第4話2節 森の異変
この日はちょっとした買い物と、仕事の納品、それから栄養剤を与えたイチゴの収穫のために街にやってきていた。
「もっとはっきり言ってよ」
大通りに面したとあるお店の前で、リオンが蹲って声を発している。
ちなみについ先ほど、仕事の納品は終わった。バルア市街地にある釣具屋に、修復した置網を納品したところだ。とても一人では運べないので、リオンと一緒にやってきた。
後は買い物とイチゴ狩りなのだが。
「ねえ、なんて言ったの? いま、絶対何か言ったよね?」
きっと街の人たちからは、リオンが何もない空間に向けて話しかけているように見えているだろう。そこに何がいるのだろうか、犬か猫か、それか小人でもいるのだろうかと興味を持って、リオンの背から弧を描いて回り込み、その奥を覗き込む人もいたが、やはりそこには何もなくて、リオンに怪訝な表情を向けて去っていく。そんな人の数を数えるのも俺はもうやめた。
魔物がいる世界だし、通りすがりの小人がいてもおかしいことなどなにもないものだろうかと思ったのだが、俺にもやはりそこに何かいるようには見えない。ならば特定の誰かにしか見えない存在があるのかと思ったが、通り過ぎていく人たちの反応を見るに、そういうことでもないようだ。
リオンは何か変な毒でも摂取してしまったのだろうか。
同じ食生活をしているわけだが、必ず全て同じものを食べているわけではない。どうもリオンは時々ひとりでふらりと森に出かけていろいろ拾ってきているようなので、そこで拾い食いすることもありうる。
例えばいま、彼女が首に巻いている赤いスカーフ、あれは俺の見たことのないものだ。きっとどこかで拾ってきたものなのだろう。
「あー! タケシさんにリオンさん! なにしてるッスか!?」
通りすがったのだろう、駆け寄って来たのはラースタチュカだった。彼女の長い名前の愛称は「ラスタ」だ。
「よお、ラスタ。元気そうだな」
「うちはいつも元気ッス!」
「こんなとこで会うとは。先生のお遣いとかか?」
「今日はお休みというか、なんというか」
「なんだ? クビにでもなったのか?」
「そういうわけでは。まだ雇ってもらってはいますが、実は今、別な働き口を探してるとこでもあるッス」
「へぇ。なにか不満が?」
「そういうわけでもないッスけど……なんというか、性に合わないというか。嫌じゃないけど、こう、違うというか」
彼女の思うところについては分からないが、仕事を選べるだけ彼女は幸せなのだろう。それだけ優秀ということでもあるわけだし。比べるものではないのかもしれないが、俺は仕事を選べる状況にない。リオンの作るアイテムを売って稼ぐしかない。
「ところでリオンさんは何をしてるッスか?」
「そこにある何かが何か言っている気がするって、意思の疎通を図ってるところだ」
「え? …………リオンさん、変なものでも食べたんじゃないッスか?」
「やっぱりそう思う?」
ラスタはリオンに近寄ると、肩を揺すり始めた。
「リオンさん、正気に戻ってくださいッス!」
「ラスタ? ていうかラスタには聞こえないの? この子、絶対何か言ってるよ! 私、聞こえたもん!」
「この子って、花のことッスか……? リオンさん、花は喋りません! 誰も何も言ってないから、家に帰ってよく休むッス!」
「そういえばイチゴを収穫しに来たんだった。きっといっぱいなってるはず」
「こんな市街地にイチゴを?」
訝し気な顔をするラスタだが、俺から「本当に公園に野イチゴみたいなのが生えてるらしいんだ」と言うと、納得したような、してないような顔をした。
「タケシさん、しっかりしてくださいね? リオンさんをちゃんと面倒見てやってくださいね?」
「ああ、任せてくれ」
「…………それじゃあ、うちは行くッスよ?」
ラスタはそう告げて、通りを南下し始めた。俺とリオンも寄り道をやめ、通りを北上し始める。
「またソロヴィとお茶したいなぁ」
「そういや、あれ以来だったっけか」
ソロヴィがこの街にやってきてから一週間が経過している。
「もともとリオンと一緒に、誰だか錬金術師のとこにいたんだろ? その後、どこに行ってたんだ?」
「私がバルアに来て、ウォーレンって錬金術師に弟子入りしたのが十五歳の時なんだけど、ソロヴィが来たのはそのすぐ後。彼女は当時まだ十二歳だったんだけど、既にバルア魔法学院の錬金学部に合格してて、学校での理論だけじゃなくて実際に錬金術師として修業もしたくてお店にやって来てみたいだよ」
