と呼べるのは、」
水空環奈。翠川きらら。双蜂天音。木葉織華。蝶野風美。飛龍流火。そして、九寺薬。七人の名前を挙げ、高海さんは楽しそうに笑います。
「多く聞こえるだろうけど、これでも徹底的に削ったのよ。他県のほとんどは一人もおサングラスに敵う人間はいないわ。岩手は特別も特別。ほんっと、最高にPERFECTな場所よっ!」
なんだか楽しそうなのはいいのですが……。
「おサングラス……?」
「お眼鏡のことです。ご了承ください」
うわ、高海さんの後ろで控えていた九寺さんが急に耳打ちしてきました。よかった、てっきり珠緒さんのようなアホみたいなお嬢さま言葉を使っているのかと思いました。
「とにかくです!」
すっかり高海さんの話を聞いてしまっていました。自分はこの方を遠ざけなければならないのです。高海さんが自分を評価している点は身長、センスからくる才能。つまり過集中、『模倣』。
ですが自分はそれを使うつもりはありません。そんな才能に任せた強さは求めていないのです。
「お話ありがとうございました。自分は自主練に戻ります」
「それはジャパン流の遠回しに断る、というやつかしら?」
「そういうことです。昼間言った通り、自分は過集中を使うつもりはありませんし、あなたの言うことを聞くつもりはありません」
自分がきっぱりとそう告げると、高海さんは止める素振りもなく資料の山に倒れました。
「……では自分はこれで」
あんなに自分に執着していたのにあっさり自分を手放した高海さんに不信感を覚えつつも、自分は九寺さんに頭を下げドアノブに手をかけます。その瞬間、あの人の名前が呼ばれました。
「真中胡桃、ねぇ……」
「!」
自分は胡桃先輩のことをこの方に話していません!
「どこで、その名を……!」
「私の言うことは聞かないと言ってなかったかしら?」
「日本語の意味が違います! 言う言、じゃなくて、言う事、です!」
胡桃先輩のことを知られるのはまずいです。あれは自分の標。同時に弱点。
胡桃先輩を言いくるめられたら、胡桃さんになにかされたら。『自分』がどうなるのか、自分でもわかりません。
「あなたは、どこまで知って……いえ、なにが目的で、自分を……!」
「そんなこと知らなくていいのよ、翠川きらら」
高海さんはまるで興味なさげに言います。自分とのやり取りは全て無駄だと、そう考えているかのようです。
「あなたが何も考えなくていい。何も想わなくていい。私に目をつけられた時点で、あなたの自由意思は失われているのよ」
そして高海さんは、最後に自分にこう告げました。
「とりあえず明日、あなたには地獄に堕ちてもらうわ」




