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バレンタイン・デイ(ズ)  作者: 木立 花音
第一章:楠恭子の日記 サイドA
10/23

20**/07/22(火)二者面談

◆20**年7月22日 (火曜日)


 七月も下旬となり夏らしい日差しが日々強まっていく中、期末考査が行われ、やがて二者面談の日がやってきた。


「この結果を見て、悔しくないのか楠。正直なところ、お前らしくない結果だと先生は思っている」

「……いえ、悔しいです」


 時刻は放課後。場所は、3年A組の教室の中。

 小園先生の言葉に、殊勝な態度であたしは頭を下げる。


「志望校を変えてしまうのは、確かに簡単だ。だが、安易に変えずに頑張ることで、必ず良い結果に繋がるもの、と俺は信じている。ここから気合を入れなおして、がんばるように」


 二者面談の席で小園先生に言われたのは、概ね、小言だった。その理由は、先日行われた学外模試の結果が、低空飛行だったことに他ならない。それでも、机の上にある模試の合否判定はC。今のところ、十分に合格ラインだといえる。とはいえ、このまま手をこまねいて見ていられるほど、楽観視できる状況じゃないのは火を見るより明らかだった。受けるたび悪化していく点数と結果に、いい加減自分でも、焦りを感じ始めていた。

 晃君と念願の同クラスとなったことで、気持ちがフワついていたから?

 吹奏楽部でソロパートを任せられるようになって、勉強する時間が減ったから?

 言い訳ならば、幾らでも思いつく。


「はい、ここから心を入れ替えて、頑張ります……」


 結局は、自分で頑張る以外の方法などないのだ。浮かんだ情けない台詞を全部頭の片隅に追いやって、あたしはそう答えた。


「はあ……」


 教室の扉を閉めると同時に、溜め息が零れる。


「はあ……」


 別の溜め息。あたしのよりも、トーンが低くて深い溜め息だ。誰だろうと思って隣を見ると、後頭部を掻きむしっている立花玲の姿があった。

「玲も今、面談終わり?」

「ええ、少しだけ怒られてきたところ」

「そうなんだ、あたしと一緒だね」

「へえ、あなたでも、怒られることあるんだ? なんだ意外。噂によると、恭子は成績優秀だと聞いていたのだけれど」


 何がそんなに意外なのか。玲は瞳を丸くしている。


「そんな無責任なこと、誰が言ったのよ……。んーとね、模試の結果がどんどん悪くなるから、小言言われてた」

「そっかあ……頑張れ受験生。この後予定ないなら、一緒に帰りましょうか?」


 玲の言葉に頷くと、二人で昇降口を目指して歩き始める。


「……ところで玲は、なんで怒られたの?」

「私が叱られた理由は、恭子よりも重くて、深くて、罪深いものなのです。気軽に告白するなんて、とてもとても……」


 身振り手振りを交えた大げさな物言いに、思わず声を出して笑ってしまう。しかし、実はね、という前置きの後に続いた彼女の言葉に、驚きのあまり笑みは剥がれ落ちた。


「進路希望の用紙。白紙のままで出しちゃった」

「え、どうして?」


 流石に、三年生のこの時期になって白紙は色々とまずい。反射的に玲の顔色を窺った。


「ん~……。進路で色々と、悩んじゃっててね。去年までは短大志望で提出してたんだけど、今年になってから気持ちも揺らいで、将来何をやりたいのか、自分でもわからなくなっちゃった」

「短大行くのやめるの?」とあたしが尋ねると、「たぶんね。地元の就職口でも探そうかと思ってる」と、玲は気を取り直したように答えた。

「そっか~、じゃあ一足先に社会人なのか。玲は大人だね」

「どうかしら。それだって、就職が決まったら、の話なのだから」


 玲の声は、また少しトーンが低くなった。

 なんだか今日は、声の調子が上がったり下がったりと、普段以上に彼女の様子は忙しない。

 他愛もない会話をしながら、歩き続けるあたしたち。昇降口まで到達すると、壁に設置された掲示板を見上げて佇む律がいた。


「やっほ~お二人さん、今帰るところかな~!?」


 あたしら二人の不安を吹き飛ばすような勢いで、律が話しかけてくる。元来積極的な性格であると同時に、玲と同じクラスである律は、すっかり彼女とも打ち解けていた。流石だな、とあたしは感心しきりである。

 律はニヤっと笑うと、「ほら」と言いながら掲示板に視線を送る。あたしたちも、彼女に釣られて顔を上げた。

 掲示板には、一枚のポスターが貼られていた。大輪の花火をバックに、大きく花火大会の開催を告知する文字が躍る。


 『宇都宮市花火大会』

 『会場:鬼怒川河川敷公園』

 『日時:8月9日 19時30分~21時00分』


 この花火大会は、照葉学園のある栃木県宇都宮市で、毎年八月の初旬に行われているイベントである。当日は、県内はもとより県外からも多数の人出があって。道も会場も大変に混み合う。

