第4章 第14話 バレーボールはおもしろい
〇きらら
「おかえりー。思ってたより早かったね」
高海さんからの過集中についての説明の後一軍の部屋に戻ると、部屋着に着替えた天音さんと風美さんが出迎えてくれました。そして部屋にいるのはもう一人。
「すいません。早く出て行きますね、加賀美さん」
二軍から一軍へと昇格した加賀美さんが、天音さんのベッドに寝転がりながらお菓子を貪っていました。
「いーよいーよ。ていうかきららんもこっちで寝たら? 二軍の人たち辛気臭いからしんどいよー」
「いえベッドの数足りませんし……」
話したことないのにあだ名呼び。しかも奇しくも日向さんと同じ呼び方です。
「あの、同じポジションとして相談に乗ってもらっていいですか?」
「ん? あーいいよ。なんでもこいっ」
ちょうどいい機会です。確かめておきたい。
自分の選択が正しかったかどうかを。
「加賀美さんは点を取るブロックと、味方をサポートするブロック。どちらが正しいと思いますか?」
自分の限界を超えた力を引き出す過集中。それをするために『自分』を捨てろと言われましたが、自分の返答はノーでした。
私モードになったらおそらく自分は一人で点を取ろうとするでしょう。だってそれができるから。
でもそれは胡桃さんの教えからは反しています。止めることに固執するブロックを自分はしたくありません。
だから自分は過集中を諦め、あくまで『自分』として戦うことを決めました。
でもそれが正しい選択かどうかはわかりません。叩き落とすことこそブロックだと言っている木葉さんからしたら間違っているでしょう。
だから自分は知りたい。他のブロッカーはなにを考えているのかを。
「え? んなのケースバイケースじゃない?」
……まぁ、そうですが。
「キルブロックとソフトブロックでしょ? あーキルブロックはスパイクを叩き落とすブロックで、ソフトブロックはスパイクの威力を弱めるブロックのことね」
「自分が訊きたいのはブロックの種類じゃないのですが……まぁ意味的にはそうです」
「あたしは適当にやってるよ。点を取れるなーって思ったらキルブロックだし、風美ちゃんみたいな強いスパイカーにはソフトブロックだし。コースを塞ぐのだってやるし、腕移動だってやった方がいいと思ったらやる。ていうかんな難しいこと考えてても試合じゃ盛り上がっちゃって動けないっしょ」
「ごめんなさい、翠川さん。和子はちょっと変わってるので参考にならないかもしれません」
ちょうどこの方参考にならないですねと思ったタイミングで天音さんが助け舟を出してくれました。
「わたしもさっき聞いたんですけどこの子バレー部のない葉原女学校に入ったんですよ。考えられますか? ありえないでしょ」
バレー部がない学校……? えっ、それって!
「試合に出てないんですか!?」
「いやね、あたしも試合に出たくないってわけじゃないんだよ? でも部員が一人も入ってこなくてさー。しゃあなしで社会人チームに混ぜてもらってんの。マオちゃん……珠緒ちゃんと同じママさんバレーにも通ってるから一応練習はできてんだけどね」
練習はできてるって……。この方、『銀遊の参』ですよね……? 全国制覇した方なんですよね……?
「なんでそんな……もったいない……」
「あははっ! もったいないよねー! わかるわかる! あたしもそう思うもんっ!」
信じられないものを見るかのような視線になってしまった自分を笑い飛ばす加賀美さん。
自分みたいなタイプだったら理解はできます。そのスポーツに愛着がなかった場合。でもこの方は自己紹介の時、「バレーボールはおもしろいっ!」とか言ってましたし……。
「前の環奈さんみたいにバレーができればいいってタイプですか?」
「え? 水ちゃんそんなこと思ってたの!?ずっとビクビクしながらやってたから嫌いなんだと思ってた!」
「いやその……色々ありまして……」
そういえば環奈さんって中学生の頃は監督に怒られないためのバレーをやっていたんでしたっけ。というか環奈さん、この方苦手ですね?
「別にバレーができればいいってわけじゃないよ。試合に出たいし、勝ちたい。ただそれ以上に、バレーがおもしろいんだよ」
積極的なタイプを苦手に思う環奈さんの素が見れてちょっといい気分になっていると、静かな。この場には似つかわしくないとても静かな声が部屋にあふれました。
バレーがおもしろい。楽しい。そんな子どものような純粋な想いを持っている人はこの場にこの方しかいません。
環奈さんは梨々花さんのため。流火さんはトスオンリー。風美さんは流火さんと一緒にいるため。木葉さんは向いているから。天音さんはおそらく音羽さん関係。そして自分は、木葉さんに勝って胡桃さんのバレーが正しかったと証明するため。
それはこの部屋だけに言えることではありません。この合宿に来ている人のほぼ全てが、そんな想いを捨てて勝つために挑んできています。この場所はそういうステージなんです。
「バレーがおもしろいってことをもっと多くの人に伝えたい。だからバレー部がない学校を選んだんだけど、現実は厳しいや。毎日毎日バレーを紹介してるのに誰も興味持ってくれない。そりゃそうだ、この世界にはスポーツよりももっと手軽で楽しめるもので溢れてるんだもん」
手持ちカバンから取り出したトランプやスマホを散らばせてそう語る加賀美さん。自分ではこの方の気持ちはわかりません。自分が好きなものを好きになってくれないことの辛さは自分の想像を遥かに超えているでしょう。
「でもやっぱりあたしにとってはバレーが一番おもしろい。だってボールを持っちゃいけない、二回連続で触っちゃいけない、どうしても仲間を頼らなきゃいけないんだよ。こんな難しくて楽しいものある?」
こんな難しくて……辛いものは、確かにないです。一人だけで戦えたらどれだけ楽か。自分が一番よくわかっています。
だからこそ自分は、挑まなきゃいけないんです。
「ありがとうございました。そろそろ二軍の方に行こうと思います」
「え? なんかあたしだけ語っちゃったんだけどもういいの?」
「はい。おかげでやるべきことが見えました」
バレーは一人じゃ勝てない。だったら自分の選択は正しいはずです。バレーにおいて『私』を使うのは間違っている。改めてそれを認識することができました。
「では、行ってきます」
そう挨拶し、自分は居心地のいい空間を後にしました。




