デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』⑦
ちょっと更新に手間取りました。
「………!?」
ーーその時、ホワイトアウトに近い視界の悪さの最中で、バララは確かに見た……見ていた。
(随分と引き離したものだとは思っていたが。)
トランクケースを引きながら30分程歩いて、ようやく目的地へ辿り着いた彼が眼にした光景……それは熱波を伴う想像を絶する攻防によって、戦闘領域内の吹雪がすべからく水蒸気と化す、ある種、幻想的とも云えるものだった。
……がしかし、これ以上その領域へ踏み込む事等、何者も許されないとバララは瞬間的に直感する。
何故ならば、灼熱と死の暴威が荒れ狂う広域力場を前に、彼の生存本能がつま先ひとつ分の侵入ですら認めなかったからだ。
◇
そうしてバララが動けずにいる間に、戦いは新たな局面を迎える。
体長十数mのエピオンが身体を捻り込み、シオリへ爪撃を繰り出すと彼女は無詠唱による積層魔力型防御壁呪文を発動し、受けにゆく。
が、防御壁は無惨にも次々と切り裂かれ破壊されてしまう。
そして最後の防御壁を切り裂こうと左右のコンビネーションで爪を振り出した瞬間、シオリは切り込みながら防御壁へ飛び乗って宙を舞った。
エピオンの虚を突き、頭部へリボルバーを構えて『超加速』の効果を込める。
完全なタイミングによる完璧な射撃……エピオンの視線は前へ向いている、おそらくシオリの姿を見失っているのだろう、いや、その姿を追えたとして反応は不可能であると思われた。
(貰った!!)
勝負を左右する一手、文字通り引き鉄に掛けた人指し指がピクリと動いた刹那……勝利の確信に混じる不純物が如く、危機感が僅かに過るーー
「………!?」
次の瞬間、凄まじいまでの轟音と更なる熱波が周囲一帯へ放射状に拡散し、雪を舞い上げた!!
ーー衝撃波と共に吹き飛ばされる形で雪原に背中から叩き着けられ、一度跳ね上がりながら態勢を立て直すシオリ。
彼女の口元から垂れた鮮血がポタポタと雪を紅く染める。
(危なかった、強引に行ってたら死んでた。)
内腑から込み上げてくる血を勢いよく吐き捨てて、静かにエピオンへ視線を向けるシオリ……。
あの一瞬、咄嗟に銃口を水平に向けて撃った事で、完全死角からの尻尾攻撃を期せずして回避出来ていた。
……まさしく幸運としか言い様のない。
回避行動で撃ったチャージショットがたまたま尻尾の迎撃として機能しただけである。
だがそれも尻尾を掠め、硬化した羽根を数枚削り取って軌道を変えた程度ではあったのだが……。
ーーその幸運の代償は高くついた。
『お嬢様 リボルバーの耐久値がレッドゾーンを割りました。』
(ちっ、弾数制限のある能力を使ってリターンがこれっぽっちか……チャージはあと何発撃てるの?)
『加速移動及びチャージLV2が二発までです。』
(LV3を使えば銃身がもたんか……。)
そう苦虫を噛み潰し、睨みつけたエピオンの姿が歪んで視える……シオリにはそれが熱気なのか、それとも自身の目眩によるものなのか判断がつかないでいた。
しかし、不意に彼女は笑う。
シオリが捉えたエピオンの姿……彼女同様、微動だにせず敵を睨むその身体には鱗が爆ぜ、穿たれた無数の痕が刻まれていた。
そう、エピオンもまた無傷では無かったのだ。
相手を屠るために、己れが業を以て命を削りあう……その凄絶なまでの殺し合いの狭間でシオリはふと考える。
(大したヤツだよアンタは……。)
……今までのシオリにとって、魔獣とは人間に害を成す駆除対象でしかなかった。
過去において、エピオン・ジャック以上の力を有した魔獣は数多居たが、それらをシオリは悉く討ち滅ぼしてきたのだ。
しかし……彼女には今回のエピオン・ジャック以上に苦戦した記憶はない。
負けん気の強さ所ではない、強者を求め続ける純粋な本能とは、言い換えれば終わりなき自己研鑽に他ならない。
自身を練り上げ、ひたすらに弱肉強食の渦中で本能を研ぎ続けるのだろう。
現に、その攻撃の全てをエピオンは凌いでいる……反応速度と異様な迄の返しの的確さで云えば、『後だしじゃんけん』とシオリが揶揄したくなる程であった。
(さてと……向こうも動かないなら、このまま時間稼ぎするのもアリなんだろうけどーー)
次の瞬間、どちらからともなく、三度、互いに距離を潰すかの様に躍動を以て応える。
ーーこの殺し合いに水を差すなんて勿体無い事が出来るか!!
