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至高のアルケミスト  作者: いちのじ
第3話 真実はカクありき
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第3話1節 真実はカクありき

 ようやくこのバルアにも春が訪れた。雪は解け、新たな命が芽吹き始めていた。


「見て、タケシ。お花だよ」

「本当だ。食べられないから咲かなくていいのにな」

「そんなこと言わないの。素材としては便利なんだから」


 俺はまたアイテムショップを始めた。今回は地道に行こうという方針として。そして最近始めたのが出張販売だ。クエストの多く出ている地域に出向いていき、アイテムを山小屋価格で売る。素材の採取もついでに行うことができるのでとても効率がいい。

 そしてロステクも当然に取り扱うが、こちらはあまり大きな利益は出ない。俺たちで直したものを店頭に置いたり、それから修復の依頼を請け負ったりはするものの滅多にその依頼はない。


「まだ時間は大丈夫?」

「ああ。充分間に合うだろう」


 滅多にない、とはいったがゼロではない。実は今日、持ち込みでのロステクの修復の依頼が入っている。うまくいけば太い顧客になるかもしれない、そんな相手から。


「まさか『国』から依頼があるなんて……私も来るとこまで来たかな、みたいな?」

「そう思うのは自由だけど、あくまで腰は低くな。相手は国だから、きっと偉そうに違いない。気に入られるように、低姿勢で臨むぞ」

「へぇへぇ。それはどうもありがとうごぜぇやす。ぺこぺこ。……こんな感じ?」

「悪くない」


 家に到着すると、まだ時間があった。身なりを整えて店頭に出ようとすると、リオンが俺を呼び止める。


「ねえ、タケシ。ありがとね」

「なにがだ?」

「いろいろだよ。私、きっとタケシに出会えなかったら、錬金術の世界に足を踏み入れたことを、どこかで後悔していたと思う」


 雑草を食べ、冬は枝をしゃぶる生活を強いられる段階でも後悔していないくらいなのだから、もうどう転んでも後悔なんてしないような気もするが。


「タケシと出会って人生が変わったって言っても過言じゃないよ。タケシが現れてから、それまでの私じゃ考えられないようなことをいろいろ経験できた。それに、今もそう。まさか国から私の錬金術を必要とされるなんて、夢にも思わなかった」


 彼女は照れくさそうに、だけど確かに言った。


「だから、ありがとう。タケシ。私はね、タケシがいてくれてよかった」


 そして俺もまた、照れくさかったけど言っておいた。


「俺も。この世界で最初に出会ったのがリオンでよかったよ」


 そんなむずがゆいやりとりをしていると、外の方から荷車の通る音がした。俺とリオンは顔を見合わせると、音のした方へと出ていった。


「これはこれは、ウィンストンさん。こんにちは」


 荷車を運ぶ馬たちの手綱を握っていたのは、重々しい軍服に身を包んだ男性だった。名前は前回会った時に「ウィンストン=チルチャー」と名乗っていた。黒を基調に、白いボタンとベルト。帽子には赤の帯がかけられている。シミもシワもないその制服の左胸のところには、彼の階級を表すバッジが輝いていた。


「出迎えご苦労。言っていたとおり、ロステクと材料を持ってきた」


 高い位置からの物言いだった。銀縁の眼鏡の奥の双眸は鋭い。そんな彼の後ろにある荷車には「車」が乗っていた。いわゆるSUVと呼ばれるタイプだ。その後ろには材料が積まれた荷車も追従している。


「それでは直してもらおうか」

「承知しました。リオン、やるぞ」

「リカバリ直し!」

「……今だ! リーサルネイル!」


 もはや俺たちにとっては何のこともない。塗装が剥げ錆が出ていた車のボディは新品と同様に修復された。ウィンストンさんをちらと見やると、その表情に大きな変化は見えなかった。


