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G・G SKILLで異世界奇譚!  作者: 下心のカボチャ
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第一章 転生編 『行ってこい大異世界』 『おはよう平和泉君』 『仕様と注意』まとめセット

「………。」


振り返ってみると俺は……なんて甘ったれた人生を送ってきたんだろうか。


中学生活はまぁ陸上競技漬けでそれなりに充実した……いや、汗臭いだけの思春期を過ごし。

推薦でスポーツ入学した高校では早々に才能の壁にブチ当たって玉砕する始末さ……もっと早くに気付けたらって思うよ、全国区で十本の指に入る猛者でも『走り』を飯の種にするのは恐ろしく難しいって事実に……。


青春を謳歌しろって言われても、訳分からないんだから全てが遅すぎたんじゃね?


失意と灰色の高校生活を乗りきって、大学で心機一転と思った矢先に交通事故で半年間も入院を余儀なくされて……あっという間に休学、中退、引きこもりさ。

昼間の光溢れる世界にはつま先ひとつ踏み出せず、夜中にジョギングがてらタバコを近所のコンビニへ買いに行く。


冷めきった両親の視線に耐えながらも、狭いぬるま湯に浸かりきった俺にとっては世間、世界ってのは本当に怖かったんだよね。


さて……ここまで身の上話を端的に語らせてもらったけど、それは何故かというと……。



「おいっ!?誰か倒れてんぞ!救急車呼べ!」


朝陽に照らされシャッターの降りた店舗が建ち並ぶ商店街、点々と通勤中のサラリーマンや自転車の学生が通り抜けてゆく日常の最中で突如として響き渡る絶叫。

けど、もうそんなもんは聴こえちゃいない……干からびた蛙みたいにひっくり返りながら、血の気が失せた青白い肌に固まった表情、包丁が突き立てられた赤黒い腹を見なけりゃあ質の悪いマネキンにしか思わないだろう?


(終わりってのは案外呆気ないもんなんだな。)


俺は肉塊と化した自身を俯瞰で眺めていた……とは言ってはみたが、それは視界、いやカメラで間接的に視ている感覚に近いだろうか?

この手の話に有りがちな霊体とか透けた自分の手足なんかは知覚出来ないからだ……あくまで世界を眺めている……のか?

不可思議な体験ではあるが死んでいるのだから意味ないか……って、ああそうか、俺は自分の死に安堵してるのか。


だから誰かに語る様に希薄に死を眺めている……。


「………困ったな、この後どうすりゃいいんだ?」


時を忘れ、いや、体感する事も出来ずに取り敢えず考えてみるが思考の片隅に『地縛霊』というあまり宜しくないワードがチラつく……と不意に奇妙な感覚を覚え我に返る。


視界を回すと俺の遺体を囲む人だかりが皆その動きを止めている!?

いや、人だけじゃない……車や信号、乗車したままの自転車、空中で静止した小鳥……まさしく時が止まったのか?


『神の知覚世界は人間よりも高次元なもんだからのう。』


「……誰だっ!?」

思考に直接響く様な気持ちの悪い声に俺は思わず叫んでいた……。


『驚かせちまったかい……ボーイ、悪いが意志疎通のためにお前とこの次元を切り離した、こっちだ上を向けボーイ。』


心がザワつく様な気持ちをやや抑えつけ、言われた通りに視界を上へ向ける……するとそいつは確かに其処に鎮座?していた。


『ああ~~平和泉兵太郎 22歳 ニックネームはヘタロー……御本人様ですね~~♪』

(なんだ……このイラつくトークのマッチョゴリラわ。)


彫像が如く、完璧なるフォルムの筋肉を表現する男の躰に纏うは神話を彷彿とさせる荘厳なトーガ……それに古代の部族が持つ様な楕円形の戦盾に落書きの顔を描いた仮面(?)を装着した約4m程の存在……が軽薄かつ軽快なトークを勝手に展開していたのだからイラついても仕方ないだろう。

ついでに背中には神様的な奴がよく付けてる黄金色に輝く円形状の後光的な装飾品(?)が自己主張していた。


「分かる、分かるよ~神様~仏サマー?ギリシャとインドとアステカ的なもんを混ぜ過ぎ!お迎えに来るなら統一してっ!おまけに背中のそれ、LED見えちゃってない?萎える~。」


『お、おおぅ……死んだばかりなのに元気だなボーイ。』


よしっ!神様的なもん相手に主導権とれたな、後は交渉次第でワイハー天国にご招待だ。


『残念だがお前の行先は天国でも地獄でもないぞ……因みにワイハーじゃないからな天国は。』


ワイハーじゃないのか……ってかどっちでもねぇの!?しかも思考読みやがった、このインチキ神様!!


『ボーイ、お前は賢明なのか凡愚なのか分からん男だな……まぁいい、ボーイの新しい肉体の組成まで事情は説明してやるから、なっ!ちょ聞けや。』


……こいつの物言いはアレだが、色々と気になるワードをブッ込んできやがったな……とりあえず、こっちはもう死んでるからな、話を聴くしかねぇや。


『さて、まず現状だが、最初に言ったが神の知覚世界は人間とは違う、そのままコンタクトをとれば脳が自壊し霊魂は消滅必至だーー』


ーー神……アーガマと名乗った大地神はどうやら俺の居た世界とは異なる世界の神であるらしい。

四大神の一柱であり、今は俺の魂を保護しながら神速思考に耐えうるよう強化、新しい身体についても同様の創り代えを行使しているという。


しかし……新しい肉体、天国や地獄でなく異なる現世へ俺を送り込むのだそうだが、選ばれたと宣われても釈然としねぇよ。

RPGよろしく、勇者として魔王を狩れとでも?と皮肉って探りを入れてみたら言葉を濁される始末だし、胡散臭い事この上ない。


そんな俺の意志に呆れたのか、アーガマは深い溜め息をひとつ吐いてから順序立てて話すのを諦めて核心部分を話し始めた。


『お前の言う天国や地獄な……天界と魔界とも云えるんだが、当然悪魔も居る、でだ、両世界の取り決めた古の協定で高次元存在は現世へ直接的に介入する事が禁じられているんだよ、天魔協定ってんだが悪魔は勿論、神ですら逆らえず破棄も出来ない。』


