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至高のアルケミスト  作者: いちのじ
第3話 真実はカクありき
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第3話4節 カクとマル

 カクの強奪に成功したタケシは、ある場所へ向かう。

「ああ! タケシ君。よかった、無事に辿り着けたのか」

「まあどうにか」


 俺たちを出迎えてくれたのは、クリストファー先生だった。

 ここはバルアとメイドガードの間の森の中。その奥地にそびえ立つ巨大な施設だった。苔むしている白い壁面、錆びているパイプライン、いかにも生きている感じのない建物だったが、中には僅かな灯りが存在する。それを頼りに廊下を進むと、ある場所に出る。

 そこは天井も高く、広く、この施設内で最も大きな設備が置かれている場所だ。たったひとつでも俺たちの住んでいる小屋よりも大きな、アパートの一件分くらいありそうな剥き出しのエンジンのような機械。それが二機並んでいる。どちらにも前面にガラスが張られ、その奥に白い部屋が据え付けられている。


「何度見ても大きな機械ッスね」

「何度見てもって、ラスタは何度か来てるのか?」

「先生のお手伝いで来たことがあったッス」


 この施設を探してもらうこと。それが俺の先生への頼みだった。


「ラスタの言うとおり、大きな機械ですね。リオンが直してるみたいですけど、なんですか、あれ」

「あれが何か、というのも大事だが、問題はここが何か、だ。いいか、ここはな――」


 俺は、装置を見据えて言った。



「原子力発電所」



 かつて宇宙に発った旧人類を支えたエネルギー供給装置。それと同じものがいま、目の前にある。カクはかつて人類の箱舟のエネルギーを賄ったとされるが、これも同じだ。カクを据えることで起動し、膨大なエネルギーを生み出すことができる。カクが生まれた経緯からすれば、むしろここに持ってくることの方が自然なのだ。

 そんな巨大な機械を前に、リオンは杖を翳し黙っている。その杖からは光が零れ、二機の間を繋ぐように渦巻いている。向かって右の機械は次第に破壊され、代わりに左の機械が再生しているのだ。


