デストロイ外伝 『フィッシャー マンズ ライジング』⑤
遠いアオハル時代に想いを馳せ、たまにジブリ作品を夜通し観る……朝方には、もう涙も枯れていました。
誰が居たでもなく、在るがままの世界を憎んだ……。
ひたすら叫んだその果てで、小さき祈りの声に気がつく。
『……何時か、夜明けが静かに訪れますように……。』とーー
◇
◇
◇
ーー鼓膜を咀嚼し続ける風鳴りの真っ只中……吹雪が容赦なく山肌へ吹き荒び、目前の視界までも儘ならない状況下で唯一人、シオリだけがその巨大な影と対峙していた。
(無事に逃げてよ、バララ。)
心中でそう呟き、握られたリボルバーの腹を左手で回すと……彼女の藍色がかった瞳に炎の如き、揺らめく光が灯る。
そしてその光に呼応する様に、巨大な影から吹雪を超えて山々に至るまで轟く絶叫が鳴り響くと……戦いの火蓋が切って落とされた。
◇
◇
◇
ーー出発から五日後
本来であればデスサンデーの中腹でベースキャンプを張っていた筈のシオリ隊は未だ麓で夜営を余儀なくされていた。
途中で天候が悪くなり、二日間の足止めを強いられたのが主な原因である。
焚き火の前で座って頬杖をつきながら、自然と溜め息が洩れてしまう。
だがそれもシオリにしてみれば仕方がない、天候が回復するまでバオ内で吹雪をやり過ごそうというのだから。
初日のテントと違い、本格的に吹雪への対策が為されたバオは快適である。
簡易的な組立式の壁材は竹骨に牛の糞と特殊な土を配合したものを肉付けし乾燥させて造られており、保温性に優れている。
また円錐状の皮張り屋根には焚き火による二酸化炭素を換気する役目を持つ捻れた構造の排気筒が取り付けてあった。
(確かに快適だけど……大人数で缶詰めにされてる事に変わりないのよね。)
無言でヤギ乳茶を啜り、土壁を隔てた吹雪の音に耳を傾ける……。
「トラビス嬢、ひとついいかな?」
「いい加減にその呼び方止めてくれない。……まぁヒマだし良いよ、で何?」
焚き火の脇に置いた小型テーブルへ山岳図を広げてから、バララはシオリへ視線を向けた。
「魔獣の素材を何に使う気なんだ?」
「そんな事がわざわざ訊きたいの……。」
「ジルコニアンイエティの素材で造る既製品の武具など聞いた事がないからな……在るとしたらワンオフの特注くらいだろう。ましてや勇者自ら出向くとなれば対魔族の切り札だとも勘ぐるさ。」
「ふむ、なら機密として喋れない事情も分かるだろうに……。」
少々呆れ気味に肩を竦めて、シオリは茶碗を足元へ置いてみせる。
「だろうな。だが正直、そう都合よく見つかるとは思えんよ。」
バララの見立て、いや、一般的な常識の範疇ならばその疑問は正しい……とシオリも考える。
が、彼女には確信があった。
彼女をこの世界へ送り込んだ張本人である炎の女神『ネフェルティ』は転生に際してひとつの使命をシオリに課していたのだ。
『悪魔側の台頭に呼応して、各地で特別な魔獣が復活するから、ガンガン狩りなさいな。』
ぶっきらぼうに言いたい事だけ告げて、取り付く島もなしで送られたのだ……それについては一言物申したいくらいだった。
がしかし、少ない情報ながら、天魔協定の内容を鑑みれば悪魔側の代行者の存在と暗躍は容易に想像できる。
ならば自分が選ばれ、送られたという時点で魔獣も復活しているのだろう、勿論、今回のジルコニアンイエティがハズレである可能性もあるが。
(今まで悪魔が絡んでそうな魔獣には遭遇してないのよね……。)
遭遇していない……裏を返せば其れほどの強敵に出会った事がないという傲慢さにもとれるが、本人は至って冷静であり驕りとは程遠い。
