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至高のアルケミスト  作者: いちのじ
第1話 孤高のアルケミスト
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第1話0節 プロローグ

 夢のない異世界生活譚のプロローグ。

 平和な日常というのはありふれているようでいて、その実、針の上に爪先立っているようなものなのかもしれない。テレビを点ければ何日と開けず、誰かが不本意な死を遂げている。事故や事件は全国各地で起きている。この間も隣の県で、強盗により老夫婦が殺害されたニュースを聞いたばかりだ。


 だから忘れてはいけない。俺たちの平和な日常は決してありふれたものではない。だから毎日を生きていられることに感謝すべきだ。今日このご飯が食べられることに感謝しながら、いただきます――



「がああああああああああ!」



 ――されそうになっているのがこの俺、山田武司だった。


「ぎゃあああああああ!」


 迫りくる牙から逃げるため、走る、走る。段差を乗り越え、走り、今度は降りてまた走る。


「うああ、ああああああ!」


 燃え盛るような赤い毛並みをした動物に追われていた。大きさといいフォルムといいライオンを思わせる獣だ。

 ここがもし開けた大地であったなら、俺は一秒で餌にされていたことだろう。だが幸いにもここは建物の中だ。イメージ的にはコロッセオのような場所で、どうやら遺跡のようだが、俺は客席や通路を中に入ったり外に出たり、上ったり下ったりとどうにか一直線に走ることを避けていられた。


 ――なぜ、なぜ、なぜ、なぜ!?


 逃げることを考えつつも疑問が頭に満ちてきていた。

 俺はつい数分前まで家にいて、コンビニに行こうと家の扉を開いた。ところがドアの向こうにあったのは石畳の競技場だった。どうしたことかと振り返ると既にドアは枠しかなく、その向こうには獣が待ち構えていた。


 それから冒頭を経て今に至る。

 息が上がり、肺と心臓が悲鳴を上げている。疲労が足に蓄積する。物陰に隠れてそっと後ろを見る。振り切ったと思うのだが……。


「うっ」


 そいつはいた。目が合った。俺は再び赤いライオンから逃げ始めた。

 でもどこまで逃げればいい。いつまで走ればいい。どうすれば逃げきれる。先が見えない。このまま俺の体力が尽きてしまうというのが一番最初に起こりそうなことだった。


「あっ、はぁ、うおおおお!」


 何度目かの気合のリロードを行い、必死に逃げる。どこか安全な部屋でもあればそこに入って鍵でもかけたい。だがそれは自ら袋小路に入ることを意味するため、無暗に採用できる戦略でもない。結局のところ今は走り続けるしかない。

 そんな俺に光芒が射したのは、ある階段を登り切ったすぐ後だった。


「こっちへ!」


 人がいた。

 水色の髪をした女の子だった。ただでさえ訳の分からない状況で人に遭遇したものだが、その風貌にますます訳が分からなくなった。大きな太いベルトや黒いマント、手には装飾のついた杖に、額にはゴーグル。まるで中世ファンタジーの世界観みたいな恰好をしている。

 そんな彼女のすぐそばには黒光りする大砲が置かれていた。この古い遺跡には似つかわしくない。そしてその砲口を俺の方に、否、俺の来た方向に向けていた。


「逃げろ、ライオンだぞ!?」


 まさかそれをぶっ放してライオンを倒そうなんて言うんじゃあるまいと思い、俺は警告をした。ところが俺はこの時、二つの思い違いをしていた。

 一つ、大砲は本来、ぶっ放すためにあるということ。


「そこいらの魔物なら、これでぶっ飛ばせるわ!」

「は!?」


 二つ、そこにいたのは普通の人間ではなく錬金術師であったこと。彼女が杖をかざすと大砲が光を纏う。そして大砲が震えだす。エンジンでもかかったかのようだった。


「さあ、逃げるよ!」

「え!?」


 大砲があればあの赤ライオンをぶっ飛ばせるのではなかったのか。足を止めそうになった俺は、彼女に手を引かれてもう少し走らされた。後ろを振り返ると、赤ライオンが大砲の横を通過する直前だった。


「来るわよ……」


 彼女に手を引かれるまま、倒れた柱の陰に身を隠した。こんな柱に隠れたところで、あの赤ライオンをやり過ごせるはずもない。俺はまたいつでも走り出せるように腰を浮かせながら背後を窺った。


「隠れて!」


 彼女がそう叫んで俺を引っ張り込む。その直後だった。



 ぱあああああん。



 乾いた爆発音がした。

 思わず頭を手で覆った。ゴオオオという音がして、爆風がすぐ横を通り抜けた。それに続いて人の頭ほどもあるような石が目の前に落ちてきた。


「え…………」


 恐る恐る物陰から先の場所を見ると、もう既に俺の記憶にあった光景はない。石でできた壁や天井には穴が開き、柱は倒れ、赤ライオンの体は天井に突き刺さり、ゆらゆら揺れていた。そして大砲は砲身も台座も木っ端微塵になったようで面影すらない。


「な、なんだ……」


 唖然とする俺の横で、少女は額の汗を拭う仕草を見せていた。


「ふー。危ないところだったね、お兄さん」

「あ、ああ。ありがとう」

「いいよ。これも錬金術師の務めだもの」


 これが錬金術師と俺の出会いだった。


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