一杯目、初めてのバイト
俺は逢崎有、ごく平凡な家庭で育ち、ごく普通な生活をしている。 高校に入ってまず最初に始めた事はバイトである、憧れだったバイトをするという事に親はいい顔をしなかったが俺は小遣い稼ぎ程度でやる気だった。 しかしこの世もそう上手くいかない。
「あー、週2かぁー。 ごめんけどこの条件は難しいかなー。 ごめんね」
「そう、ですか」
また落とされた。 もう10件以上面接をしている。 しかし今だに合格は来ない。 もしかしたら10件という数字も少ないのか?
そんな気持ちで心の中はぐちゃぐちゃのスクランブルエッグだ、最近だとバイトもうまく入らないらしい。 本当に辛い。
「なー、有はなんでそんなにバイトしたいの?」
「え? なんでって、なんでだろ?」
「ええー、しっかりしろよ」
こいつは俺の親友の神谷春馬、意外と良い奴。
「てかさ、バイトもして学校来てたらキツそうじゃね? バイトやめとけば?」
「んー、でもやりたしいなぁー」
「前みたいにバスケやらないの?」
「バスケも好きだけどバイトのやりたいとは違うっていうか、」
「ふーん、まあいいや」
春馬は俺の中学時代からの親友でバスケ部で部長だった。 センスこそ普通だったがまとめる力があったから部長になった。 俺は春馬と常に一緒にいたため副部長(仮)だった。 部活自体は楽しかったし成績もそこそこ良かった、ただ公式戦の負けが大きく響き俺はバスケもどのスポーツも苦手意識が出始めていた。 頑張っても負ける、なら頑張る意味なんてないんだと思ってしまっていた。
それから月日は流れたが今も春馬とは一緒にいる、俺がこの高校を受けると行ったら春馬もついてきたのだ、それなりに勉強が出来たため俺は苦労はしなかったが、春馬は生粋のバカだった、だから死ぬほど勉強して高校に受かった、もともと容量は良かったので意外と早く覚えていた。
「じゃーなー」
「おーう」
俺は学校終わりにとある店へと向かって行った。 そこはカフェだ。 そこのバイトの面接だ。
どうせ落とされる、そんな気持ちで足取りは重い。 行き交うサラリーマンや主婦なんかはすぐ仕事が見つかったのかと思うと俺は俺自身がみすぼらしく見えた。
「あ、ここだ」
そこにはカフェ・ポインセチアという店がひっそりとマンションに挟まれて細々とあった。 ここで間違いない。 俺は深くため息をつき木の扉を引いた、カランカランと軽快なベルの音が鳴りコーヒーの芳醇な匂いが鼻孔をくすぐった。 奥にはウェイターとウェイトレス、その奥のカウンターにカップにコーヒーを注ぐ店主のような人がいた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「あ、面接に来た逢崎です。 店長さんは、」
「ああ、君が逢崎君か。 奥の人が店主だよ、ちょっと待っててね」
爽やかなイケメンのウェイターはそう言って微笑むと店主を呼びに奥へ行った。 爽やかすぎてトキメキかけた。
「やあ、僕は店主の花形香です。 じゃあ面接をさせてもらおうか、事務所は散らかってるから、ここでもいい?」
金髪の肩ほどの長さの髪は店内のダウンライトに照らされキラキラと輝いている。 くっきりとした鼻筋、引かれそうなほどの眼、一言で言うならカッコいい。
そんな人に連れられ1番奥の席に座る。 俺はカバンから履歴書を取り渡した。
「ふむ、逢崎君。 年は15、むー、週2から5か、おっ家近いなぁ。 趣味は読書、音楽鑑賞、なるほど、文系だな? あれ? でもバスケって書いてあるし、」
花形さんは履歴書を見ながらブツブツと呟いている。 俺は深く深呼吸をした。
「うん、君採用。 ようこそ」
「……え?」
「いやいや、採用だよ採用。 何か不満?」
「えっと、不満はないんですけど、急すぎて、」
「そう? あっ書類書いてねー、銀行の口座と、親の同意書、連帯保証人に、君のサインね」
淡々と進んでいく書類整理に俺は呆然としていた。
「じゃあこれ書いて明日またきてね。 そしたら制服とか渡すから、今日はもういいよー、お疲れ様でした、明日からよろしくね!」
「はあ、よろしくおねがいします」
呆然としていると終わった。 なんだったんだろう、ひとまず家に帰るため電車に乗った。
「ただいま、」
玄関で靴を脱ぎリビングへと向かう、夕飯の匂いが溢れている。
「おかえりー、早く着替えてお風呂行ってきてねー」
「あのさ、母さん」
「ん? なに?」
「バイト、受かった」
パリーンと母さんの手から皿が落ち割れた。 そしてしばしの静寂。
「おめでとー! 良かったじゃん!」
割れた皿を物ともせずに俺にハグしてきた。 バイトをするときはなんだかんだ言っていたがやはり嬉しかったのか。
「じゃ書類とか書かなきゃね」
「その前に、することあるから」
俺はそう言ってリビングを出ると和室に入った、和室といっても母さんの部屋だ。 そこに大きな仏壇。
