第3話3節 とにかく先へ
膨大な力の向かう先を決めたタケシは、その日を迎える。
バルア市街地から続く石畳の上を進む彼らの姿が見えた。先頭に立つのはウィンストンさんが手綱を取る馬だ。その他に二頭の馬と、この間の車両が続く。さっそく軍の備品として使用されているらしい。
来たか。
腕時計に目を落とすと、午後二時。約束したとおりの時間だ。店の前の木箱に落としていた腰を上げる。それにつれて、同じように隣の木箱に座っていたイアも立ち上がった。
「タケシさん」
イアが俺の名を呼ぶ。何かと思うと、彼女は俺に近づいて、ネクタイを締め直してくれた。そういえば緊張するからと思って緩めていたのだった。
今の俺たちはいつものようなラフな格好ではない。俺の方はワイシャツにネクタイを締め、その上からラペルドベストを着ている。そしてイアの方は白シャツに黒いタイトスカート、黒のストッキングと、シンプルながらも知的でフォーマルな服装だ。
「こんにちは。お待ちしていました」
ウィンストンさんは今日も威厳のある軍服だ。そんな彼に続くのは、背中に大きな剣を背負った大男だった。軽装ながらも鎧を着ており、動くたびにカチャカチャと金属のぶつかる音がする。兜はかぶっておらずその表情が見えるのだが、不愛想で、堅物のようだ。車を先導していたのは、いかにも下っ端そうな男性だった。実際、真っ先に馬を下りて、ウィンストンさんや鎧男の馬の綱を柵に繋ぎにかかっている。
馬を下りたウィンストンさんは挨拶もなしに本題に入った。
「さっそく作業に入ってもらおうか。……錬金術師はどうした?」
「まだ準備に取り掛かっております。よければ中へどうぞ」
「準備はいつ終わるんだ。こちらは時間を伝えておいたはずだがな」
「すみません、すぐに終わります。ところで、カクとその材料は車の中ですか。中で作業しようと思うので、先に運んでおきます」
「それには及ばない。キリアン」
鎧の大男が短く返事をして車の方へと向かった。彼の名はキリアンというらしい。彼が車のハッチを開くと、その中からひとりの女性が降り立った。黒いケープをフードまでかぶっている、いかにも魔導師らしい雰囲気の女性だ。
「あ、もう着いたのー?」
「お前、寝ていたのか。仕事中だぞ」
「仕事中でも移動中でしょ?」
「移動中でも仕事中だ。まったく……ほら、中へ来い」
彼は風呂敷のような布に包まれたカクと、トランクケースを持って店の方に歩いてきた。だが女性はついてこない。
「中でなんか難しい話するんでしょ? あたしは外で待ってることにする」
店内についてこない意思を表明した彼女は、欠伸をしながら伸びをした。口調もだらっとしているが、動きも緩慢だ。どうやら普段からそんな調子らしく、誰もそれを咎めるでもない。彼女はハッチを開いたままのトランクスペースに腰かけた。ちらりと見やると、車内にいるのは運転手と魔導師のふたりだけのようだ。
「それでは、中にどうぞ」
中に入るのはウィンストンさんとキリアンさんのふたり。外に残るのは三人だ。
「いらっしゃいッス。こちらへどうぞ」
メイド服を着たラスタが出迎える。俺は人数分のお茶を出すように指示を出す。その際ちゃんと外にいる人数も伝えておく。
「そちらにかけてください」
あまり広くない客間だが、彼らふたりが腰かけると机も狭く感じる。お茶が入ると、俺は話を始めた。
「材料を確認させてもらってもいいですか」
「ああ」
机の上に広げられたトランクケースを開くと、中には綺麗にまとめられた延べ棒が入っていた。どれもレアメタルなので、この量を集めるのはひと苦労だったことだろう。
俺はケースを閉じた。ケースのすぐ横には、包まれたままのカクが置かれている。
「なるほどこれなら」
「準備にはあとどれくらいかかるんだ」
「ウィンストンさん。その前に相談があるのですが」
「なんだ」
「このカクを、俺に預けてくれませんか」
「どういう意味だ?」
「リオンは今、別の場所にいます。カクを修復するのに相応しい場所に。リオンならもっと平和で、人類のためになる使い方ができるはずなんです」