何故なら、勇者という強権を用いようとも悪魔の代行者は無論、魔獣の痕跡すら判らなかったのだ。
勇者となった当初は魔族領、ひいては魔王が悪魔側の代行者であるとシオリは睨んでいた……のだが、小規模な戦闘や領地争いから脱落した魔物達による人里への略奪、または知性のない魔獣討伐が主であり、魔王自体は魔族領から動かず、隣接する国々への大規模な侵攻も数十年間為されてないという。
最も、その間に人類同士の侵略戦争が継続的に勃発していたので、自滅するのを静観していたとも考えられるのだが。
ともかく、自分の預かり知らぬ所でひっそりと、だが確実に脅威が育ちつつある……そんな予感に背後から忍び寄られる様な戦慄をシオリは覚えていたのだ……がーー
「ーーどうした?聞こえているのかトラビス嬢。」
不意に耳へ入ってきたバララの声で我に帰るシオリ。
「いや……何だったかな?」
やはり聞いていなかったのか……そう言いたげなジト目を向けられ、シオリは咄嗟に視線を外して笑う。
しかし、そんなシオリの意識とは裏腹に、周囲に明らかな温度差が拡がっていた。
否、正確には周囲の雰囲気がいつの間にか張り詰めている事にこの瞬間、彼女はやっと気付いたのだ。
「………。」
バララを始め、ガイド達もバオの外へと意識を向けて気配を探っている……。
シオリも同様に意識してみるが差して変化がある様に思えない、外から聴こえてくるのは吹雪の音だけに感じる。
「……いや、吹雪に何かが混じって聞こえる。」
案内人達は長い年月をキリング・マッチャロと共に過ごしてきた。
畏敬の念を忘れず、大自然に逆らわずに寄り添う……死すべき時ならば、山々へ還るだけだと笑う者達なのだ。
そんな彼等が警戒を解けずに身構えている……それがどんな意味を持つのか?
……答えはすぐに 齎された。
『お嬢様 来ます。』
「……ッ!!?」
刹那、異変に反応したセバスチャンによりシオリの視界にMAPが表示され、そこには高速で自分達へと迫る魔力反応が在った。
次の瞬間!!バオが轟炎に包まれ渦を巻いて……爆ぜた!!
それは少し離れた犬舎にも燃え移り、吹雪へ更なる悲鳴を添えてゆく。
遠く、おそらくは百m程はあろう地点……吹雪で視界も儘ならない最中で、巨大な影が紅く光る眼を怪しく瞬かせて、爆発したバオを捉え続けていた。
だが直ぐにそのふたつの光は 撓み、敵意を 漲らせるかの様に一層強さを増す!
「やってくれたわね……。」
やがて燻る炎の中から現れたのは、ドーム状に形成された緑光によって護られたシオリ達の姿であった。
咄嗟にシオリが詠唱破棄による物理防御呪文を発動したおかげで、僅差で全員難を逃れる事が出来たのだった。
「……バカな……デスサンデーに魔獣が現れるなんて……。」
十数mはあろうか、吹雪に紛れきらない巨大な影を見つけてガイドの一人がぽつりとそう呟く。
死の山……そう呼ばれるだけあり、本来デスサンデーには魔物はおろか現地の生態系にある全ての生物が寄り付かない領域であり、畏敬の象徴とも言えた。
「バララ!!今すぐ皆を連れて帰りなさい!!」
一切の反論を許さない言葉にガイドの一人が眼を見開き、食って掛かる。
「この吹雪の中で犬を走らせんのか!?自殺行為だぞ!!」
「………。」
「……どのみち、ココに留まっても死ぬだけよ。」
そう苛烈な一言だけを残し、即座に銃を抜き放ったシオリは防壁の外へと凄まじい速度で飛び出していった。
◇
◇
◇
「………!?」
