第二章 領主編 『腐蝕の森にて』
思った以上に手こずりました。
まさかまた寝落ちで原稿消してるなんて(泣)
ともかく読んでつかぁさい。
「モンテ様、竜車の手配は滞りなく済みました、あとこちらの目録に目を通して頂きたく。」
「ありがとうティガー、苦労を掛けるがもうひとつ頼めるか?」
なんだかんだ、酷い目に遇いながらも帰ってきた俺を涼しい顔で出迎え、ティガーは書類の束を差し出してくる。
この人、本当に有能なんだな……ざっと見ただけでも細かく、それでいて素人の俺にも分かりやすく要点をまとめた目録に思わず頭が下がる。
「出来ればキシリア派とキュベレーヌ派の人間にも同行を頼みたいんだが、伝手とかない?」
「それは構いませんが、我々で現地を視察してから依頼しても宜しいのではありませんか?」
「……領主の一件でキュベレーヌ派が後押ししてきたのが気になってね、何か思惑があるのなら、いっそ同行してもらった方が良いし、測量は俺達でも良いが問題点の洗い出しと解決案には専門分野の意見を聞きたい……というか俺は何も出来ない素人だから、ティガー達に頼りきりだけどね、ホントごめん。」
「いいえ……そんな。」
ん?……そう詫びを述べ、書類の束から目を離してティガーを見ると、何か様子がおかしい。
「何だよ?どうかした。」
「すいません……その、モンテ様が『俺達』と我らをひと括りにされたのが嬉し……くて。」
ば、馬鹿野郎……照れ臭い事を言いやがって、俺はBL属性は持ち合わせてねーし、あの『おっさん』といい何顔を赤らめてやがる。
「正直、ガルマ派とかそういうのは勘弁して欲しい……けどティガー達とは一蓮托生?だと俺は考えているよ、だから当面は西方領土の立て直しに力を貸してくれないか。」
そう言ってティガーの肩を叩いておいた……これでモチベーションを維持できればいいんだけど。
さて……それから二日後、俺達は西方領土に旅立った訳だが。
俺とティガー以下五名の修道士、計七名と食料、物資を積んだ竜車四台で街道をゆく。
普通に行けば半日の道のりらしい、キュベレーヌ派とキシリア派からの人員とは現地で合流する予定になった。
「此方の街道はまだ通れますな……運が良い、このまま予定通りなら目的地のウエストバーク地方までは入れますよ。」
アームベルンを出てしばらくして、竜車から景色を見つめながら同乗の修道士が呟く。
街道の入口に差し掛かったのだろう……俺は人生初の竜車の乗り心地にちょっとテンションが上がっていたので、聴き逃しそうになる。
「まだ通れるって?運がいいってどういう事だい。」
失言だった……そんな表情で言い淀む修道士を諌め、ティガーが代わりに言葉を接いだ。
「これはモンテ様にお伝えする程の話ではありませんが……孤児らの話を覚えておいでですか?」
「……ああ、勿論だ。」
「アームベルンはこの十年余り、いくつかの近隣国家と戦争状態にありました……最後の休戦協定が結ばれたのは、ほんの一年前です。」
……ほんの一年以前は侵略戦争に明け暮れていたのか、国をひとつ滅ぼして多くの犠牲者と難民を生み出す、侵略という部分をティガーは曖昧に話していたが、余計に悼ましさが募る。
更に聞くと、アームベルンが四方に広大な領土を有するが故にか、多発的な侵攻を受け領内を戦場にしたのだという。
しかし、最初に侵略戦争を仕掛けたのはいずれもアームベルンだというのだから、自業自得だろう……とばっちりと割りを食うのは何時の時代と世界においても領民だという話だ。
おかげで経済の動脈たる各街道は壊滅的なダメージを負い、未だに復旧の目処が立たないのがザラだとか。
何せ政府が資金援助はおろか復興に動かず、領主達に丸投げした挙げ句にその領主達も大半が特区に居を構えているためか、静観を決め込んでるのだから質が悪い。
「それで運が良いのか……単に魔族領に隣接してるから、戦禍を免れただけじゃね?」
「それはあながち、間違いではないかもしれません……戦時中、各国の行軍がこの地方を迂回したという記録が残されていますから。」
とりあえず、切りの良い所で笑い飛ばしておいた……胸糞の悪い話はこれに限る。
殺伐とした話はこれでお仕舞い……のどかな風景を眺めながら、銀で拵えた水筒でお茶を飲むと、清々しさが段違いだね。
いやはや竜車もなかなか快適だ、最初は皮張りの荷台だと馬鹿にしていたが走行中は風通りがよく、砂漠でも使用される断熱に秀でた皮布らしい。
何よりこの振動が堪らない、心地好くて眠気すら感じてしまう位だ。
ってゆうか最初の一時間で寝てしまったのだが。
……はてさて、どれ位寝ていたのか、不意に目を覚ますと竜車が停まっていた、車内には誰も居らず、俺独り寝ていた。
荷台の縁から背中を起こすと外で声がしている、どうやらみんな外で何かやってるのか?