「ふん。場所を移すだけなら構わないが、カクは我々のものだ。勝手な判断をされては困る」
そこへ、ラスタが静かに戻って来た。三つのカップがなくなったトレーを棚に戻している。そしてラスタが退室するのを見届けて、俺は会話を続けた。
「俺はカクのことを知っています。だから、もっと、誰も傷つかない使い方を……」
「何度も言わせるな。カクは君たちのものではない。場所を変えるにしても、我々も同行させてもらう」
「そこをどうにか、預けてもらえませんか」
「今の話をした後で、どうして我々が首を縦に振ると思うんだ?」
「まあ、そうなりますよね」
「それでどうするんだ? 移動するなら我々も……む!?」
俺は交渉が決裂したとみると、サングラスをかけた。同時にイアがテーブル上に手を伸ばす。
「フラッシュライト!」
その握られた拳が開かれると、周囲は閃光に包まれた。ウィンストンさんもキリアンさんも、その眩しさに目を伏せる。だが戦士らしく、その攻撃に即座に反応し、キリアンさんは剣に手を伸ばしていた。
光がまだ宙に浮いている、その次の瞬間、店の窓を破って中に飛び込んでくる影が見えた。その影はカクとトランクケースを引っ掴むと、目にも留まらぬ速さで反対側の窓を破って部屋を出て行った。
「イア、行くぞ!」
俺たちも身を翻し、その後を追った。
窓から外へ出ると、ラスタが既に待っていた。そしてその横にはサングラスをかけた、白い髪の猫耳少女がいた。彼女は電話ボックスのような大きな箱の前にカクとトランクケースを置いて、俺を待っていた。
「助かったよ、シーマイナー」
「早く行くです」
サングラスを上着のポケットにしまいながら、彼女はそう言った。
俺はそのボックスのドアを開けた。これは懐かしのアイテム、転送装置だ。俺の世界の拡張パックの方は粉々になってしまったので修復できないのだが、こちらは爆風を受けただけだから修復できた。
これを使って俺はリオンのところに行く。そうすれば彼らに追いつかれることはない。その後、残された彼女たちには散り散りに逃げてもらう算段になっている。
「タケシさん、早く中へ!」
「後は作戦どおりに頼む!」
俺は荷物を抱える。カクの方もそうだが、トランクケースは中身が金属ばかりなのでとても重い。
――ベゴン。
そして中へ入ろうとした時、不穏な音がした。金属の機械を力づくで叩きつけるような。見れば、転送装置に何本もの剣が突き立てられて、装置からは煙が出ている。
「な……?」
何が起きた。突然のことに頭が追い付かないまま、事態は次の展開へと進む。
「それ持ってどこに行くつもりなのかしらー?」
背後から声がした。咄嗟に振り返ると、そこには車に残っていたはずの魔導師の女性がいた。
「睡眠薬入りのお茶なんて、お洒落なものを出すのね」
彼女の言うとおり、ラスタが外に配ったのは睡眠薬入りのお茶だ。トレーは空になっていたから間違いなく全員に配っていたはずなのだが。
「イア、装置はどうだ?」
「ダメです。動作が完全に止まってます」
「さて、どうする?」
魔導師はなんだか状況を楽しんでいるような気がする。だが俺は次の手を考えねばならない。
「どうします、タケシさん」
「選択肢はひとつだけある」
連中の車両を奪って逃げる。これが現実的だ。ちょうど車のところにいた魔導師が俺の目の前にいる。つまり車を離れている。彼女さえ出し抜けば車を奪える。
「カンテ。誰も逃がしてはいないだろうな」
「あたしが見た限りでは」
あの魔導師、名前はカンテというのか。それよりもキリアンとウィンストンさんが追いついてきた。状況は時間経過で悪くなる一方だ。
「ヤマダタケシ」
ウィンストンさんが俺の名を呼んだ。
「通常ならもっと時間をかけて交渉するところなのだがな。それに関しては多少強引な手段をとってでも取り返さねばならない」
「交渉? 俺は最初から話し合いで事を運ぼうとしてたぜ? 荒事は苦手なんでな」
「今、大人しくそれを返せば罪には問わない」
「返すさ。だがそれは今じゃないんだ」
「ならば仕方ない」