 また、会場が学校から比較的近い場所にある河川敷となっている関係上、クラスメイトたちの間でもデートイベントとして広く認知されているものだった。この花火大会に「二人きりで行こうよ」と誘う事は、即ち、「あなたに好意があります」と告白しているも同義なのだ。


「年に一度の一大デートイベント、宇都宮の花火大会。お二人さんも気になるあの人とお誘いあわせの上、出かけてみてはいかがでしょうか?」

「そっかあ。もう、この時期が来たんだね」

「そっかあ、じゃないでしょ。もっと言うことあるでしょ」

「ないよ、何も」


 真横から、意味ありげな律の視線が突き刺さる。努めて平静を装っていたのに、意識せずにはいられなくなって、瞬間、頬が熱をおびてくる。


「昨日、晃が言ってたのって、これのことか……。律と恭子も誘って皆で行こうよって、言われたんだ」


 たった今、思い出したみたいな声で玲が言った。


「いいね! 四人で行こうよ!」


 それなら恥ずかしくない。渡りに船だとあたしが賛同すると、「私は断ったわ」と玲が首を振った。


「え? 玲は行かないの!?」

「そうよ。お盆前の週末は、家族で旅行に行く計画を立てているの」

「そうなんだ……じゃあ、三人で……痛っ」


 あたしの言葉を遮るように、律がわき腹を小突いてきた。


「バカなのかあんたは。このチャンスに、私を誘ってどうする!?」

「え~でも~……」


 心底呆れたような律の声。でもあたしは、難色を示さずにはいられなかった。

 四人で行く予定から玲と律が欠けたら即ち、晃君と二人だけで行くということだ。成り行き上の話とはいえ、嫌でも意識してしまう。勿論……あたしにとって望むべき結果なんだろうけど、今はまだ心の準備ができていない。

 端的にいうと──告白する勇気がないのだ。

 戸惑ってるあたしの内心を見透かしたように、「気にしないで行ってきなよ」と玲が言った。


「人生は一度切りなんだから、楽しめる時には思いっきり楽しまないと。進路のことも、先々のことも、その後にゆっくりと考えればいいんだからさ」


 少しばかり極端な、人生感みたいなものを添えて。「何それ大げさ」と、思わず声を出して笑った。


「んじゃ、そういうことで決まりだね」

「勝手に話をまとめないでよ」

「なんで? いいじゃん、誘ってきたのは元々晃の方なんだし。律も別の子と行くみたいなんだけど、それでもいいかなって聞いてみなよ」

「んー……」

「恭子は深く考えすぎ。こういうチャンスはあざとくつかむもんだよ。んじゃ、決定。頑張って晃と約束取り付けるように。どこまで進展したか、後で報告しなさいよね楽しみにしてるから」

「もう、律ったら」


 なんだか上手いこと、丸め込まれた気がする。

 こうして学校を出た三人は、玲が利用している駅の近くまで、歩いて帰った。まもなくやってくる夏休みの話に、花を咲かせながら。


 そんな二人を余所に、あたしだけはずっと上の空で、花火大会のことばかりを考えてた。

 二人きりになってしまったけれど、それでも彼は、快くオーケーしてくれるだろうか。別に他意は無いからと、最初に断っといた方がいいんだろうか。でもそれじゃむしろ、自意識過剰だと思われるんじゃないだろうか。

 ああ、ダメだ。堂々巡りの思考がとまらない。あたしはいつもそう。気がつけば思考は、マイナス方向のベクトルで埋め尽くされてしまう。

 先ずは、後でちゃんと話をしておかなくちゃ。


「じゃあ、また明日」


 駅の方角に足を向け振り返った玲の顔は、心なしか寂しそうに見えた。夕焼け空の茜色が、やたらと眩しく感じられた七月の夕暮れ刻。


* * *


 ヘッドフォンから流れていた心地良い音楽が途切れたことに気がついて、あたしは顔を上げた。絨毯の上に置いたままのスマホを拾い上げて時刻を確認すると、既に二十三時を回っていた。


 ──イケない。もう、こんな時間。ちょっと集中し過ぎただろうか。


 読んでいた日記帳を閉じて書棚に片付けると、お気に入りのCDを二枚目のディスクBに入れ替える。

 気持ちよい睡眠を得るためには、もう少し音楽の力を借りる必要がある。ヘッドフォンの位置を正すと、あたしはベッドの上に仰向けで倒れこんだ。

 今にして思えば、この日が、あたしたちが選択肢を間違えた最初の瞬間だったのかもしれない。


 思いは巡る。何年経っても、変わる事なく。そして楠恭子の日記は、ここからB面に移行する。


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