「ナボル村にもう着いたの。」
寝疲れで気だるい体を推して前方の運転台から顔を出す。
「申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
そこには修道士六名が集まっていた……という事は後方の竜車も停まっているんだな。
俺は荷台から飛び降りると、直ぐに事情を察した。
竜車の前方を塞ぐ様に、えげつない大木が倒れていたからだ。
いくら筋骨隆々の野郎が六人集まっても、この大木は動かせないか……。
「魔法とかでチャチャッと吹き飛ばすか燃やすか出来ないか?」
「そんな都合の良い魔法はみんな使えませんよ、燃やそうにもこいつはまだ生木ですから燃えないでしょう。」
実に困った事態だ……見渡すと、先でも何本か倒木が道のりを塞いでいる。
「嵐でも通り過ぎたのかな……どうする?迂回のルートを探すか。」
その問いを左手で制し、ティガーは怪訝な表情でしゃがみ込むと、大木の根本へ注視する。
何かあるのか?俺も改めて周囲を見回す。
どうやら此所は森を切り拓いて街道を通した場所なのだろう……道の両脇が斜面となって木々が生い茂っている。
竜車で迂回しながら登れないのは素人目にも明らかだ。
「森の手前まで戻れば街道からは外れますが迂回出来ます……ですがそれよりもーー」
ティガーが言葉を続けようとした刹那、遠くの空で稲光が瞬く。
雨雲が近付いてきている……そんな予感が過った。
「モンテ様、日が暮れます、一時間程戻った街道沿いに行商用のキャンプ小屋があったので戻りましょう。」
そう言うなり他の修道士達へ目配せをし、何故か皆慌ただしく竜車を方向転換させ始めた。
「さ、モンテ様は荷台へ乗っていて下さい。」
「………。」
俺は無言で荷台へ登り、腕を組んで座り込むと目を閉じて大人しく出発を待つ……やがて竜車が180度転換するとティガーも乗り込んで、にわかに荷台が揺れ始めた。
「そろそろ話せ……『それよりも』何だったんだティガー?」
「………。」
俺の問いに今度はティガーが無言でハンカチに包まれた何かを差し出してきた。
それを静かに受けとり開いてみると、そこには大木の表皮があり、よく見ると黒く乾いた血が付着している。
「大木の折れた部分の表皮です、問題は付着している血の方です。」
ティガーは礼服の胸ポケットから一枚の紙を取り出して、表皮へ近付ける……すると一瞬で紙は黒く変色し、僅かな塵を遺して消滅してしまう。
「……これは儀式にも用いられる聖属性の護符ですが、今御覧になった通り穢れに抗えず消えてしまいました。」
穢れ……モーレツに嫌な予感がするワードが出てきた。
「モンテ様は自然属性の相克関係を御存じですか?」
「エレメンツ教の象徴にもなっている元素の相性の事か?」
「おおまかに解釈すればそうですね……我らが大地系譜の最上位にあたる属性こそ『闇』なのですが、その闇にも相克関係は存在します。」
「つまりは聖と闇か……なら護符が消滅したのは相克を圧倒する程に穢れが強かったと言いたいんだな?」
「はい、そしてそこまでの穢れの痕跡を残す存在を私は知りません、いえ……正確に言えば食屍鬼の類いは穢れの痕跡を残すものですが、これは度合いが桁違い過ぎる。」
強力なグールか、そんなのが普通に外を彷徨いてるとは、まさに異世界ならではだが……ティン、やっぱり噛まれたりしたら俺もグール化するのか?