「先生!要領を得ません!お宅ら高次元存在とやらが本当に神様悪魔様だったとして、勝手に人間界を遊び場にしちゃダメ、絶対って縛りの根本の理由を教えて下さい!」


ちょっとふざけてみたが、質問の意図は本気だった……こいつらが自称通りの高次元の存在であるなら俺達の世界は取るに足らないものの筈だ。

一連のアーガマの行動を目の当たり(?)にした俺だからこそ、その危険性を感じとれたのだろう……おそらく奴等が普通に顕現し、普通に欠伸を洩らし、普通にくしゃみしただけで世界に甚大な被害が出る。


神は自由なのだ……と誰が言ったのか、例えるなら世界と人間はちょっとデカイだけの水槽で飼われてる熱帯魚に等しいのではないか。


何故、間接的に介入するのか?よりも何故、庇護してるのか?の方が本命の質問であり怒りを感じていないと云えば嘘になる。

勝手に保護区、保護動物に認定しておきながら、玩具にしておイタしまくる……やってる事は俗物のそれと変わらない。


……等と考えていた訳だが、当然の事ながら神サマーには筒抜けだろう。

まぁ、勝手に意図を汲めやっ!って事であえて言葉にしませーん。


『その怒りは解せないが……ボーイの勘違いを二つ正そうか。』


「………?」


『まず我らは現世を玩具として代理戦争をしているのではない……現世=物質世界は数多あり、その全ては精神世界の住人である我らに多大なる恩恵をもたらしてくれる……それは畏れや信仰、我らを超常の存在足らしめる根源の力なのだよ。』


「やっぱり農場や狩場を荒らすなって協定じゃねーか……どのみち俺達は家畜って事だな。」


『共生関係と言ってくれないかボーイ……少なくとも神魔のパワーバランスが崩れれば神話の最終戦争を軽く越えた争いが勃発するだろう、そうなれば数多の宇宙が消滅するよ君ィ。』


宇宙消滅って……規模が広大過ぎるだろうが、あんま突っ込むの止めよう。


『フム、賢明だの……それと二つ目じゃが、先程の俺達の世界というボーイの言葉は違うぞ、物質世界は人間のものではない、人間社会の信仰心等、我らにとっては副次的な補助に過ぎんよ。』


「………。」

思い上がるな……ってか、ちょっと言葉に詰まっちまった。

……少しだけ重い空気を醸し出してると、不意に思い出したと言わんばかりにアーガマが手を叩く、気を使わせたか?


『そうだボーイ、向こうの世界でボーイに我からひとつだけ固有スキルを付与してやるのだが、それとは別にアイテムもひとつプレゼントしてやろう、初回特典であるっ!』


「あいてむ?」


『うむ、神代の宝剣でも神獣の皮鎧でも、なんなら悪魔が泣いて逃げ出す……かもしれないスタイリッシュな二挺拳銃とかどうよ?』


うん……最後のは聞かなかった事にしよう、とは言え、迷うな、違った意味で迷うわ。


だってこいつの匙加減、絶対間違ってそうだもん!環境破壊レベルの武器とかいきなり持たされてもトラブルの元だろうよ……等と困惑する事暫し、何気なく自分の遺体へ視界を回す。


「あのさ……ワンセットで持っていきたいもんがあるんだけど。」


おそるおそる言葉を濁して発言すると、俺の思考を読んだのかアーガマは呆れた様子で溜め息を吐く。


『ボーイ、せっかく新しい肉体を得るのにそんな物を持って行くのか?』



『あれーあんた、まだ送ってなかったの?』


不意に響く声、すると続けざまにアーガマの隣の空間へ亀裂が走り、中から6m程の美女が姿を現した。


『おおっ、ネフェルティか、ヌシの代行者は送ったのか?』


褐色の肌に腰まで伸びた赤髪、グラマラスな肢体に纏っている衣装は何処かアラビアンっぽいな……如何にもファンタジーの炎の女神って感じだが、正直、使い古された感は否めないだろ。


『なんか失礼なボウヤね……アーガマったら、人選間違えてない?』


憂い気な表情で溜め息を吐いたネフェルティは巨大な腕をのばして俺の頬をギュムッ!とつまんできた……ん?……頬?


俺は驚いて視界を下方へ向ける……すると見慣れた裸がそこに在った!?

おおっ刺された傷もねぇ!……まぁ当然か、なんせ時間が止まった光景の中に俺の遺体が見えているのだから。

ともかく生き返ったって事でいいのだろうか、てかまだつまんでやがる、イテェわっ。

頬をプルプルされながらちょっとだけ哀願する眼差しを『美の女神』へ向けると彼女は微笑みながら手を離してくれ……なかったが、いつの間にか取り出した書類へ視線を落としていた。


『あははっ、ボウヤまだ童貞なの?イヤだアーガマと一緒じゃない、類友ねぇ。』


『同じじゃねーし!アバンチュールな経験したしっ!誤解を招く事を言うなし!!もういいっ!身体が出来たんなら、もう行ってこい大異世界!!』


その瞬間、俺の背後の空間が割れて、凄まじい吸引力で異次元へと身体を引き寄せてゆく!女神サマーは皮肉った微笑みで指を離すと、手を振りやがった!


