第一章 転生編 『初めての実戦にて』 前編
このご時世、家でゴロゴロしてるだけだとアイデア浮かびませんね……。
何か仕事場で何かやってる時の方が思いつくんですけど、決まって仕事休みたい、帰りたいとか思ってしまう始末です。
仕事出来るだけマシなのにね……永遠に続く夏休みは拷問でしかないって誰か言ってたような?
あっ、すんません、小説とは関係ないっすね。
反響するおぞましい叫び声と荒い息遣い……身体が重い、血と汗に塗れながら咥内から込み上げる、酸っぱい胃液だかゲロだか分からないものを撒き散らし、俺は暗い洞窟内の壁へもたれ掛かる。
僅かに視線を落とすと、緊迫と恐怖で握り締め過ぎたのか、左右のダガーとも、グリップから指が離せなくなっていた。
支給されたばかりのダガーは二本とも血脂で汚れ、刃こぼれが酷い……何時、刀身が折れてもおかしくないだろう。
ふと気配に気付き、闇の一画へ眼を向けると爛々としたふたつの明滅が浮かんだ。
それを皮切りとし、一斉に夥しい数の黄色く濁った眼光が唸りを上げて闇を彩って拡がってゆく。
有蹄類を想起させる眼、肉欲への渇望で歯軋りを立てる鋭い牙、茶緑の肌にボロを纏った体長130㎝前後の小鬼族……世に名高いゴブリンだ。
「囲まれたかーー」
言葉が終わるや否かで同時に三方向から襲い掛かってきやがった!!
咄嗟に壁を蹴った反動で左前方へ飛び、カウンターの斬り払いを一匹目の両眼へ叩き込むのと同時に身体を捻って、二匹目へ認識阻害のスキルをーー。
しくじった!?視線を切れなかった、迎撃が間に合わない。
俺は回転運動のまま、左腕を振り回して二匹目に籠手を咬ませる。
瞬間的に咀嚼し、全身を揺らして鉄製の重い籠手に亀裂が生じた!?
「ッざけんな、このっ!!」
そのまま左腕を振り抜き、三匹目へ二匹目を叩きつける……が、その影に隠れた四匹目が感染症を引き起こしそうな不衛生なナイフで、通り抜け様に俺の脇腹を掠めてゆく。
「……ッ!?……テメエは何時まで俺の腕を食ってんだ!!」
尚も食い下がるゴブリンの顔面へダガーを突き立て、振り捨てた瞬間、左籠手が砕け散った。
まだまだ……夥しいゴブリンの包囲網は未だ健在か、三匹程度じゃ焼け石に水でしかねぇ。
じりじりと網を狭めながら、ヤツらは波状攻撃の隙を窺っている。
くそッ……張り詰め淀んだ空気の最中で、何度も生死の境界線が入れ代わる、このままじゃ俺のメンタルがもたない。
『先程負った毒物の鑑定が終了しました 直ちにネバーランドの起動を提案致します。』
是非もない、現実時間を隔絶するべく、俺は即座に起動を実行した。
……切り替わった仮想空間、現状は依然として切迫しているが、思考を落ち着かせなければならない。
『現在毒物の浸透率は38% 致死率まで推定20分です。』
「推定?確定じゃないのか。」
『マスターが損傷を受ける度にリミットが早まります。』
くそったれ……解毒は出来ないのか?
『現状では手段がありません。』
思考を回せ、考えろ……手段が無いなら作り出せばいい。
まずこの洞窟を脱出して外の冒険者に解毒してもらうのはどうだ?
『成功率は限りなく低いでしょう 最速最短でシュミレートした場合においても脱出より致死率到達が先です 加えてゴブリンは知能の低い魔物ですが 集団戦闘に特化しており 出口へ近付く程に布陣を厚くしていると思われます。』
逃がさないつもりか……なら、それを逆手にとって洞窟最深部へ行くのはどうだ?
『問題解決に至る選択肢ではありません。』
確かに不確定要素の方が強い……博打でしかないだろう。
だが最深部には俺を置き去りにした張本人であるシオリさんが先行している筈だ。
解毒手段がなくても、この洞窟から脱出する手立ては用意してるかもしれない。
……ちくしょう、何故こんな事態に陥った!?