「待ってください。それじゃあ、もしかしてこの施設が丸ごとロステクということですか?」

「そういう言い方もできるな」

「それで、あれを直してどうするんですか?」

「カクをはめ込む。するとその後――」


 その時、風雲急を告げる声が響く。


「軍人さんたちが来たぜ!」


 キャットウォークから知らせてくれたのは、ジャックさんだった。

 思ったより早い。当初は転送装置を使うはずだったのに、結局は轍を残しながらここまで来たのだから、仕方ないか。


「少年、俺たちゃどうすりゃいい!?」

「応戦してください! ……先生、あとどれくらいですか?」

「リオン君の当初の見込みだと、あと三時間くらいだろうと思うが」

「三時間……ジャックさん、いけますか!?」

「いけねぇよ! どんな苦行だよ!」

「そこをなんとか!」

「しゃーねぇ!」


 奥に引っ込んでいくジャックさん。そのさらに奥にはニコラスさんもいる。軍人たちに追尾される可能性も一応は考えていたので、戦闘要員として彼らにも声をかけたのだ。

 そのすぐあと、引っ込んだと思ったジャックさんが戻って来た。


「イアちゃん、約束、忘れないでくれよ!?」

「わかってます。これが終わったらデートしてあげますから」

「よっしゃあ! 俺の雄姿、しかと見ておいてくれ!」


 そう言うと、彼は今度こそ引っ込んでいった。

 ジャックさんへの条件はイアとの一日デート権。

 ちなみにこの件でイアにはふたつの貸しを作ることになる。俺に協力することそのものと、ジャックさんとのデート。


「イア、ラスタ、それからシーマイナー。無理はしなくてもいいが、いけるか?」


 イアは箒を握って、俺に言った。


「私はカンテに負けています。だけど」


 その表情はとても、敗者のそれではなかった。


「まだ空中戦では負けてません」


 ある程度、気持ちの整理がついたのだろう。彼女の表情は決して暗くない。


「では! うちも微力ながらお手伝いさせてもらうッス!」


 ラスタはいつものように気合の入った声で言った。彼女はこれといった対価を要求してくることもなく、俺に協力してくれている。


「シーマイナー、君はいけるか?」

「舐めてもらっちゃ困るですよ」


 合図をしたら発電所内へ退くように伝え、俺はみんなを見送った。その後、建屋の屋上へ向かう。そしてそこから外の様子を見てみた。


「なんっ……だ?」


 そこには想像を絶する激戦があった。

 巨人。そう呼ぶのがふさわしいであろう、身長は三メートルほどの筋骨隆々とした大男がいた。その体は獣の肉付きや毛並みをしていた。


 亜人種だ。


 対するのは同じく亜人種のシーマイナーが前線、そしてジャックさんとラスタが後方からの支援を行うという陣形になっている。シーマイナーが持ち前の素早さで翻弄しつつ、後方からはジャックさんの銃撃。ラスタはバレーボール大の鉄球を、これまたバレーのサーブの要領で打ち出している。

 その大男は既に鉄の門を破り、発電所内に入り込んでいる。ただしそれ以上の進行は三人で食い止めている状況だ。

 シーマイナーは目にも止まらぬ速度で動くことができるが、大男はそれについていくことができるようだ。そいつの攻撃がシーマイナーに当たることも多いし、時には手や足などを掴まれ、投げられることさえある。それに対して大男の方は受けた攻撃にあまり大きな反応を示さない。


 この均衡状態は長く続かないかもしれない。


 その奥の方、ウィンストンさんと対峙するのはニコラスさんだ。亜人種同士の戦いを「動」とするならば、こちらは「静」だった。同じ場所に立つニコラスさんは、前進しようとするウィンストンさんが間合いに入るたびに攻撃を繰り出し、踏み出された一歩を退かせる。たった一本のナイフで、細く長い剣を捌き、体術も駆使して攻撃の隙を作りだす。ほんの一瞬の動き。小さな攻防戦が幾度も繰り広げられる。


 その上空に光がちらつく。

 高速で飛翔するのはふたりの魔法使い。黒い影は移動距離は少なめで、洪水的な魔法攻撃を出し続けている。それを機敏にかわして動くのは白い影。どうにか隙をついて攻撃を出すものの、躱されるか弾かれている。空中でもイアは苦戦しているようではあるが、地上戦よりかは余裕があるようでもある。もとより楽な戦いではない。

 俺にはその戦いに手を出せるほどの力はない。ただ、その時が来るのを祈りながら待つだけ。そう思っている時、後ろから声がかかった。


「もうじき修復が終わる! 降りてきてくれ!」

「もう!? わかりました!」


 やけに早い気がしたが、呼ばれるということはそういうことなのだろう。俺は腰に提げていた銃を上に向け、引き金を引く。パンッ、と乾いた音がして空中にピンク色の雲ができて、少しずつ散っていく。下を見ると、みんなの動きが変わった。攻撃をやめ、退却しようとしているのだ。


 俺も階下へ降りる。

 見れば片方の原子炉が元々の姿かたちと新品の輝きを取り戻している。その一方で、もう片方はスクラップと化している。


「それにしても君のアイデアには正直、驚いた。原子炉をどうやって修復するのかが最大の問題だったのに、まさかこんなやり方があるなんて」


 カクを奪い、原子炉を起動する。それがこの作戦の最期の到達点だった。そのためには原子炉を修復する必要があるのだが、そのための材料は多種類かつ大量。先生は無理だろうと言ったが、俺には考えがあった。

 原子炉はだいたい複数あるんだから、そこにある原子炉を使って直せばいい。


「最悪、シーマイナーと一緒にどこかの金属工場から盗んでくることも考えていましたけど、そうならなくてすみました」

「君は止まらないんだな」


 ロステク修復が終了する間際にある振動が始まった。モノが大きいからだろうか、まるで地震のような揺れが起こる。建物全体が揺れ、あちこちで異音がする。

 その揺れに足を取られながら、俺は原子炉に近づいていく。

 リオンが振り返り、俺を見る。


「リカバリ直し、完了! タケシ、いつものやっちゃって!」

「まかせろ」


 暴れ馬のような原子炉の前に立ち、俺は手刀を構える。

 思えばこの手刀が始まりだった。これがなければ俺はリオンに拾われることもなかったのだろう。特殊能力というにはあまりに頼りなく使い道の限定されたこの力。この力にこんな思いを託す日が来るなんて思わなかったが、今、俺の右手に力がこもる。

