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至高のアルケミスト  作者: いちのじ
第2話 冷たい錬金術
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第2話1節 眠れる商機

 小屋の再建もままならないままに商売を始めるタケシ。

 青空の下、俺は受け取った一ハンス紙幣が間違いなく一〇枚あることを確かめる。台の上に載せられた品々を目で示し、持って行けという意思を込めた合図を口にする。


「まいどありー。あじゅじゃっしゃー」


 貨幣は経済の潤滑油であり血液だ。物々交換は貨幣の持つ信用によってスムーズになる。今まではこんなことを思いもしなかった。当たり前のようにお金自体に「価値」があると思っていた。こんな紙切れ一枚、金属の円盤一枚、それに価値があるのだと。

 受け取った一ハンス紙幣は日本円の紙幣よりもサイズが小さくて、紙質も荒い。知らないお金。まるで騙されているような気持だった。だが、この「騙される」ことが重要で、全員が全員騙されればお金なんて玩具のお金でもいい。信用こそがお金の権原だ。


「ただいまー」


 ロステクを売りに出たリオンが帰って来た。

 俺たちは収入を得るためにアイテムショップを始めた。リオンのアイテムは雑草などから錬成できるので原価を限りなく抑えることができる。故に売価も低く設定できる。だからそれを利点としてがんばっている。

 そして二足目の草鞋として修理したロステクも販売している。こちらは店舗に置いていてもインパクトがないので、街に実演販売をしに行ってもらった。今日は確か靴を同時に一〇足干すことのできる物干し竿だった気がする。これ、錬金術で直さなくても作ればよくね? とも思った品物だが、今のところ手持ちの材料では直せるものも高が知れている。


 ならば採取ツアーに出て素材を集めてくればいいのだが、これが簡単ではない。赤ライオンには勝てる気がしないし、イシイモムシやゴーレムには攻撃がまるで通らなかった。この間の採取ツアーもバカみたいにゴーレムに遭遇し、素材は結局のところほとんど集められなかった。


 リオンの小屋の再建もままならず、天井は青空のままだ。壁すらも無い面が多い。だから店構えとしては、ほとんど露店販売のようなものとなっている。寝るための空間だけはどうにか四方を囲われた空間を作ったものの、それは隙間だらけの板張りで、強く押せば倒れそうな出来栄えだった。


「どうだった? 売り上げの方は」

「ふふん。見てよこれ」


 彼女はブラウスのボタンを一つ外すと、中から三枚の紙幣を取り出した。一ハンス紙幣が三枚。ポーション一本が一ハンスとその半分である五〇シンス。つまり売り上げはポーション二本分。


「こっちの売り上げは一〇ハンス。なかなか好調なんじゃないか?」

「うへへへへー。お金だ、お金。十三ハンスもあるよー。大金持ちだ」

「お金をほっぺにすりすりすな!」

「久々の再会だもん! いいじゃないこれくらい感動しても! 後で街に美味しいものを食べに行くまでの短い再会なんだし!」

「使うつもりはあるのか。ちょっと安心したよ」


 ともあれ、僅かでもロステクでお金が稼げるようだった。この場所での露店販売と、バルア市街地での出張実演販売。この形の販路をつないでいけば、どうにかこの世界でやっていけそうだ。などと俺が思っているところに、来客があった。



「こんこん」



「…………」


 俺とリオンは顔を見合わせた。そして声のした方を向く。

 そこには一人の少女がいた。まだ十代にに入ってすぐの年齢に見える。黒いパーカーに黒いニーソックスに、靴も黒。彼女の肌と髪は白。ふりふりしたプリーツスカートは白と黒のチェッカーボード模様。

 そして頭から生えている猫耳。髪と同じ色のあれは本物なのだろうか、どうだろうかと思ってじっと見ていると、ピコピコと動いていた。どうやら本物のようだが、彼女は亜人というやつだろうか。