「くそっ!このーー!?ーー!?ーーッめ!!」
『不適切な表現がありましたので効果音を重ねました。』
こんな時にピー音かよ、笑えねぇ~。
俺は呪いの言葉を反芻しながら、そもそもの原因を思い出してみた……。
7時間前……アームベルン、ギルド支部。
差し出されたカクテルを揺らし、シオリさんは不敵に笑う……。
なんとも妖艶だが、かなり危険な匂いがする……例えるなら、流れ弾がコッチに被弾する様な嫌な予感だ。
「この私に『イエローシグナル』を出すと云う事は最低でもAランクの依頼なのかしら?」
その言葉はバーカウンターを挟んで、皿を拭いているナイスミドルのギルマスへと向けられたものだったが、明らかに周囲の冒険者達の空気をも変えていた。
「ああ、A+の討伐依頼だ……今のウチじゃあ扱えないんでね。」
「……聞かせて。」
静かにカクテルを空け、二人の視線が交錯する……何この緊張感、帰りたいんですけど。
「アームベルン領の西端、カルパティーン洞窟は知ってるよな。」
「勿論、魔族領に隣接した国境地帯にある洞窟よね、確かゴブリンの棲息地だったはず。」
「その洞窟に最近、野良の首なし騎士が居着いてゴブリン共を統率しているらしい……既に無視出来ない被害が出ている。」
「ふーん、ふたつ質問……まず何故、『殲滅』ではなく『討伐』なの?今後の禍根を鑑みればゴブリン諸とも駆除し尽くす方が最善ではなくて。」
おいおい、サラッと怖い物言いすんなこのお姉様。
「変わらんか、その人間至上主義の考え方……まぁ依頼内容まで俺は関知しないが、依頼主が報酬額を渋ったと聞いている。」
「そう、じゃあ最後に、その依頼主って誰の事なのかしら?」
「事前に通知した筈だが、国だよ、正式な依頼状もお前の所のギルドに送ったろ。」
「ええ、ただひょっとしたら知り合いが依頼主なんじゃないかと思って不快になっただけよ。」
一拍の沈黙、シオリさんは『忘れて。』と一言だけ溢し、預けた背中をカウンターから離して俺へ視線を向ける……。
「聞いてたでしょ、悪いけど手伝って。」
「……えっ?」 「……っん?」
呆気にとられる俺に対して、あざとく首を傾げて反応を返すシオリさん……絶対、楽しんでるだろ。
「い、いや俺、初心者ってか、ギルドにもまだ所属していない無職っすよ。」
「登録、しにきたんでしょ……問題ないよ、私の支援要員だから、ここの人間よりかは出来るよ、きっと。」
な、なんて無責任なお言葉……周囲の視線が痛い、刺さるんですけどお姉様?
「何だ、シオリの連れだからドミニオンギルドの冒険者かと思ったぞ。」
「ドミニオンギルド?」
「ああ、私が所属しているギルドだよ、大陸南方のドミニオン共和国……さぁ、そんな事はどうでもいいでしょ。」
と言いつつ、シオリさんはアゴを軽くしゃくってバーカウンターの隣にある受付窓口?を指し示す……俺に拒否権はないのかね?
百万ドルの笑顔に促され、俺は背中に受ける圧力で顔をしかめながら窓口へゆく。
途中、ふと嗅ぎ慣れた匂いに気付いて横を見ると、掲示板らしきものが目に入ってきた。
懐かしい石灰の匂いだ……しかし、異世界の文字はまだ分からないが、何となく空欄が目立つな。
「初めまして、冒険者登録ですよね。」
事の成り行きを見ていたのか、窓口に座るその赤毛の女性は可憐な笑みで話を先回りしてきた。
ギルドの制服だろうか……良いな、ローラースケートでウェイトレスをしそうなアメリカンダイナーなデザイン、窓口を飛び越えて上から下まで目に焼き付けたい位だ。
「せいしょうね~ん(青少年)、鼻の下が伸びてるぞっ、と……そういうのが好みなの?」
おっと、後ろからお姉様のイエローカードが発令されました~いかんよ、いかんね。
「おなっしゃっす(お願いします)。」
「では適性職業を視ますので、鑑定呪文を掛けさせてもらいますね。」
そう仰るとお姉さんは俺に手をかざして、何事か呟き始める。
すると俺の身体がうっすらと紫色に発光してるじゃありませんかっ!!