『マスターの肉体及び霊魂は高次元の力を受け入れるために アーガマ様によって霊的進化が図られております 致命傷を受けない限りは浄化作用の機能でグール化しないと思われます。』
死ななけりゃあ大丈夫か、だが囲まれたらアウトなのはゴブリン戦で嫌って程、実感してるからな。
……思考内でティンとそんなやり取りをしていると、ティガーが自分の憶測で不安にさせてしまったと思ったのか、謝ってきた。
そんなに難しい表情してたのかね俺。
「いっその事、野宿しないで森の入口を突っ切った方が良くないか?」
「申し訳ありません、今日中にナボル村へ到着する予定でしたので夜間走行用の照明を用意していなかった様でして……更に雨となると視界の確保が難しく、夜明けまで凌ぐ方が最良かと。」
あまり長居したくはないが、仕方ないか……俺はティガーに同意しながら、前を走行する竜車を見つめる。
もうすぐ陽が落ちる、一本道とはいえ夜になる前にキャンプへ辿り着きたいもんだ。
……それから間もなく夜の帳が降り、慎重に竜車の速度を落とす羽目になったが何とか無事にキャンプ場へ着けた……。
「急げ!最低限の荷物だけ運び込め、後は放っておいて構わん、陸竜を小屋へ入れるのも忘れるな。」
即座に指揮を執り、指示を飛ばしながら陸竜の連結鞍を外してゆくティガー……不穏な事態を本能で察しているのか、我の強そうな陸竜達も大人しく引かれてゆく。
まだ雨は来てないか、ついてるな……。
俺も物資の運び込みを手伝う、が約七割程の荷物を残してティガーが途中で作業を中止させる。
代わりに修道士全員を小屋の周りへ集めると、手にしていた布袋からビー玉にしか見えない物体を取り出して一人一人へ配ってゆく。
それを渡し終わると今度は祝詞に近い呪文を一斉に唱え始める修道士達……やがてビー玉が淡く輝き始めた。
「ーー大いなる福音を以て、揺りかごの安らぎを与えん事をエル・ハー・ザムド。」
その一瞬、輝きが強く明滅したがすぐに消えてしまった……詠唱も止んでいる、何が何だかわからんが、どうやら終わったみたいだな。
そう安堵していると、最後に全員それぞれがビー玉を周囲の土に埋めている?
「ティガーこれは?」
「隠形術の一種、闇属性の結界です……万が一の保険を掛けておきました。」
万が一ね……変なフラグじゃなきゃいいけど((汗))。
しかし隠形術と言っていたがどうやら俺の拡張スキルである認識阻害と違って空間認識の歪曲能力を有しているようだ。
例えばこの小屋は勿論、周囲は認識外になるが俺のスキルの場合、間違って踏み入ったり触れられた時点でスキルが解けてしまう、その点、ティガー達の結界は踏み入ろうとする者の認識を別の方向へと誘導するため、間違いすら起きないという寸法だ。
ある意味で究極のチートステルスだろう……とまぁ、後でティンさんが丁寧に解説してくれた訳だけどね。
こうして俺達は一晩をこの小屋で過ごす事となった。
……見ると小屋内にそれなりの設備が残されているようだ、暖炉に毛布、馬房まで併設されていたのだから幸運この上ない。
いや、だってマッチョなおっさん達六人と陸竜三頭がひしめき合ってたらカオスじゃん!?少なくとも俺は耐えられないね。
「薪の備蓄も充分ですね、すぐに夕食の準備をしますので、寛いでいて下さい。」
「頼む、流石に腹が減ったよ。」
そう相槌を打ちながら、壁際に置かれた椅子に腰を降ろして腕を組む……食事まではまだ時間があるな、俺はティガーから先程見せられた表皮がまだ気になっていた。
ティン、解析で何か判明したか?
『はい あの血液はやはりグールである事が確定しましたが 更に詳細を分析した結果 不死者によって生み出された可能性が高いようです。』
不死者……よく理解できないな、どういう事よ。
『動く死体に代表されるゾンビは死後も生に執着した結果 悪霊と化し肉体という檻に魂が閉じ込められた存在を指します 基本的に力は生前より倍加しますが肉体は腐乱し 不死者としては粗悪としか言えません。』
うん、何となくは理解出来る……で、ゾンビとグールは違いがあるの?
