二杯目、ポインセチアのメンバー
『へぇー、じゃあ本当にバイトを始めたのか』
『だからログイン遅かったんだなぁー』
「まあな、そこから先三人潜んでるから」
俺はいつものゲームのクランメンバーと会話している。 まあ今回は入賞確実だからこれ以上頑張らなくてもいいんだが、メールでのやり取りが面倒臭いため会話のついでにこうしてゲームをしている。
「それでさ、俺カフェって好きだなーって思った」
『ほお、リーダーは良いなぁブラック飲めて』
『お前カフェオレかよ』
『いや微糖』
「そこはカフェオレだろ…」
そんなこんなで話は進んでいき、俺のバイトの話を聞きたがるメンバーに嫌気が刺し始めて、ゲーム内ではたまに仲間ごと敵を倒したりしていた。 その度にボイスチャットの音声がうるさい。
「s1、お前はバイト経験あるって言ってたよな?」
『なんだよ藪から棒に、まぁあるけどな』
「ぶっちゃけ人覚えるのって難しいか?」
『そうだな、まあ言えることといえば、キャラで覚えるとか?』
「キャラで、か」
『そうそう、大方キャラ強く無い人でも特徴とかを生かして自分の中であだ名をつける。 例えばケバいおばさんだとケバばあ、とかさ』
『例え方雑すぎな』
『なんだよケバばあって』
「一理ある」
『『『嘘ぉ!?』』』
たしかに特徴を捉えれば良いのか、良かったマシな意見が出てきてくれたおかげだ。
「とあるから」
退屈な授業中、コソコソと机の下でゲームの周回するものもいれば学費を払って学校で寝てるやつもいるという、高校生の日常。 てか学校に寝るために来るのなら家で寝たら?
「この答えをー、逢崎、答えてみろ」
「えっとー、5x−4?」
「そうだ、しかしなぜ疑問形なんだ?」
「間違ってたら恥ずかしいんで」
「まあいい、正解だ」
急に当てられるとドキッとするよね。 まあ中学時代の復習だからわからなくはないけど、ミスってた時のアウェイ感半端ないから、一応疑問形。
そしてつつがなくその日は終わり今からバイトの時間になった。
「じゃーなー有、バイト頑張れよー」
「おーう」
春馬と短く挨拶を交わし電車の駅に向かう。
「よっ、今からバイトでしょ?」
ポンと改札で肩を叩かれた、振り返ると秋雨楓さん。
「あっ、お疲れ様です?」
「タメ口でいいって、それよりもこの時間帯ってかなり混むよねー、私人混みは嫌いだなー」
改札に定期を当てて改札が開く、最近はiD?とかで読み取るため通過が早い。
「秋雨さんとかだときついよね、身長も平均くらいだし」
「お? チビって言いたいのか? お?」
「そんなんじゃないって、てか痛い痛い」
脇腹を肘でゴスゴスとついてくる。 そうこうしているとすぐに電車が来た。 いつもの声とともに扉が開く、俺らが使う電車は様々な人がいる、スーツのサラリーマンからおじいちゃんおばあちゃん、学生も多く利用するため人がかなり入り乱れる。
「ほら逢崎くん、行かなきゃ」
秋雨さんは堂々と人混みの中に入っていった。 俺はその後に続く。
「あ、助けて、」
否、流されていただけらしい。
電車に乗車するとシンとしていた。 みんなスマートフォンを片手に何か忙しそうに指を動かしている。
俺はスマートフォンも使うけど基本外の景色を見ていることの方が多い、なぜかというとゲームをしていると降りる駅を間違えるから、なんとも恥ずかしい話だがたまにある。
「ねえ、これって壁ドンってやつかな?」
秋雨さんの方を見ると俺は片手で扉を支えに使ってもう片手はポケットに、その片手と座席の間に秋雨さんがこじんまりといた。
「あ、嫌だった?」
「んーん、痴漢よけにいいかなと思って」
フフと軽い笑みを浮かべる秋雨さん、もしかして過去に痴漢にあったのかと思うがそれより俺は恥ずかしくて顔を伏せた。 まあ人を痴漢よけに使うことはさておき。
「バイト、楽しい?」
「まだなんとも、今日は他の人もいるんだよね?」
「うん。まーくんとりっちゃんとさっちゃん。 みんな優しい人だから仲良くなれるよ、あっ店長は休みだよ」
「仲いいんですか?」
「うん、ふつうにおしゃべりしたりするよ?」
「まだ慣れるのに精一杯ですよ、俺は」
「まあ頑張って」
そんな会話をしていると駅に着いた、俺と秋雨さんはその駅で降りると店に向かって歩き始めた。
「お疲れ様でーす」
店を開けると数組のお客さんと三人の定員、一人は男だからおそらくまーくん、後の二人は女性だからりっちゃんとさっちゃん?