周囲にいくつかの光の術式が浮かび、やがてそれらはお姉さんの手中に吸い込まれて消えた。
「ハイ終わりました、現在あなたが就ける職業はこちらのふた……エェっ!?」
ん、どうしたのお姉さん、問題でも?
「……取り乱してすいません、お選べになれる職業はこちらです。」
なんか様子がおかしいんだが、まぁ気にしないでおこう……お姉さんは二枚の書類を俺に差し出す。
一枚目は盗賊についての規約書類だった。
盗賊……索敵、探索、強奪から遊撃までこなす情報戦略の要であり、専用の魔法術式がギルドから支給される事で以下の下位呪文が初めからお使いになれます。
鑑定呪文、解錠呪文、認識阻害呪文、強奪呪文。
ーー誓約としてこれらの呪文の内、解錠、強奪呪文に関しては市街地及び人間、亜人種への使用を禁止とさせて頂くために、制限術式を組み込んでおります。
誓約を破られた場合、または制限術式を排除される行為は契約不履行とみなし、冒険者の資格を永久剥奪とする旨をご了承下さい。
うん、概ね聞いた通りの規約だな……国家間の戦争への介入を禁じてるのだから、当然だろう。
けど俺って魔法がほぼ使えないってのが確定してるしな~認識阻害はスキルとして持ってるし、旨みは薄いよね。
『いえ、問題なく使えます。』
おっと久し振りにティンさんの声を聞いた気がするぞ、しかもまた後出し発言が聞けそうだ。
『下位の鑑定術式を解析し ワタシのツールとして吸収 還元する事で他の呪文もスキルとして再現可能です 尚 認識阻害スキルの性能向上も見込め 制限術式の関知能力も無力化します。』
つまりは勝手に弄くっても誤魔化せると言いたいのだね、君ィ。
『尚 ワタシのツールとしての鑑定スキル及びマスターが既に獲得している認識阻害はお使いになれますが 他のスキル解放には好感度・和が足りていません。』
なんだよ、結局使えないんじゃん……ってか選択肢が増えるだけマシか。
でもな~コミュ能力に乏しい俺じゃ、何時スキル解放出来るか分からないよ。
とまぁ、ティンさん相手に愚痴ってたんだが……本当に驚愕するのはこの後、二枚目の書類へ目をやった時だった。
「何々……へぇ、二つ目の職業は勇者なんだ……って、勇者!?」
この瞬間、ギルド内にどよめきが巻き起こった。
あのナイスミドルなギルマスですら、信じられないと云わんばかりの表情で俺を視る。
いや、ギルマスだけでなくその場のほぼ全員が同様だったろう……当事者の俺ですら事態を呑み込めていないのだから。
唯一、シオリさんだけが意地の悪そうなしたり顔で周囲の反応を楽しんでいた。
「ついに、ついに勇者を……この国でも迎える事が出来るんですね。」
おい……なんかお姉さんが勝手に感極まってんですけど?