「そりゃまた。かなりの熱意だな」
「うん。そして二年すると、デアモント連邦の学校に留学に出て、そんでついこの間帰って来た、ってとこかな。経歴だけ見ても、彼女がいかに天才だったかわかるよね」
「デアモント連邦?」
「大陸にある国で、世界で一番錬金術が進んでる国だよ」
「本場、みたいなとこか」
「現在の錬金術のほぼ全てはデアモントからやってきたと言っても過言じゃない、そういう国だよ」
なんとなくイメージはつく。国ごとに違った産業や技術を持っているとして、そのデアモントという国はそれが錬金術なのだろう。
「世界でただ一人『パラケルスス』の称号を持つ錬金術師がいるのもデアモントなの」
「パラケルスス……聞いたことあるな」
確か昔の、俺の時代から見ても尚も昔の錬金術師だったか。
「そう、タケシみたいな錬金術に関心のない人でも耳にすることがあるくらい偉大な称号なの」
俺の思った「聞いたことある」とは少し違うが、これもイメージはできる。
「リオンやソロヴィもいつかそう呼ばれるのかな」
「…………」
「リオン?」
急に返事が途絶えたから、何か触れちゃいけない話題だったのかと思ったが、そういうわけではないようだった。
「なんか、広場が騒がしいね」
この先にあるのは、クエストボード広場だ。このバルア市街地の賑わいの中心がどこにあるかというと、間違いなくそこだろう。そこが集客力や人通りが最も多いエリアであり、何かのイベントが行われるのもそこだ。しかし今日のそれは、歓声というよりも悲鳴に近い気がする。
「なんかやってるのか?」
とりあえず立ち止まってみる。悲鳴、怒号、そして何らかの魔法と思しき轟音と光。これはなにかあったな。
「迂回するか?」
「そうだね。ちょっと戻らないといけないけど」
危険を避けて通る決意をしたその直後、人混みが割れた。そして奥から姿を見せた、魔物。
「なんっ!?」
その姿を端的に表すなら、猿だった。俺たち人間よりも遥かに小柄で、大きさのほどは体長一メートルあるかないか。ところがその表情には鬼気迫るものがあって、背中を冷たいものが通り抜けたような気がした。
逃げられるか?
簡単なのは狭い路地にでも逃げ込んで、物陰にでも隠れることだが、今いる場所が悪い。集合住宅がぴたりと建ち並び、完全な一本道を成している。現についさっき裏から迂回するために、引き返そうとしたばかりだ。
「タケシ、どうしよう!?」
ならば住宅の扉を開けて、中に逃げ込むか。籠城し、裏口から逃がしてもらうか、猿が通り過ぎるのを待つか。いずれにしても悪い手ではない。俺はリオンの手を取り、最も近い家に寄り、扉のノブに手をかける。そして、回す。
「くそが!」
ノブは回らない。時間をロスした。次の扉までの距離と、迫る猿との距離を比べてみる。おそらくもう遅い。
俺はリオンの手を引き、庇い込む。
あの猿に何をされるか分からない。引っ掻かれるか、噛まれるか。あるいは無為な戦闘は避けるつもりでいるのか。猿の筋力は人間よりも遥かに強く、しかも知能も高く、人間と戦うとなれば、まず指を引き千切ろうとしてくると聞いたことがある。
横目に、向かってくる猿を見やる。燃えるような色を湛えた野生の瞳が、俺たちを捉えていた。その色は果たして怒りか、憎悪か、はたまた不安か。武器になりうるものを持たない俺は、この体をリオンの盾にすることしかできなかった。
猿が飛びかかってくる。
耳をつく、悲鳴のよう甲高いな雄叫び。鋭い牙が見える。歯茎まで剥き出しにして、我が身を弾丸として飛び出した。
足は竦んだし、血の気も引いた。それでもその爪先の向く方を翻すことはなく、一歩たりとも退いてなどやるものか。リオンがいる限り、俺は死にはしないのだから。
そして。
「風!」
衝突が眼前に迫った時、先に目を逸らしたのは、猿の方だった。
「…………?」
猿の体は俺の目の前で軌道を変え、壁に激突した。張り裂けるような短い悲鳴をあげ、力を失った体は打ち捨てられた土嚢のように地面に落ちた。
「まったく、戻って早々に」
知っている声だ。前に聞いた時は全く鼻が通っていなかった声。
「イア!」
俺の後ろに隠れていたリオンが顔を出す。
「助かったよー。ありがとう」
「大丈夫ですか、お怪我は?」
「おかげさまで」
「よかった」
