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どちらからともなく

「こちらがNW本社です」

「うわぁ、大きい建物……」


 トレーラーの窓を覗き、とてつもない大きさのビルを目の当たりにして私は驚歎した。高さ250メートルのビルは周囲の建物と比べても頭一つ抜けており、とてつもないスケールでそびえ立っている。


「何階まであるんです? これ」

「地上は60階です。地下が20階までありますよ」

「すご……それ、全部NW社が?」

「ええ、ですが、かなり広いので自分が使う区画以外は把握していない社員がほとんどですよ」


 私達に丁寧に説明してくれている女性はNW社員の寿(ことぶき)優花里(ゆかり)さん。イヴさんの部下であり、イヴさんが現実世界で一番信頼を寄せている側近中の側近。イヴさんがNWゲーム内に仕事の場を移してからも、イヴさんの指示で様々な仕事をこなしているらしい。そして今回私達の案内人として彼女を指名したのもイヴさんだ。


「普段通りに一階の入り口から入り様々な物を見学させてあげたいのは山々ですが、今回は血の雨対策として、このトレーラーのまま地下に入ります。到着後は車体についた血の雨を洗浄するので、しばらくお待ちくださいね」


 地上の駐車場の脇に地下への通路があり、私達を乗せたトレーラーは暗い地下へと吸い込まれていった。しばらく進むと赤い雨を洗い流す洗車スポットがあり、車体はみるみるうちにピカピカの新車のような輝きを取り戻すのだった。

 トレーラーから出て寿さんに案内されるがままに歩いていくとNWビルへの入り口へ辿り着く。


「な、なんか緊張するね、沙耶」

「私は子役時代に慣れたから、緊張とかはあんまりしないかな」

「そっか、そういえば沙耶は子役時代に大きいスタジオとか経験してるんだよね。大人だ……」

「どんなに大きい舞台や建物でも、いざ入っちゃえば、人間すんなり受け入れられる物だよ」

「う〜、でもなぁ」

「何も痛いことや怖い事をしにいくわけじゃないんだから」

「いや、記憶と魂の転送は十分怖いってば! 沙耶、最近凶事に巻き込まれすぎて感覚鈍ってる」

「う、それは否定できないかも」



 扉が開いた瞬間に「一番乗り〜!」と意気揚々に飛び込むのは双海さん。「静かにしなさい」と双海さんを注意しながら、双海母とハヅキ母が続く。

 その後ろに会長とハヅキさん。会長の両親は相変わらず不在だ。血の雨が降り始めてからも、一度も帰宅しておらず、私達を乗せたトレーラーが会長を迎えにいった時は少し安心した表情を見せていた。


「はぁぁ……ここがあの世界を生み出したNW社ですのね! なんだか感動してしまいますわ」

「スズちゃん、何も泣かなくても……そんなに憧れの場所だったの?」

「ええ、この世界に未練があるとすればNW社に就職して異世界開発に携われなかったことですわね」

「まぁ、でも確かにNWみたいな世界を作る過程には私も興味あるかも」

「まぁ! わかってくださいますか、ハヅキ先輩! そう、なんと言っても凄いのは終焉から逃げるために新たな世界を作り出すというその発想! 夢もロマンも詰め込んだ世界を作り出す途方もない作業を一体どうやって……」

「あの……ええと、スズちゃん。長くなりそうなら転送が終わった後にゆっくりと」


 異世界について語りだすと止まらない会長。その引き金を引いてしまったハヅキさんは、少し戸惑ったようにやんわりと会長の異世界トークを回避する。

 そして会長達の後に続いて私と沙耶の家族が入っていく。

 私と沙耶の母を先頭に、私と沙耶と雪ちゃんはその後ろに3人並んで歩く。3人が横一列に並んでもまだ余裕のあるくらい幅の広い入り口と通路は一面アクアブルーで塗装されており、まるで海の底に誘われているようだ。


「姫先輩は不安とかないんですか? 私、まだ実感わかなくて」

「実感? 移住の実感、それとも地球が終わる実感?」

「両方、ですね」

「そうだなぁ……私は半年以上前からイヴさんに直接具体的な話をされていたし、NWが命のある世界だっていうことを、この目で見てきた。だからもう新しい世界が生まれているっていう実感はあるかな。地球の終焉は……この世界に残らないとわからないよね。雪子ちゃんはこの地球に残る覚悟はある? 残って救う覚悟が」

「救う……」

「私には地球を救う力がない。ただ見て、生死の結末を待っていることしかできない。それは嫌なんだ。だから道を示されたら進むよ」


 沙耶の言っている道とはNWのことだろう。その道の先には力がある。

 力があれば守りたい物を守れる。例えそれが自分であろうと家族であろうと、世界であろうと。

 地球での私達には家族を守る力もなければ自分を守る力もない。無力さを実感する。だから今はNWに逃げるしかないんだと思う。


「雪ちゃん」

「うん? 何、お姉ちゃん」

「私は、もう雪ちゃんについてきてとは言わない。だからせめて自分の信じた道で悔いなく生きてね」

「うん……」


 長い通路を抜け、エレベーターで更に地下へ潜る。エレベーターの扉が開くと、かなり広いフロアへと出た。そこには様々な機械やモニター。人間が入れる程度の大きさのコールドスリープ用のカプセルがいくつも並んでいた。カプセルにはそれぞれ番号が振り分けられており、そこに入ったらカプセルは更に下の保存場所である階層へ行き、コールドスリープ状態に入るのだろう。


