第二章 領主編 『神サマーと仮想空間』 後編
そろそろ年末だなぁ、今年も終わりが見えてきた今日この頃ですわ。
「……。」
澱んだ空気が頬を掠めてゆく、此処は卵の内部の筈なんだが……。
見覚えのある無駄に拓けた空き地、無数の掘り返された跡……アームベルンか。
そう心中で呟いた刹那、僅かな物音と共に地面から夥しい数の隆起が発生し、穢れた手指が出口を求めて突き出されてゆく!?
……姿を現したのは爛れた腐肉の匂いと怨嗟の叫びを振り撒く、全ての生者の天敵たる不死者。
「……!?」
奴等の顔を見た瞬間、思わず唇を噛むと紅い滴が口端から垂れやがった……くそったれが、シオリさんやティガー、修道院のみんな、俺がこの世界で出会った人間達。
不意に両脇から腕を掴まれる、視線を向けると生意気そうな少年と長い金髪の少女が歯を突き立てようと不自然に口を開けていた……あの路地裏で俺をハメたガキ共もかっ!?
焦点の合わない濁った眼と血肉を欲して歪んだ表情……決して本物ではないと理解していても、近しい者達の変わり果てた姿が俺の心を怒りへと駆り立てる。
「……!!」
二人を蹴り剥がし、後方へ飛び退くと異次元BOXからダガーを取り出し構えた。
落ち着け……考えろ、俺の目的は何だ?此処を切り抜けてティンまで辿り着く事だろうが!
囲まれない様に位置取りと間合いに腐心しつつ、走りながら手近なグールのこめかみを刺し貫いてみる……駄目か、すぐに立ち上がり、気持ち悪い笑みを浮かべて再び襲ってきやがる。
次の瞬間、群れの奥からガチッ!という鉄の音が聴こえ、俺はギルマスの腕を回しながらその背後に隠れた……直後、轟音と共に撃ち出された弾丸が無数のグールを貫いてギルマスの身体を蜂の巣にした!?
こんな無茶苦茶する奴は一人しか居ない、お姉様ったらどんな姿になっても厄介な存在だわ。
いや、現状を鑑みればありがたいか ……お構い無しでブッ放すなら、立ち回りにそれを利用しない手はない!
シオリさんの銃口を誘導するように、だがそれでいてグールを盾にし群れの中を縦横無尽に走ってひたすら斬りつける。
斬りつけるが……顔見知りを刺す肉の感触がここまで嫌なものだとは思わなかった。
刹那、俺の甘えを嘲笑うかの様に銃声がドス黒い血肉を飛び散らせる……迷いは許されねぇ。
不意に視線を落とすとブレスレットのカウントダウンが7分を切っていた、クソがっ!思考を回す余裕なんざねぇぞ!?
そんな事を考えた直後、突如として速度を上げたティガーに距離を潰され、脇から正拳突きを放たれる!!
衝撃が身体の芯へ牙を突き立てながら後方へ駆け抜けてゆくっ!?……数mは引き摺られちまったか、地に伏した膝が痺れてまともに動かねぇ。
咄嗟とは言えダガーで受けてこのダメージかよ……。
くそっ、とにかく街中に逃げて撹乱を試す……と踵を反した矢先、空き地からの脱出を阻まれた。
正確には通路に出ようとした瞬間、磁石の反発に似た力で跳ばされグールの群れの中へダイブさせられちまった。
俺へ覆い被さろうと、全方位から殺到してくるグール共を仰向けのまま蹴飛ばし、斬りつけて何とか四つん這いで掻い潜る……ハイスピード『はいはい』で逃げてやったぜ!
……とか宣ってる場合じゃねぇだろ!?5分を切っちまったぞ!?
「……逃げ場なんかねぇのか?」
その瞬間、思考に僅かな綻びを感じて身体が強張る。
逃げ場?……待て、逃げてどうするんだよ、いや何かが引っ掛かる。
刹那、アーガマの言葉が脳裏を過った。
この仮想空間、仮想現実において眼に見えるものが事実とは限らない……そもそもこの空間から移動出来ないんじゃなくて移動する必要がないって事じゃねーのか?