「どうですか?」

「機能の方はどうだ?」

「走らせてみましょう」


 乗り込んでみると、俺の知っている車と違いはなさそうだ。右手で押せる位置にスタートスイッチがある。それを押すとハンドルの奥にメーター類が表示された。それをしばらく観察していると、車が俺に話しかけてきた。


『こんにちは、今日も気を付けて運転してくださいね』

「うん? 誰?」

『私はこの車に搭載されたAIです。名前はロロAI。ロロと呼んでください』


 元気そうな女の子の声だった。


「ロロか、よろしく。ところでこれ今、エンジンかかってる?」

『エンジン? ……ぷぷー! あなたはバカですね! これはミーティアリアクターを動力に動く最先端自動車なので、エンジンなんて野暮なものありません』


 なんなんだこのAIは。人を馬鹿にしてくるのだが。


「この車ってどうやって動かしたらいいんだ?」

『そんなことも知らないでシートに座ったんですか? そんなおバカさんは徒歩で教習所に行くことをお勧めします』

「し、ししし、知ってっし! そのくらい余裕で知ってっし!」

『ふーん? まあいいですけど。まずはブレーキを踏んで、シフトをDに……』


 性格的には生意気でムカつくAIだが、彼女の指示に従ったところ無事に車を動かすことができた。右に左にと回してみて、最後に停車。車に乗るのは初めてだったが、意外にも簡単なものだ。


「これが俺たちの仕事です、ウィンストンさん。ご満足いただけましたか」

「実力は確かなようだな」

「それで、報酬の方ですが」


 彼は目配せで部下に報酬を払わせた。俺はその金額を確かめる。約束したとおりの金額。


「またのご利用、お待ちしております」

「それで、次の依頼なんだが」


 俺が仕事が終わった時の定型文を詠んでいると、彼から早くもまたのご利用の申し入れがあった。彼の部下が白い箱を持ってきた。五〇センチ四方くらいの真っ白い箱。


「なんなんですか、これは」

「それを君たちが知る必要はない。で、直せるのか?」


 その言い方にイラっときたが、それは腹に収めておく。リオンに直せるかを見てもらうと、材料があれば直せるとのことだった。


「それなら必要な材料をメモしてくれ」


 リオンのメモを待つ間の沈黙が、俺に口を開かせた。


「そのロステクは一体何に使うんですか?」

「君がそれを知る必要はないと思うが?」

「修復に危険が伴うようなら、それは知るべき理由になると思いますけど」


 たっぷり一〇秒は間を開けただろうか。彼はそして、口を開いた。


「今、この国は静かに危機に瀕している」

「はい?」

「ここ数年で国力が低下している。国内にも不安の種はあるが、他国から攻め込まれる危険がある。大陸には戦争をしたがっている国もあることだしな」


 その国がどこのことなのか俺は知らない。そのあたりまで話したところでリオンのメモが到着したので、詳しい事情は聞けず仕舞いでこの話は中断した。俺もこれ以上、国政のことについて詮索するつもりはない。


「ふん。高価な材料ばかりだな」


 材料は向こうが用意することになっている。なぜなら俺たちに集められる材料には限界があるからだ。

 かくして、ただなんとなしに彼らを見送ろうと突っ立っていた時だ。彼の部下が箱を運び出そうとするとき、今まで見えていなかった一面が見えた。


「………………ん!?」


 白い箱のある一面に黄色地の四角形のシールが貼られていた。黒い丸を中心として、三つの「葉」が広がっている。その記号を、俺は見たことがあった。

 ウィンストンさんは馬に乗った後、俺を振り返り言った。


「よろしく頼む。その『カク』は戯言でなく、この国を救える」


 俺とリオンはそして、彼の背を見送った。


「タケシ、聞いた? あのロステクって国を救えるんだって! これはもう、私が、私の錬金術が国を救うと言っても過言じゃないんじゃないかな!?」

「…………」

「長かったなー。ようやく私の錬金術が日の目を見る時だよ。ふへ、ふへへ」

「リオン。俺、ちょっと出かけてくる」


 楽しそうなリオンの隣で、俺の心はざわついていた。




 俺はとある建物の前で立ち止まっていた。

 ここはバルア魔法学院の敷地内だ。学内には古めかしくも立派な建物が並んでいるほか、公園のようなスペースに噴水なども設置されている。そしてその一角にある、とある研究室の前に俺は立っていた。ドアのプレートには「クリストファー=バークリー」と書かれている。