ウィンストンさんが腰に提げていた剣を抜いた。細身の剣、あれはレイピアと呼ぶのだろうか。それを俺に向けて真っすぐに構えた時、ふたつのことが起きた。
キリアンが剣を横なぎに振りかざし、シーマイナーがそれを防いだ。剣を持っているキリアンと違い、シーマイナーに武器はない。剣そのものには触れず、腕を蹴って攻撃を止めている。それと同時に、カンテの杖の先から火球が放たれ、それをイアが魔法のシールドで防いだ。
俺の正面、ウィンストンさんは依然として剣を手に立っている。俺の方に向かってくることもなく、却ってそれが不気味だ。
その時、俺の足元にシーマイナーが転がって来た。
「だ、大丈夫か!?」
彼女は何も答えず、口元の血を拭って再び飛び出していった。その戦いの機微は俺に判断のつくものではなかった。すばしっこいシーマイナーがキリアンを翻弄しているように見えて、振り回される巨大な剣の隙をついて打ち出したはずの攻撃が悉く躱されてもいる。
敵の巨体そのものを死角にして使う超近接戦闘。ただしそれは、敵の振り回す腕、足、剣、それらすべての間合いに居続けるリスキーさと隣り合わせだ。一歩踏み外せば重量のある攻撃を超至近距離から受けることになる。
それを有利と見るべきなのか、不利と見るべきなのか、俺は知らなかった。
「タケシさん、行くなら早くするッス! タケシさんが行かないと、みんな下がらないッス!」
「迷ってる時間はないか……!」
トランクケースとカクを両の手に持ち、走り出した。トランクケースを持った右の手の先では、イアがカンテと戦っている。滝のように注がれるカンテの魔法攻撃に、イアは押されている。相手を倒すつもりはなく、あくまで時間を稼ぐために防戦に徹している、ということでもなさそうだ。その表情に余裕が感じられない。
その反対側、シーマイナーの方は依然として超近接戦闘を続けている。もともと無表情な彼女の思うところを見ることはできないが、小さな攻撃を度々受けているところを見ると、彼女の方も余裕はないのだろう。
俺はそして正面へ。黙って立っているだけのウィンストンさんに向かい、回転を加えてトランクケースを振りかぶる。
「どいてくれえええ!」
誰が傷つくことも俺は望まない。願わくば振りかざした鈍器が空振りに終わってくれればいいと思う。だけども彼が俺のことをただ見逃がしてくれるとも思えない。
「うっ……ぐぁ」
しかし傷ついたのは俺だった。
あまりに自然に、あまりに流麗に、あまりに鮮烈に剣は俺の肩を割いた。彼が動いたと思った。そして俺が斬られたと思った瞬間に血が流れ、傷みが脳に伝った。
「カクは返してもらおう」
切っ先を突き付けられ、俺は後ずさった。絶対に渡してなるものか。やがて後ろへ進む速度がじれったくなり、俺は身を翻し、走り出す。
「タケシさん!」
後方にいたラスタが俺に向かって駆けてくる。
「ラス……っ!」
彼女の突き出した掌底が俺の胸元に叩きつけられた。声も出なかった。足が宙に浮く。突き飛ばされ、俺の背中が何かにぶつかり、止まる。どうやら車に激突したようだ。胸元に何か痞える感じがした。吐き出してみるとそれは血だった。
チラつく視界を上げてみる。
「…………え?」
俺を突き飛ばした姿勢のまま、ラスタが制止している。そのすぐ前にウィンストンさんがいて、剣を前に突き出している……。その剣を引き横に薙ぐと、ラスタが膝をつく。白いエプロンドレスの胸元がじわりじわりと赤く染まっていく。
「ぁ……あぁ……」
やがて地に伏したラスタの姿を見たころから、呼吸が浅くなり、心拍と裏腹に血の気が引いていく。まるで心臓が空転しているかのようだった。ゆっくりと振り返るウィンストンさんと目が合った。その手に握られた銀の剣と同じ色の目をしていた。
「う、うああああ!」
手を滑らせながらも車に乗り込んだ俺は、エンジンをかけ、シフトをドライブに入れる。
『こんにちは! ロロAIでーす!』
俺はそのアナウンスを無視して、アクセルを踏み込む。
『あ、ちょっと! 私が挨拶してるのに無視しないでくださいよ。もー』
