第4章 第10話 才能の暴力
〇梨々花
国体強化合宿改め、国体メンバー選出合宿は二日目に突入し、いよいよ練習が始まろうとしていた。
練習と言っても実態は試合。しかもリベロも通常の選手として扱う変則的なもの。総合力を見たいのだろうが、正直このチーム分けには悪意があるとしか思えない。
わたしが所属する四軍はアウトサイドヒッター二人、セッター二人、リベロ二人という編成。つまりスパイカーの練習をしているのはアウトサイドヒッターの二人だけで、後の四人は攻撃は専門外。
それでもやるからには勝たなければならない。だとしたら重要なのはポジション分けだ。誰かが普段とは違うポジションを務めなければならないんだけど、
「悪いけど私たちは他のポジションに移る気はないから」
「ぁははー……」
チームメイトとなった紗茎の三年生たちは真っ先にそう豪語した。
「私たちは国体にも出たいけど、それ以上に紗茎のスタメンに選ばれたいの。だからここは監督にアピールする場。悪いけど後はそっちで決めて」
そう言うとさっさとアップを始めた三年生たち。まぁ気持ちはわからなくもないけどさ……最上級生なんだからリードしてもらいたいものだよ。
はっ! 三年が使い物にならないということは二年のわたしが最上級生! 一年生の珠緒ちゃんと雷菜ちゃんをリードしてあげねぇとっ!
「仕方ありませんわ。わたくしがミドルブロッカーに入りましょう」
「私もミドルね。さすがに小野塚さんではブロックの主導は無理でしょうし」
と思ってたらさっさと二人で決めてしまった。
「えぇぇぇぇっ!?珠緒ちゃんいいのっ!?学年とか関係なしに喧嘩してもいいんだよっ!?」
「ま、本音を言えばわたくしもセッターをやりたかったですわ。でも他のポジションを経験することも練習の一つ。今日の経験を必ず花美でのバレーにも活かしてみせるので安心してくださいまし」
おぉー……珠緒ちゃんかっこいい……!
「雷菜ちゃんは? 元々レフトなんだからそのままでもいいのに」
「新世さんと同様です。それに私は元々どのポジションもできますから」
「はぁーっ、むかつきますわーっ!」
まぁ確かに雷菜ちゃんってミドルブロッカーがよくやる速攻を軸にする選手だし、ここはあんまり問題ないのかも。
でも二人ともあの三人以上に上を目指している選手。やっぱり普段と同じポジションをするのが理想だろう。
それでもわたしを含めた他のチームメイトのために譲り、なおもできることを探っている。
すごい。本当にすごいよ。わたしなんてどうせ選抜メンバーに入れないんだから、なんて思ってるのに。
珠緒ちゃんは花美のためにと言った。
じゃあ。じゃあわたしは。
わたしは花美のために、なにをすればいいのか。
そもそもわたしは、花美のためにだなんて思えるのだろうか。
Bコート第1試合
3軍
14 少比音 MB (紗茎・三)172.1cm
15 丸井団子 MB (紗茎・三)170.1cm
16 美濃未乃 OP (紗茎・三)167.9cm
17 安藤有 OH (紗茎・三)167.4cm
28 美川山美 OH (紅葉・二)170.2cm
29 寺空大子 MB (紅葉・二)170.8cm
4軍
5 深沢雷菜 OH (藍根・一)150.1cm
12 小野塚梨々花 L (花美・二)146.8cm
18 星点灯 OH (紗茎・三)166.9cm
22 瀬見民美 S (紗茎・三)164.7cm
23 向井楓 L (紗茎・三)153.9cm
30 新世珠緒 S (花美・一)163.1cm
〇きらら
「さぁ、ちゃちゃっと勝ってこようか」
なんだか天音さんが舐めたことを言い出したので補足したいと思います。
ちゃちゃっと勝つというのは初戦の対戦相手である二軍を馬鹿にしているのではなく、試合が百十五点先取と本来の五セット分あり、長引くと疲れちゃうから、という意味が正しいです。相変わらず言葉を上手く使えない方ですね。
「ずいぶん生意気な口を利くな、双蜂。いい機会だ、きっちり教育してやろう」
ほら、二軍のキャプテンの蒲田さんブチ切れじゃないですか! もーっ!