「ちょっ!?何その書類!?ちょ、見せてみぃいい、見せろや人の秘密を何だと思ってやがるうううぅぅ!!」


『………。』


『……行ったわね。』


『あっ……転生の最終目的を伝え忘れた!?』


『ちょっ、あんた……どうするのよ?』


『問題あるまい、ボーイが世界を愛し向き合ってゆくなら、何時か直面するだろうよ。』


『テキトーね、面倒だっただけでしょ?』


『………。』




ーー俺はひたすら抗う様に絶叫する、し続ける。


落下による凄まじい重力感と下方から全身を貫いてゆく光の奔流……いや、空間そのものが粒子で満たされた世界なのか?


絶え間なく貫く粒子は身体を透過し、熱痛と共にあらゆる感覚を削ぎ落としていきやがる!?


一瞬なのか、永遠に近いのか分からない、何も見えない……何も聴こえない……もう墜ちているのかさえ……静かで穏やかだ……。


ああ……意識も希薄になって……きた……これは『死』なのか?


「………。」 「………?」


俺はその時、確かに聴いたんだ……全てが白く塗り潰され、思考が消失する間際に……おぞましい獸の咆哮を……。



ーー朝靄に肌を刺す寒さ……校庭の陸上トラックをツレが後輩達が軽く流している、ウォーミングアップへ俺も上着を脱いで混ざりに走ってゆく。

気だるそうに笑いながらも、あの頃の俺達は同じ白線を追いかけていたんだな。

それはかつての日常、もう記憶の片隅にしか置いておけない微かな、でもきっと忘れない大切で忌まわしい残像。



バシャッ!ーーと響く水音と共に俺の身体は水面から打ち上げられる形で飛び出し、草の上を不様に転がって斜面へと背中を預ける体勢で止まった。

「………。」


まだ五感が希薄なまま、麻痺しているのか……動かせない身体に辟易しながら瞼を閉じて、暫し待つ事にした。


「………。」


……ああ、青臭い芝生の匂いがするな、暖かい陽気と時々吹き抜ける風を心地好く肌で感じながら、俺は微睡みに沈んでゆく。


久しく忘れていた感覚だった……まぁ、強制的とはいえ昼間に外へ出たなんて一年以上振りだからな。

いや、思えば引きこもり期間中はこんな風に微睡んだ事はなかった。

不安と苛立ちに駆られながらも何をして良いのか判らず、不定期に眠るのは現状を遮断したいからなんだよ。


「………。」


光に慣らしながら、うっすらと瞼を開けたらそこには青空が広がり、雲が流れていた。

幾らかの時を費やして呆けていたが……我に帰って、ここが異世界だったと気付く……やべ、これからどうやって生きていけばいいのか?


上半身を起こすと自身の身なりへ目がゆく、どうやら裸ではないようだった。

とはいえ布地の半ズボンに素足の革靴……おまけに上半身裸の上から革ベストだと。

なんて恥ずかしいコーディネートなんだ!?夏とか足が臭くなりそうじゃないか……生活の基盤をどうにかしたら、次はまず服装を整えたい所だな。

とか思いつつ、ちょっと長めの黒髪を撫でつける……不意に自分が出てきたであろう水面へ視線を落とす。


其処は小さな沢が流れているだけだった。


服装が濡れている訳でもなく、人間が丸ごと入れる水量でもない……そもそも俺は落ちてきた筈なのだが……まぁ異次元の出来事だけに難しい事は判らないし、考えるだけ無駄だろう。


俺はおもむろに起ち上がると、自身が寝そべっていた斜面を登り始めた。

それ自体は河川敷とかでよく見られるなだらかな傾斜で5mもなかったので、すぐに登り切れた……。


「……おおっ!?」


見渡す限りの広大な草原、遠くに見える石造りの城壁?城門?っぽいデカイ建築物から垂れる幾つもの紅いタペストリー……まさしくファンタジー異世界じゃないかね!?


冒険すべき最初の国……というやつだな♪


不思議と俺のテンションは爆上げ状態だった、いや、多分自分を叱咤しないとやってられないと無意識にでも思ったんだろう。


ともかく、俺は小躍りしながらあの国を攻めに往こう!……とした矢先だった。


「………。」


洩れる溜め息……だって草原のど真ん中に、ど真ん中に現代でも見なくなった電話ボックスがぽつんと佇んでるんだよ、なんかな~シュールな光景に思わず萎えてしまった。


俺は我関せずと鼻唄混じりで歩き始める……もしかしたら俺の居た世界とは文明レベルと様式が近い異世界なのかもしれないが、ここは視なかった事として通り過ぎよう。


だって街を訪れる感動が薄れるじゃん!


と思いながら電話ボックスを横目に通過した瞬間、ベルが鳴り響いた……。


やっぱり俺に向けてのもんだよな、これぇ……尚も鳴り続けるベル。

なーんかおかしいとは思ってたよ、思っていたさ~とか考えている間にも、しつこく責め立てる様に鳴り続けるベル。


辟易しながらも受話器に手を掛け、意を決して電話をとる俺……。


チャチャ♪チャチャチャ♪チャチャ♪チャチャチャチャ♪チャララーンチャララーン♪ダダ、ダダダンー♪


なんか聴いた事ある……。


『おはよう平和泉君、いや、この世界での君は今後モンテ・モンキーパイソンと名乗りたまえーー』


良い声……てか何その名前、ダセェ……ダサくね?


『尚、このチュートリアルは録音である、質問等は受付られない。』


チュートリアル?ってことはアーガマの差し金か?


『まず、先程教えたエージェント名で前方のアームベルン王国における二等国籍を取得しておいたので活用してくれたまえ。』


えっ?このダセェ名前で生きろと!?