『はい ゾンビには知能 意識と呼べるものは在りません 残されているのは捕食本能のみです……対してグールとは邪悪な死霊が死体に憑依するか 或いは吸血鬼やリッチ等に代表される上位の不死者によって生み出されたものを指します 尚 不死者に生み出された場合 であるなら傀儡として知能は皆無ですが 死霊に憑依された場合 意識は死霊そのものが主導権を握っているので狡猾かつ邪悪であると思われます。』
マジか、異世界だから何でもアリだとは覚悟してたがオカルト関係まで揃っているとは恐ろしい限りだよ……。
ふぅっ、で、話を総合するとあの血液のグールは吸血鬼かリッチ?初めて聞くが、そいつによって作られた可能性が高いんだな。
『その通りです ですがそれは新たな疑問と問題を派生させました。』
ん……どういう事だ、ティンさんが疑問を抱くとは一大事じゃね?
『本来 吸血鬼はグールを生む事を善しとしません 自身の糧を減らしかねないからです 彼等のコミュニティではこれを禁忌とし 破った者へ制裁を加えます またリッチにおいても生前が偉大と謳われる賢者が大半であるため人類に壊滅的な損害を与える可能性は低いと云えます。』
なるほど、確かに疑問ではあるな……因みに不死者と死霊以外でグールを生み出す可能性は無いのか?
『可能性は否めません……ですが強大な魔力を有する歴代魔王ですら ゾンビを使役した記録しか散見できないのが事実であり 本来不死の秘術とは真理の一端を読み解き 神魔の領域へ踏み込む行為に他ならないのです。』
何か饒舌に語るねティンさん……って、またサラッと言ってくれるけど魔王ってやっぱり居るんだ、へぇー。
で、疑問は分かったが問題は何なの?
『素材が人間ではありません。』
……へっ?何だって、よく分かんなかったんだけど。
『件の血液は変質が進んでいたので種族の断定は不可能ですが ベースとして使用された素体は人間では有り得ません。』
「………。」
一瞬で悪寒が背筋を這い上がりやがった……何かヤバい事態が進行している予感、俺は思わず眼を見開いていた。
「モンテ様、どうかなさいましたか?食事の準備が整いましたよ。」
心配そうに俺の顔を覗き込むティガー。
そんな彼にちょっとためらったが、意を決して口を開く。
「すまんティガー、食事を取りながら話を聴いてくれ ……少し判断に困る事態が発生した。」
屋内の中央に鎮座する木製のテーブル、そこへ並べられた料理から微かに湯気が香りたつ……ほんのりと赤いスープにはベーコンが浮かび、主食と言って差し支えないブレッドが数枚切り分けられている、美味そうではあるがメニューは二つだけなのか?メインが無いのは淋しい。
まぁ作ってもらっただけでも感謝だな……そう戒めつつ、自分が座っていた椅子をテーブルまで持ってゆく。
行儀が悪いが、とにかく固いブレッドにカブり付き、時にスープを口内へ流し込んでブレッドをふやかせながら……俺はティンから聴いた話を自身の鑑定呪文での結果として、置き換えて話してゆく。
やはり皆、ショッキングだったのか……段々と食事の手が止まってしまう。
「ーーという訳だが、みんなの意見を聞きたい、頼む。」
「……。」 「………。」
おいおい、みんな黙ってどうした?気持ちはスゲー分かるよ……分かるが黙ってちゃ解決しないゼ。
「そ、それが事実なら、非常事態どころじゃない……下手をすればアームベルンが滅ぶんじゃないか。」
修道士の一人、ミゲイルが生唾を呑み込みながら、そう呟く。
「事実だろうな……そして有史以来、グール災害で滅んだ国は数知れない、だからこそ多くの国家が高位の不死者と協定を結び、それを流布する事で安全を保証しているのだから。」
脂汗を垂らし、勝手にテンパってるミゲイルへ水を勧めてから、淡々と事実を紡ぐティガー……ってか言っといて何だけど、俺の言葉は一切疑わないのね、この人、まぁ信じてくれるのはありがたいが。
あまりにも重苦しい空気が滞留している……みんな言葉を失った様にまた黙っちまったよ。
俺は溜め息をひとつ洩らして残りのスープ一気に飲み干してみせる。
「というか此所は安全なのか?ヤバいグールの生息圏内のど真ん中じゃん、それに聞いた話だとグール一匹見たら、近くに百匹居るんだろ?」
その瞬間、みんな示し会わせたかの様に、乾いた笑いが微かに和を為して響く。
……冗談のつもりだったんだが、あまりウケなかったか?