イアの姿はいつになく冒険じみたものだった。カーキ色のジャケットに帽子、それから頑丈そうなズボンには、ベルトを通していろいろな小道具が提げられている。そしてそれらは薄汚れ、傷つき、彼女の表情にも疲れの色が見える。
ぐったりと倒れ込んだ猿を見下ろし、イアは呟く。
「これも『影響』のひとつといえるのかしら……」
「影響?」
そこへ、知らない声が割り込んだ。
「思ったよりも、事態は深刻なのかもしれないね」
「え、誰?」
「おっと失礼。私は魔法動物研究の第一人者レオンチェヴィチ=レピョーヒンだ。お見知りおきを」
「私はリオン。街外れの天才アルケミストよ。よろしく」
「俺は異国から来た冷酷天才ビジネスマシーンのヤマダ=タケシだ。よろしく」
「なんなんですかその挨拶!? 流行ってるんですか!?」
「イアは自己紹介はしなくていいのか? 秀才魔法少女のイアフネス=スノーライト、みたいな」
「嫌ですよ恥ずかしい。それにみなさん、私のこと知ってるでしょう」
どうやらイアはこのレオン何某という人を知っているらしい。
「事態が深刻っていうのはどういう意味なの?」
リオンが興味を持ったらしく、発言の真意を問う。
「今、西の森で大変なことが起きているのだよ。実はつい先ほどその調査から戻ったばかりなのだがね」
「西の森って、あそこに見えてるあれ?」
バルア市街地のすぐ西側には森がある。街の西にあるから西の森。何の変哲も無い名前だし、実際これといって何かがある森では無い。
「そうさ、学生たち、そこにいるイアも含めたメンバーでね」
「イアも?」
俺は疑問に思った。あまり詳しく聞いたことはないが、てっきりイアは魔法に関する学部だと思っていた。
「ええ、私は魔法学部ですが、この調査は授業の一環だから単位も出るし、半分はクエストだから報酬もいただけます。だから参加しました」
納得。調査の内容に興味はないが、報酬目当てで参加したのか。そういえば前にも、学生だから長期のクエストになかなか出られないといっていたか。
「なんの調査かというと、偏った討伐が森の生態系にどのような影響を与えているのかの調査だったのだよ」
「偏った討伐?」
話によると春先、人が狼型の魔物に襲われる事故が何件か起こっていた。そこでバルア市はその魔物に懸賞金をかけ、討伐を推奨した。現在ではこの制度は終了しているが、予想以上の討伐数があったらしい。
そこで終われば美談だったのだが、続きがある。
偏った討伐が森の生態系に影響を与えた可能性が高いらしいのである。はじめは狼型の魔物「ウルフ」が人里に近いところにやってきていただけだったのに、現在では先ほどの猿のような、別の魔物も街に降りて来ることが増えている。
「それ、やっぱり討伐の影響で?」
「おそらくそうだろう。これから戻って結果をまとめなければね。では!」
そう言って、レオン先生は去っていった。
「なあ、イア。森の中ってどんな様子だったんだ?」
「先生の言うには、思ったよりも事態は深刻だった、ということみたいですよ」
「その深刻さってのがどういうものなのかが分からないんだが……」
「まず、予想以上に外来種が生息していたこと。そのせいで、固有種が住処を奪われていました」
植物や虫、それから小動物。この国は島国だから、外来種が自らでやってくることは考えづらい。となると人間のせいか。
「それから草食動物の餌になる植物が食い尽くされているエリアがだいぶありました」
「それって、ウルフがいなくなって、個体数が増えすぎたから?」
「おそらくは。そして餌を失った草食動物たちは散り散りになって、他の肉食動物たちも餌を求めて移動し始めた」
「一応訊きたいんだが、近くの森に棲んでる肉食動物って、人間も食べるのか?」
「食べますよ?」
何を今さら、みたいな顔をされた。森に近づくのはしばらく控えておこう。
「うーむ」
リオンが疑問あり気な唸りを上げる。
「それってさ、事の発端はどこにあるんだろうね」
「どういうことですか?」
「だって、ウルフをいっぱい討伐したのって、ウルフが人里に降りてきたからでしょ? だけどウルフが人里に降りてきたのって、草食動物が減ったからでしょ? 順序がループしてない?」
そうだ。言われてみると確かに。
ウルフを討伐したから、草食動物が増えた。草食動物が増えたから餌になる草がなくなった。だから草食動物が街の近くまで移動して来た。そしてそれを追ってウルフが人里近くまで降りてきた。……だからウルフを討伐した。
この事態の始まりはいったい、どこにある?