 灰色の瞳がこちらを見据えているが、俺たちは意図が読めないでいた。すると、彼女は次の動作に移った。


「がんがん、がんがん」


 もう全くもってますます意味が分からない。敷地の前に立って、なにやら擬音を発する少女がいるとして、それは俺たちに何を伝えたいものなのか。


「ばきぃぃぃぃ!」


 ひと際激しい擬音を発したかと思えば、少女は敷地に一歩踏み出した。そして話を始めた。


「あなたがリオンさんですね。私はシーマイナー=アルペジオというです。ウシミツファイナンスから貸付金の回収を委託されたですので、お見知りおきを」

「あ、どうも。初めまして」


 俺が「ウシミツファイナンスってのはなんだ?」と訊くと、リオンが金を借りている金融会社なのだそうだ。


「見たところお手持ちはその十三ハンスこっきりみたいですね。おいくらまでなら返済に――」


 シーマイナーと名乗った少女は淡々と用件を告げてくるが、俺は「待てい!」と話を割らずにいられなかった。


「なんです……?」

「俺はヤマダ=タケシ。君に訊きたいことがある」

「なにをです?」

「さっきのはなんだ? がんがん、とか。ばきぃぃぃ! とか」

「この家にはドアがなかったので、ノックからドアを蹴破って強行突入するまでを口で再現してみたです」

「そうなのか。……必要か、それ」

「ごほん。それで、見たところあなた方のお手持ちはその十三ハンスこっきりのようですが、いくらまでなら返済に充ててくれるですか?」


 いくらまでと言われても。できれば払いたくないというのが本音なわけだが。相手は具体的な金額を提示してきていないわけだし、その本音をぶつけてみることにした。


「悪いけど、このお金は次の商いの元手にしたいんだ。もう少し待ってくれないか?」

「違うでしょ? 美味しいものを食べるんでしょ?」


 リオンと俺とで意見は食い違ったものの、方針は同じ。支払うつもりはない。

 それを聞いた少女は、一歩ずつ俺に近づいてきた。目の前で見ると小柄なもので、上目遣いに俺を見上げてくるではないか。だから俺は逆に心配になって来た。こんないたいけな少女が借金取りを代行するなんて、他の債務者たちから逆に何か悪いことをされるのではないかと。

 そんな心配をされているとは知らぬ少女は、不意に視線を落とした。ちょうど俺の胸元のあたりへと。


「なんだ?」


 俺もつられて自身の胴体に目を落とす。

 その次の瞬間だった。


「――っ」


 鳩尾のあたりが、ボコォ、という音とともにいきなり凹んだ。

 もしも可能であったなら、俺は「あ?」と声を上げ、鳩尾に触れてみて、それから周囲に視線を巡らせて何が起きたのか状況を把握しようとしただろう。だがそれはできなかった。なぜなら俺は、次の瞬間には血を吐きながら後方へと弾き飛ばされていたから。