「モンテ様、この結界内は安全ですのでご安心を。」
何か、みんなで口々に安全を強調してるけど、ホントに大丈夫か?
「しかしそうなると心配なのはナボル村ですね……あの倒木を見る限り、件のグールはウェストバーグから来ているかもしれません。」
……やはりデキるおっさんはひと味違う、その後、ティガー主導で話し合いが続いたが竜車を一台、アームベルンへ戻す事になった。
行政へ報告し、正式にギルドへ討伐隊を編成して貰う……早ければ数日内に動くらしい、悠長じゃね?
ともかく俺達は迂回路まで戻り、ナボル村を目指すと……全ては明日の朝一番の話だ。
不意に窓へ視線を向けるとパラつく雨露が見えた、降り始めたか。
それから俺達は食事を終え、早々に寝具を広げたのだが……正直、寝るにはまだ早い。
こんな時、テレビやスマホがあれば時間を潰せるだろうに、特に引きこもりの夜型人間には辛いわ。
「………。」
「…………。」
やはり辛い……毛布を被って如何程の時間も経過していない。
雨音がうるさい、暖炉の揺らめきがチラつく、誰かの歯軋りにイラついて仕方ない……ってティガーかよ!?
こんな状況で寝られるとはハートの強いおっさん共だ。
それに比べて、俺は眼が冴えてまったく寝れる気がしない。
どうしたものか……途方に暮れる最中で俺はふと、ある思いに駆られた。
ティン……この小屋に張られた結界が外的要因で破壊される可能性はあるか?
『はい……シュミレートでは全パターンにおいて偶発的事象により結界が瓦解しております 要因として隠密性に特化したため 結界自体の強度を犠牲にしている事が挙げられます。』
ガチか、具体的にはどんな例があ……ちょっと待て。
その瞬間、天井に映る木影が不自然に動いた?
「……。」
物音を立てない様に起ち上がり、嫌な鼓動を抑えつけながら出窓まで移動する……。
おそるおそる外へ視線を向けると、木々が風で揺れていた。
幽霊の正体みたり、揺れ柳ってか……ビビり過ぎだって、我ながらチキンだわ。
そう一笑に付して振り返ろうとした次の瞬間。
「……!!?」
それは……いや、夥しい数のそいつらは俺の視界を過って流れていく……間違いない、グールだ。
心臓が凍りつくかと思った……初めて見る、あれは生半可な存在じゃない。
最も怖れる『死』そのものが群衆と呼べる数で歩いてやがる。
重圧で息苦しい……出窓に乗り、ガラスにへばり付いて、奴等が流れてくるほうを凝視してみた。
「………。」
嘘だろ、おい……何て数だよ、街道どころか森の中にまで溢れて……やがる。
それは、口に出せない程におぞましい……死者の川だった、そして俺達が今居る小屋は、言っちまえば足場が侵食されてゆく中州に違いないだろう。
現にグールの大群は小屋へ直撃するルートを辿っている、だが結界のおかげで直前で逸れてくれているだけなんだ。
「囲まれている事に変わりねぇぞ。」
俺は後ろでまだ寝息を立てているおっさん共の枕を次々に蹴りトバして起こす。
みんな何事かと不穏な眼を向けてくるが、知った事か。
最後にティガーの枕を蹴ろうと思いっきり振りかぶった……のだが、直前でいきなり上半身を起こしてきた。
思わず空ぶって俺がコケてしまったよ。
「何か問題ですかな?」
真剣な眼差し……てか睡眠を邪魔されてイラついてる?寝起き良いのか悪いのか分からねーよ。
「外を視てみ……。」
俺の言葉で出窓へ殺到し、震えている他の修道士達を冷ややかに視るティガー……あれ?何か落ち着き過ぎてない?