 彼は、考古学者だ。

 俺はウィンストンさんが持ってきたロステクの正体を知りたくてここにやってきた。それでもドアの前であと一歩が踏み出せないでいるのは、リスクが測り切れていないからだった。

 一年くらい前、リオンは考古学者によって重傷を負った。リオンは彼らにとって敵であり、害悪であるらしい。もし俺がリオンの仲間であると知れれば俺も攻撃されるかもしれない。

 対して得られる利益はといえば、それがどんなに不都合なものであるかもわからないし、もしかしたら得ることすらもできないかもしれない「真実」だ。リスクに釣り合っているとは到底思えない。

 何が危険で、何が安全か。不確かなことが多すぎて俺は迷っていた。それでも意を決してドアをノックする。


「どうぞ」


 間を開けずに中から声がした。男性の声だった。「失礼します」と言って、そのドアを開いた。

 まず目に入ったのは、背の高い本棚だった。天井まで届こうかという本棚には、びっしりと厚い本が詰め込まれている。そこから回り込むと、室内が執務室らしくなった。客間らしく背の低いテーブルとソファが置かれていて、その奥には一人用のデスクがあり、そこに一人の男性が座っている。他に人影はないから、先の声の主だろう。


「おや、見ない顔だね。講義をとっている子だったろうか?」


 年齢は三十半ばくらいだろうか。清潔感のある紳士的な男性だ。眼鏡の奥の瞳は優しげだ。


「いえ。授業どころか、この学校の学生ですらありません」

「なんと」

「ですがどうしても知りたいことがあって来たんです。とあるロステクのことで」


 彼の瞳が細まる。


「ふむ。歴史に興味を持ってくれるのは大歓迎だ。入り給え」


 彼はソファに置かれていた書類や本をどけて、そこに座るように促した。


「いきなり来てしまってすみません。俺はヤマダ=タケシ。街外れのアイテムショップで、商売人をやってます。……リオンと一緒に」

「そうか。察するに、ロステクのことというのは、彼女の修復の錬金術の関係かい?」

「? …………ええ」

「なんだ、どうしたんだい? 妙なものを見たような顔をして」

「てっきりリオンの名前を出したら警戒されると思っていたので」

「どうしてだい?」


 俺は忘れもしないマシケー炭鉱跡でのことを話した。なるだけ、客観的に。その話を聞いた彼の表情は暗い。そして重々しく口を開いて、彼は言った。


「それは、すまないことをした」


 彼は頭を下げた。


「同じ考古学者として、私は恥ずかしい」

「待ってください。俺はてっきり、そもそも考古学者たちからリオンは、俺たちは嫌われているものとばかり」

「彼女の技術があれば、古代の遺物が失われた機能を取り戻せるかもしれないのだろう? 価値のあることだ。尤も、手当たり次第に遺跡を壊されたり、ロストテクノロジーを持ち去られるのが困るのは事実だが」

「それじゃあ、リオンを攻撃したのは……」

「一部には遺跡や出土品を守るためなら、他人に危害を加えてもいいと思っている者がいるんだ。どこの世界にも極端な思想の持ち主がいるように……というと言い訳になるのかもしれないが」


