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バレンタイン・デイ(ズ)  作者: 木立 花音
終章:そして別れの春がくる
23/23

【終話:旅の終わりは、思い出の宇都宮の花火②】

「それ、好きだっただろ?」

 と彼は言った。

「ありがとう……」


 あたしがミルクセーキ好きを公言したのは、後にも先にも高三の冬一~二度きりのはずなのだが、彼の中では今でも不変の事実であるらしい。それでも、覚えてくれてたこと、嬉しいよ。嬉しいんだけど……。


「どうしてホットなの?」

「当たり前じゃん。ミルクセーキは、ホットの方が美味しいだろ?」

「そりゃ、そうだけど……。いま八月だよ? バカじゃないの? むしろよく売ってたね。ホット」


 濡れてた目元を拭いながら笑ってしまう。本当にバカだと思う。相変わらず朴念仁で、気が利いてるようで、なんかどこかズレてて。でも、やっぱり優しい。


「なに一人で黄昏てるんだよ。話しかけてくれれば良かったのに」

「ごめん。だって晃君、ずっと野球部の人達と盛り上がってたから」


 話し掛け難かった、と言おうとして後半部分を飲み込んだ。そんなもの、自分を正当化する為の言い訳に過ぎない。本当は話しかけたくて、話しかけて欲しくて、ずっと待っていた癖に。物怖じする自分を棚に上げて、全部彼のせいにしようとしてる。


「それはまあ、そうかもしんないけど」彼は、歯切れ悪く答えた。「けど、高校卒業した後だってそうだったじゃん。最初に連絡を絶ったのは、恭子の方からだった」

「ええ? 違うでしょ、最初に返信止めたの晃君だよ? あたしは来たメッセージには必ず返信してた」


 逆の言い方をすると、こちらからメッセージを送ったことは無かったように思う。常に受身で、相手が手を差し伸べてくれるのを待ってた。

 高校卒業後、数ヶ月で途絶えた二人の遣り取りだったが、今になって思うと、何を切っ掛けにしてどちらから連絡を絶ったのか、既に思い出せなくなっている。あたしが言ったとおり、連絡を先に絶ったのは彼だったかもしれない。でも、切っ掛けを作ったのは多分自分の方。

 彼と繋がりたい。そんな理由を人一倍欲しがっていた癖に、関係が途切れる要因を作ったのは全てあたし。不意に、トオル君の笑顔を思い出して、胸の奥深い所がきゅっと軋みをあげる。


「まあ、いいさ。終わった事は水に流そう」

「うん」と力なく頷いた自分が酷く滑稽だ。

「俺さ、恭子がずっと、玲のことを気にしてるのかと思ってた。俺がアイツの事を好きだと伝えてしまったばかりに、彼女に気を遣っているのかと」

「そりゃ、そうだよ。あたしはあの頃も、そして今も変わることなく、玲には敵わないと思ってる。彼女はもう居ないけれども、だからこそ、永遠に勝てる気がしないよ」


 晃君はあたしの隣にやって来て手摺りに背をもたれると、缶コーヒーの蓋を開けた。ぐいと喉に流し込む。


「あの年の、二月十日だったかな」

「え……?」

「アイツのところに見舞いに行った最後の日、玲が俺に言ったんだ。恭子のこと、幸せにしろって」

「玲が、そんなことを言ってたの……?」 


 知らなかった。……と言ったら、流石に語弊があるだろうか。玲があたし達の背中を押してくれてたことは、ずっと前から分かってた。それなのに、晃君に告白されてなお、玲のことを引き摺り煮え切らないあたしの態度が、今の状況を招いてるってことも。悪いのが全部自分なんだってことも分かってた。


「そっか。玲が何度もチャンス作ってくれたのにね……ゴメンね玲……」


 まただ。取り敢えず、謝ってみる癖。ほとほと嫌気が差してくる。逃げている自分の心を、正当化する言い訳みたいなもの。


「いや、たぶん悪いのは、俺の方だ」

「え?」


 もう一度間抜けな声が漏れた時――あたしの背中の方から、ドーンという大きな音と、ぱらぱらとあられが散るような音が続いて響いた。辺りは一瞬明るくなり、隣に立っていた晃君の横顔も、オレンジ色に染まる。