「お前達、狼狽えるな!」
パニック寸前の修道士達を一喝する一声、瞬間的に俺へもその緊張感が波及した。
「ティガー、もしかしてこの事態を予見してたりする?」
「いえ、常に最悪の事態を想定しているだけですよ。」
そう述べながらおもむろに起ち上がり、修道士達を下がらせて外を覗き込むティガー。
「………。」
あれ?ちょっと顔引き吊ってない?みんなを鼓舞してよティガーちゃん!?
「た、大した数ではない……でしょう?」
噛んでるし、何で疑問形なの!?
「そうだな、結界は機能しているし朝までやり過ごせるだろ。」
「……そうだ、だから落ち着けみんな。」
今一瞬、胸を撫で下ろす様な仕草したな……想定外の事には脆いのかティガー?
だがおかげで俺自身の緊張はほぐせた、さて……ティン、さっき言い掛けた解析結果を踏まえて、このまま奴等をやり過ごす作戦がベストか教えてくれ。
『先程までの本作戦成功率は75%でした。』
なんだ、その過去形は……可能性を下げる不安要素でもみつかったのか!?
「何だアレ!?」
その瞬間、俺の懸念を煽る様に、出窓から外を見張っていた修道士が声を絞りだした。
咄嗟に修道士達を押し退け、窓から上空を見上げると……グールが……飛んで……るだと!?
背中からボロボロのコウモリの様な皮膜を生やし、えげつない腐乱死体が大空を旋回しまくってやがる……これは翼長ってゆうのか?約5mのバケモノ。
ここまできたら、ガキの頃に観てた特撮ヒーローもののコウモリ怪人だろ!?マジで!!
『先程から周辺上空を旋回していました……おそらく悪霊を憑依させたグールでしょう。』
種類の違うグールが混在する群れって事か!?
『半径250mの動体反応をサーチ 観測した結果 グールの群れは完全に通り過ぎておらず 周辺を渦巻き状に巡回している事から あの固体が群れを統率している可能性が高いと思われます。』
待て待て待て!?通り過ぎていない!?何かを捜しているのか……まさか、俺達をか。
再び肌が戦慄で粟立つ、くそっ……理解が追いつかない、どう判断すればいい。
『統率者が捜索しているのは マスターではなく この結界そのものでしょう。』
ややこしいな……ティンの話によると、奴等の移動圏内で闇属性の結界を行使したためにリーダーに感知されたらしい、場所の確定までに至っていないのが救いか?
視線を回しみんなの顔を視る……駄目だ、完全に怯えている。
ティガーですら戸惑いを隠せていない、今ここでティンの詳細な情報を与えたら、パニックに陥るかもしれない。
このままやり過ごすしかないのか?朝になればグールは活動する力を失ない、土中へ潜ると言ってたが……。
ーー異様な緊迫と閉塞感で変な汗が流れやがる。
更に強まる雨で景色が見えづらく、その中で蠢く群れの影は一層おぞましさを増していた。
どのくらい時間が経過したのか……沈黙に耐えられず、俺はネバーランドを起動し、仮想空間へ意識を移動させる。
結界が破壊されたと仮定する、その場合、みんなを助けられる最適解を探すぞティン。
『了解しましたマスター。』
俺がティンと作戦を練り上げ始めた頃、外では変わらずグールの群れが結界の効果範囲で向きを変えていた。
だがこの時、その効果範囲が一歩分歪んでいる事等、知る由もない。
「みんな、取りあえず深呼吸しようか?恐怖が陸竜まで伝わるぞ。」
ピエロばりのおどけっぷりで、そう注意喚起をしてみたが何人かはまだ恐怖で震えて歯をカタカタ云わせていた……見事な空振りである。
「ティガー、もしもの段取りを決めとこう。」
「分かりました。」
重苦しい空気を少しでも変えるため、俺は一人一人に話と役割を振りながら、いくつかの確認をした。
先程、ネバーランドでティンと決めた作戦をみんなとの会話で擦り合わせるためだ。
しかし、まさか毎度お馴染みの認識阻害スキルがグールには通用しないなんて……一番に使いたい相手なのに。
どうやら不死系は生者と認識の仕方が違うらしい。