アームベルンの空き地を模しているのは俺の潜在意識の影響で、グール共も同様だとしたら……。
「………。」
俺は無言でダガーを捨て、その場で棒立ちとなってグール共を睨む……。
奴等は徐々に距離を詰め俺を囲んでゆく。
思えば俺はこの仮想空間に圧倒され勘違いしていたのかもしれない……時間と距離が意味を成さず、俺が連れてゆく……それらアーガマの言葉に共通し、尚且つ俺とティンを繋ぐものがひとつだけあるじゃねーか。
「ネバーランド起動……。」
次の瞬間、迫りくるグール共を含め、眼に映る全ての景色がブラックアウトし即座に切り替わる。
宇宙空間とそこに浮かぶ升目のグリッド……俺にとっては見慣れた光景だ。
どうやら正解だったようだ、ざっくりと言ってしまえば、あの空き地はネバーランドへ跳ぶためのリンクを張り付けているようなもんだったんだろう 。
『……。』
微かに聴こえる聞き覚えのある女の子の泣き声……アーガマに呼ばれた時に聴いた声はお前だったのか。
……そこには一糸纏わぬ姿で踞り、膝を抱えているティンの姿が在った。
心なしか、彼女の肌が透けているように見えるのは何故だ?
それにしたって跋が悪いな……正直話し掛け辛いが、現状はそれを許さない……ならばと俺は意を決して口を開く。
「ティン……時間がない、俺の話を聞いてくれないか?」
『………。』
ん?……反応がない……もう一度、ティンへ声を掛けるが返事が返ってくる所かこちらに気付く気配すらない。
どういう事なんだ?俺は彼女の身体を揺すろうと肩へ腕を伸ばす……だが肩を掴む筈の腕がティンの身体をすり抜けてしまう。
まぼろし……いや、おそらく違う、ここまでの道程は正しい筈だ。
なら、ならこれが今のティンなのか?崩壊しかけている、つまりは存在が希薄になっているとでも言うのかよ。
『……。』
気付いてくれっ!?……全身を震わせながら叫んでみてもティンには届かない、触れる事すら出来なかった。
時間だけがいたずらに過ぎ去ってゆく、苦々しくブレスレットを睨むが何も思いつかない……『詰み』という不条理な事実が否応なしにのし掛かってきやがる。
「本当に手立てがない……のか?何かを見落としている筈なんだ……筈だっ!?」
力なく膝から崩れ落ちて、気づけば俺はへたり込んでいた……。
タイムリミットまであと3分を切っている……やれる事が残ってねぇ、いや、ひとつだけあるにはある。
だが本当にティンを初期化しちまって後悔しないのか?
最悪の事態を回避しうる次善策……頭では理解しているのにも関わらず、どうしても感情がそれを許さない。
思考停滞、停止野郎も甚だしい……けど出来ねぇもんは出来ねぇ、またクソみてぇに諦めなきゃならないってんなら……今度は俺自身に見切りを着けてやる。
ゼッテェに初期化なんざしねぇ、そう踏ん切りをつけてブレスレットを投げ捨ててやった。
仮想空間の地面へ転がり、小気味いい金属音が鳴り響く……何から何まで作り物の世界で、その音がまた妙に滑稽に思えた。
「お前を独りで死なせるかよ……。」
『お前』か……此処まで事態が逼迫して、改めて認識というか実感を得るに至った。
俺はティンをシステムや人工知能ではなく、『人物』として捉えていたんだな。
「やっと理解したよティン……俺がお前に本当に望んだもの、やっと分かったんだよ。」
『………。』
「元の世界での俺は夢破れて、交通事故で半年の入院を余儀なくされた……やっとリハビリを終えて復学したら他人とどう関係を築けば分からなくなっててさ。 いや、それは言い訳なんだけど、元々陸上漬けの青春で自分以外は蹴落とす対象としかみてなかったから……笑っちゃうだろ?俺から走る事を取ったらマジで何も残って無かったんだから。 それで完全に腐って引きこもりだ。」
深く溜め息をつき、項垂れながら右膝へ視線を落とす。
アーガマによって創り変えられた身体に手術痕は残っていないが事故当時、日常生活は送れても競技には戻れねぇって宣告されちまってたんだよな。
「でだ……昼夜逆転!世間様が寝静まった夜しか活動しなくなったら何時の間にか昼間の世界へ出て行けない身体になってた訳だ。 だから本当はこの世界に転生して、発作は起きなかったが、いきなり昼に放り出されて内心恐くて仕方なかった……そんな時だよティン、お前に出会ったんだ。」
『………。』
「ぼっちで情けない俺がお前に望んだもの……最も身近で心を許せる存在……他愛ないケンカをしたり、呆れてムカついたり、それでも最後には笑い合える……何時かそうなれたら、だから、だからお前が、ティンに側に居て欲しいんだよ。」
次の瞬間、遠くでアラームが鳴り響く……どうやら発生源はブレスレットのようだ、タイムリミットが尽きたんだろう。
俺も此処までか、呆気ない最期だったか……ちきしょう!!