「あっ、君が新人さん? わたし水野皐月、よろしくね」
「わたしは立川律と言います、よろしくお願い致します」
「やあ、面接の時会ったと思うけど、改めて、神楽誠です。 一応店長代理でもあるから、よろしくです」
「逢崎有と言います、よろしくお願いします」
みんな丁寧に、自由に挨拶してくれた。
「私のことはさっちゃんって呼んでくれていいよー、どうせ同い年だからねー」
「水野さんは何校に?」
「私通信制だから、学校行きたくないけど高卒は欲しかったからね」
「まあまあ、積もる話は後にして先に着替えてきたら?」
「そうだねー、そうしなよ」
俺は促されるようにロッカー室へとついた、がしかし。 またも空室の札、これもまた彼女の仕業なのか。
「あっ、ごめんね? もう着替え終わったから使っていいよ」
ガチャリと扉が開き中から秋雨さんが出てきた。
ふわりとポニーテールの髪を揺らしながら彼女は明るい笑顔で笑った、その愛らしい笑顔になぜか落ち着きを感じた。
「あの、秋雨さん、」
「なに?」
「いや、なんでもない」
何か声をかけた方がいいのか、そう思ったがなにも思いつかなかった、なぜ声をかけようと思ったのか、それさえも不思議だった。
「変なの、早くきてよねー」
そう言い残し彼女はフロアに向かっていった。
その場に立ち尽くしていた俺はロッカーを開け制服に着替える。 ふわりと彼女の匂いが鼻をくすぐった。
「それじゃあ、今日はコーヒーの補充と、そのほか諸々を、んー、りっちゃんに教えてもらって?」
「なぜ私が、」
「えー? りっちゃんってなんか近寄り難いし、仲良くなってもらえればいいなーと思って」
テヘヘとあどけない笑顔を作ると秋雨さんはお客さんの注文を取りに行った。
「それでは教えるのでついてきてください」
「あっ、お願いします」
立川さんはスタスタと俺を置いて倉庫へと向かう。
倉庫の中はコーヒーの匂いでむせ返りそうなほどにコーヒーの匂いが充満していた。 その中には小分けにされたコーヒーや大量のコーヒーの袋などたくさんのコーヒー豆でいっぱいだった。
「基本的にブレンドの種類なんですけど、このコロンビアとブラジル、そのほかにはここの棚などですね、まあ無くなったら補充というのが一連の流れです。 今回はこのオーストラリアの方が切れてましたね、なのでこれを持っていきます、んしょ」
重そうな袋をひとつだけ持つ、華奢なその体にはキツそうだった。
「俺が持ちますよ、何袋ですか?」
それなりに重かったが俺はひとまず2袋持った、そして立川さんの持っていたもう1袋も持つ。
「あ、3袋あればいいかと、」
俺は扉を器用に開けるとしたの棚に入れた、古い方を前に、そのルールを守りつつ奥にコーヒー豆の袋を入れた。
「お、さすが男の子だなぁ。 3袋持つのなんて俺でもしないよ」
神楽さんは笑顔で俺を褒めてくれた、普通に嬉しかった。
「あ、豆の補充は以上です。 次にペーパーと布巾を持って来なければいけないのでこちらに来てください」
次に向かった先は豆の保管庫?の扉から出てすぐ横の扉だった、そこには店での消耗品が段ボールで積まれてあった。
「基本的に必要数持っていけばいいんですが、今回はほとんど無いので段ボール一箱持っていきます、ペーパーと布巾でしたが、布巾は大丈夫そうなのでペーパーだけを、」
高い棚は立川さんが背伸びしてギリギリ届くところに積まれてあった、危なっかしい手つきで段ボールを下ろそうとしている姿を見て俺は横から手を伸ばし軽い箱を片手で掴むとそのまま頭の上に乗せた。
「言ってもらえれば手伝いますよ? 俺も男ですから」
俺は笑顔で立川さんの方を向いた、立川さんはぽかんとした表情を浮かべていたがハッとして元のキリッとした表情に戻った。