『これは敵勢力からの呪術に対向し、君の真名を守る措置でもある……次に君が得た固有スキルにも関連する話をしよう、ではサポート システムである脳量子神速演算思考エンジン、通称ネバーランドを起動するために心中で開鍵(アーガム)と唱えよ……尚、起動に成功したならばこの電話ボックスの1番を押し、起動出来ぬ場合は9番を押すのだ。』


うん……もうツッコむのは止めよう、色々と多過ぎる……俺は半ば諦めつつ、言われた通りに開鍵の呪文を心中で高らかに唱えた、途端だった。


「うぉっ!?」


急に視界が切り替わり、全方位360度が基盤模様の広がる宇宙空間へと変わっていた……また異次元に跳ばされたと一瞬焦ったものだが、どうやら違うらしい。

意識だけが電脳世界に似せられた神速演算領域にコネクトしている状態であり、その間の現実世界の時間経過はなんとほぼ皆無なのだと……後でざっくりと説明を受けた。

誰に説明されたかと言うと……。


『マスター承認 ようこそネバーランドへ ワタシは神速演算思考検索サポートファミリアです フィッティング及びサインインのため ワタシはワタシのホームネームを要望致します。』


「確認したいんだけど、サポートって……このネバーランドがメチャクチャ大掛かりなネット検索って認識であんたはその補助って事で良いのかな?」


『極論という概念において肯定します 。』


おおまかには合っているという事か……さて、名前を付けろって急に言われてもな~かなり無機質な声だが、なんとなく可愛い女の子っぽいな。

んー、ネバーランドだし、やっぱりあれでいいか。


「ティンク・カーベル……長いかな、愛称でティンって呼ぶよ。」


『略称設定を受理致しました 正式名ティンク・カーベルで宜しいでしょうか?』


「うん、それがいいよ……それと略称じゃなくて愛称な、これから付き合っていくならもう少し、雑味というかジャンクな感覚を知ってほしいな。」


『問題提起を受理 並列演算で思考を開始致します ワタシは神速演算思考検索サポートファミリア ティンク・カーベル。』


やれやれ、まだまだ道程は長そうだが、ツンデレAIとの萌える会話を展開する!これはその道のヲタクならば垂涎の野望であろう。

……等と少しばかりヲタク心を刺激されたが故に擬似的人格(ティン)へ無茶を言ってしまった訳だが、後にこの事がトラブルを呼び込み、また俺の救いにもなる……まぁそれはまた別の話だ。


さて、一通りの基本的なレクチャーを受け、現実へと意識を戻したのだが視界の端にハートマークのアイコン(?)が浮かんでいる。

このアイコンは任意で変えたり、邪魔なら非表示にも出来るが基本的に意識をこれに集中するだけでネバーランドにアクセス可能である。

俺は電話ボックスの1番を押し、良い声のおっさん(録音)の反応を伺う……。


『おめでとう起動に成功したのだね……それでは必要なこの世界の情報はファミリアから取得したまえ、我々からは少額であるがアームベルンの通貨で金貨500枚と神からの初回特典を進呈しよう。』


おっ!?軍資金ってヤツですね♪まぁこの手の話ではよくある、お小遣い程度の価値だろうけど、無いよりゃマシだろ……俺にとっては初回特典のアイテムの方が待望だった。


『それでは……』


「……?」


『最後に、君、或いは君の仲間が当局(敵勢力)に囚われた場合、我々は関知しないーー』


猛烈に嫌な予感がする。


『尚、証拠隠滅のため、この電話ボックスは自動的に消滅する。』


ちょっ、ばっか!?そう心の中で稚拙なつっこみを入れた瞬間……ジジッ!と小さなスパーク音に遅れる形で、大爆発!……重要だからもう一度言うが『大爆発』が巻き起こった。


俺は咄嗟に仰け反る様に後方へ跳んで、爆発の直撃をなんとか避けたが、爆風を受けて4~5mは吹き飛ばされ地面を不様に転がった事は言うまでもない。

笑えない……ホンっと笑えないコメディ展開程、迷惑なものはない。


俺は大地に頬擦りどころかkissし、痛む鼓膜に呻いていたが……そんな俺の頭上、てか頭にずっしりとした4~5㎏の布袋が落ちてきた。

直撃である……もう一度言う、笑えない、下手すりゃ生き返った直後にまた死んでるよ!


悶絶しながらも視線を向けると、草原のど真ん中に地肌剥き出しの穴が口を開けて黒煙を吐いていた……。


気を取り直して……ってか取り直すのに数分間くらい掛かったが、俺は布袋へ視線を向け、縛り口をほどいて中身を確認してみる。


そこには童貞神へ頼んだ品と……金貨が大量に入っていた。

成る程、これが重さの原因か、こりゃ鈍器だわ……500枚とか言ってたがすげー嵩張るし、なんかお小遣いレベルの金に思えない。


俺はレクチャー通り、ネバーランドを起動せずに常時俺の動向を視ているであろうティンを思考内で呼び出す。

(この金貨の価値を知りたい、ざっくりとでいいから日本の貨幣価値で例えて教えてくれ。)


『 アームベルン金貨一枚につき 約35万円の価値があります 一般生活においてほぼ出回らない貨幣です。』


なっ、何だと!それが500枚って事は俺もついに億プレイヤーの仲間入りじゃねーか!?と思わず訳も判らん舞い上がり方をしたが、まぁ高揚感も一瞬だったね。


考えてみてほしい……まったくの異国(異世界だが)で粗末な布袋に入った大金を持ち歩けというのだ、しかも重い、米袋並みに重い、色々な意味で重い……恐いわ。

ティンにアームベルンに銀行に相当する施設の有無を確認した所、あっさりと否定されてしまった。

こうなってくると金貨が傍迷惑なアーガマの嫌がらせにも思えてくるから不思議だ……となると街の散策に併せて拠点を手に入れる必要があるな。

セキュリティを考えるなんて人生初だが、こんな大金を持ち歩くよりかはマシだろうよ、治安とか悪かったらマジでトラブルの種でしかない。


『拠点は用意されております。』


マジでかっ!?俺は眼を剥いて絶句していた……至れり尽くせりだろう、スーパーイージーモードじゃね?

