第3話
「相手がこう攻撃してきたら足をそっちに持ってきて、躱しながら反撃するの」
あの後、アリアと一緒に模擬戦を行う事になったので、訓練所に移動した。
意気揚々と始めたのだが、俺はものの三十秒で敗北を喫してしまった。
アリア曰く剣の型が定まっておらず、不安定らしいので指導して貰う事になったのだ。
「でも、実戦では必ず相手が自分の思い通りに動くとは限らない。だから臨機応変に対応できるよう、体に型を染み付かせないと」
「それって五日で完成するものなのか?」
「最短で一年は掛かるわね」
「間に合わねぇじゃん...」
投げ掛けた問いに帰ってきた返答。
平然と言われた不条理に、思わず突っ込まずにはいられなかった。
「うん、だからある程度動けるようになったら実戦経験を積んだ方がいいわ」
「……わかった」
この状況にもアリアは俺も見捨てるつもりは無いらしい。
その意思を汲み取ったゼストは俄然気合を入れる。
「じゃあ続き。実戦で大事なのは『相手をよく見ること』だけど、見るのはどこだと思う?」
「顔?というか手元?」
「まあ、それも大事だけど1番は『足元』ね。タイミングも測れるし、予測に慣れると次の攻撃もわかるようになってくるわ」
今まで俺は手元や視線の動きで対処しているのが多かった為、アリアの教えには「なるほど」と納得の声が出た。
「それで防御する時なんだけれど、腕と上半身だけで防ごうとするのはリスクが大きいわ。だから下半身にも力を入れて受け止めて。下半身を使わないと弾かれることがあるから」
「わかった」
「攻撃は振り抜く、これだけを意識して。あとは実戦で感覚を掴むしかないわ」
言い合えるなり、アリアは模擬戦用の剣を出して構える。
「さあ、やってみましょう。ゼストくんはその剣を使って」
祖父から貰った剣を指差される。
鞘から抜き、俺も構える。
少しの沈黙。
先に動いたのはアリアだった。
アリアが強く大地を蹴った瞬間、もう目の前まで来ていた。頭目がけて剣を振り下ろされる。
目で認識するなり、慌てて剣を平行に構え防御の型をとり、腰に力を入れ体全体でアリアの剣を受け止めようとする。
剣と剣が激突し、ぶつかり合い甲高い音が訓練所いっぱいに響く。
瞬間、防御魔法が発動され、周囲に衝撃が起きた。
アリアの攻撃は模擬戦用の剣とは思えない威力を発揮していて、防御魔法が発動された状態でも足が少し地面にめり込んだ。
「くっ…」
手が痺れる。力を抜きそうになるのを堪えながらなんとか踏ん張る。
突然、アリアが力を少し緩めた。
不思議に思い警戒していると、今度は体を翻して脇腹目掛け剣を振るわれた。
ドガァ!
鈍い音が響く。
が、ギリギリ攻撃は届いておらず、攻撃は俺の剣で防がれている。
反応が一瞬でも遅れていたら直撃していた。
しかし。
突如、鳩尾に鈍い痛みが走る。
「がはッ…!」
苦悶の表情を浮かべながら視線を落とすと、アリアの膝が鳩尾に入っていた。
鋭い痛みに一瞬息が出来なくなった。
力が抜け、思わず握っていた剣を落とす。
「……あっ!ごめん!つい本気になって…」
「……マジ…かよ…」
本気じゃなくてあの攻撃か。
俺レベルに合わせてくれていたらしい。
駆け寄って来て、優しく暖かい手で背中をさすってくれるアリア。
「でも、二撃目よく防いだわね。てっきりアレで終わるかと思っていたのだけれど」
「攻撃の寸前で、力が弱くなったからな…。気を付けていたから反応できた」
段々と痛みが和らいできた鳩尾を抑えながら、なんとか返答をする。
警戒していなかったらきっと直撃だっただろう。
「しかも剣に施されている防御魔法、凄く強いのね。全力でやったつもりだったんだけど壊せなかったもの」
防御魔法を壊そうとしていたのか…。
恐ろしいことを聞いてしまった。
「ちょっとよく見たいから剣貸してもらえる?」
「……?あぁ」
不思議に思ったが断る理由もないので剣を渡す。
アリアは剣を受け取ると、太陽にかざすように剣を眺める。
そして、剣を構えるたと思ったらアリアの周囲が淡く光を放つ。
魔力を込めたらしい。
だが。
「……ぁ…ッ!」
言葉にならない呻き声を上げて思わず剣を落とすアリア。
大きく肩で息をして大量の汗をかいている。いや、それよりもとても苦しそうだ。
心臓があるところを強く握っている。
ただならぬ状態なのは明らか。
「大丈夫か!?」
急いで駆け寄り、顔を覗き込む。
「…なに…今の……」
その顔は恐怖に歪んでおり、冷静さを欠いていた。
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アリアは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
彼から受け取った剣に魔力を流し込むと、自身の心臓がある場所が深く抉られたような感覚に陥った。
思わず見てみると大きく穴が空いていた。
血が噴き出て、呼吸が荒くなる。
力が抜け、剣を離す。
それと同時に痛みが嘘のようになくなった。
恐る恐る心臓をある場所を上から触る。
ある。
何事もなかったように心臓は鼓動を打っている。
穴は無くなっていた。
あれはなんだったのか。
自問するが勿論、答えなんて返ってくる筈がなく。
ただ、あの剣には関わらないほうがいいと本能が警笛を鳴らしていた。