「凄い施設……」

「漫画みたいな世界だね」


 私と沙耶はゆっくりと、じっくりと観察するように機械の周りをウロウロする。双海さんはいつもの調子ではしゃぎ周り、そんな双海さんを見て機械を壊さないか心配そうにしているハヅキさん。

 会長は目を輝かせて食い入るようにコールドスリープ装置を眺めていた。そんなバラバラな私達に寿さんが声をかけて整列させる。


「事前に説明を受けていると思いますが、これがコールドスリープ装置です」


 カプセルの前に立って寿さんは説明を始める。別に難しいことはない。

 まず私達は、NW社が用意したカプセルから少し離れた場所にある寝具のようなふかふかの椅子に座りNWにログインする。ログインしたら、そのままNWでいつものように過ごし、23時まで過ごす。23時になればNWにログインしている全プレイヤーを対象に、一斉に記憶と魂の転送作業を行い、その後0時になった瞬間にイヴさんがNos.0【ワールド・エスケープ】を発動させ、地球との関係を完璧に断つ。そしてその後、残された私達の身体をコールドスリープ装置まで運び、NW社が責任を持って管理するという。


「ん、あれ? NW社員にも地球に残る人がいるんですか?」


 NW独立後ということは、私達の身体をコールドスリープ措置してくれる人達はNWに移住しないという事になる。


「残る人も数人いるけれど、ここでの仕事をやってくれるのはAIですよ。私もNWに行きますしね」


 なるほど。NWでNCなどを生み出したNW社ならば、この程度の仕事を任せられるAIの開発くらい容易いのかもしれない。


「あ、伝え忘れていた事がありました。コールドスリープ前は身を清めるので、こちらが用意した大浴場にご案内します」

「お風呂に入るんですか?」

「そうですね。お風呂というよりは消毒と言ったほうが適切かもしれませんが。湯に浸かるだけで清めは終わりますので、普段ご自宅の浴槽でしているようにくつろいでくだされば」


 これからこの世界とさよならしようって時に、最後にやることがお風呂とは。大浴場は男女で別れて一つずつあるが、現在この場にはNW社員を含めても女性しかいないので、男性用浴場を大人組が、女性用浴場を私達学生組が使うことになった。







「いっくぞ〜! それ〜!!」


 かけ声と共に双海さんは高く飛び上がり、浴槽へとダイブした。水しぶきが飛び散り、私達は浴槽に入る前からビショ濡れになってしまい、無言で双海さんを睨みつける。


「ほら〜、結構広いしみんなもやってみなよ」

「はぁ、そんな事をやるのはアナタくらいですわよ」


 と発言した会長の横をすり抜けて、湯船にダイブする人影がもう一つ。


「それ〜! あはは! 意外と楽しいね、これ」

「ハヅキ先輩!?」

「私も一度くらいはやってみたかったの。もうこの世界ともお別れだし、やりたことはやっておかないとね」


 そう言ったハヅキさんは今度は潜って泳ぎだし、その後を双海さんが追うようについていった。普段はお嬢様学校に通い、習い事などもして優等生なハヅキさん。こんな時くらいはハメを外したいのかもしれない。


「マリ」

「うん?」

「いくよ、私達も!」

「ちょ、ちょっと沙耶! 待ってってば!」


 今度は沙耶が飛び込んで、私もその後ろを追って飛び込んだ。浴槽の底は意外と深く、大人用プールくらいはあるだろうか。消毒と言っていたので、なるべく全身が浸かれるように深くしてあるのかもしれない。もちろん座って堪能出来るように、端には腰かけ用の段差も用意されていた。そんな私達を呆れて見ていた会長も、意を決して飛び込み、大きな水しぶきを上げる。そして最後に残ったのは雪ちゃんだ。


「お〜い、雪ちゃんもおいでよ〜!」

「はぁ、この人達が全員、私の先輩とは……」


 雪ちゃんは私達に背を向けて浴槽とは逆方向へ歩き出す。私達から離れた…わけではなく、誰よりも長く助走を取り、誰よりも速く走って、誰よりも高く飛んでダイブした。双海さんの時よりも豪快な水飛沫が私達を襲い、笑い合う。

 少し緊張していた雪ちゃんも、心なしか肩の力を抜いて笑えるようなった気がする。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「うん?」