とか勝手に思ってしまったがティンさんの説明を聞いて納得した。

拠点として利用可能である施設……大地神アーガマを信仰するエレメンツ教ガルマ派の教会、修道院へ転がりこめと言うのだ。


エレメンツ教会は4つの宗派に分類された宗教で、それぞれ違う元素、事象を司る神を崇めている……例えば大地母神アルガーママを信仰するガルマ派、ってか母神って何よ?名前どころか性別すら違くね?

まぁいいや……ともかく最初に教会へ出向くのは決まりだ。


その次はギルドで職業を選んで冒険者登録を行う事を勧められた……良いね♪ワクワクすんぞー!


俺は居ても経ってもいられず、布袋を肩に担いでアームベルンの外壁に位置する入場門へ歩いてゆく……遠くに見えているからと嘗めてたわ、普通に1㎞位の距離があった……もう肩が痛い、って、あれっ?なんか重要な事項を忘れている気がする。


とか思いつつ、入場門前を見渡せる所まで来たのだよ……いやはや、デカい門の前に荷馬車や……あれは竜が引いてるのか?竜車というべきか、それらが列を成していた。

なんかこの列に混ざるのは危ないな……思いっきり竜に睨まれてるし。


よく見るとデカい門の横に小さな通路があり、番兵が立っている、脇には兵の詰所というか検問所もあり人の流れがそちらへ向いていた。

おそらくデカい門は荷馬車とかの専用通路なのだろう、なんとなくだが舗装された道が通っているのかもしれない。


取り敢えず列に並んでみるか……最後尾へ並び、前方の人間に視線を巡らせてみる。

以前の俺なら他人との接触を気にし、自身のパーソナルな空間を圧迫されるのを嫌悪していた、まぁ、簡素に言ってしまえば他人の目が怖かったんだろう。

だが開き直りってのはホントに無敵だわ~~今なら裸で外を歩ける気がする、これぞ開放感!……なのか?いやここ異世界だしね、色々と今更だわ。


「次!早くしろっ!」


あっ?はいはい~やけに早ぇ~な、結構並んでたと思うんだが。


「すんません、中に入りたいんですけど(汗)。」

「駄目だっ!諦めろ!」


開口一番、これである……鋭く、見下した様な視線でこっちを一瞥し、眼前の肥え太った門番は舌打ちを俺に見舞いやがった。


「素性の判らん輩を入国させる訳ないだろうが。」


成る程、ごもっともですわ……そうやって並んでた全員をブッた斬ったのか、デキる門番は一味違うね。

等と皮肉りながら、俺の中で反骨心がムクムクと沸き上がってゆく。

どうしたものか、ただ食い下がるだけなら話すら聞いてくれないだろうし……素性ね、あれっ?確か……。


その時だった、ベストの内側から筒状に丸められ蝋封の付いた書類が落ちた。

いや、まさか、な……さっき確認した時にはこんなもん無かったよ?


『四次元ホールから重要アイテム アームベルン二等国籍証明証書を取りだしました……尚 収容可能上限は現在 255点になります。』


あそ、じゃあ何か?このクソ重い荷物(金貨500枚)も四次元とやらに仕舞っておけたと……そう言う事かね君ぃ。


『……レクチャーモードを終了致します。』


……だ、黙りやがった!?……それにしても、何だかRPGっぽい機能だな、いや、まるで未来から来たロボ……って考えるのも止めておこうか。


「おい!?無言で粘っても入れてやれんぞ!」


ああ~はいはい、俺はにこやかに封書を掲げて見せる。


「二等国籍~証明~証書♪」


「ばっ、そんなまさか!?」


なんか反応がオカシイよ、こっちとしては突っ込んでほしかったのに……番兵は驚愕に顔を引き吊らせながら、封書を受け取り、呟く様に呪文を唱えると封蝋が蠢いて二つに分かたれて封を解く。


そして凄まじい勢いで眼球を動かしながら、中身の一言一句を検分してゆくべく、封書に触れるのではと思う程に顔を近付ける……うん、恐いよ~番兵さ~ん、戻ってきて~。


「……。」 「……。」


やがてハッと我に帰り、顔を上げる番兵さん……その蒼白の顔色を視て、俺はある直感が思考を過らせた。

まさか……見詰め合う、俺とオッサン……。


「もう~♪そうならそうと最初に言ってくだいよ~人が悪いですな~このこの♪」


えっ!?何これ、気持ち悪い……さっきまでの高圧的態度が嘘だった様に、揉み手で掌返しを実行してきやがったよ。


「ふふ、ゴメンね~♪ちょっとオイタしちった(テヘペロ)。」


何気ないふざけた返し、ノリであったのだが……まさにこの時であった。


BooBoo♪


突如、脳内でそんなBGMが流れたのだ……ホワィ?


『常時発動スキル……伝説の樹の下で(トキメキ・ドリーム)での好感度・負が発生しました身体パラメーターが減退致します。』


ちょっと待て~~!?色々と待てやっ!?


揉み手のオッサンを置き去りに(現実時間はほぼ進まないんだけど)、ネバーランドを起動させる俺……量子空間へ切り替わった瞬間に叫んでいた。


「ティン!正座!!お前マジにそこ座れやっ!!」


『命令の意図が難解です ワタシにアバターは存在しません。』


知っとるわ!アナウンスだけだろうが、俺の憤りを表現してみただけだけど?何か?