 俺たちを救ってくれ――。


「リーサルネイル!」


 原子炉に手刀を叩き込む。力を入れすぎただろうか、手が痛い。

 だが、これで後は俺の――。


「……あれ?」


 原子炉の振動が止まらない。


「もう一度、リーサルネイル!」


 やはり同じだ。場所を変えて手刀を叩き込んでも、振動が止まらない。それどころか振動は強くなる一方だ。


「なぜ……? なぜ!?」


 惑う時間も迷う時間も俺にはない。振り返ると、リオンがいた。そして俺に力を貸してくれた仲間たちが集まってきていた。原子炉はただでさえ巨大なロステクだ。もしもこのままこれが爆発したら、みんなの命はない。


「みんな、逃げてくれ。作戦は、失敗だ……ッ!」


 皆の顔に動揺の色が見える。


「タケシさん、それはどういう意味ですか? 失敗って」

「原子炉が直せない! リオンの修復は成功すればいいが、失敗すると爆発する……このままじゃみんなお陀仏だ! だから逃げてくれ!」


 誰も動き出さないから、俺は叫んだ。


「お前ら死にたくなけりゃ行け! 早く!」 


 出だしはバラバラだったが、やがて皆が駆け出していく。そして俺も駆け出していく。

 皆とは反対の方へ。

 原子炉の前に立ち、俺は手刀を打ち込む。力を込めて、何度も、何度も。やがて痛みに慣れて、麻痺していく。手に力も入らなくなる。


「止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!」


 このまま原子炉が爆発してしまえば、みんなが巻き込まれてしまうかもしれない。俺も早く逃げないと巻き込まれて死ぬかもしれない。そう思うと、打ち込む手刀のペースが鈍る。


「くそおおおお!」


 俺なんかのために、命懸けで協力してくれたみんな。その恩に俺は応えたい。俺に手を貸したせいでみんなが死ぬなんて、そんなことはあってはならない。たとえ俺が死んでしまったとしても。

 震える原子炉を見据える。そこに赤い色が見える。そして俺の右手も紅く染まっている。もう物を握ることもできないが。それでもどうにか天辺まで登ると、いよいよ内側から光が放たれ始めた。もう爆発する。俺は血の滴る右手を振り上げ、最後の足掻きというやつをやってみることにした。


「リーサルッ……ネイルゥゥゥゥ!」


 振り下ろした手は原子炉にぶつかる。手が完全にイカれた感覚がした。実際、血の奥に見える手の形は歪だった。


「……………………」


 いつの間にか閉じていた目を開く。


「止まった……?」


 原子炉は眠るようにおとなしくなっていた。体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「タケシ!」


 リオンの声がした。見下ろすと杖を持つリオンがいる。


「逃げてなかったのか。逃げろって言ったのに!?」

「タケシが失敗するなんて思ってないよ。誰も」

「誰も……?」


 顔を上げると、施設内のあちこちから俺を覗く顔。仲間たち。ニコラスさんとジャックさんのいる位置は、この後にいるはずだった位置取りだった。そこに本当は来る予定でなかった三人もいるし、逃げるはずだった先生までいる。

 俺が失敗したらみんな爆発に巻き込まれていたかもしれないのに。


「ほら、早く準備しないと。始めちゃうよ?」


 リオンの足元にはカクとその材料が置かれている。原子炉を動かすためにカクを据え付ける必要がある。算段だと次はこれを直すことになっていた。


「ほら、ひとまずこれ飲んで」


 差し出されたのはリオンのポーションだった。それを見ると、右手の痛みを思い出した。ビンの中の酷く不味い液体を飲むと、俺の手はみるみるうちに元通りになっていった。胸元の傷も同じように消えた。