反応がティガー達と似てる……絡み辛いよ。
ちょっと外野はほっといて、改めて書類へ視線を落とす。
勇者……それは選ばれし者、ギルドが誇る最高戦力であり平和の象徴。
国家の垣根を越え、ギルド加盟国全てで身分を保障し『聖騎士』の位を授与され、また所属ギルドは登録された国のものへ帰属し、莫大な報償金の一部はこれに徴収される。
非常時において……加盟三カ国による特S級認定(世界の存亡を左右する災厄的存在)が承認された場合、勇者は要請に従いこれを討伐、あるいは殲滅しなければならない。
また特S級認定へ参画した三カ国は自国の総兵力の20%を勇者へ供与し、連合軍の指揮権を与える。
さらに有事に際し、勇者が必要と判断するならば私人、公人の区別なくその資産、家財を徴収し運用する事が超法規的に許される。
尚、勇者の資質を持つ者はその象徴たる力、絶技、知識に加え立ち振舞いに至るまでを求められるために、監獄島『デスクリン・アイランド』にて三年間の修行期間を義務付ける。
また……エトセトラ、etc etc
何これ、細かい文字でビッシリ書いてある……三年間も修行すんの?しかも家財を徴収って、こっちの方が盗賊じゃん。
お姉さんの視線が痛い、当然、勇者を選びますよね的な雰囲気出されても……。
ふと、書類の一番下の項目に目が止まる。
現在活躍中の勇者
神聖ウォルターナ王国ギルド所属→→碧渦の勇者 サラ・ストーム
アルパスト帝国ギルド所属→→蒼空の勇者 ロック・ザ・ナインバッシュ
ドミニオン共和国ギルド所属→→浄火の勇者 シオリ・デストロイ・トラビス
で、デストロイ……まさか。
「シオリさんが勇者!?」
「フフ……バレてしまったか。」
艶っぽいドヤ顔でそう言われてしまった瞬間、ギルド内が騒然となった。
流石にギルマスは知っていたのだろう、だがシオリさんとは対照的に苦々しい表情であらくれ達を一喝して黙らせた。
「まったく、情報は俺達の飯のタネだろうが……これじゃあ当分、弱小ギルドの謗りは拭えんな。」
「ははは、で、モンテ君はどうする?勇者は良いよ、やりたい放題だ。」
うん、それはお姉様を観てれば分かるよ、マジで。
「まぁ迷わないわな、最初からこれ一択だわ。」
「それじゃあ、やっぱり。」
「盗賊でおなっしゃっす!」
Boo Boo♪Boo Boo♪
俺の耳には今、どよめきと盛大なる負の効果音がカオスを奏でている様に聴こえてならない。
受付のお姉さんに至っては『ウソですよね……。』を連発し、放心している。
「い、今ならまだ間に合いますから変更して下さい、お願いします。」
おっ、返ってきたね……しかも断定かい、俺の意思はいらんの?
「ん、盗賊で……三年間もまた時間を取られたくないんで、盗賊でおなっしゃっす。」
BooBooBooBooBoo♪……BAD!!
お姉さんの再三の要望をひたすら『盗賊』の一言で切り捨ててたら、最後に初めて聴く効果音キタ……レア物か?
『いえ マイナス好感度のMAX値を検知……累積により全てのパラメーター付与が消失しました。』
……そうなの?体感的には変わらない気がするんだけど。
どうやら俺の身体能力が直接減退する訳じゃなさそうだな、なら気にしてもしょうがないか。
……思えば、この時の俺は自身のスキルの本質を理解してなかった、いや、考えてすらいなかったと言うべきか。
たら、れば、を事が過ぎてから述べるのは無意味だとさんざん身に染みている筈だったのに……後悔は先に起たないもんだ。
「こちらが支給品の装備になります……。」
簡単な術式授与、というかお姉さんが再び俺へ手をかざすと幾つかの丸い光が俺の中に消えて完了という具合だった。
しかし、かなり嫌われたな……今もお姉さんは憮然と此方へ視線を一切向けずに、装備を叩きつける様にカウンターへ置く始末だし。
「おおっ!これが装備……籠手に脛当、こっちは双剣か!」
「フフ、懐かしいな、私も初めての装備品にはワクワクしたものだよ。」
「シオリさん!この装備って『ゲンジ』とか『朝死んだが?』って名前付いてたりする?」
「アホかっ!?んな高性能な装備が新人に渡る訳ないでしょ、というかそんな装備ないから、巨大組織を敵に回す気なの?」
おおっと俺とした事が、思わずボケてしまったよ。
「言っておくけど、その双剣一本、2㎏あるから実戦で振り回す時は腕の力だけでやってると、すぐ疲弊するよ。」
……そうなんだ、何か急に実感が湧いてきた、これからモンスターと戦り合いに行くんだよな。
「それで……その洞窟までどうやって行くの?」
「ああ、それなんだがーー」
そう勿体つけた言葉を途中で切って、シオリさんは俺にお気に入りの玩具を自慢する前の子供の様な満面の笑みを向けた。
後半へ続く。
今回は初めての実戦という事で前後編で書いております。
いかがでしょうか?コメディの筈がちょっとバトルやんけ、と言う感じでしょうか。
やっとギルドまで出せて、ホッとしています。
これからどうなる事やら、数少ない読者の皆さま、どうか見捨てずに読んでやって下さい。
それではっ!!