てか情報が後だし過ぎるだろ、しかもスキルの説明が色々とアレだしー。


『ワタシは発生予測しうる事象と質問にしかお答え出来ません またスキルの名称設定は創造主であるアーガマ様に管理決定権が一任されております。』


ああ、なるほど、スキルの名前はアレだという認識は君にもあるのだね?てかちょっと怒ってるのか?責任転嫁されて怒っているね。


『否定致します ワタシに感情は与えられておりません。』


そう言われてもまだ疑問が残るのだが、追及するのは得策ではない……だから別の疑問を潰すとしよう。

俺はティンへスキルの表示と説明を命じる。


『現在マスターが獲得したスキルはひとつしか在りません。』


伝説の樹の下で(トキメキ・ドリーム)とかいうフザケたネーミングのヤツだな。」


今までの事を察するに、アーガマは地雷一歩手前のネタ祭りが趣味の俗世まみれの神サマーであるのはもう揺るがない。

そもそも若い読者(?)が付いてこられるのか心配だ……いや、何も考えるまい、俺が考える事象ではないのだから。


『このスキルは不特定多数の存在から発生するマスターへの好感度ーー』


ーー好感度を測定し俺の糧にするのだと云う、正確にはこの異世界の住人を対象とし、対象から獲た好感度・和を消費してスキルの内容を拡張、強化して逆に好感度・負を獲り続けて相対的な割合が逆転すると身体能力をはじめ、スキル効果がマイナスに反転してしまう。

また対象の好感度を意図的に上下させ、好感度を複数回獲得する事は出来ないらしい……好き嫌いのパラメーターで達成された数値内での変動はマイナス以下にならなければ影響はない。

つまり同じ対象から好感度・和を獲るにはそれまでの指数を超えなければならないのだ。


『更に拡張スキルの中にはフレンド認定された者の好感度・和を条件に拡張 発動するものも含まれております。』


俺が意図的に認定した者達、現在の上限は100名だったか、その者達の好感度を単純に纏めて消費したり、一定の平均値を上回る事で発動可能なスキルがあるらしい。


『尚 フレンド認定は変更可能であり マスターとの関連が薄くなる事で自然に認定抹消となります。』


「そうか、大体理解した、じゃあ最後に拡張スキルの一覧を見せてくれ。」


『禁則事項ですのでお見せする事は出来ません シークレットを含め 条件を満たした場合のみ告知致します。』


うん、またさらりと後だししたよね?シークレットだと……気になる単語じゃねーか。

こいつは噂に聞いていたギャルゲーのシステムそのままな気がするが、これもアーガマの趣味かよ。

フッ……かつて灰色の高校時代にギャルゲーKINGと渾名された偉大なる男(友人)が居た。

ヤツは全てのギャルゲーの選択肢を網羅し、シナリオの意図まで読み切って攻略、否、侵略していたのだ。

落とせぬ女は居ない、なんならモブのショタですら撃墜してみせると豪語する真の猛者であったが、悲しいかな、ヤツはそのノウハウを以て現実世界の女生徒へ挑んでしまった。

それは悲劇の伝説……まるで太陽へ挑んだイカロスを彷彿とさせる見事な撃沈ぶりであった。

俺達はヤツの最後の涙を忘れないだろう……と、遠い眼で回想してみたものの、もう少し詳しく話を聞いておけばよかったな~。


「うん了解した禁則事項ね……じゃあ別の質問するけど、二等国籍ってどんくらいの地位なんだ?オッサンの様子が挙動不審過ぎる。」




「確認させて頂きました、モンテ・クリストフ・モンキーパイソン様ですね……ようこそアームベルン王国へ。」


肥え太ったオッサンは額の汗を拭いながら、満面の笑みを俺へと向けている……。

なるほど、営業スマイルの下では俺に対して悪い印象を持ったって所か……まぁオッサンに好かれてもと思う訳で……しかしクリストフね。


「すんませんね、ちょっとフザケ過ぎました、貴方のお仕事を貶したかった訳じゃないんですよ。」


まさか二等国籍が貴族に準ずる身分だったとは……こんな話し方でいいのか?


「いえいえ滅相もありません、御存じでありましょうがアームベルンでは現在、入国規制が掛けられておりますので、準貴族階級の方々には特区直通門での照会をお願いしている次第です。」


なるほど、そりゃあ俺への対応は業務外だわな……気を遣う目上の人間に長居されるのはストレスかもしれない、好感度が更に下がる前に退散しとこう。


「いやぁ道に迷っちゃって……それで、入国出来ますかね?」


そう笑顔で外壁に面した通用門へと視線を送ってみせると番兵さんは物腰を低くしつつ、俺を先導してくれた。


BooBoo♪BooBoo♪


……あれっ!?また……何もしてねぇだろ。

暑苦しくはあるがその笑顔に反した番兵さんの内心の反応へちょっとパニくった……。


「どうぞ此方になります、それと御身の安全が保証出来かねませんので何卒、下民街へは出歩かないようお願いします。」


BooBoo♪BooBoo♪BooBoo♪BooBoo♪BooBoo♪BooBoo♪BooBoo♪


分かったって、すぐ消えるから~!?俺は乾いた笑い声を洩らしながら一礼し、ぽっかりと口を開けている薄闇へと身体を潜らせてゆく。


石積の外壁内部はアーチ状に続いていた、広さは成人男性が横並びで三人位が通れそうだ……天井はそんなに高くないだろうか……ひんやりとした冷気が肌を撫でる。

壁の側面には幾つかの窪みがあり、燭台が置かれている……それと微かな水音が聴こえると思ってたが、脇は側溝になっているようだ。


(少し汚物の匂いが残ってるな……本来は兵士専用の出入口だったのか。)


そんな些末な事を考えながら、薄闇の中を抜けると……抜けた先には石畳の街並みが俺を待っていたのだ!

うん、まぁ別に歓迎されてるわきゃねーとは分かっているとも、しかし、しかしだね♪水を差されっぱなしで萎えた俺の冒険心へ再び火を灯し、あまつさえガソリンをブチ撒けるだけの光景が広がっていたのだよ。


中世の欧州を思わせる建物、うーんファンタジー……遠くに見える一際高い白亜の城……って根元から滝が流れているじゃないかっ!?