「名誉の負傷さえ完全回復しちゃうなんて、複雑だな」

「傷を残したいなら飲まなきゃよかったのに」

「そうは言わないけど」


 カクの方の修復はとても素早く終わり、俺は慌ててリーサルネイルを繰り出した。


「なんか、修復速くなってない?」

「この杖にしてからだんだん早くできるようになったんだよ」

「そうだったのか」

「ま、私の実力ならこんなもんだね」

「今の話の感じだと杖の力っぽいけど」


 危うく俺の到着より早く修復が終わってしまったら、みんなお陀仏だったのか。


「ほら、早く装置を動かそうよ。敵さん来ちゃうよ」

「そうだな」


 俺は再び装置によじ登り、カクを差し込む。下に降りて起動スイッチを押すと、装置全体が一度ぶるりと震え、起動し始めた。それからは実に静かな音だ。ガラスの部屋の中が明るくなり、その中には先ほど差し込んだカクが落ちてきた。しかし床に落ちる前に宙へ浮き上がり、回転を始める。やがて回転速度が上がると、完全な球体に見えるようになった。その周囲にはエネルギーの輪が作られ、まるで天体のようにも見える。

 暖かい色をした、柔らかい光を放つ天体のように。


「スフィアリアクター」


 いつの間にか下に降りてきていた先生が、それが装置の名前だと、そう教えてくれた。なんだかしっくりくる名前だと思った。


「先生、それからリオンも。下がっててください。敵が来ます」

「そうさせてもらうよ」

「私はタケシと一緒にここにいる」


 俺が異を唱えるよりも早く、敵はやって来た。


「君は、自分たちが何をしたのかわかっているのかね」

「もちろん。わかっててやってますとも」

「それならこれから我々が下す処罰にも、文句はないな」


 後ろにいるカンテが杖を構える。その隣のキリアンは、俺の目の前で巨人へと変身した。入り口にいたあの大男と同じ姿だ。


「その前に、ひとつだけ聞いてもらえませんか。もう俺たちに戦う意思はありませんから、ひとつだけ」

「この期に及んでなんだ?」

「あなたたちの目的は知っています。国力が落ちていることを危惧している。だからこの『カク』が必要だった。抑止力として。違いますか?」

「そうだとしたらなんだ?」

「違う考え方もある、それだけの話です。もしもカクが戦う手段として使われれば、大地は焦土と化し、数えきれないほどの人間が死にます。だけど」


 俺は目で、装置を指した。


「それを無限のエネルギーとして使うことができれば、逆に多くの人間を助けられるかもしれない。このエネルギーを使って、何ができるか考えてみてください」


 その言葉に、彼は何を思っただろう。俺が想像していたのは、車が走り、鉄道が走り、飛行機が飛び、農業が発展し、工業が発展し、娯楽が発展する。そんな未来だ。人間は己の満足のためにエネルギーを必要とする。それを賄うだけの力が、このリアクターにはあると俺は思う。もちろん、それを殺しに転用することもできるだろう。だから使い方は責任をもって考えなければならない。その良し悪しは、結果としてみるしかないのだから。


「新しい事業でも起こせば、失業者を救えるかもしれない。医療や化学の研究に使えば、病や飢えで亡くなる人を大勢救えるかもしれない。もちろん武器を作ることもできるでしょう。強い武器があれば戦争を早く終わらせ、軍人が死ななくて済むかもしれない。それから鉄の鎧に武器をたくさん備えれば、無敵のヒーローを作ることもできるでしょう」

「……呆れたものだな」

「ダメですか」

「よくそんな空想がぽんぽん出てくるものだ」

「腕っぷしも強くない。頭もよくない。だけど頼れる仲間と縦横無尽な空想なら負けません」

「しかし私の要求を拒んだのは事実だ。うちのカクを勝手に他の用途に使ったのも同じく。ただで済ますわけにはいかないぞ」

「そうきますか……」


 彼の剣が引き抜かれると同時に、俺も身構える。キリアンとカンテも臨戦態勢に入った。

 緊迫の瞬間だった。それを破ったのはしかし、意外な存在だった。



「ちょっといいかな」



 その声はウィンストンさんらの後ろから聞こえた。足音が近づき、やがて乱入者の姿が見える。

 すらりと背が高く、スマートな男性だ。体に合わせ完璧に仕立てられたスーツ。あれはオーダーメイドだ。そして何よりもそのスーツに見合う気品と爽やかな顔立ち。誰にも物怖じしない存在感。