「それはだいたい分かってます。きっと外来種のせいでしょう」
「外来種の?」
「はい。森から餌になる植物が消えたと言いましたが、何も森が荒野になっているわけではないのです。あくまで草食動物たちが食べていた種がいなくなっただけ。要は草食動物たちは舌に合う草を求めて移動したのです」
「グルメだなぁ」
「それにしても、外来種ねぇ。俺のいた国でも在来種が外来種に負けてたけど、どうして外国の種は強いんだろうな」
時たまニュースで見ていた、「固有種、絶滅の危機」みたいな記事を思い出す。
「負けた外来種は消えていただけなのでは?」
「え?」
「それに逆のパターンもあると思いますよ? 自分の国が受けている影響には関心が向きやすいですが、相手に与えた影響については関心が薄いだけで」
これは考えてもみなかった。
「バルアには港もあって物流も活発ですから、種の往き来は活発だと思います」
「対策はどうするんだろう。また懸賞金でもかかるのかな」
「難しいでしょう。討伐対象を特定しないといけませんが、このところ降りてきている動物や魔物の種類は多いです。それに前の時の討伐政策自体が問題がありましたから」
「問題? 狩りすぎとか?」
「それもありますし、討伐に出かけたのは実のところ、多くは冒険者たちではないんです。お金に困っている庶民たちが森に入って、少なくない死傷者が出ていますから」
「なんと! これは惜しいことをした」
「どういう意味です?」
「そういう人たちに向けて『ウルフ討伐応援キャンペーン』とでも銘打って、ポーションのバーゲンをやれば儲かったのに」
「…………」
やっぱり新聞くらいとるべきだろうか。金銭的には可能ではあるし、手間をかけるつもりならば、一日古い新聞くらいならなんとか手に入りそうだが。
「あとは、あまり見境なく駆除していると動物愛護団体もうるさいですからね」
「あ、そういうのこの世界にもあるんだ」
「そもそも土地の使い方からして、この街は魔物や野生動物がやって来やすいんです」
「土地の使い方? どういうことだ?」
「あそこに王都エタノスフィアがありますね?」
イアは北を指さす。
「王都は『都』と名はついていますが、その実態は貴族や皇族の居住区です。それは知っていますね?」
王都エタノスフィアは王宮をはじめ、皇族貴族たちの住む土地で、広大な台地の上にある。そしてその王都と「下々」を継ぐ経路はたった一つ、唯一このバルアの大通りだけだ。
「あそこが住宅の密集した土地ならばよかったのですが、貴族たちは無駄に広大な土地を所有し、その大部分を管理せず、原生林のまま放置しています。だから王都には数多くの野生動物が棲み付いているのです」
「へぇ」
「とはいえバルアが発展したのは、あそこに王都があったからなのですけど」
現在のセブンス王国は、もともと七つの王国だったものが、新旧人類戦争の際に手を組むために一つの国となったことに始まる。王国を急ごしらえで一つにまとめ、連邦国となった。戦争の終了後は、それまで王国だったものがそれぞれ「市」となり、それぞれの地方自治を行っている。
話はバルアに戻る。
現在、王都が置かれているの土地は、それ以前にはバルア王国の領地だった。台地の上にあることは、高い防衛機能を持っていたし、政治の機能はそこにあった。そして外の世界との「関所」として、巨大な門扉を持つ城下町が台地の一部を掘削して作られた。それが現在のバルア市街地である。おかけでバルア市街地は坂道が多い。
セブンス王国結成後は、一部諸侯を除き、皇族貴族が王都に移り住んだ。そしてバルア王国に住んでいた国民たちは全て土地を追われ、周辺の土地に移った。
それからバルアは、王都に最も近い都市として発展した。
「貴族の土地だから政府が手を入れることもできず、当主たちは自分の身は護衛に守らせているから無関心。被害は必然的に街の方に出るんです。……それが悪いとかは思いませんが」
つまり現在、魔物が降りてきている原因の一端は政治にあるということか。イアと話していると考えたこともなかった視点を得られることが多い。
「あれ、みんな揃って何をしているの?」
今日はよく人と遭遇する日であるらしい。俺たちの前に現れたのはソロヴィだった。
「…………あの、何しているの?」
ソロヴィの視線は足元に転がっている猿に向かっている。
「魔物に襲われたところを、イアに助けてもらったんだよ」
「魔物ってこの猿ですか。……イアさんといえば、花粉症はもう大丈夫ですか?」