 却って戸惑ってしまった。リオンの仲間なら出て行けと言われるかもしれないと身構えていたのに、実際には過去のことを謝罪されてしまった。まったくの不意打ちだった。


「もう謝らなくていいですよ。俺たちだって遺跡を破壊したりとかしてるし、ここはお互い様ということで」


 言葉の印象だけでいえば、俺が譲歩して話を和解へ導こうとしている聞こえになるだろう。その実はしかし、彼が人格的に優れていることに付け込んでいるだけだ。


「先生は悪くないですから。それより俺は訊きたいことがあってここに来たわけで、それさえ果たせればいいですよ」

「そういえば、その訊きたいことというのはどういったことなんだい?」

「これです」


 俺はここに来る前に描いておいた絵を差し出した。白い箱に、あの三つ葉のマーク。


「これがなんであるか、わかりますか。バークリーさん」

「…………君はこれを、見たのかい?」

「はい。しかも見ただけではなく、それの修復の依頼を引き受けています」

「差し支えなければ、その依頼主が誰か訊いても?」

「この国、セブンス王国から。正確には、国防軍の幹部からです。……このことは内密に」


 彼はそう言って押し黙り、眉間を抓んだ。


「おーい、お茶を貰えるかい。お客さんも来てる」


 座ったまま後ろを振り返り、部屋の奥の方にそう言ってみせた。俺はてっきりこの部屋は今いる空間だけだと思ったが、奥の方から別の部屋に通じているらしい。

 部屋の奥の方から、女の子の声がした。


「お茶を頼むなら、お客さんの人数も一緒に教えてほしいッス! ……あれ?」

「うん?」


 奥の方から顔を出したのは、見知った人物だった。クリーム色のふわふわした髪の毛の美少女。その少女はかつての俺のメイド、ラースタチュカだった。


「タケシさんじゃないッスか! どうしてこんなところに?」

「ちょっと用事があってな。それよりラスタはどうしてここに?」

「あれから別のお仕事を探したッス。いやー、大変だったッスよ。月末にクビを言い渡されるもんだから、家賃は払えないし、食費も底を尽くし。お金を作るにも、日払いのお仕事はなかなか大変で……空腹の体には堪えたッス」

「そ、それは……苦労かけたな」

「別に気にしなくてもいいッスよ。結果的に死にはしなかったッスから」


 それはいくら何でも暢気すぎる気がするが。今度、お詫びに美味しいものでもご馳走してあげようか。


「タケシさんもちゃんと生きてたッスね。てっきり冬を越せずに凍死してると思ってたッス。今、お茶淹れますね」


 視線を先生の方に戻すと、彼は「知り合いかい?」と、状況的に当然のことを訊いてきた。


「まあ、昔ちょっと」


 俺が社長業をやっていたことは言わないでおいた。特に理由はないが、強いて言うなら必要のない情報だったからだ。


「それで、この白い箱はどういったロステクなんですか?」

「その前に、君にはある程度の学があるようだが、古代文明が崩壊した経緯は知っているかね?」

「いえ……」

「そうか。それなら、お茶を飲みながら話そうじゃないか」


 ラスタのお茶が届くと、彼は口を付けた。俺も同じように口にしてみたが、以前と同じく、ラスタはお茶の淹れ方が上手だ。


「さて、どこから話そうか。そうだな。まず、五〇〇年ほど前のことになるが――」


まるで自分の昔話でもするように、彼は話を始めた。




 今から五〇〇年以上も前のことだ。人類は繁栄を極めていた。おそらく人類史上最も豊かだった時代といえるだろう。当時の人類は今では考えもつかないような超高等技術を駆使し、平均寿命は九〇歳を超えるような豊かな文明を営んでいた。

 ただその詳細は分からない。彼らが独自の技術による記録媒体を保有していたことは分かっているが、その媒体から情報を読み取る技術は現代にはないからだ。ともあれ、遺骨や地層などから当時の生活事情を推測するに、そうであるということだ。他にも現代より気候変動が激しかったり、地震や津波などの自然災害が多かったらしいこともわかっている。


 そこに変化が現れたのがおよそ五〇〇年前だ。先に述べたように元から自然災害が多かった時代だが、ある時、当時の人間たちにとって未曽有の現象に見舞われる。現代でも観測されるのだが、大量の魔力を含んだ太陽フレアの発生により、地表に多くの魔力が降り注ぐ「魔力の渦」と呼ばれる現象だ。現代では地上の魔力が補給される「恵み」でも、当時の人間たちにとっては「災い」だった。魔法を知らず、魔力への耐性もない彼らが大量の魔力を浴びれば、体の具合を崩し、最悪の場合、死に至る。