『アームベルン王城の歴史は古く 557年前に築城されました……また王城内部に在る水神ガデスを祀る神殿から流れる水流は基底部の石垣より放流され 王都全域へと放射状に運河を形成し 生活用水を供給しています。』


おおっ!?虹が架かっている……よし、なんか腹がへった!まずは飯屋だろ。


……と、この時がテンションのピークだった。

何故かって?この後、俺は二時間ばかし街をさ迷う事になったからさ……。

始まりは旨そうな串焼きの屋台を見つけた所だ……注文し、代金を払おうと金貨を一枚差し出したら、お釣りが出せないので取扱い出来ないと言われたのだ。

うん、確かにあまり出回ってない貨幣だと言ってたさ~露店で35万円で釣り寄越せってのもアホな話だけども!レストランでも同様の事態に陥ったのは焦る。

俺はそんなビッパー(VIP)になった覚えはねぇよ!

詰んだのかっ!?的な事を考えつつ、アテもなくさ迷う……さ迷う……やがて石垣の陸橋へ登り、街並みを少し見渡して気付く。

先程の番兵さんが言っていた下民街という言葉……それと王城の周囲の建物は豪華なのに対して、外壁に面した街並みは質素でありその差は顕著だった。

国籍の事も鑑みると、生活様式にも差があるのだろう……じゃあ城に近い店なら金貨使えるんじゃね?

そう判断した瞬間から二時間……俺は運河を辿る様に城を目指したのてすよ。


これがまた厄介だった、途中から入り組んだ路地裏へ突入し、運河を見失い、あまつさえ同じ場所へ戻るという愚を犯したりともう散々……。

やはり地元民(ジモティー)に聴くしかないのか?

しかし、自慢ではないが俺には見知らぬ人間に発揮出来るコミュニケーション能力はない……それは先刻、改めて実証した所だ。

フラフラとした足取りで路地を抜けるとちょっとした広場に出た。

俺は周囲を見回す……子供が四人で遊んでいる、それとベンチで読書している性格のキツそうなお姉さん、あとは遠くから此方の方向へ歩いて来てる……マッチョなおっさん!?


三択だが、子供達が高級なレストランを知っているとは思えない……お姉さんは論外だ、恐すぎる、ナンパだと思われたら立ち直れない……やはりここはマッチョなおっさんの一択か?

レストランは知らなくても高級なbarは知っているかもしれない。

俺は意を決しておっさんへと近付き、声を……。


この選択がいけなかった……俺はこの瞬間、俺にとっての天敵に出会ってしまったのである。


おっさんに向かって手を上げて呼び止めた時、突風が吹いて左目に砂埃が入ったので眼を瞑ってしまった。

「あの~ちょっといいですか?」

「………っ!?」


パシィィンッ!! ヒヒィーン!!


えっ?何処かでムチと馬の嘶きが聴こえた……気がする?


『性愛系シークレットBGM発生を確認……スキルNo.30から34までが開放されました すぐに拡張スキルを選びますか?』


えっ?えぇっ?どういう事!?

まだ事態を理解していない俺……時既に遅しである。


「ボウヤ可愛いわね……ワタシを挑発して、そんなに遊びたかったの?」


何ぃ!?正面に居た筈のおっさんが何時の間にか俺のバックを取り、いや、バックハグで肩を羽交い締めにされ、囁くと同時に耳たぶを甘噛みしてきやがった!?

刹那、ジョリッと頬に感じる青髭の感触!?全身を駆け巡る戦慄と悪寒に半ば失神しかける俺ぇ!!


「ちんふぉくふぁ、ふぉてぃととふぉるわふぉ(沈黙は肯定と受け取るわよ)。」


くっ!?脱出出来ない!?その間も俺の耳たぶはねぶられ、唾液まみれにされているぅ!?

このままではっ……このままでは……気をしっかり持て!

おっさんは羽交い締めにした状態で両手を俺の首の後ろでロックしている……ならば!


「……!?」


次の瞬間、おっさんの左足つま先を踵で抉り込む様に踏み抜く!

するとおぞましく野太い叫びと共に僅かにロックが緩んだのを見逃さない。

バンザイで滑り落ちる様に脱出し、置き土産に脇腹へ肘打ちを見舞ってゆく……。

そして低い態勢で再び相対し、視線を交差させる俺達、おっさんの荒い息遣いが気持ち悪い……だが隙を見せる訳にはいかなかった。

そんな様子を周囲の子供達やお姉さんが絶句した様子で見守っている、いや、ドン引きして止まない。


「はぁはぁ……ボウヤ、ワタシを焦らすとはイケナイ子ね。」


「ご、誤解ですよただ俺はーー」


「聴こえな~い、キコエナーイ、あなたに許されるのは『受け入れる』だけよっ!!」


パシィィンッ!パシィィンッ! ヒヒヒィーン!?ヒッヒィーン!?


おおっ!?嘶き……悦んでやがる……やばい、組み付かれて理解した……このおっさんは強い、強すぎる。

絶対に勝てない……逃げるにしても機会はおそらく一度だろう、予感がした、もし逃げ損なったなら……色々な意味でヤられる!?


常軌を逸した眼が俺を舐め回すように視線を這わせている。


厭な緊張感が身体を強張らせる……駄目だっ!失敗する……思うと同時に俺はネバーランドを起動していた。


はぁ~一息ついて心を落ち着かせるように努める……どうする?


『開放されたスキルをリストから選びますか YES/NO』


あれっ?ちょっと焦れてる?……てかスキルか、御都合主義だが救いの一手になるかもしれない。

思い立ったら即実行、YESだ!!俺を救え~!!