 あのイケメン、只者でない。

 その答えはウィンストンさんが教えてくれた。


「王子! ここは危険です。下がっていてください」

「だけど、彼らにはもう戦意はない。君も感じているだろう」

「ですが、伏兵がおります」


 みんなちゃんと隠れていたはずだが、ばれていたのか。


「万が一のこともあります。ですから下がっていてください」

「その時は君たちが守ってくれるだろう。それより僕は彼と話がしたい」

「王子……」


 ウィンストンさんが心底困ったような顔をした。彼、あんな顔もするのかと思った。


「そこの君」


 その声は俺に向けられたものだった。


「僕はエドウィン」

「俺は、ヤマダ=タケシです」

「さっきの話を後ろで聞かせてもらったんだけど、そこにある装置、それは本当に無限のエネルギーを得られるのかい?」

「正確には無限ではなくて、星ひとつ分のエネルギーですが」


 相手は王室なわけだが、もし失言でもしようものなら冗談抜きで首が飛ぶのだろうか。


「なるほど。ウィンストン、これが君の見つけた『方法』なのかな」

「違います。わたくしはカクを武力として備えておくことで、他国からの侵略を防ごうと思っております」

「だけど僕には彼の考え方の方が魅力的に思えるよ」

「ですが、それでは他国からの侵略に充分な備えができません」

「侵略という点からのみ見ればね。だけどこのエネルギーで技術が進歩したら、軍事力に置いても他国に水をあけることができるんじゃないかな」

「しかし……」

「父さんが心配しているのは軍事力だけじゃない。国民が安心して幸福に生きられる国を作ることも王の務めだ。そういう見方をすれば、このカクの使い方は充分に、国力を救うことになる」

「…………」

「……不満か」

「いえ……」

「僕と君の仲じゃないか。わかるよ。この任務に君を推したのは僕だ。正直に言うと僕も君と同じことを考えていたよ。強力な脅威と武力で国を守ることを。だけどね」


 これは、俺がここにいてもいい会話なのだろうか。


「それでも勝てないかもしれない。国民に土地を捨てさせ、どこかに逃げる選択をさせることになるかもしれない。その時のことも考えると、このエネルギーは魅力的だ。そうだろう?」

「それは……」

「僕の一存で決めてしまえることでもないから、ひとまず持ち帰るとする。……タケシくん」

「はい」

「君の提案はなかなか見どころがあるよ。父さんに話してみて決めることにするよ。カクを武器として使うか、それともエネルギー源として使うか」

「そう、ですか」


 そのまま立ち去ろうとするエドウィン王子を、俺は呼び止めた。


「エドウィン王子。相談があるんですが」

「なにかな?」

「俺たちと軍部は最初から協力してここにカクを運んだことにしませんか?」

「……それは我々にとってメリットがあるのか?」

「少なくとも、たった数人の民間人に後れをとった事実が消えます。それから、カクをリアクターとして利用するつもりなら、初めからこの選択肢があったことにする方が話がスムーズでしょう」

「…………」

「官民が協力して国の発展に努めた。国民がいなければ国ではないし、国がなければ国民ではない。立場は違えど手を取り合えば大きなことを成し得るという事例がひとつ増えるのです!」

「……ウィンストン。君はどう思う?」

「罪に問うべきでしょう」

「まあ、そうだな」

「そ、それなら! もしスフィアリアクターの案が採用されたら手柄と相殺してください!」

「そういうわけにも」

「どうか! どうか無罪で収めてくれませんか!? せめて俺に協力してくれた者たちだけでも! 彼らは、俺が無理くり頼んだから力を貸してくれただけなんです!」


 王子がため息をついた。


「まあ、罪に問うことができるのはできるが、何か己が為の悪事を企んだわけでもないし。厳重注意で済ますこともできるかもしれない」

「ありがとうございます!」

「いいかな、ウィンストン」

「王子の判断に任せます」

「だそうだ」

「ありがとうございます! そうして丸く収めてもらえれば、幸福の至りです! 『スフィア』リアクターだけに! 丸く!」

「……やっぱり有罪にしよう」

「えぇ!?」


 それが冗談だとわかったのは、王子が去ってしばらく後だった。心臓に悪いジョークだった。

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