「花火……」


 驚いて振り返ったあたしの目に飛び込んで来たのは、遠くの夜空で大輪の花を咲かせる花火だった。そうか……今日は八月の……。


「忘れてた。今日って、宇都宮の花火大会の日か」

「そう。今から三年前に、俺と恭子が初めてデートをした花火大会だ。玲が恭子の背中を押して、恭子の気持ちに薄々と勘付きながらも、俺が顔を背けて受け止めることができなかった()()()と同じ花火だ」


 一度花火に目を向けたあと、晃君はポケットからスマホを取り出して電話をかけた。


「おお、律か? 例のやつ、そろそろ頼むわ」


 それだけを告げて電話を切ると、あたしにもう一度後ろを見るようにと言った。再び向けた視界の中に飛び込んできたのは、たくさんの風船。色は三色。赤と青とピンク色。三つの色の風船は、お互いに寄り添いながらも、月明かりに導かれるように漆黒の空へと昇っていく。

「何これ……」あたしが呆然と見上げていると、晃君が説明した。


「青は玲が好きだった色。赤は俺が好きな色。そしてピンクは、恭子が好きな色だろ? 三人の気持ちが再び一つになるようにって、願いをこめたんだよ」


 その直後、あたしのスマホにも着信があった。


『やっほ~恭子』


 電話の向こうから聞こえてくるのは、風邪で欠席してるはずの親友の声。


「ちょっと律? あなた何処にいるの?」

『ホテルの下だよ~。ここから恭子の背中見えてるよ~』


 嘘でしょ!? と思って手摺りから身を乗り出すと、ホテルの真下でニヤけながら手を振る律の姿が見えた。彼女ばかりじゃない。律の隣にはにっこりと笑みを浮かべた悠里も居た。


『いやいや、仮病使って悪かったね。熱があるって話、アレ、全部嘘なんだ。晃が恭子へのサプライズで風船飛ばしたいから手伝えって、無理やり頼まれちゃってさぁ。同期会の日程も、二人で調整したんだよ。あとは、ま~晃から聞いてね! それじゃ、後から飲み直そう! まったねー』

 ぷつっ。そして電話は切れた。「ちょ、ちょっと! 律!」


 次々と打ちあがり夜空を彩る花火の音が遠方から響く。ホテルの景観も、明るくなって浮かび上がったり消えたりと、明滅を繰り返してた。いつになく真剣な表情の晃君はゆっくりと移動すると、あたしの正面に立った。


「あたしが外に出なかったら、どうするつもりだったの。風船、無駄になるじゃない?」

「その時は、無理やりにでも手を引く」

「あたしが欠席だったら、どうするつもりだったの?」

「律から逐一情報が入ってたし。それに、来てくれると信じてた」


 全部律やら悠里に調整されてたのか。友人らの計らいに、胸の奥が白湯(さゆ)を飲んだように温かくなる。


「恭子」

「はい」


 思わず、背筋が伸びてしまう。


「前にも言ったけれども、俺は中学の時からずっと、玲のことが好きだったんだ」


 うん、とあたしは頷いた。


「たぶん結構前から、玲の奴も俺のことを好きだった。俺が気持ちを伝えたいと思って一歩踏み込むと、アイツは必ず一歩下がって距離を置いた。玲は中学の頃から体が弱かったし、高校に入学してから尚更悪化してたから、深入りしちゃダメだと心のどこかで線引きをしてたのかもしれない。ずっと縮まらない距離感に、俺は不満を抱いていた」


 うん、と再び頷いた。否定する言葉は浮かばなかった。あたしは玲の本当の気持ちを知っているのだから。


「そんな時現れたのが、恭子だった。最初に見た時、なんて可愛い女の子なんだろうって思った。たぶん……きっとあれは、俺の一目惚れだった」


 嘘だよ、そんなの。目の下あたりが、急激に熱と潤いを湛える。そんなことは有り得ないって、ずっと諦めてたのに。


「でも、恭子のこと、好きになっちゃイケないと自分を戒めた。玲の事を吹っ切れてもいないのに、二股みたいな感情を抱くのは男らしくないからな。それに、アイツが変わることなく遠慮し続けてるのも知ってたから、これ以上深く踏み込んじゃダメだって思ったんだ」