「ただいま、父さん」
亡くなった父へ手を合わせる、線香の匂いがどこか懐かしさを感じさせた。
「てかさ、どこでバイトすんの?」
時間は8時、夕飯を食べ終えテレビを見ていると帰ってきた姉ちゃんが唐突に質問してきた。
「ん? カフェ。 カフェ・ポインセチアってところ」
「ふーん、しらね」
「じゃあなんで聞いたし」
「まあ頑張れよ!」
姉ちゃんが俺の頭を掴みワシワシと乱暴に撫でる、額に柔らかい何かの感覚を感じながらも優しさを感じた。
「あら、幸、あんたまた大きくなった?」
「なにが?」
「なにがって、おっ」
「俺部屋でゲームしてくるー!」
この手の話になると男の俺は肩身がせまい、なので部屋に逃げ春馬と約束していたゲームのオンライン対戦でルームを作った。 外国人多めのこのゲームで俺のクランはそれなりに名が通っていることを知らなかった。 このゲームはいわゆるFPS、5対5のチーム戦、占領戦のようにフラッグを取り合うことがメインで今はオンラインランキング更新前、ランクインしたクランには報酬と言う名のオリジナルアタッチメントが配布されるため頑張らなければいかん。
『こちらs1、aフラッグ奪取!』
「了解、s3とs5はそのまま突っ込め」
『ちょ! 死ねって言ってません!?』
「感がいいな、死ね」
『おおい! 冗談じゃねぇ!』
『死ぬならリーダーのあんたが死ぬとか見せろ!』
「馬鹿、こうやって倒すんだ、よ!」
『おお! 味方を盾に使ったぞ! すげぇ!』
『いや俺死んでんだけど!?』
すまんなs3、君には肉壁となってもらったよ。
『リーダー! このまま勝てそうですよ』
たしかに残り時間2分半でフラッグを四つ回収している俺らの勝ちはほぼ確定している、しかし少しの油断が敗北へとつながる。
「総員、バイト初日ってどんな感じだ?」
『『『!?』』』
まさかの絶句!?
『おい! s1! バイトに落ちすぎてリーダーの頭が逝かれてやがる!』
『落ち着けs5、多分寝てやがる』
「今からフレンドリーファイヤだこのやろう、ぶっ潰してやるから覚悟しとけ」
『ハハハ! まてよリーダー、俺は知ってるぜ?』
おお、s2! お前は理解してくれているのか!
『友達に聞かれたんだろ?』
「死ね、」
『ああああああ!?!?』
『s2ー!』
「質問に答えろ、s1!」
『んー、難しいことはわからんが、愛想よく、緊張しながらやればいいんじゃない?』
「? どういうことだ?」
『リラックスするよりガッチガチの方が可愛げがあるだろ? あと要領の良さでなんとかする、俺はそんな感じだったぜ?』
「なるほど、あえて緊張して、か」
『まあ俺の場合緊張しすぎてファミレスなんだけど皿を5枚割ったけどな、』
「台無しだ畜生!」
そんなこんなで深夜一時には解散となった。 結局今日は負けなく済んで良かった、バイトに関して何か手がかりは掴めなかったが。
「え? バイト決まった?」
「おお、カフェのバイト。 なんか即日採用って感じだった。」
「ふーん、まあ頑張れ!」
体育の時間、バトミントンで壁打ちしていた俺と春馬はふとそんな話になった、きっと春馬も心配していたのだろう。
「じゃあそのうち行こうかな」
「来るなよ、騒がしい」
「オサレな感じ?」
「まあ、オサレだったなぁ、花とかも飾ってあった」
「いや、カフェに花って普通というかなんというか、」
「知らんよ、カフェなんて。 ス○バにも行かない俺だぞ?」
「でもコーヒーは好きだよな?」
「コーヒーは好き」
そんな会話で時間は経った。 そして授業も受け期待に満ちた放課後へと時間は進んでいった。
「こんにちはー、」
俺はおそるおそる扉を開けた。 なんならs1の助言を少しでも生かそうとしている。
「おっ、逢崎君! おつかれ!」
「あの、書類を、」
「サンキュー!」
軽いノリで花形さんは書類を受け取るとパラパラとめくった。
「オッケーでしょう! ようこそカフェ・ポインセチアへ! 歓迎しよう新人君!」
妙なテンションのまま制服を渡され事務所へと連れていかれた、事務所の机は書類で溢れかえっており、そこら中に潰した段ボールが放置されていた。 そして奥には扉、ロッカーと手書きで書かれていた。
「奥がロッカールーム、もうロッカーには名前入れてあるから好きに使って。 あと着替え中はこの札をひっくり返してね、誰かが入ってきたら困ると思うから。 じゃ、着替えたらフロアまでー!」
そう言って花形さんは消えた。 俺は散々な事務者を見ると少し笑いが出てきた。 そしてロッカールームの扉を開ける。
「あっ、使ってまーす、って新人君か」
「ちょっ!? え!?」
俺は扉を閉め札を確認する、札にはしっかりと、
空室の文字があった。
「いやー、ごめんごめん。 はしたないところを見られたね」