「まだ、よくわからないし、NWの事を信じてるのか私自身自信がないけど、いくよ。私もNWに」

「うん……少し、安心した」

「まぁ、ね。ついてこなくていいなんて、お姉ちゃんはカッコつけてたけど、明らかについてきてほしそうだったし」

「そ、そんなことないもん」

「どうだか」



 そう言って雪ちゃんはスイスイと流されるように泳いで私から離れていった。



「ねぇ、スズ。何分くらい浸かればいいんだっけ?」


 双海さんが仰向けにプカプカと浮きながら聞く。


「1時間くらいと言っていましたわよ」

「ながっ! ふやけちゃう」

「まぁ、浸かってるだけでいいのですから、別に体力を使うわけでもなし」

「むぅ。いや、この瞳子ちゃんが水面を漂うだけで良しとしない! 泳ぐ、全力で!」

「こら! 足をバタつかせないでください!」


 とか言いつつ会長もクロールで双海さんを追いかけていく。

 私は浴槽の端の段差に腰掛けている沙耶に後ろから抱きかかえられるように形で座る。あの修学旅行の夜から、沙耶と一緒にお風呂に入る時はいつもこの姿勢に落ち着く。安心する。


「どんな状況でも元気だなぁ、双海ちゃんは」

「本当にねぇ」


 庭で駆け回る子供を見守る熟年夫婦のようなセリフを吐いて沙耶に全体重を預けた。


「マリ、また胸が大きくなった」

「も〜、またそれ! わざわざ口に出さないの!」

「う〜ん、じゃあ、直接」

「へ? ちょ、沙耶、んっ……やっ!」


 沙耶は私の後ろから優しく、撫でるように、ゆっくりと私の胸を触る。

 その触り方に私の身体は反応してしまい思わず声を出す。


「ちょっと! これ、大きさを確かめる触り方じゃないでしょ!?」

「ごめんごめん。まぁ、ほら、こっちじゃ最後だし?」

「言い訳になってないってば! もう、みんないる…の…に…」


 そんな私達をじっと見つめている人影が一人、眉間にシワを寄せて不審者を見るような、鋭い目で私達を見ている。


「お姉ちゃんと姫先輩、距離感近すぎない?」

「そ、そんなことないよ。ね? 沙耶」

「そうそう、ちょっとしたスキンシップ。女の子同士なら普通 (ではないけどなんとかなれ!)」

「友達同士でそんなことしませんよ! それに、スキンシップにしてはなんか、雰囲気が……その、エ、エッ…」


 言うな、それ以上言うな妹よ。それを言われて私はどう反応すればいいのかわからない。自分はどれほど変な声を出したのだろうか。誰か助けて! なんて神に祈りを捧げるしかない状況。しかし、その祈りが通じたのか、雪ちゃんの後ろに人影が迫る。双海さんだ。


「ふっふっふ。スキンシップをしたいのなら……この瞳子ちゃんにまかせろ〜!!」

「ギャー!!」


 双海さんに不意打ちで胸を揉まれた雪ちゃんは大絶叫で飛び上がる。


「ななななにするんですか! そもそもあなた誰なんですか!」

「ありゃ、酷いな神崎さん。私のこと、紹介してくれてないのか」


 双海さんは、雪ちゃんの胸を鷲掴みしたまま、頬を膨らませて私を見る。今まで雪ちゃんと接点のなかった双海さんを紹介する機会がなかったのは当然だと思うのだが、助け船を出してくれた恩ができたので、ここは双海さんに従い、雪ちゃんに双海さんのことを紹介する。


「てことで、よろしくね! 妹ちゃん。仲良くしよう!」

「胸を鷲掴みしながらよろしくしてくる人とは仲良くしたくないですけどね」

「そう言わずに、ほれほれ!」

「やっ……あっ、ん!」


 あ、雪ちゃん、変な声出した。なるほど、私もこんな声出してたのか。こりゃ双海さんが喜んでオモチャにしそうな反応だ。

 しかし双海さんは咄嗟に手を離して、固まって、動かない。その顔は少し赤みを帯びている。


「え〜っと、ちょっとやりすぎちゃったかな〜なんて、あはは」

「やりすぎですよ! 変態! バカ! 変態!!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 雪ちゃんの容赦ない罵倒に気押される双海さん。なんか初めて見るかも、双海さんが口で押し返されるのは。


「変態だって、沙耶」

「え、いや、ほら、私達は…その、ね? いいじゃない」

「いいけど、公衆の面前ではダメ!」

「う、は〜い」



 ◇



 それからしばらくみんなでゆっくりとし、清めの間から出た私達は更衣室にて、NW側が用意した浴衣のような特殊な装束に着替える。


「スースーするね。なんか」

「まぁ、コールドスリープするなら衣類はいらないからね。あ、マリ、そのキーホルダー」

「うん。夏祭りで取ったお揃いのキーホルダー、持ってきちゃった」


 沙耶はポケットに手を入れて『私も』と犬のキーホルダーを取り出す。


「せっかくマリがプレゼントしてくれたのに、NWに持っていけないのが残念。だから、せめて一緒に」

「うん」


 さすがに雪ちゃんがいるこの場ではキスできない。だから、どちらからともなく、自然とお互いのキーホルダーを近付け、犬同士がコツンと音をたて、くちづけをする。私と沙耶はお互いの顔を見合わせて破顔し、その頬は少し赤かった。



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