第2話
レノシオ・クロラールには才能があった。
家柄は中級貴族ではあったが、上級貴族に劣らぬほどの才能を秘めており、学園に入ると頭角を現していた。
特に長けていたのは魔力の制御で国に仕える魔術師と同等、もしくはそれ以上のセンスを持っていた。
クロラール家はそんなレノシオに希望を寄せていた。長年、中級貴族と扱われてきた家紋を上級貴族として名を馳せることが出来るかもしれないと。
しかし、その期待がレノシオを次第に歪めていった。
結果、レノシオは残虐非道な行為を好むようになり、彼と決闘した相手の大半は再起不能になるまで追い詰められるという。
圧倒的な勝利。それが中級貴族が上級貴族になる手段だとレノシオは確信していた。
力を見せつけると、やがて彼の周囲には将来的な後ろ盾を作るという下種な目的を持った生徒が集まった。
勿論皆が黙っている訳ではなく、それを不快に思った上級貴族が決闘を挑むが、いずれも完膚なきまでに叩きのめされた。
そして上級貴族でもレノシオに刃向かう生徒は極端に少なくなった。
そんなやつがゼスト・オルウェンの初戦の相手になったのだ。
生徒は全員、勝敗を考えずとも分かっていた。下級貴族にすら負けるゼストが上級貴族にも劣らないレノシオに勝てる筈がない。
レノシオがどれだけ手を抜いてもこれだけは変わらないのだ。
決して。
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俺はとことん運がないらしい。
普通、剣魔祭では上級貴族の相手は下級貴族がするという暗黙のルールが存在するのだが俺に限ってはルールが適応されていないみたいだった。
もしかしたらレノシオが上級貴族で俺が下級貴族の扱いなのかもしれない。
剣魔祭まで残り五日。
どんなに頑張ってもレノシオに一太刀浴びせることすら叶わないだろう。
そうなればやることは一つに限られる。
死なないように最善を尽くす。それだけだ。
その日、午後からの授業は剣魔祭のルール説明、その後は各自で自主練習を行う予定になっていた。
「それでは、剣魔祭のルールについて説明する。と言ってもルールは簡単だ。相手を気絶、または降参を制限させるまで行われる。武具の使用等についての制約はなく、各々で準備してくれ。以上だ」
剣魔祭当日の五日前からは全授業が中止となり、自主練習の時間に充てられる。
一人で鍛錬するも良し、模擬戦を行うのも良し。
最も、ゼストと模擬戦をやっても相手は何の練習にならないので一人で例の剣を素振りすることにした。
しかし、どこも生徒で溢れ素振りを行うスペースすらない。
途方もなく歩いていると、遠くで一人の女子生徒が男に言い寄られている様子が見えた。
気になり、物陰に隠れて聞き耳を立てる。
「おまえ、アリア・アストリアか?戦乙女の末裔の」
「そうだと言ったらなに?」
男の方は整った顔立ちの金髪で、屈強な体付きをしていた。しかしその顔は下種な感情で歪んでいる。
さらに、男の両サイドには二人の女性が男の腕に抱き着く形でいた。
男の名はレノシオ・クロラール。俺の初戦の相手だ。
女の子のほうは銀髪を後ろで一つに結っている。ガタイの違う男に詰め寄られても、全く怖気ない顔で睨み返していた。
「俺と模擬戦しろよ。おまえみたいなエリートの高飛車を恐怖で屈服させるのが趣味でよぉ...!」
「悪趣味ね。でも模擬戦は受けないわ。結果なんて分かっていることだし」
余裕そうな笑みを浮かべ、レノシオを見下す少女。
「おいテメェ!俺が負けるって言いてぇのか!」
「そう言ったんだけど理解できなかったかしら?」
「テメェ、ナメるのも大概にしろよ...!」
こめかみに血管を浮かび上がらせながら、右手の拳を大きく振りかざす。
その攻撃は距離を取れば当たらない。
少女は後ろに後退しようとするが、何かに足元を固定されている様でその場から動くことが出来ずにいた。
足元をよく見ると両足の地面に魔法陣が展開されていた。魔法を発動しているのは男の両サイドにいる女二人だろう。
これが原因で動けないようだった。
二ィ...と汚く笑うレノシオ。少女の顔面目掛けて放たれる攻撃。
誰か助けなくては…!
一体誰が...?
慌てて周囲を見回すがすぐに動けそうな生徒はいない。
ましてやレノシオが相手となると誰も止めようとする素振りを見せない。
俺はこうやって1人の少女が抵抗なく殴られるのを見るしか出来ないのか。
俺はこんなにも惨めで小さい男だったのだろうか。
…違うだろ。才能は無くてもプライドまでは失くした覚えはない筈だ。
意は決した。
腰に差している剣を鞘から抜き、一直線にレノシオと少女の間に割って入る。
「なんだァ...?」
突然の乱入に目を丸くするレノシオだったが、構わず拳を振り下ろす。
刀身でガードをする。
キイィィンッッ!!
生身と金属が当たったとは思えないほどの耳を劈くような音が響く。
どうやら、この剣には防御魔法が施されており、ある程度の攻撃には耐えられるように造られているようだった。
「なんだおまえ。俺の愉しみを邪魔しやがって」
レノシオが激しく俺を睨む。恐怖で腰が抜けそうになる。
だが、ここで引いては男が廃る。
「一人の女の子を三人がかりで攻撃して卑怯だと思わないのか!」
負けじと睨み返して言い放つ。
すると、俺の顔を見てレノシオは思い出したように口を開く。
「おまえ...ゼスト・オルウェンか!下級に負けるおまえが騎士の真似事か!?とんだ馬鹿だな!」
腹を抱えて笑うレノシオ。それに釣られてサイドの女も笑う。
「こんなやつが初戦の相手なんて俺も運が悪いぜ!まあいい。このツケは剣魔祭のときに返してやる。せいぜい死なねぇようにするんだな」
と吐き捨てて去って行ったレノシオ。
足が竦んでその場に膝から崩れる。
今回はたまたま剣に助けられたが、次も耐えられるとは限らない。
「大丈夫?」
俺の様子を気にかけたのか少女が顔を覗き込み聞いてくる。
「大丈夫。ごめん、カッコ悪くて」
俺は自虐的に笑う。その言葉に少女は首を横に振り否定する。
「でもそれで私は助けられた。ありがとう」
少女は優しく微笑んだ。その顔は神話に出てくる女神のようで、少しの間見惚れてしまった。
俺は少し顔を赤らめる。
「君、名前は?」
差し伸べられる手。俺は手を借りて立ち上がる。
「ゼスト・オルウェン」
「オルウェンってあの『剣舞神』の?」
「って言っても俺には才能がないんだけどね」
「ううん、君は才能があるよ」
「…どうして?」
「本当に才能がない人なら、あの攻撃を防ぐことも出来なかった。それに、あそこで助けに入らないと思う」
「でも、あれは剣に施されている防御魔法で...」
「君はもうちょっと自分に自信を持ったほうがいいと思うよ」
「そう...かな?」
「うん、そう思う。私、アリア・アストリア。戦乙女の末裔。よろしくね」
アリアが右手を差し出してきた。俺は快くその手を取り、握手を交わした。