「すみません! 見てないです! 本当に!」
「面白いなー、君名前は?」
「逢崎有です、すみません扉越しに、」
ガチャリと音が来てカッターシャツに黒パンツ、ブラウンの前掛けをして髪の毛はポニーテール、色素の薄い茶髪に、外国人のような茶色い眼、整った顔立ちはノーメイク、そんな綺麗な人が出てきた。 この人は昨日いたような、
「昨日あったと思うけど自己紹介、秋雨楓です、よろしくね」
「改めまして、逢崎有です。 バイトは初めてで色々とご迷惑かけるかと思いますが、ご指導などよろしくお願いします」
「真面目だなぁー、ていうか君第1校でしょ? 私も第1校だから、よろしく」
「え? という事は先輩?」
「いや、同い年。 クラスが違うから制服見るまでは気づかなかったよ。 タメ口でいいから、よろしくね」
彼女は愛らしい笑顔を見せてフロアへと出て行った。
俺は胸の鼓動が冷めないうちにロッカールームの扉を開け、着替えた。
「おおー、似合ってる! イケメン!」
「なんか、照れくさいですね」
普段から身につけている学校のカッターシャツよりフワリとした素材のカッターシャツやひらひらとひた前掛け、胸の銀で作られたかのようなプラスチックのネームプレート、初めてな全てが俺の気持ちを浮つかせた。
「改めて、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
俺は一連の流れを教えてもらった、基本は机を拭いたり、カップを拭いたり、そのほかは自由、何をしててもいいという感じでかなり緩い。 俺はひとまず机を拭き終えカップを拭く。 秋雨さんは髪の毛を整えながらスマホをいじる、店長もカウンターにノートパソコンを置き事務仕事、本当に自由なんだと思う。
そうこうしているうちに扉が開きカランコロンという音を立ててベルが鳴る。
「いらっちゃいまちぇ!」
「「ぶっ!」」
「ふっ、」
お客さんは下を向いて、秋雨さんと店長は口元を手で覆い笑った。
やっちまったァァァ!!
心の中でそう叫ぶ、顔が自然と熱を持った。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
「…はい……」
明らかに笑いながらそう答えた。 俺はお冷やを注ぎお手拭きとともにトレイに乗せお客さんの前に置いた。
「ご注文はお決まりですか?」
「ええっと、ホットのブレンドと一口トーストを」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
俺は注文を伝票に書き終えると店長へと手渡した。
「はーい、ブレンドとトースト一丁!」
「ここは居酒屋かよ、」
「おお! ナイスツッコミ!」
あれだ、店長はたぶん疲れているんだ。 そうじゃなきゃこんなテンションで入れるはずない。
「有くん、放置しておいていいよ、その人馬鹿だから」
「あれ? しれっと有くんって、」
「同い年なのに名字なのもどうかなーって」
店長は手早くトーストを焼くとコーヒーを入れた。 その時の優しい表情は俳優さんのような淡い笑みを浮かべていた。
「はいお待ち!」
「台無しだよ、」
「本当に馬鹿でしょ」
俺はコーヒーとトーストをトレイに乗せお客さんのもとへと運び、またカウンターへと戻ってきた。
そうこうしているともう8時、退勤の時間だ。
「有くんお疲れ様、秋ちゃんも上がっていいよ」
「はーい、お疲れ様でした」
秋雨さんは早々にロッカールームへと向かった、また鉢合わせるのは嫌なのでホールで待たせてもらった。
「どう? 難しそう?」
「いえ、楽しそうです」
俺は温かい気持ちで包まれていた、お客さんのありがとうや店長の優しい笑顔、秋雨さんの優しい指導も全て、初めてでどこかワクワクというよりも落ち着く。
そっと店長がコーヒーを差し出してくれた。
「どうぞ、熱いけど」
「いただきます」
一口口に含むとコーヒーのフワリとした匂いとほのかな、心地よい苦味が口に広がりほうと息をついた。
「君は、優しい顔をするんだなぁ」
「へ?」
「このコーヒーはね、人の心を表すんだと思ってる。 例えば飲んでみて泣く人、クシャリと顔をしかめる人、いろんな人がいる。 でも君は優しい笑顔をしていた。 好きだな、そんな人」
「あ、ありがとうございます…」
「明日もよろしく」
「はい!」
俺は着替えて店を出た。
少し静かな夜の街は涼しい風が吹いていた。 心地よい、そんな風だ。
『君は、優しい顔をするんだなぁ』
その言葉が、何より嬉しく、頬が緩む。
これからもこのバイトを頑張れそう、そう感じて夜の街を歩いていく。
はじめまして、初めてなろうに投稿いたしました。 小説家の夢を叶えるために頑張って面白い、楽しい、共感できると言ったような作品にしていきたいと思っております。
投稿間隔は不定期ですがコメントなどたくさんお待ちしております!