 うん、頷きたいけど、もうそれすらも無理だった。歪んだ口元を隠すので精一杯。


「でも、間違いだった。それは結局、玲がしてることと同じだったんだよな。玲は自分の気持ちを押し殺して恭子を立てようとして、俺は自分の気持ちを押し殺して、玲だけを見ようとした。常に恭子だけは、真っすぐに想いを向けてくれてたのにな。本音を胸の内に隠したままのトライアングルが生み出した結末は、恭子も知ってる通りだ。二人の狭間で揺れ動き、煮え切らなかった俺の態度が、最終的に二人とも傷つけた」


 ここで晃君は一度言葉を切った。


「だから、もうやめる事にしたんだ」


 うん、あたしは首だけを縦に振った。


「律に無理やり頼み込んで、今日を同期会の日にしてもらったんだ。なぜならば、この八月の花火は、俺と恭子のスタート地点だから」


 視界が強く滲んだ。ずっと、辛いことばかりで泣いてきたあたしが、初めて嬉しくて泣こうとしている。


「凄く時間が掛かってしまったけれど、ここから二人で歩いて行きたい。だから、もう一度伝える。恭子、好きだ。俺と付き合って下さい」


 彼の言葉と同時に一際大きな花火が咲いた。

 辺りが一瞬明るくなると、泣いているあたしの顔を覆い隠してくれるものは、何もなくなってしまった。でも、それで良いと思った。きっと今流れてる涙は、綺麗な輝きを放っていると思うから。


「晃君。あたしもずっと、好きでした。これから……宜しくお願いします」


 あたし達の恋が今、ようやく花開く。宇都宮花火大会の夜に咲いた、色とりどりの花火と一緒に。


「おめでとう恭子!」


 歓声とともに、かつてのクラスメイトたちがバルコニーになだれ込んでくる。律が、悠里が、美也が、広瀬君が、阿久津君が、瑠衣が早百合が……みんなに、もみくちゃにされ歓迎の声を掛けられる中、もう、どこにも居ないはずの親友の声が、驚くほど鮮やかに耳を打つ。


『良かったね。恭子!』


 見上げた夜空に咲いた花火と一緒に、思い出の中の玲が笑ってた。





~バレンタイン・デイ(ズ) END~


~後書きのようなもの~


 このバレンタイン・デイ(ズ)は、「君は月夜に光り輝く」という、今となっては有名過ぎる恋愛小説に感銘を受けて突然執筆したという、私にとっても文芸系列での処女作品でした。

 ですが、主人公の楠恭子があまり好きなキャラではなかった(そう、好みじゃないんです、この子。自分に似てるからかなあ?)という事情も相まって、あまり改稿意欲はありませんでした。

 それでも、姉妹作品である『見上げた空は、今日もアオハルなり』が改稿を経て、駄作からよく出来た駄作に進化したのを受けて、直さざるを得ないだろうという考えのもと、重い腰をあげて改稿しました。


 後々に書いたアフターストーリー(20歳の~云々の話と、最終話の部分)と抱き合わせて一本にするだけ、の簡単改稿のつもりでしたが、繋がってない会話文、稚拙な地の文。流石は初期の作品と呼べる酷さ(苦笑)で、ほぼほぼ全面改稿となってしまいました。


 さて『見上げた空は、今日もアオハルなり』の姉妹作だけあって、全く同じシーンを別視点で描いた話であったり、共通する登場人物が出てきたりします。こちらでヘイトを集めそうな下平早百合が、向こうでは汚名返上してるのも一例です。菊地(桐原)悠里なんかも、改稿によって初登場となりました。

 日記形式で綴られた物語として印象付けるため、話のタイトルにも日付けが入ってます。

 これが”とある回”で突然取れてしまう理由、なんかを察して頂けると、ちょっと嬉しいです(笑)

 バレンタイン・デイ(ズ)と複数形なのも意図的なもので、告白するのが恭子と玲であることを意味してます。


 二作品書き上げて思うのは、どちらでも”いい人”どまりの上田律の不憫さ、でしょうか。いい加減に彼女も幸せになる番だと思うのですが。


 最後に、中途半端にしか直せなかったな、という気持ちもありますが、ようやく人目に出せるレベルになったとも思います。

 このような稚作でも何人かの人が追いかけてくれたことに、感謝申し上げます。


 2019年12月15日 木立花音


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