「とにかく、がんばりましょうっ!」
Aコート第1試合
1軍
1 双蜂天音 OH (紗茎・二)175.5cm
3 飛龍流火 S (紗茎・一)171.2cm
4 蝶野風美 OP (紗茎・一)179.0cm
6 木葉織華 MB (藍根・一)184.3cm
7 水空環奈 L (花美・一)147.2cm
8 翠川きらら MB (花美・一)185.5cm
2軍
2 加賀美和子 MB (葉原・二)182.4cm
9 鰻伝姫 S (藍根・三)170.5cm
10 矢坂丹乃 OH (藍根・二)173.4cm
11 蒲田霧子 OH (紗茎・三)173.8cm
13 陽炎青令 MB (紗茎・三)172.9cm
27 茂木いろは OP (紅葉・二)170.0cm
午前九時三十分。ついに試合が始まりました。
正直面子を考えたら一軍の方が圧倒的に優れていると思います。自分という未完成な選手がいても、です。
ですがこっちは本来前衛に出ないリベロの環奈さんセッター対角にいるのと、それによって風美さんが本来のポジションではないアウトサイドヒッターに入っているという弱点があります。対して向こうは全員いつもと同じポジション。この差がどこまで響くかが、この試合の勝敗を分けるはずです。
「天音ちゃんには悪いけど、こんな強い相手と戦える機会なんて全国でもそうそうないからね。私は存分に楽しませてもらうよ」
試合が始まり、最初のサーブを打つのは今合宿最強セッターの流火さん。ですが最強とは言ってもそれはあくまでトスの技術。それ以外は四月の自分以下で、サーブも授業でやるような最弱のアンダーハンドサーブだったはず。
「他校のみなさん。いつまでも私がトスだけの女だと思ってたら痛い目を見ますよ」
そのはずだったのですが、流火さんはボールを持った左腕を前に突き出し、右腕を後ろに送っています。この構え、アンダーハンドサーブではありません! まさか強力なサーブを覚えて……!
「たぁっ」
「って、フローターじゃないですかっ!」
かっこつけた割には自分でもできるようなオーソドックスなその場打ち。しかもこの軌道……!
「ふぎゃっ」
「……あ」
ボールは全く高度を上げず、まっすぐネット際にいた木葉さんの後頭部に激突しました。
「織華ごめーんっ!」
「この合宿来てからロクなことない……絶対誰より織華が帰りたいからね……」
木葉さん……怒るどころか涙目でうずくまってます……。さすがに自分でも煽れません……。
「ごめんやっぱり私アンダーで……」
「GREAT! GREAT! そのままでいいわよっ!」
すぐさま頭を下げる流火さんの言葉を遮るように手を打ったのは、Aコートの方に椅子を向けていた高海さん。
「挑戦は何であれ称賛するべきよ。他の選手たちも飛龍流火を見習いなさい」
「まぁ当てるのは勘弁してほしいけどね……」
おそらく先日のビーチバレーでの一回戦負けが相当堪えたのでしょう。あるいは小内さんに言われたことが身に染みたのか。トス以外に興味がなかった流火さんがサーブを強化するとは……。これは自分もうかうかしていられません。
「ただのフローターごときで大騒ぎなんて。そんなことじゃ一軍の地位、守れないわよっ」
こっちがミスをしたことで流火さんと同じセッターの鰻さんへとサーブ権が移ります。こっちはトスだけじゃなくサーブも強力。無回転で打つことで不規則に軌道をずらすジャンプフローター。しかも狙いは後衛センターにいる自分!
自分のポジション、ミドルブロッカーは、普段サーブレシーブの時リベロの方と入れ替わります。だからサーブレシーブはとにかく苦手。しかもジャンフロなんて……。確か軌道が変わる前にオーバーで捉えるのが鉄則ですが、オーバーでのレシーブなんてやったことありませんっ。
「大丈夫!」
「! 天音さんっ!」
自分があたふたしていると、後衛レフトにいる天音さんが自分の前に立ち、オーバーでレシーブしてくれました。
「ありがとうございますっ!」
「いえいえ」
「ナイスレシーブ」
ボールはネット際、セッターの定位置。流火さんの元へ綺麗に届けられます。サーブはクソ雑魚ですが、トスの流火さんは世代最強!
「風美!」
「うん」
流火さんが上げたのは、前衛ライトにいる風美さん。回転一つなく、高くも低くもない綺麗なトス。自分でもわかります。このトス、最高に打ちやすいはずです。
「ふぅっ!」
「ワァンチッ!」
ですが相手も一流。加賀美さんのブロックで風美さんのスパイクの勢いが弱まりました。それでも風美さんの力が上を行き、ボールは何とか繋ぎながら最終的に前衛アウトサイドヒッターの蒲田さんへと託されました。
実力はあまり知りませんが、間違いなく上手いはず。なのになぜかこちらの前衛はブロックに跳びません。
「くっ……!」
なのに蒲田さんは空中で苦い顔をしています。しかし蒲田さんの身体の正面、ストレート側を見るとすぐにその理由がわかりました。
「…………」
環奈さんがいたのです。ただ立っているだけ。それでもそこに打てば確実に拾われる。それほどの威圧感が環奈さんにはありました。
「このっ……!」
そして選んだコースはストレート。でもそこに突然人が生えてきました。
「おつかれさまでーす」
「クソガキ……!」
環奈さんが構えていることを知り、あえて逃げ道を開けていた木葉さんがスパイクのタイミングでブロックに跳んだのです。ボールは木葉さんの高い壁に阻まれ、凄まじい勢いで相手コートに落ちました。
「すごい……」
天音さんが強力なサーブを拾い、流火さんが綺麗なトスを上げ、風美さんが崩す。そして相手のカウンターに環奈さんが圧力をかけ、木葉さんが確実に叩き落とす。
「これが、全国制覇したチーム……!」
改めて自分の周りの方々の凄さを知り、自分は劣等感を感じることすらできませんでした。




