第4章 第11話 天才爆発
〇梨々花
相手コートで助走に入っているのは前衛三人。でもトスを上げる人の視線、体勢を考えるとまず間違いなく前衛ライトに上げる。こっちのブロッカーは……たぶん雷菜ちゃんは反応してくれるはずだし、わたしがいることにも気づいてくれているはず。じゃあとりあえずストレート構えとくべ。
「はぁっ」
予想通りトスは前衛ライトに上がり、コースはわたしに一直線。とりあえずさっさと決めちまえ、珠緒ちゃん。
「なっ……! もうっ!」
「っぁ」
わたしからのわたしからのパスが自分の頭上に来たことに一瞬珠緒ちゃんが驚いた顔を見せたが、冷静に雷菜ちゃんにトスを上げ、スパイクが相手コートに鋭角に入っていった。これで33対30。わたしたち四軍がわずかにリードを広げた。
「ちょっと! 何で新世にパスしたの! それに前衛でもレシーバーになってるしどういうつもり!?私が今のセッターだし、あんたはリベロじゃないんだけど!」
点が取れたんだから喜べばいいのに、名前も知らない紗茎のセッターの人がわたしに詰め寄って来る。何度目だべ、これ。
「だってわたしの方がそっちのリベロより上手ぇし、おめぇより珠緒ちゃんの方が上手いべ」
「っ! あんたさぁっ!」
「ス、ストップですわ梨々花さんっ!」
せっかく褒めてあげたのに珠緒ちゃんが困った顔でわたしたちの間に入ってきた。
「落ち着いてくださいまし! お言葉はうれしいですが、やはりここは瀬見さんに……」
「なして? このチームでここまでやれてんのはわたしと珠緒ちゃんと雷菜ちゃんのおかげだべ? この三人で決めた方がはえーべ」
「バレーは六人全員で戦うものですわよ。そんな考えじゃ絶対勝てはしませんわ」
「わたしだってそう思ってるけど、そもそもこいつらが協力的でねぇのが問題でねぇのか? それに相手チームも個人プレーだし、このスタイルでも十分勝てるべ」
まったく。どいつもこいつもしゃらくせぇ。こんなたるい試合さっさと終わらせるに限る。
相手チームは全員スパイカー。レシーブ力は中の下。コミュニケーションもあまり取れていない。だったら。
「十点は取らねぇとな」
そうつぶやき、わたしはサーブ位置に着いた。
〇きらら
45対22。それが一軍対二軍の試合の現状です。
単純に見たらダブルスコア。これを通常の試合に均すと、一軍は二セット目の中盤に入っているというのに、二軍はまだ一セット目の最中。一軍と二軍の実力差はそれほどまでに開いていました。
ですが二軍の方々が弱いというわけではありません。シンプルな強さで見たら紗茎、藍根のレギュラーの総合力よりも上でしょう。
ただ単純に、自分以外の一軍の方々が強すぎるのです。
「織華!」
流火さんの流星を彷彿とさせる素早いトスに合わせ、木葉さんが跳び上がります。タイミング、高さ、どちらも完璧。現在では別の学校にいても、お互いがお互いを信用していることがわかる素晴らしいコンビネーションです。
「そろそろこっちのターンでもいいんじゃないっ!?」
ですが木葉さんのコースの先に加賀美さんが立ちふさがります。このまま打ったらやられる。後衛にいる自分が構えたその時、
「マジ!?」
「ふぅん……」
ボールが役目を終えたかのように急激に速度を落としました。おかげで木葉さんは腕を横に伸ばした弱いスパイクしか打てませんが、加賀美さんのブロックから外れました。まさか流火さん、こうなることを見越してボールに回転をかけたんじゃ……!