一方その頃、上空では統率者が巡回している群れを見下ろしていた。
「結界……術者……ニンゲン……ヲ見ツケダセ、ココ、コ殺セッー!!!」
その瞬間、凄まじい瘴気を撒き散らし……全身を痙攣させながら全方位へ放たれた絶叫は眼下の街道を直撃する。
「………!?」
ぐっ……頭が痛てぇ!?何だこの不快な感じは……。
歪む視界を周囲へ向けると、みんなのたうち回って苦しんでいた。
「ミゲイル!?」
白眼を剥いてアワを吹いて倒れ込んだミゲイルは自身の首を掻きむしる……幻覚を視ているのか?時折、瞳孔を激しく動かして笑う。
一瞬、壊れた玩具の映像が脳裏でオーバーラップしやがった。
『死の絶叫の発生を確認しました。』
「なっ……何じゃそりゃあ!?」
『死を誘発させる強力な精神攻撃です 効果は数十秒で切れますが 次に同様の攻撃が放たれた場合 マスター以外の者達は確実に狂死します。』
「クソッ、ティガー!!動けるか!?」
「な、何とか……正気は保てましたが……。」
「充分だ!ミゲイルを叩き起こせ!!早いが段取り通り、此所から出るぞ!!」
この『小屋』を捨てる……俺の言葉に何人かは明らかな拒否を示して抗議してきた。
だが好感度の降下BGMが聴こえなかった……心が伴ってないという事だろう。
俺を含めた七人の内、意識不明者が二人でた。
ミゲイルは正気を取り戻したが本調子ではない。
『マスター 緊急事態です 結界が弱まっています。』
追い討ちじゃねーか、くそったれが!!
『豪雨により 土中の宝玉が露出しているのが原因だと思われます。』
「よく聞け!もう一度だけ言うぞ、此所から出てゆく!!次にさっきのを食らったら、そこで終わりだ!!」
「………。」
……重い、余りに重い沈黙が流れる。
「声を荒げてすまん……でも此所には居られねぇんだ、信じられないだろうが、結界が弱まっている。」
眼を伏して説得を試みた……正直、みんなの顔が見れない。
反応がないな……そりゃそうだろ、この小屋に、最後の砦に縋り付きたい、しがみつきたいだろ。
……けど時間がねぇんだ、死なせる訳にはいかない。
俺は顔を上げて、みんなの眼をちゃんと見る。
みんなの眼差しが俺へ集中していた。
「……頼む。」
「最初から、貴方を信じてますよ。」
そう口火を切ってくれたのは、やはりティガーだった。
「私も信じてます。」
「私もです、みんなで生きて帰りましょう!」
「ああ、意識のないトーマスとジェリーもきっと同じ気持ちでしょう。」
次々に嬉しい言葉を掛けてくれる……ちょっと泣けるわ。
俺は力強く頷き、改めて腹を括った。
「よしっ!準備しろ、ぶちかますぞ!!」
それから数分後、小屋の扉を開け放つ。
まだ結界が機能しているおかげでグール共は俺を目の前にしていても気付けていない。
いやはや、改めてこの群れを見ると足がすくむわ……地面に足着いてないけど。
俺は颯爽と陸竜に乗っている……と思わせて、実は2ケツで前にティガーが乗っていたりする。
陸竜を『まだ』乗りこなせないという至極当たり前の理由だ、決して陸竜に嫌われたとかじゃないよ。
「良いか?行くぞ!!」
次の瞬間、俺の後で呪文の詠唱が始まる……そして。
凄まじい轟音を伴い、前方の群れへ水系中級呪文 『ウォル・ル・ダート』が放たれた。
三人の術者が魔力を掛け合わせた濁流魔方は見事な迄にグール共を呑み込み、押し流してゆく。
「全ての魔力を込めて貰ったからな、スゲー威力。」
すかさずティガーが手綱を引き、陸竜を走らせる。
わざとスピードを落とし、毎度お馴染みのただのダガーで追い縋るグールを叩き伏せてアピールをくれてやりながら、群れのケツまで抜けて停まる。
「ティガー!!」
俺の合図と共に、火系下級呪文を上空の統率者へ向かって撃つ。
ちょっと大きめの火球が上空を翔ぶがこの雨で直ぐに掻き消える、まぁ閃光弾位の役割しか出来ないだろう。
だがマスターグールは猛り狂い、下降してきやがった。
追い付かれる前に逃げる!!