俺は車を、ウィンストンさんめがけて走らせる。彼は避けようともせず、剣を構えた。その剣が振るわれる瞬間、ハンドルを切り、切っ先を避ける。完全には避けきれず、ミラーが斬られた。
『いま、ミラーが壊れましたけど!? 私、高性能AIだからそういうのわかるんですよ!? 接触しましたよね!?』
急ブレーキを踏むと、車体は数回スピンして止まった。
俺はラスタの方には向かわず、シーマイナーに目を向ける。ほんの今までシーマイナーが翻弄していたはずが、今度はキリアンが次々と繰り出す剣戟をひたすら躱すだけの戦いへと変化していた。今までのキリアンの防戦は、まるで、シーマイナーの動きを読むための時間だったのかと思うほどに、彼の攻撃は激しく、素早く、苛烈を極めていた。シーマイナーは最小の動きでそれらを躱してはいるが、防戦の傾向であることに違いはない。
その奥の方、イアの戦場はもっと悪く、防御魔法では間に合わず、イア自身が地面を転がって回避をし続けている。その合間に防御魔法を出すも、すぐに砕かれる。初めよりカンテの魔法の威力が上がっている気がする。
その時、車体が大きく揺れた。
「ヤマダタケシ。これ以上は看過できないぞ?」
ボンネットの上にウィンストンさんが乗っかり、俺に剣先の狙いを定めている。突きを繰り出す姿勢だ。
「死ね」
「シーマイナァァァァァァァ!」
俺は声の限り叫んだ。次の瞬間、目の前にはシーマイナーがいた。飛び蹴りを終えた姿勢だった。
「呼んだですか」
「ラスタを!」
「やれやれですよ」
彼女はラスタを抱えて、中へ乗り込んできた。
「次はイアだ! シーマイナー、後ろのハッチを開けてくれ!」
「どう開けるですか?」
「ロロ! ハッチを!」
『はーい』
ロロの呑気な返事の後、ハッチが開いた。
「イアあああああ! 乗り込めえええええ!」
車は全力のバックを続ける。イアに激突する勢いで。再び体を乗り出して後ろを見ると、カンテの攻撃が俺たちの方に向いていた。空に掲げた杖の周辺に、何本もの剣が浮遊し、それが、カンテの合図とともに車の方へ射出された。
「うおおおマジかよ!?」
それを躱そうかと思ったが、ハンドルを切る間に、シーマイナーが宙へと飛び出した。そして飛んでくる剣を残らず蹴り落とす。宙に浮いたまま、剣の腹を正確に狙う繊細な荒業。
「まったく、やれやれですよ」
人間離れしたことをやってのけた彼女は、ストンと車に戻ってきた。
「イア、飛んでくれ!」
ぶつかる直前、イアはその場でぴょんと飛んだ。当然だが、すごい勢いで車のラゲッジスペースに突っ込んできた。
「大丈夫か!?」
「あいったぁー……」
声の調子から察するに、どうやらそれによる怪我はないようだ。
「ロロ! ハッチを閉めろ!」
『はいはーい』
ハッチが閉まると、急ブレーキをかけ、今度は前に進む。カンテやキリアンは迂回して躱す。いくら連中が超人じみていても、自動車の加速に追いつけることはないようだ。
このまま走っていけば、とりあえず逃げ切れるはずだ。
「イア、ラスタを助けてやってくれ!」
「はい! ……すー、はー」
呼吸を整えたイアが杖を構えると、淡い光が灯ったのがルームミラー越しに見えた。
これで大丈夫だろうか。そう思うのと同時に、イアの服装が気になった。真っ白だったブラウスは酷く汚れているし、スカートも焼けたのかなんなのか短くなっているようだ。彼女自身の肌にも小さな傷がたくさん見えている。かなりの激戦だったのだろう。
魔法を物珍しそうに見ているシーマイナーの方は、そこまでひどい傷は負っていない。服にスリッドが入り、そこが赤く滲んではいるが、それも数えるほどだ。彼女自身も平然としている。
「治癒は終わりました。すぐにでも目を――」
「うわあああ! あ? うあ? あれ、うち、確か剣で刺されて……あれ?」
覚ますはず、と、そう言おうとしたのだろう。
「ラスタ、調子はどう? 一応、私の回復魔法で治したつもりだけど、他にどこか痛むところとかはない?」
「全然ないッス! むしろ絶好調ッス!」
「よかった」
ほっとした様子のイアに、ラスタは言葉を重ねる。
「本当に、イアさんの魔法は素敵ッス! 憧れるッス!」
「そんな、私なんて、全然……」