生まれも種族も思想も世界さえ違えながら、唯一停滞を嫌い、即殺を旨とする両者の思惑が今 ーー 疾走という形で一致した。
最早、駆け引きさえも小細工としか為らぬなら……持てる最大火力で勝負を決するのみ。
ーー煙りを吹き上げるリボルバーに限界点ギリギリの『超加速』を注ぎ込んで構えるシオリ。
片やエピオンもトサカを最大限に逆立てて震わせ、八つの器官孔から虎落笛を響かせてーー。
両者共に渦を巻くかの様に回り込みながら中心へ向かい……やがてその一点で交差する瞬間。
ーー全ては解き放たれた。
触れた者を灰塵へと帰す破壊の炎が食い合いながら最大級の灼熱波を拡散し、シオリとエピオンの絶叫を吸い上空へと押し上げてゆくーー。
暴威の中心でエピオン・ジャックは体表の翼鱗が明らかに爆ぜ、溶けながらも一歩も退かない。
対してシオリは炎の神に選ばれし勇者だけあり、衣服へ火が燃え移ろうがダメージを負う事等ないのだ。
我慢比べならばシオリの勝ちであっただろう……。
だが決着は予想だにしない形で先延ばしとなる。
シオリのリボルバーが限界を超えた負荷で融解し、それを認めたエピオンが更に出力を上げたのだ。
しかし……そのエピオンの行為が結果的に『呼び水』となったのだろう。
刹那、突如発生した地響きを足下に感じて、両者は僅かに意識を聳え立つデッドサンデーへ向ける。
だが時既に遅く、想像を絶する規模の雪崩が一遍の隙も赦さずに炎の力場ごとシオリとエピオン、ついでにバララをも呑み込んでいく……。
だが、寸前で三割ほど焼け落ちた翼鱗で羽ばたきエピオンは雪崩から逃れ、宙空で態勢を崩して岩場へ叩きつけられてしまう。
◇
◆
◇
ーー 王都 ミルディニティ 某所
迷路にも似た広大な書庫の一室で、不意に手にしていた書籍を閉じる女性。
「接触したわね……それじゃあ、後は宜しく。」
そう一画の暗闇へ呟くと、微かに闇が揺れる。
(気配が消えた……相変わらず薄気味悪い連中ね。)
女性は溜め息をひとつ洩らして書籍を本棚へと戻す。
(賽子は振られたわよシオリちゃん。)
◆
◇
◆
雪崩が過ぎ去った後……大自然は何事も無かったかの様に、また吹雪が吹き荒んでいる。
「………。」
一面の銀世界に晒され、脱け殻の様に横たわるシオリ。
朦朧とする意識で現状を打破すべく、身体を動かそうと試みるが反応がない。
力を使い果たし、容赦なく吹雪が彼女から体温を奪ってゆく。
最早手詰まりか……そう思った刹那、彼女の眼前に見慣れたトランクケースが現れ、揺れていた。
「………。」
自分は幻覚でも視ているのだろうか……そう思った矢先、何かに身体を掴まれて彼女の視界が反転した。
その瞬間、事態が判らぬまま、意識が途切れる寸前にシオリは確かに視た……視たのだ。
血に染まり、意識を失っているバララの横顔を……。
吹雪は尚も吹き荒ぶーー。
何者の存在も許さぬ筈の領域で、巨大な人影が悠々と揺れていた。
つづく
少しでも楽しんで頂けたでしょうか?
もしそうなら……嬉しいなぁ。




