第4章 第20話 私からは逃れられない
「ご主人さま、翠川さまをお連れしました」
「入りなさい」
高海さんのメイドである九寺さんが自分を連れてきたのは、合宿所の隅っこの一室。自分たち生徒が使用している部屋からかなり離れている場所でした。
「Welcome、翠川きらら」
六人用の部屋を埋め尽くす大量の資料とパソコン、タブレットの山の中から顔を出した諸悪の根源、高海さんが顔を出しました。
「適当に腰かけてちょうだい」
「足の踏み場もないんですが」
「薬、がんばって」
「かしこまりました」
高海さんの指示に従い九寺さんが部屋の隅の資料をどかすと、その下から布団が現れました。この上に座れということでしょうか。
「それで自分を呼んだ理由はなんですか?」
「あなたが自主練なんてトラッシュなことを始めようとしていたから止めたのよ。ジャパンは何でも残業すればいいと思っているからね。非効率甚だしいわ」
九寺さんに資料の山から引き抜いてもらいながらそう語る高海さん。
「というかなんで自分が自主練していたことを知ってるんですか?」
「何もない時間をどう使うのか知るのも指導者の役目よ」
ようやく資料から抜け出した高海さんは近くにあったパソコンを触ります。そこに映し出されていたのは……、
「体育館!?監視カメラあるんですか!?」
「強化合宿の間だけね。ちなみにこれだけじゃないわよ」
別のパソコンに映っているのは、トランプで遊んでいる一軍の方や、ストレッチをしている二軍の藍根の方たちの映像。
「これ……部屋にも監視カメラが……!」
「そう。昨夜のお楽しみの様子もばっちり見ていたわよ」
「お楽しみがなにかはわかりませんが……プライバシーの侵害ですよこれ……!」
「別に私も好きでやっているわけじゃないわ。休むべきところで休めない無能を探すために仕方なくやっていることよ」
「だからってやっていいことと悪いことが……!」
「バレーのためよ。あなたたちはバレーのためにこの合宿に来た。文句言われる筋合いはないわ」
だめです、この方話ができません。
「呼び出された理由はわかりました。では自分は帰ります。珠緒さんたちも止めればいいのでしょう?」
「いいえ。深沢雷菜と新世珠緒はあのままでいいわ。あの二人の長所、向上心を下手にコントロールするのは確実に悪手よ」
「では紗茎の三年生の方々に監視されている事実を伝えてきます。遊んでいるのは一軍の方々と同じなのに評価が下がるのはいただけません」
「双蜂天音のようなことを言うのね。私と話したくないから思ってもないことを言って逃げるつもりかしら?」
……この中学生、意外と見えています。
「それに紗茎の三年が遊んでいようが別に構わないわ。あれらはただの人数合わせ。どれだけ努力してようが遊んでいようが選抜メンバーに入れるつもりはないわ」
人数合わせ……いえ、それよりも……!
「もうメンバーは決まっているんですか……?」
「合宿を始める前に二パターンね。あぁ、どちらを選んだとしてもあなたはメンバーに入れているから安心していいわよ」
驚きを隠しきれない自分に平然と笑顔を見せる高海さん。この方の言う通り紗茎の三年生を気にしてはいないのですが……、
「さすがにそれは、かわいそうです……!」
三年生は春高が終われば引退。もう時間はないんです。それなのに無駄な合宿に参加させられるだなんて……! いくらなんでもあんまりです。
「別にいいじゃない。あんなトラッシュのことなんて」
この方なら自分が怒っていることも理解しているはずです。それなのに高海さんは自分を試すような、嫌らしい笑みを浮かべてばっさりと三年生を斬り捨てました。
「それよりもあなたのことよ、翠川きらら」
そして一転、純粋な輝かしい笑みを浮かべて資料を掻き分けて自分へと近づき、手を取りました。
「私はあなたに惚れているのよ翠川きらら! 身長、センス、才能。どれを取ってもPERFECT! 私の理想の女性だわっ!」
「は、ぁ……!?」
な、なにを言ってるんですかこの人……!
そして自分の動揺を意にも介さず、瞳を輝かせながら高海さんは続けます。
「転校しなさい翠川きらら! 紗茎でも藍根でもいい。あなたが選んだ学校に私は来年入学するわ!」
「てん、こ……」
「水空環奈の存在は魅力的だけど、それを差し引いても花美じゃあなたの才能は活かしきれない!」
「普通に、嫌なんですけど……」
「大丈夫! 私の計算ではどちらの学校を選んでも来年、再来年と全国制覇をさせてあげられるわっ!」
「だから、話を……!」
「それだけじゃないっ! 私についてくれば全日本のメンバーに入れるまで成長させてあげるわっ!」
「話を、聞けーーーーっ!」
力強く高海さんを遠ざける自分。遠ざけていたんです、自分は。
それでも高海さんは決して自分を逃がしてはくれない。
自分は。
私は。
彼女に出遭ってしまったことで、もう逃げることはできなくなっていた。