その瞬間、開放スキルがリストとして思考へ直接流れこんできた。


強制誘惑(テンプテーション)……発動スキル


好感度plus補正30%……常時発動スキル


陸式幻毒蛇掌(スネーク・イーター)……攻撃発動スキル


認識阻害(インジブル)……任意発動スキル


身体能力任意操作(フィジカル・シフト)……短時間任意発動スキル


なんだコレすごそう……ティンさん、詳細は?


『禁則事項です 獲得したスキルのみ詳細が開放されます 現在の好感度ポイントでの交換可能数はひとつです。』


……ギャンブルじゃねーか、これもアーガマ仕様かよっ!

クソッ冷静に判断しろ、好感度plus補正は今後を考えたら欲しいが現状の打破には繋がらねぇ。

強制誘惑とスネーク・イーターは通用するのか?

誘惑した気はないがおっさんは俺に夢中な様だし、火に油だろう……スネーク・イーターも攻撃スキルが効果を発揮出来なかった時点で詰む。

あとは身体能力任意操作と認識阻害か……前者は短時間しか発動出来ない上に強化という言葉がついていなかった事を考えると、おそらく俺の元々の身体パラメーターをイジるか割り振るだけだろう。

例え全ての能力を速度に集約してもおっさんから逃走するのは不可能に近い……既存の力では駄目だ、勝つのは土台無理と割り切り、逃走を考えてみてもこのザマなのだ。

なら、不透明なスキルだが認識阻害に賭けてみるか……最悪、高い授業料として俺の操をおっさんへ捧げる事態になるが……嫌だ、怖いっ!ヤバイ、立ち直れねぇ……だが、やるしかねぇ!


「認識阻害のスキルを獲得する!」


……やっちまったぁ、そう後悔した瞬間、開放されたスキルの詳細が思考へ流れ込んできた。



「はぁはぁ……ボウヤ!覚悟は決まったかい?」


初めて彼を眼にした瞬間、稲妻が落ちた……なんてキュートな少年?青年?なのだろう、しかも向こうからウィンクで誘ってきたの。

これが、これが運命なのね!逃さない、逃してなるものかっ!!


「いくわよ!大丈夫、ワタシが幸せにしてあげるぅぅからっハァ!!」


凄まじい咆哮を上げて獣じみた躍動感で俺へと襲いかかるおっさん……それは刹那の最中で明暗を分ける、まさに紙一重の攻防と云えた。

コンマ1秒、俺のベストの首元を掴みにきた腕をおっさんの脇へ低い態勢で飛び込む形で回避し、そのまま転がる様に認識阻害(インビジブル)を発動する!


……次の瞬間、おっさんは振り返り、へたり込む俺を見下ろしているにも関わらず困惑した表情を晒すだけだった。


「消えた!?何処へ行ったのボウヤ!アタシの王子様ぁぁ!?」


激昂し周囲へ感情をぶつけるおっさん……しかし、この時、遠巻きにこの光景を視ていたであろう子供達とお姉さんはおっさん以上に困惑していたに違いない。

何せ、お探しの王子様である俺はおっさんの足下からジリジリと冷や汗をかきながら遠ざかっていたのだから。


危なかった……正直、おっさんの動体視力は怪物じみていた、認識阻害のスキルは対象が俺を認識出来なくなる文字通りの能力であったものの、既に認識された状態での発動は意味を成さないというスキルであったため、ヤツの視界から一度、完全に外れる必要があった。

脇へ通り抜けた刹那、おっさんの視線は確かに俺を追尾してきてた……おそらく視界から消えたのは奇跡であり、僅差の時間であっただろう。


おっさんを尻目に起き上がる俺……今、困惑している子供達が子供特有の無邪気さを発揮し、俺を指差したなら、認識阻害は解除される……第三者の介入を弱点とするスキルだからだ。

だがそんな隙を与える俺ではない!!

おっさんへケツを向け、脱兎の如く走りさる!!現役を彷彿とさせる全力疾走である。


ひたすら走り続けた……振り返らない、兎に角振り返らない、路地裏を曲がり安心出来るまで30分は走った気がする。


「………。」


やがて街角を蹴る様に止まり、息を切らせる……膝をつき、壁に背中を預けてやっと景色を見回せた。


光を反射し輝く運河と煉瓦の街並みが調和した見事な景観の中を行き交う雑多な人種の群れ、ほのかに香る街の匂いは何処か懐かしさすら含んで、俺の神経を弛緩させてゆくのに一役買う。


(本当に、異世界に来ちまったんだな……俺。)


不意に耳たぶを滴る液体に気付き、その形容し難い臭さに顔をしかめると……何とも言えない笑いが込み上げてきた。


一頻り笑った後、運河へ視線を向けて考えてみたんだ。

昨日の夜、俺は通り魔に刺されて死んじまった……なのに素性の怪しい神サマーに新しい命を貰い、異世界へ跳ばされてこのザマなんだから、面白過ぎる。

実感が遅れてくるのは仕方ないだろ?

けどアーガマが人生をやり直すためだけに機会をくれたとは思えない……何処かふざけて皮肉めいた神だが端々に意図の欠片みたいな形にならないものを感じる。


いずれ向き合う事になるだろう……だが折角だ、腐って諦めてた人生を謳歌してやろうじゃないか。


俺の名前はモンテ・クリストフ・モンキーパイソン……。


これが俺が異世界に転生し、一日目に体験した笑い話だ。

ハァハァ……コメディが書きたい!!

そんな欲望に駆られ、別に書いてた物語を脇に置いてけぼりにして書いてみました!!

……ってか、分割投稿しようとしたのにやり方が分からなかった!?

ですので、三話に分割する筈だったものをまとめて投稿した次第です。

読んで少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

今後は隔週の日曜に投稿出来るよう頑張ります。

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