 悪いことにその時代には、魔力の渦が続いた。当時は魔力を吸収する機能を持った動植物はおらず、魔力はそのまま植物を殺し、動物を殺し、そして人を殺した。ほんの数十年の間に、地球の人口は半分に、人の住める土地は一割程度にまで減少した。そうして人類は決断を迫られた。


「地球を捨て、宇宙へ」


 人類は当時の最高技術を使い、箱舟「ギャラクシーアーク」を作った。そしてそこに小国ひとつ分の人類を乗せて、宇宙へと発った。ここで「彼ら」の歴史は一度途絶える。宇宙へと発った彼らがどのように生活をしていたのか、それを知るすべは現代にない。

 彼らが再び地球へ戻ったのは、今から一五〇年前になる。そこできっと彼らは、目の前の光景に目を疑ったことだろう。そこに言い伝えられたディストピアはなく、自然豊かな地球の原風景が広がっていた。浄化された大地や海が、空気がそこにあった。そして、魔法を使う者たちがいた。

 それが人類史上初めての、宇宙から舞い戻った「旧人類」と、地球で魔力に適合した「新人類」との邂逅だった。

 旧人類は地上に住処を求めた。しかし地表は既に新人類が住んでおり、旧人類を受け入れるだけの土地などなかった。はじめは平和的に、両者のトップにより移住について話し合いが行われた。そこでは互いに譲歩する姿勢を見せていたものの、両者の背後にいる者たちの間に不満が広がり、それが軋轢を生み、やがて衝突へと発展する事態となる。

 旧人類には科学力が、新人類には魔法があった。地形を変えるほどの激戦が各地で繰り広げられた。決着がつかないまま戦争は長く続き、それが旧人類に三度目の核を落とさせる。そしてそれを知っていた新人類はそこに禁忌とされている暗黒魔法をぶつけた。

 それから数十年、地球は暗黒に包まれた。核の影響で劣悪化した魔力を含んだ雲が覆い、動植物の住める環境は失われた。文明は崩壊した。地表で生き残っている生命力の強い新種の魔物の妨害を受けながら、魔法力と科学力を駆使して汚染除去に努めた。

 人類はそこから、また新たな文明を作ったのだった。




「――というのが、今の新人類と旧人類の歴史だ」

「…………」


 想像を超えた話に、俺の思考はそれを飲み込むことで精いっぱいだった。


「新人類と、旧人類……? 聞いたこともありませんでした」

「それはそれで不思議だが。まあ確かに、日常生活であまり意識することはないし、あえて口にすることもないかもしれない」

「それに見た目も全く違わないんですね」


 そのルーツを考えれば当然である。もともとは同じ人類、同じ種族だったのだから。それなのに、その両者は互いを殺し合った……。


「外見的な特徴に全く差異がないわけではないがね。例えば新人類の方が瞳や体毛の色が豊富ではある。尤も、旧人類の中にも鮮やかな髪の色をした者はいるが」

「そういえば、そうですね」


 リオンは水色。イアは桜色。髪の色が俺の知る人類とするとカラフルだ。シーマイナーなんて白い髪どころか猫耳すら。


「それなら、亜人種とはなんですか? 知り合いに猫耳の生えた女の子がいるんですけど」

「亜人種も新人類のひとつの形さ。特殊に思えるかもしれないが、要するに新人類とは、体の遺伝子を魔力に適合させ、それを感じたり操ったりできるようになった者たちだ。その結果、体の内側、あるいは外側が変化したと考えられている」

「なるほど」

「あとは、新人類は旧人類と比べて性格が楽観的で、牧歌的で、過去に執着しない傾向があるようだ。これも個人差があるから、絶対的なものではなく、あくまで傾向の話だけどね」


