第4章 第12話 甘美な響き
〇梨々花
ボール、わたしに、飛んでくる。左前、二歩。わかってる。わかってるのに。
「ぁっ……くぅ……!」
脚が、動かない……!
笛の音が二回鳴り響く。試合終了の合図。結果は、
「はぁっ……はぁっ……!」
85対125。わたしたち四軍の完敗だった。
なんでだ……48対40までは覚えてる……途中のわたしの連続サービスエースから大幅にリードを取れていた。
なのに途中から完全に足が止まってしまった。疲れを隠せなくなり、邪魔にならないようコートの隅でただ立っていることすらしんどかった。
体力不足……ではないと思う。本来の試合に均したら二セット目中盤で駄目になったということ。さすがに普段はない……けれど。
春高予選での対藍根戦。そこでも同じことが起こった。二セット目中盤からの急激な体力低下。共通するのはレシーブやトスだけでなく、スパイカーとしての役目も担ったこと。慣れないプレーが体力を奪っているのか……?
「あんたさ、いい加減にしてくんない?」
床に倒れながら息を整えていると、紗茎の三年生が怒りに満ちた表情で近づいてきた。
「偉そうなこと言ってた割には中盤からは役立たず。正直今球拾いをやってくれてる控えの子たちの方がよっぽど使える。早く代わってくんない?」
「すいまっ……せん……」
「すいませんじゃなくて代われって言ってんの。あの中学生には私から言っておくから」
「……はい」
なにも言い返せない。本当にわたしは足手まといだった。
でも別に悔しくはない。ここで悔しいと思えるほどわたしはバレーに入れ込んでいない。
絵里先輩も……環奈ちゃんもいないバレーに、わたしは興味がない。
〇きらら
「天音、ちゃんっ」
「風美ちゃん!」
「ふぅっ!」
環奈さんが拾い、天音さんが上げ、風美さんが決める。試合終盤ずっと続いていた流れを踏襲し、試合は125対120で一軍の勝利で終わりました。
「やっと……終わった……」
「つかれだー……」
それと同時に流火さんと木葉さんがコートに崩れ落ちます。後半ほとんどボールに触れていなかったお二人がこの試合で最も消耗していました。
序盤は一軍が圧倒できていたこの試合に転機が訪れたのは、流火さんと木葉さんが『熱中症』、『寄生』に入ったタイミングでした。
スパイカーが打ちやすいというよりは、試合に勝つためのトスを上げる『熱中症』と、相手の攻撃を先読みし、触ることより叩き落とすことに特化した攻めのブロックができるようになる『寄生』。
それぞれ凄いものの理想的過ぎてスパイカーが打ちづらい、ブロックが味方も予測できずレシーブのフォーメーションが組みづらいという弱点を抱えていますが、ここにいるのは全員超一流の選手。デメリットを帳消しにするほどのプレーで、一時は60対29までになっていました。
ですが後半に差し掛かった辺りで突然その精度に陰りがかかりました。トスは雑になり、ブロックは全然跳べていない。疲れてしまったのです。それも、ものすごく。
その後はコートにいても邪魔だという判断に至り、隅で固まってもらうことになりました。つまり四人対六人。いえ、自分はこの頂上戦争にほとんどなにもできませんでした。だから実際は三対六。じわじわと追いつかれながらもなんとか逃げ切り結果的には勝てましたが、その内容はひどいものでした。
「流火ちゃん、おつかれー」
「うー。風美―、ありがとー」
床に倒れて動けない流火さんに、風美さんが試合の間だけ前髪を上げる用に借りているカチューシャを着けてあげます。
「きららもおつかれ」
「環奈さん……」
一応脚を怪我している設定なのであまり動かなかった環奈さんが、わずかな汗をタオルで拭いながら自分にドリンクを渡してくれます。
「でも自分……ほとんどなにもできませんでした」
「そう? きららのブロックのおかげでコース絞れたしあたしは楽だったけど。レシーバーからしたら織華のゲスブロックよりきららの胡桃さん印の基本ブロックの方がありがたいよ。ブロックって止めるだけじゃないしねー」
「はぁ。だったらいいのですが……」
それでも流火さんと木葉さんが離脱したタイミングで自分がもっとなにかできていれば。そう思わざるをえません。
おそらく自分は二軍、いえ三軍、四軍に降格するでしょう。まだバレーを始めて半年足らずですしそれが当然とはいえ、やはり少し悔しいです。
「みんな、おつかれさま。残りの試合はお昼を食べてから。午後もこのままのチームでいくわよ」
しかし高海さんは自分の実力を見誤ったままでした。なんで自分がまだ一軍に……少なくとも同じポジションとして加賀美さんの方が数段上のはずです。
「それと今日の試合終了後、翠川きらら、水空環奈、飛龍流火、木葉織華、小野塚梨々花の五人は残りなさい」
自分はまだまだ弱い。でも確実に強くなれるという自信はあります。
私モードになり、独りよがりなプレーをすれば現時点でも確実に二軍までには入れるでしょう。
でもそれでは木葉さんに、藍根に勝てなかった。だから自分は胡桃さんに倣い、バレーの基礎を学んで少しずつ強くなることを決めたのです。
それでもこの無力感を味わってしまうと。
「あなたたちを今すぐ強くしてあげるわ」
その甘い響きに縋りたくなってしまいました。




