第7話
「なんだァ?まだやんのか?」
勝敗の結果など分かりきってるレノシオは、下等生物を見るような目を向けてくる。
俺は耳を貸さず、強く地を蹴る。
一切の迷いなどなく、一直線でレノシオへ突貫。
防御になど気を回さず全身全霊を掛けて剣を振りかざす。
避けようとせず、正面から受けようと顔の前で腕をクロスしてガードの構えをするレノシオ。
しかし、俺は少し攻撃先を変えて、俺の二倍ほどの太さの右腕の付け根を攻撃した。
生身とは思えないほどの硬さで全く刃が通らない。
「あ?そんななまくらの刀じゃあ防御魔法を全身に纏っている俺に傷一つ付けることはできねぇぞ!」
そんなことは想定済み。
でも、俺の目的は達成出来た。
カウンターで拳を振り下ろされるが後方に飛んで躱す。
「なまくらだと?自分の腕をよく見てから言えよ」
「なんだ?何を言って…」
意味が分からないままレノシオは自身の腕を見る。
そして、その現状を見て目を見開き絶叫を上げた。
「いてぇぇぇぇぇ!!腕がぁぁぁぁああああ!!!」
右腕が鮮血を噴水の如く撒き散らしながら無くなっていた。
しかし、その切り落とされた部分はどこにもない。
「てめぇぇぇ!俺の腕に何しやがったぁぁぁ!!!」
未だに血を吹き出している腕を押さえながら俺を睨んでくる。
「わからないのか?おまえが言う『なまくら』で斬ったんだよ」
「ッアァッ…!俺の体には防御魔法があんだぞ…!俺の体に傷一つ付けることは出来ねぇ筈だァァ!」
痛みを我慢しながらゼストを睨み続けるレノシオ。
「誰が本当に斬ったって言った?」
「はァ…はァ…なんだと…?」
勝敗は決している。そろそろネタばらしをしてもいいだろう。
「俺のナフ=ラグナはおまえの認識の中だけで攻撃をする」
「はァッ…はァッ…どういうことだ…?」
息を切らしながらレノシオは言う。
俺はそんな様子を見下しながら続ける。
「おまえの意識では斬れている腕も、実際では斬れていないって訳だ」
レノシオの言葉を待たずに素早く懐に入り、左腕にも斬りつける。
キィン!
当然弾かれる。
だがレノシオの顔は青ざめる。
そして。
「ぐぁぁぁぁぁああああッ!!!!」
その場に倒れ込み、転がり回る。
俺から見れば両腕は健在だ。
しかし、レノシオ視点では両腕がなくなり、血が失血死寸前まで出ているはずだ。
「畜生ォ!畜生ォ!畜生ォ!!俺はまだ負けてねェ!!」
もはや気力だけで立ち上がっているのか、フラフラしながらも向かってくる。
そして蹴りを入れようとするが、無意味。
冷静さを欠いている攻撃を避けるのは簡単だ。
そのままバランスが取れずに頭から倒れ込む。
両腕がないとバランスを取るのが難しいのだろう。
「なあ、レノシオ。この剣でおまえの首を斬ればどうなると思う?」
「やめろ…やめてくれ……!!」
這いずりながら許しを乞う。
「おまえが正解したらやめてやる」
「ほ、本当か…?」
肩で息をしながら聞き返すレノシオ。
もはや威厳など彼には無く、顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「あぁ、俺もそこまで鬼じゃないからな」
「…気絶する…のか?」
しばしの沈黙。
審判の時。
答えは―――
「悪いな」
「俺も知らない」
「ふざけ―――」
俺の不条理な答えに怒りを露わにするが、躊躇なくレノシオの喉元を掻っ切る。
傷一つ付かない。
しかし、レノシオは白目を剥き、泡を吹きながらビクビクと痙攣した。
少し間が空いたところでアナウンスが入る。
『レノシオ・クロラール、戦闘不能。よって勝者、ゼスト・オルウェン』
アナウンスが入っても、会場は静寂に包まれたまま。
俺は退場口に向かって歩いた。レノシオの姿など確認せずに。
『結構残酷なことするんだねー』
剣から声が聞こえた。しかし、その声はどこか嬉しそうだった。
「うるせぇ」
『でもボク、そういうの好きだよ!』
無邪気な子供のような声で剣は言った。
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勝敗宣言のアナウンスが入っても観客は声を発さなかった。
と言うより発せなかった。
理由は二つ。
一つはレノシオが負けたこと。
二つ目はレノシオの様子を見て。
普通なら前者だけでも異様だが、後者が大半の理由だろう。
明らかに尋常ではない負け方をしていたからだ。
前半はレノシオが圧倒的有利だった。
だがしかし。
後半では形勢逆転した。
しかも無傷なレノシオが倒れて転げ回り、挙句泡を吹き痙攣した。
異様な光景に言葉を出すのを忘れていた。
形はどうであれ、最弱と言われたゼスト・オルウェンがレノシオ・クロラールを倒したのだ。
この噂は瞬く間に学園中に広まることとなった。