「すみません、私力も背もなくて、迷惑ですよね」
「いえ、そんなことは」
なにに対して迷惑と思っているのか俺には理解できなかった。
「俺は助け合いって感じですし、まだなにもできないからこそこうして力仕事や高いところのものを取る程度の事しか今のところ戦力になれてないかなって思ってます。 だから立川さんも何か困ったことがあれば言ってもらえれば俺も嬉しいです」
俺は思ったことを言った、むしろ事実だ。 みんなみたいにやることをやるとか、そんなことはできない、ならばできることを完璧にできるようになりたい。 それがしょぼいことでも、つまらないことでも戦力になれるのであれば俺は喜んで手伝う。 それだけだ。
「……優しいんですね」
立川さんは淡い笑顔を浮かべ笑った。 かすかな夕日が彼女の顔をスポットライトのように照らしているように見えた。
「じゃあ、この後段ボールを潰して外に持っていってもらうんですけど、やってもらえますか?」
「了解です!」
俺はペーパーを補充し終えると溜まった段ボールを勝手口から出て横の集積場へ置いた、ついでに事務所の段ボールも捨てておいた、邪魔だし必要ないらしいから捨てておいた。 段ボールを捨てるだけでも事務所にかなりの広さを感じた。
「お疲れー、コーヒー飲む?」
段ボールを捨て終えるとカウンターで秋雨さんがコーヒーを淹れていた。 どこかたどたどしいその姿は小さい子のおつかいみたいにハラハラしてしまった。
「ありがと、頂きます」
「アイスでいい?」
「うん」
秋雨さんはグラスに氷を入れコーヒーを注ぐ、パキンと音を立ててひび割れる氷の音が俺の喉を鳴らす。
「お疲れ様、有くん凄いな。 あの事務所が綺麗になってたよ」
事務所の扉をあけて出てきた神楽さんは笑顔で俺の肩を叩いた。
「いえ、やれることをやっただけですよ」
「でもあの綺麗さは以上だよー、ほんとに凄い!」
「頼んでおいてなんですが、凄すぎですね。 流石ですよ」
褒められることにくすぐったさを感じながら俺は差し出されたアイスコーヒーを口に含む。 爽やかな苦味がキリッとしていて美味しい、鼻から抜ける香りもまた心地いい。
「上手くなったね、秋雨さん」
「まーくんやりっちゃんに比べたら全然できてないけどね、なんとかここまで出来ました!」
笑顔で秋雨さんは自分の淹れたコーヒーをみんなに配る、お客さんはいない。 基本的にピークを過ぎたらこうなるらしい。
「うちの店はやる気の多い子が多いなぁ、おっと有くんと秋雨さんと水野さんはもう上がろうか、お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
俺たちは代わる代わるロッカー室で着替え終えると三人で駅に向かった。
「今日は疲れたねぇ」
「そお? でもお客さんは多かったかな?」
「フロアのことは何にもわかんないや」
「まだまだだね、少年」
「なにそのキャラ、達人?」
「ちと滝に打たれてきたらどうだ?」
「水野さんまでなに言ってんの?」
駅に着き、そのまま電車に乗った。 秋雨さんは別方向だが水野さんは同じ方向だった。
「ねぇ、秋雨ちゃん好き?」
「……は?」
「いやー、同じ学校だし、好きなのかなーって思って」
「好きじゃないですね、でもそういう言い方って良くないのか?」
「ふーん、そうなんだ」
「急にどうしたんですか?」
「なんとなくだよ? なんとなく」
フフとどこか何かを隠しているような笑顔を浮かべ水野さんは駅に降りた。
「じゃあまた明日、頑張ってね」
シューっという音とともに扉が閉まる。
「なんだよそれ」
俺はふとぼやいたが、その言葉は伝わることなく消えていった。
最近のアニメ、見てないな、年が開けそうですね。