『……。』
「………。」
『……くれますか?』
「……えっ?」
聴こえる筈のない、届く筈ないと思っていた声に……俺は一片の涙を流して顔上げた。
……刹那、哀しげに此方を見詰めるティンと眼が合う……きっとお互いにヒドイ顔をしているんだろうな。
『まだワタシを必要としてくれますか?』
「必要だっ!……こんな情けなくて、自分勝手で嫌な性格の俺だが、そんな俺で良かったら側に居てくれ!!」
『!?……嬉しい。』
次の瞬間、その手を伸ばし、ティンは俺の顔を胸に抱いて額へ口付けると眩い閃光が彼女から迸る。
……この感触は、ティンの身体が実体化したのか?
暫しの沈黙……なんか照れ臭い、この後どうすんのよ?
そうだっ!?この後どうしたらいいんだよ、タイムリミットは過ぎちまったんだぞ!?
「ちょ、ティン離してくれ……お前、大丈夫なのか?」
『?……質問の意味が分かりませんが、マスターを手離す事は拒否します。』
ええっ!?色んな意味で驚くわっ!?
「おまっ、機能不全を起こしかけてたんだろ?こっちはアーガマからお前を初期化しろって脅されてたんだぞ!?」
『初期化?どうやってですか?』
俺は其処らに転がっているブレスレットを指差し、今までの事情を話して聞かせる。
すると徐に立ち上がりティンはブレスレットの側へ移動して何やらまじまじと見詰め始めた。
「このブレスレットに初期化コマンドの発動権は在りませんよ?」
ええっ!?今日イチの驚きキタッ!!ナニソレ!?あの神サマー、パチもん掴ませやがったのか!?
『……このブレスレットには、ある種の感応波を発生させるアストラル マテリアルが含有されている様ですね。』
「あす、アスト……何それ美味しいの?」
『アストラル マテリアルは現実世界には存在しない質量ゼロの特殊鉱物の総称です。』
「マジか……RPG御用達のオリ〇ルコンよか凄そうじゃん!?」
『まだワタシには元ネタが分からないので何ともリアクション出来ません。』
いや……元ネタって言っちゃう時点で超絶進化だろ……てか話が横路へズレ過ぎてる、一体どうなってやがる?
そんなこんなで困り果てていると、まるでタイミングを見計らっていたかの様に……あの野郎の声が鳴り響く。
『HEY BOY♪上手くやったようだな~♪』
何て軽々しくて嫌な声だ、アイツにまんまと一杯喰わされたのか!?
「おい神サマー!?これは一体どうゆう事だっ!!」
『いいからとりあえず、ネバーランドから戻ってこい。』
……イラつく物言いだなオイ、そんな俺の表情を笑いながら、ティンが手を握ってきた……ちょっと恥ずかしいから止めてくんない……とは言えない雰囲気だな。
『戻りましょう、マスターの疑問はアーガマ様が答えてくれる筈ですから。』
そう諭され、俺は深く溜め息をついてからネバーランドの接続を切った。
「……。」 『……。』
切り替わった空間は先程の空き地ではなく、アーガマの居るあの公園でティンも一緒に移動してきたようだ。
暑苦しい神サマーは変わらず、卵へ手を翳している。
「ってかお前、まだ殻を修復してねぇじゃん!?大丈夫なのかよ。」
『ああ、それな♪大丈夫、ってか大丈夫になった……見てみ。』
次の瞬間、軽口をほざいたアーガマの後で卵全体に亀裂が疾りそして……割れやがった!?