「まだまだぁっ」
「くっ……!」
ですが加賀美さんも追いすがる。腕を大きく広げ、木葉さんのスパイクに左手を当てました。でもボールはコートの外に飛んでいきます。これで46対……
「よっ」
自分が得点を確信した時、加賀美さんはボールに触れていました。ブロックのワンタッチは二回連続でボールに触れてはいけないというルールに該当しません。だからこのように、自分が弾いたボールを自分で拾うということも可能。でもこの反応速度、普通じゃない……!
「ナイスレシーブ!」
飛び込みながら右腕だけで上げたのにもかかわらず、ボールはセッターの定位置へ。完璧なAパスです。
ですが加賀美さんは倒れているはずですし、前衛スパイカーは二枚。これなら攻撃を絞り……
「よこせぇっ!」
「!?」
次の瞬間、加賀美さんの姿は空中にありました。
そんな馬鹿な……フライングレシーブをしたにしては早すぎる復帰……。考えられるとしたら、身体で着地せずに脚で踏みとどまったという可能性。だとしたら常軌を逸した運動能力です……!
「おりゃぁっ!」
そしてそのまま自分に上がったトスを打ち切ると、動けない自分の足元にボールを叩きつけました。
「これで23点! ダブルスコアじゃなくなったっ!」
加賀美さんの能力は天音さんと似ています。なんでもできるオールラウンダー。ミドルブロッカーなのにもかかわらずレシーブもお手の物です。
ですがプレースタイルは天音さんとは似ても似つきません。天音さんが教科書をそのまま持ってきたかのような完璧すぎるプレイヤーだとしたら、加賀美さんは応用問題の具現化。常識からは外れていながらも、全て一人でできる。これは下手したら常識を押しつける天音さんよりも厄介です。
「これが……全国制覇した選手……!」
おそらく二軍で一番強いのがこの方。確実に一軍の方々と同じオーラがあります。
ただ、それでも。
「これだよこれ……もっと……もっとちょうだい……!」
「ふんふん、あーこんな感じねー。そろそろいっかなー」
加賀美さんの威圧感は、同時に漂ってきた二人の選手のオーラにかき消されていました。
「はぁっ」
「っ。すいませんっ」
次のプレーが始まり、相手のサーブを乱してしまう自分。ボールはコートの中ながらも誰もいない方へと飛んでいきます。
いえ、正確に言えば近くには流火さんがいます。ですがボールは既に自分の顔の辺り。アンダーハンドトスができない流火さんでは間に合わない場所です。
ただそれは、自分の常識での話でした。
「はっ」
背面跳び。流火さんの動きはこれでした。
普通の人がフライングレシーブをする場面。流火さんはその逆を行きました。
逆と言うのは体勢の話。背中を下にしてボールの真下に飛び込んだのです。
これにより可能になったのはオーバーハンドトス。最高の一投が捧がれる……と思ったのですが、流火さんの真っ直ぐ一直線に進むトスはネットを超え、相手コートに。
「珍しいねー、火ちゃん!」
このミスを見逃すほど相手は弱くありません。そのままボールを叩こうと加賀美さんが跳び上がります。しかし、
「いーや。最高のトスだよー」
そのダイレクトアタックを防ぐために木葉さんが立ちふさがりました。
加賀美さんの攻撃を読んだ完璧なドシャット。相手コートに音を立ててボールが落ちます。
これで46対23。さっきの加賀美さんの得点と合わせて点数だけで見たら普通のシーソーゲームですが、このワンプレーはこの試合の流れを大きく変えました。
「この熱いプレー……こうっふんするっ……! もっと……もっと気持ちいいの、ちょうだい……!」
試合が後半になり、熱中してくると現れる、流火さんの暴走状態、『熱中症』。
「ほんとちょろいよねー。こんな見え見えの罠に引っかかってくれるなんて。まぁ和子ちゃんより織華の方が高いからしょうがないよねー」
相手の攻撃のパターンを完全に読み、先回りして真っ向から叩き潰す、木葉さんの真骨頂、『寄生』。
「全部、焼き尽くそうか」
「全部、ふみつぶしちゃおー」
二人の天才が、同時にその才能を露わにしました。