 背中でイスを破壊し、さらに転げて止まった。

 今までの人生で一番苦しい瞬間だったと思う。痛い。怖い。苦しい。体が震え、視界が滲む。血で咽返り、呼吸さえもままならない。


「あっ……う」


 髪を掴まれ、目の前にイスの破片が迫る。そのまま人間を貫いてしまいそうなほど鋭い切っ先が目の前に。


「もう一度訊くです。いくらまでなら返済してくれるですか?」

「…………ひ」


 さっき、俺の体が吹き飛ぶ前のことだ。一瞬の視線の中で、少女が拳を引き戻しているのが見えた気がした。そしてそれはたぶん、間違いではなかったのだろうと思う。


「ちょっと! うちのタケシに乱暴しないでよ!」


 それを聞いた少女はリオンの方に向かって歩き、「それならリオンさんに訊くですが」と前置きして、同じことを訊ねた。


「いくら返済してくれるですか?」

「……なら、これくらいで」


 どうやら手元から一〇枚を差し出しているようだった。しかしシーマイナーは受け取る素振りを見せない。それどころか手にしていた破片をリオンに突き付けた。


「ひぃぃ! 私、喧嘩は不得意でして!」

「誤解してるようなので言っておくですが」

「ななな、なんでしょう!?」

「私が訊いたのは、いくらを返済に充てるつもりがあるか、ではなく、いくらまで返済に充てられるか、なのです」

「へ?」

「あなた方は収入がなくても生きていけると聞いたですよ。それならその十三ハンスすべてを返済に充てても問題ないですよね?」


 この少女は、少女の形をした非情そのものだった。

 結果、手に入った十三ハンスはそのすべてを持っていかれた。




 ようやく体が楽になってきたのは、それから一時間も経った頃だった。


「くそ……金をとられた」


 我ながら「とられた」なんて自分本位な言い分だとわかってはいるのだが、そう思わずにはいられない。せっかく手に入れた金がすぐになくなってはどうにもならない。


「まあまあ。また地道に稼ごうよ」

「呑気なもんだな」

「私、お金なんてなくても平気だし。のんびりやろうよ」

「俺は平気じゃない」


 こいつは錬金術さえあればそれだけでいいのだと、本気でそう言い出すから困る。生きていくのにお金は必要だ。お金で幸せは買えないとは言うが、幸せにお金が要らないわけではないと思う。


「そうそう、街に行ったときに資源ゴミの中からこんなの見つけたんだ」

「なんだそれ」

「錬金術の専門書。水に濡れて、読むことはおろかページさえ開かなくなってるけど」

「ははあ。これも修復のアルケミストさまにかかれば?」

「元通り、ってね」


 彼女はテーブルに本を置くと、そこに手をかざして集中し始めた。以前と同じように光の泡が本を包み、修復が始まる。ただ俺の知っている「リカバリ直し」とすると、幾分か時間がかかっている。


「やっぱり杖がないと、錬金術って不便か?」

「道具があると便利ではあるけど、不可欠じゃないよ」


 そうなのだ。杖があればもっと楽に手早く修復ができる。彼女の愛用していた杖は炭鉱跡に採取に出かけた時に破損し、しかもその場に捨ててきてしまったために完全に失ってしまった。これはどう考えても俺のせいなので、お金を作ったら買い直してあげようと思う。


「これで読めるようになった。どれどれ……」


 彼女が資源ゴミを漁ってきたのは、実は俺のためでもあった。俺はこの世界の「話し言葉」はなぜか最初から会得していたが、識字はできなかった。だから俺は街に出ると資源ゴミを漁り、本を拾ってくる。それを知っていて彼女も資源ゴミを漁ってくる。今日は彼女自身のためだったようだが。


「これいいかも。ちょっと試してみよう」


 雑草を食し、沢の水で体を清め、俺の手作りしたDIYベッドルームに寝る彼女。服もほとんど持っていない。それでも彼女は錬金術を愛し、極めようとしている。

 清貧なんて言葉もあるが、やはりもう少し楽をさせてやりたいと思うのが男の甲斐性というもの。このままアイテムショップを続けていけば、ある程度には稼ぐこともできるだろうが、それも借金返済のために持っていかれてしまう。


 なにか。

 なにか現状を大きく変える起爆剤が必要だ。


「この素材は手に入ってないから、そこいらの花で代用して……」


 なにかないか。


「これで作れるかな? さて、混ぜてみよう」


 部屋を歩き回るのにも飽きたので、何やら新しいアイテムを調合しているリオンの作業場を覗いてみる。すると実に楽しそうに作業をしていた。


「………………ん?」


 俺はそこで、ある事に気が付いた。そして一度気が付くと、そうとしか思えなくなった。確かめるようにじっとリオンを観察してみるが、やがてそれは俺の気づきが正しいことを確認するだけの作業となった。


「タケシ? なんでさっきから私を見ているの?」

「……リオンってさ」

「うん?」

「可愛いな」

「ふぇぇ!? 急に何!?」

「思いついたぜ。名付けて、美人の売り子で売り上げウハウハ作戦、だ!」


 商機、ここにあり。


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