 これにも思い当たる節がある。たって今だって、ラスタは俺のせいで苦労したと言いながら、もうそのことなどまるで遠く昔のことかのように許している。


「もしかしてラスタも新人類なの?」


 ちょうどお茶のお代わりを持ってきてくれたラスタにそう言ってみると、彼女からは「なぜわかったッスか!?」という返事が返って来た。

「こうして考えると俺の周りって新人類ばかりですね。もしかして今って、新人類の方が多いんですか?」

「いや、純粋な数は同じくらいだよ。ただ地域によってその割合が違っているだけさ。このセブンス王国だと、まあ、九割弱は新人類といったところだろう」


 そりゃ新人類とばかり会うわけだ。


「この世界のことが少しわかりました。それで、その人類史がロステクとどういう関係があるんですか?」

「今の話で、ロステクがなんであるかはわかったかな?」

「えっと……旧人類の科学力の骸ですか」

「そうだ。ある程度ロストテクノロジーについて知識のある君だから、きっと私を訪ねてきたのだろう。そして君の不安は、おそらく当たっている」

「それって」

「それはかつて地上に堕とされた『核』の、残弾だ」


 彼は「驚いただろう」と言って、俺が何の言葉も継げないでいる状況を受け入れた。彼がお茶を一口含む間に、俺の考えはその次へと進んだ。


「ということは、軍部の人間がこれを欲しがっているのは……」


 彼は静かに頷く。


「無論、それが即と使われることはないだろう。あくまで『切り札』として温存されるとは思う。だが世界には、貧しさゆえに失うものもなく、足りないものを他国への侵略で奪おうとする国もある。世界の覇権を握りたがっている国もある。戦争で儲かる産業を持つ国がある」

「いつ戦争が起こってもおかしくないと?」

「歴史は語る。戦争とは、何が契機となって起こるかわからない。人を殺すことが当たり前となった世界で、何が正しくて何が間違いかなんて、誰に問えばいい? 核の使用を止める根拠を、何に求めたらいい?」


 まかり間違えば、俺たちが直した「カク」で、何十万人、いや、それ以上の命が失われるかもしれない。そんな責任を俺は到底受け入れることはできない。

 カップがうまく握れない俺に、クリストファーさんは何気なく、しかし俺にしてみればなおさらに衝撃的な一言を放ったのだった。


「君が修復を請け負ったそれは、その前の二度の核攻撃で使われた『ヒロシマ』や『ナガサキ』のものとは、ルーツも威力も全く異なるものなんだよ」

「……………………今、なんて?」

「地上に落とされた三発の核のうち、初めのふたつはそもそもが兵器として作られていた。それに対してこの『カク』は、元の用途は人類の生存のためのエネルギーだった。一説には旧人類は宇宙へと飛び立った後、その宇宙船の中で必要なあらゆる原動力を『カク』を使った作ったリアクターで賄っていたとも言われている。大きさこそ小さいが、それはかつて人類の希望の光、太陽であったんだよ」


 彼は、俺が意味を噛み砕けていないと思ったのだろう。しかしその誤解を指摘できないまま、俺の思考は止まっていた。


「もしもそれが使われれば、その前の『ヒロシマ』と『ナガサキ』の核攻撃とは威力は桁違いのものになるはずだ」

「…………」

「私も、言葉にならないよ。国ひとつを賄えるエネルギーを持った大量虐殺兵器。それを人は、何と呼べばいい?」

「…………訊いてもいいでしょうか」

「なんだね?」

「その『ヒロシマ』『ナガサキ』というのは、『ニホン』の都市のことですか」

「そうだ。よく知っているね」

「何か間違っていたら言ってください。『西暦一九四五年の夏』、『B-29』、『トラトラトラ』、『リトルボーイ』、『ファットマン』」

「…………君は一体、何者なんだ? まるで当時を生きていたかのようだ」


 彼は俺の挙げたフレーズを終ぞ否定しなかった。


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