視界が悪い状況下で、襲い来る複数の火球に対してリボルバー発射の反動を利用した高速移動で回避してゆくシオリ。
無論、セバスチャンの軌道予測によるサポートも展開されている。
ーー影へ警戒を向けながら、弾倉を開けて薬莢を差し込み、銃身を跳ね上げた。
(回避行動で弾を消費するのは愚策か……。)
そう思考しつつ、足下の雪を踏みしめると思わず舌打ちを洩らしてしまう。
機動力の半減……極寒の吹雪の最中で致命傷に成りかねないハンデを抱え、彼女に出来る事と言えば受動的な対応策だけに思えただろう。
シオリ・デストロイ・トラビス……転生前の本名 『諏訪部 詩音』が女神ネフェルティにより覚醒されたスキルは炎の特性付与である『神焔』。
……現時点で行使しているのはその一端に過ぎない超加速であった。
それは自身の身体に触れたものの特性に合わせ、時間と共に威力、効果を倍加させてゆく能力であり、人間程度であれば強化を超えて爆死にまで追いやる事が可能である。
また、その縛り通りに自分への強化付与は出来なかった。
『リボルバーの耐久値がイエローゾーンを割りました お気をつけ下さい。』
(試作銃じゃ連発が利かないか……それじゃあ。)
意を決して影へ走りだしながら、口中で声に為らぬ呪文を唱えーー
「いい加減に正体を見せなさいよ 『閃光球』!!」
掲げた左手から魔獣と思わしき影の頭上へ向かい、三つの光弾が放たれると、やがて中空で留まりーー
「弾けてッ混ざれぇ!!」
シオリの叫びと共に光弾は凄まじい閃光を放ち、夜闇を領域外へと追い払ってゆく。
そして……吹き荒ぶ吹雪が煌々と輝く最中で、ついに魔獣がその姿を露とし、シオリは聞こえる筈もない舌打ちをまた抑えきれなかった。
(やっぱりハズレか。)
それは……その姿は……鳥類に酷似した顔をし、体表は極彩色の鱗と羽を併せ持つ、特筆すべきは頭頂から背中にまで流れる赤色のトサカでも強靭に発達した尻尾でもなく、その後頭部まで盛り上がり左右合わせて八つの孔を有する器官であろう。
ーー直後、魔獣は嘴を閉じ、呼吸の要領で器官を震わせると……孔を伝って虎落笛にも似た音が吹雪へ割り込み、そして。
次の瞬間、凄まじい速度で火球が撃ち出された!!
「……!?」
先程とは比較にならない速度と威力の火球を前に、考える間もなく速射回避を余儀なくされてしまう。
ーー後方の雪面へ滑る様に着地して、左手を着くシオリ……右手に握られた白銀の銃身が僅かに赤熱し、ジリジリと煙りを立ち上らせている。
(閃光呪文に動じた様子もなく、キッチリ返しをするのね。)
『お嬢様 鑑定結果が出ました。』
静かに起ち上がり肩幅より、やや広くスタンスを取ると……不意に魔獣と視線が交差する。
嘴を歪め、『カッカッ』と二回音を鳴らして火花を散らすその様がシオリの琴線に触れたのだろう。
加速度的に彼女の怒りを引き上げてゆく……。
(………。)
『火炎魔竜エピオン・ジャック……主に熱帯雨林に棲息する鳥竜の亜種で 魔獣ランクはAA級 おそらく今の装備では厳しいかと。』
(………と?)
『………お嬢様?』
(……あの舐めたトリから逃げろとでも言うつもりか?)
その瞬間、シオリの瞳に宿る炎が更に大きく、渦を巻いて猛り狂う……。
吹雪の音などお構い無しに聞き流して、今度はシオリがエピオン・ジャックを挑発する様に……両手を広げ、無造作に近づいていく。
両者の距離は約15m程であろうか。
野性を漲らせ、高密度の本能が今……互いを 屠らんと牙を軋ませ、その時を窺う。
つづく
何でもない様な事が~♪幸せだったと思~う♪