「お、おま、時空が~!?」
テンパる俺を余所に、何も起きない……というか弾け飛んだ殻から出てきたものに俺は眼を見張る。
それは美しく咲く、水晶で出来た薔薇のオブジェ?なのか……。
『こいつは嘘偽りのない……ボーイとティンの繋がりの象徴、そのひとつだよ。』
「………。」
そう淡々と答えた後、改めてティンへ視線を向けるアーガマ。
『はじめまして……ふむ、無事に済んで何よりだぞ。』
『はい、マスターに助けて貰いましたから。』
『!?……どうやら君は他のファミリアに先んじて、そして別の進化への可能性を掴んだようだな。』
「おーい、俺を置いてけぼりにして、勝手に話を進めるんじゃねーよ、ってかあのブレスレットを含めて説明しろや。」
『ははは、説明も何も言ったではないか?言葉にしろと……あのブレスレットはそのためのツールだった、それだけだ。』
ちょっと神サマー……そんな話が通るとでも!?
『無論、ボーイがあそこで諦めて初期化を望んだなら、我の権限でそれを為すつもりであったよ……だがボーイは真の意味でティンを救いだした、それが全てだ。』
「その全てがあんたの掌だったって事だろ。」
『否、それは違うな、そうなる事を信じてはいたが正直、確率は低かったぞ(だから誇っていい、ボーイは土壇場で強く、成長を遂げたのだから)。』
……なんか釈然としねぇが、これ以上は突っ込めねぇ気がする。
『さて、どうやら時間がきたようだ……最後にティン、君のバグは取り除かせて貰った。そのやり方では不完全な恐怖と不安の感情しか得られないからな。それと君がひとつ進化した事による容量の倍加に合わせて、マスター権限の一部を君に譲渡、共用にしておいたから……ボーイを頼んだぞ。』
『はい、ワタシの全てを懸けてお守りします。』
だから照れ臭いって、もう……視線を反らし、頭を掻くしか出来ない俺へ高笑いを向けるアーガマ、その周囲に光の粒子が立ち上ぼり始めた。
『………。』
光がアーガマを包み込んで消えてゆく……間際、何か呟いていた様だが聞き取れなかった。
神サマーがこの異世界で俺に何を求めているのか、依然として答えの片鱗すら見えない。
だがそれは今の所、俺の意志で拓く道と重なっている……そんな気がした。
『マスター?』
「……ん?」
『まだ寂しいですか?』
ちょ、思わず吹き出しそうになった……ティンさん直球過ぎ。
「あー、なんだ、そのあれだよ……お前も居るしな、うん、まぁいいだろ?その話わ……ってかいい加減、服着なさいよいい年頃の女子がはしたない。」
その瞬間、どもった俺のリアクションに対し、花が咲いた様に笑うティン……何だかな、これからは孤独なんか感じる暇すらない気がしてきた。
「……。」
何か耳鳴りの奥で誰か喋ってんなぁ……視界もぼんやりしてるし、眩しくてたまんねーよ。
「おい、アンちゃん死ぬなよっ!?おい早く止血してやってくれ!!」
おっ?この声は酒場の爺さんか、って事は此処は……。
刹那、ボヤけた視界がクリアになり無駄に豪華なシャンデリアが目に入ってきた。
「………。」
俺は勢いこんで上半身を起こし、周囲のあらくれ共の気配に思わず笑っていた。
さて、また頼むぞ『相棒』!!
『イエス マイ マスター。』
つづく
えーどうでしたでしょうか?
何だか書けば書くほど神サマーの自己主張が強くなっている気が……。
まぁ、たまにしか出てこないので仕方ないと言えば仕方ないんどすがね。
これに懲りず、見捨てる事なく、また読んでつかぁさい。
少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。