「うちの魔法なんて、全然可愛くないッス。もっと、それを見ただけでも誰かに希望を与えられるような、そんな魔法が使えたらッて思ってるッスよ」
そういえばあの時のは、魔法なのだろうか。
「ラスタの魔法って、あのパンチ力のことか?」
「恥ずかしいから思い出さないでほしいッス……はい。うちの魔法は、肉体を強化することができる魔法です。体に負担がかかるから、一瞬ずつしか使えないッスけどね」
「あれはなかなか強烈だったぞ」
「言わないでほしいッス!」
耳を塞いで苦悶したかと思えば、今度は目を煌めかせてイアに詰め寄っている。
「イアさんの魔法は、本当にすごいッス! 戦えて、人も助けられて、キラキラしてて可愛くて……本当に、本当に……」
「そんなことないよ……だって私は勝てなかった」
その言葉にラスタが押し黙った。
「シーマイナーはどうにか勝つか、そうでなくとも逃げられたかもしれない。だけど私は、あのカンテという人に全く及ばなかった……魔法の精度、威力、バリュエーション……どれをとっても負けていた」
「勝ってるとか負けてるとか、そんなことに意味はないと思うッス。イアさんの魔法はとっても素敵で、誰かを助けることができて、人々に希望を与える……そんな、うちが思い描く魔法使いの姿そのものなんです」
「でも! 勝てなきゃ意味がない!」
悔しがるイアだが、それは筋違いに俺は思う。そんな戦場に彼女を放り込んでしまったのは、俺のミスだ。仲間の持っている力や適性を見誤ったのだ。
「イア、違う。俺が甘かったんだ。相手は国を守る軍人、そう容易く出し抜けるなんて思い上がった。シーマイナーとラスタもだ。みんなすまない。危険な目に遭わせて」
「いえ、タケシさんは間違ってません。悪いのは勝てなかった私で――」
なおも後悔の言葉を口にするイア。
「イアさん……そんなこと言わないで欲しいッス。うちは、イアさんみたいな魔法使いに憧れてるッス。杖を振れば魔獣を追い払ったり、怪我した人を治したりできる。他にも重いものを動かしたり、空を飛んだりもできる。しかも魔法を使う時に、魔力の粒がキラキラ輝いて、まさにうちの思うヒーローの姿そのものッス」
「ヒーローだなんて……」
「誰も彼もがイアさんみたいにはできるわけじゃないッス。だから憧れてて、だから……そんな悲しいこと言わないで欲しいッス」
ラスタの言葉に、イアも少し落ち着いたようだ。が、心が平穏を取り戻すには足りなかったようだ。
「そんなことは私には関係ない。憧れるのもヒーローと呼ぶのも勝手だけど、私の限界を勝手に決めるのはやめて」
「う、うちは、そんなつもりじゃ……」
「イア」
その会話をこれ以上は聞いていられなかった。
「そこいらの魔法使いよりも優秀で、だけどカンテには敵わない。それが今のイアの立ち位置だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「…………」
「イアが自分自身にどれだけの期待をしているのかは知らないが、俺がイアに、みんなに期待してることはたったひとつなんだ」
むすっとしているイアに、それでも俺は続ける。
「俺ひとりじゃ太刀打ちできない脅威を退ける力を、みんなが貸してくれること。……もちろん普段はいい友達でいてくれればいい。だけど俺がみんなに声をかけて『助けてくれ』と言ったのは、みんながほんの少しずつでも力を貸してくれて、それを集めて悲劇を回避したいがためだ。だから」
目も合わせずに語る俺の言葉が、彼女に伝わっているといいが。
「だから気負いすぎないで欲しい。頼んでる俺が言うのも変なんだけど。危なかったら逃げてほしいし、勝てないなら真っ向勝負なんて捨てる方向で考えていい」
それが俺の本心で、なおかつ作戦だった。
「それが俺の方針だ。今はそれに従ってくれるか、イア」
後悔ならすべて終わってからしてくれればいい。実力不足を感じるなら自分の中で解決法を見出してくれればいい。それをここで出されては困るのだ。なぜならまだこの戦いは終わってなどいないのだから。
俺たちは一路、リオンの元へ向かう。