『成功です 全ての固体がマスターへ向かい始めました。』
「ティガーもう少し奴等を引き付けるぞ!」
俺達はわざと街道に添って走り、立ち止まっては点在するグールを陸竜で轢き飛ばす。
群れの動きはリアルタイムでティンが観測している……奴等は街道の左右に展開し迫りつつ俺達の退路を塞ぎにかかってやがるな。
流石は悪霊……狡猾な立ち回りだ。
次第に点在するグールの数が増えてきた。
群れのケツを抜けたと思っていたが、勘違いだったか。
「不味いですな……そろそろ逃げ切れなくなってきましたぞ。」
まだか……こっちの尻にも火がつくぞ、ビチャ濡れだけど。
『完全に離れました。』
「よしっ!ティガー、やれ!!」
俺の合図で全速力で陸竜を走らせ始めるティガー、と同時に再び火球呪文を上空へ打ち上げる。
「後は彼等の幸運を祈りましょう。」
「ああっ、家に帰ったら、出迎えてくれるさ。」
「ええ……貴方の、貴方のホームですよ。」
……何だよ、ハズい事言いやがって、ジーンとしちまうだろが。
手綱を引き、速度を上げて斜面を登り、森へと入る。
ティンからの報告でみんな小屋から無事にアームベルン方面へ離脱出来たようだ……正直、ホッとした。
向こうは2ケツどころじゃないからな、陸竜を乗りこなせないと知った時は俺一人で森を突っ切って走ろうと提案したが、みんなから反対されてティガーが同伴すると譲らなかった。
まぁ、あの群れを目の前にしたら反対されて良かったと思ったけどね。
「森を利用すれば、上空のグールからは見えないハズです。」
「地の理だな、楽勝じゃん!」
楽勝……この言葉を吐いた事を後悔したのは、すぐ後だった。
『仰け反って!!』
普段とは全く違うティンの必死の声で、俺は咄嗟にティガーごと後方へ落馬(竜)した。
直後、想像を絶する衝撃を伴い、何かが俺達が居たであろう空間を通過していく。
俺は地面に叩きつけられて転がってしまう。
「……ぐっ……う。」
芋虫のようにのたまい、事態を理解しないまま前方を視る……泥水を飲んだのかムセやがる、と右目の視界が赤く染まった。
額を切ったのか、全身の痛みを無視してフラつきながら立ち上がるが暗闇と豪雨で方向が分からない。
視界も悪く、俺の中で恐怖が腹の底から涌き上がって思考を鈍らせる。
「も、モンテ様……ここです。」
不意に後方から声がした、振り返ると大木に寄り掛かる様に、ティガーが仰向けに倒れていた。
「ティガー!?」
「左腕を骨折した様ですな……あと。」
……ティガーの腹部に枝が刺さっている……素人目でも分かる位に出血が酷い。
「あれをみ、視て……ください。」
ティガーの指差す方向……そこには陸竜が、その首を吹き飛ばされた胴体が小刻みにヒクつきながら倒れていた。
と同様に傍には抉られ、倒れた大木が鎮座している。
暗闇でよく見えないが、それはずっと奥まで続いている気がした。
俺は通過したであろう方向へ視線を回し、そしてその正体を目撃する。
それは……それは一際大きなな大木に突き刺さった、想像の範疇を軽々と越える程に長大な斧?だった。
コイツは人間どころかグールが扱えるエモノなのか?
そんな疑問が湧き上がった瞬間、森林内にグール共のうめき声が木霊した……近付いてきてる。
「ティガー!」
「一人で逃げて下さい、私は……視ての通りの有り様ですので。」
強い、余りに強い覚悟を決めた眼光にたじろぎそうになる……こんなになっても、ティガーはブレないのか。
だが俺も折れる訳にはいかない!!
「馬鹿なの?お前も家に帰るんだよ!!」
無理矢理にティガーを抱き起こし、右腕を首に回させて歩き始める……ふざけるな、諦めるかよ。
降り頻る雨の最中、ただ暗闇の森を睨みつけて進むだけだ。
つづく
どうでしょうか?少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
次回の後編は次週の日曜を……予定しています。
いや、マジで、頑張るので宜しくお願い致します。