「おかげさまで。お薬も効きましたし、リオンのこのロステクも効果あったみたいです。森の中のクエストだから不安だったのですが、平気でした。……まあ、最初から花粉症などではなかったのですが」
一週間くらいのクエストに持って行って、ずっと起動していたようだ。心なしかポータブル清浄機が少し膨らんでいるような気がしないでもない。
「それにしても物騒なものですね。不審死に魔物騒動とは」
「不審死? ……ソロヴィ? ん? 何してるんだ?」
その発言に気になるところもあるのだが、ソロヴィが猿に手を伸ばしていることの方がより気になる。ぐったいりしている猿を持ち上げて、何やら吟味するような視線を向けている。
「これはいいかもしれない。内臓が少し損傷しているみたいだけど、外皮は平気そうだし……ホルマリン……」
「ソロヴィ?」
そんなソロヴィの肩に手を置く人物がいた。
「お嬢ちゃん、その魔物から離れてくれるかな?」
白い礼服、白いマント、そして腰に提げられた剣。知っている。国土騎士団だ。要は警察と陸軍を併せたような存在で、治安維持活動をしている人たち。本当ならこういった魔獣騒動は彼らの任務の一つなのだが、冒険者や魔法使いの数がなかなか多いこのバルア市街地ではどうしても出遅れ、死体の処理だけを担うことも多いそうな。
「これ、貰っちゃだめですか?」
「ダメだ。我々に任せたまえ」
「…………はい」
国土騎士団の男性は四十歳くらいだろうか。きっと新入団員だったころには綺麗だったであろう制服はだいぶ年季が入っている。その割に、髪の毛は不自然なほどの艶を湛えていた。
猿が名残惜しそうなソロヴィにリオンが声をかける。
「……さっきの騎士のおじさん、ぜったいカツラだったよね」
「そうね。あれは確実でしょうね」
「やめて差し上げろ」
俺も思ったけど、口には出さないことにしたというのに。
「ところで、もう学校って始まってるの?」
「ええ。まだ荷解きも終わってないのに」
「そっかー。なかなか遊びに来ないなーって思ってた」
「ごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、今度、うちに遊びに来てよ」
「いいの?」
「もちろん。実は今度、うちの家族が『おかえりソロヴィパーティー』をやるから、是非来てよ。タケシさんと、イアさんもご一緒にいかが?」
「え?」
俺とイアは同時にきょとんとした。
「俺もいいのか?」
「いいですよ。リオンのお友達ですし、タケシさんなら、私は大歓迎です。イアさんも、学部は違いますが、同じ学校ですよね? 来てくれませんか?」
「私は……」
「夕食をご一緒しましょう」
「そうですね、まあ、お友達ですものね」
イアの態度の変わりようが気になるが、ちょっと考えてみると、もしかして食費を浮かすために? という考えが浮かんだ。彼女は苦学生だ。お金に事欠いている彼女はもしかしたら、友情で腹を膨らまそうとしているのではないか。
「俺たちまで呼んで、人数は大丈夫なのか?」
「ご心配なく。何人かを誘ってますが、だいたい断られていますので」
「別の意味で大丈夫なの!? ソロヴィ、学校で孤立してるんじゃないか!?」
「な!? 変なこと言わないでください! 人はいつだって孤独です!」
「否定できない感じなの!?」
「できないのではありません、しないだけです」
とはいえリオンという友達がいるし、全く孤独ということでもないのだろうから、心配するほどではないのだろう。
「それでは、当日を待っていますので」
「私もそろそろ帰ります。シャワーを浴びて着替えて、早く眠りたいので」
女学生たちが去って行ったあと、俺とリオンも当初の目的であるイチゴ狩りに向かった。
その途中で捨てられていた新聞を拾って読んでみると、ソロヴィの言っていた不審死について記事が載っていた。
『相次ぐ不審死 新たな伝染病か』
このところ連日、明け方のバルア市街地で数人の遺体が発見されている。場所も違えば、年齢も性別も、種族も違う。共通しているのは、肉体が異常なほどに衰弱しきって死んでいたこと。そして、付近にイチゴが落ちていたこと。
…………イチゴ。
その記事についてリオンに告げると、彼女はあっけらかんとしていた。
「大丈夫でしょ」
「いや、でもこれ……」
「第一、イチゴに何かの毒性があったとしても、私たちには解毒剤があるじゃない。食べられるものは毒でも食べないと、体がもたないよ?」
イチゴはたくさん実っていたから、カゴにいっぱい持ち帰った。