Survive or perish
会長のテレポでワープした先はトリデンテ。
ワープして戻ってきた私達を見て、ヒビキの足元にいたヴォイスがワンワンと吠えながら走り寄ってきた。
「お、マリっち帰ってきたのか。ん? どうしたんだよ。この世の終わりみたいな顔して」
「ヒビキ、それは笑えない冗談だ」
「あん? って、パパ!? なんでパ……エンゼルケアがここに?」
◇
エンゼルケアさんはヒビキに事情を説明し、私達はイヴさんから先程の話の続きを聞いた。
先日、私達との戦いに敗れたイーグルさん達は、イヴさんに拘束されて取り調べを受けていた。
最初は口を閉ざしていたが、ツルギさんのアカウントブレイクでNWから除外すると脅しをかけると態度が一変。変死事件の真実を話し始めたらしい。
イーグルさん達が人面虫に出会ったのはNos.が発現してから、しばらくして。
Nos.の噂を聞いて人面虫の方から接触してきたらしい。
人面虫の目的は、世界の終焉から逃げ道として作られたNWの制圧。
ちなみに逃げ道はNWだけではなく、地中に逃げようとしている者や、他の惑星へ移住を計画している宇宙開発機関など様々だ。その全てを潰して回っているらしい。
しかし、その中でもNWはイーターにとっては危険視されている。他の機関は物理法則を超越したような逃げ方ではない、故にイーターはいつでも手をくだせるだろう。だがNWは地球との関係を完全に断ち切ると断言している以上、逃がすわけにはいかないのだ。
最悪、このNWが独立した後も、中に送り込んだ先遣隊達がプレイヤーを全滅させてしまえばNWに先はないと判断して人面虫を送り込んだらしい。
良い機会なので、私達はずっと気になっていた事をイヴさんに聞いてみることにした。
「最初の会見の時からずっと聞きたかったんですけど、外の世界の存在と接触したって言ってましたよね? それがイーターなんですか?」
「そうね。私自身がイーターと接触したわけじゃないけれど、私の中にある一部の記憶は、それを鮮明に覚えているわ」
以前イヴさんが話してくれたように、幼い頃から父の実験に付き合わされていたイヴさんの脳には様々な記憶が存在する。言わば記憶の集合体。そして、その中のひとつがイーターに関する記憶を保持していた。
「イーターは肉体と呼ばれるものを持たない存在なのよ」
「体がないってことですか?」
「そうね。こちらの世界に肉体を持ち込めないのか、それとも元々肉体を持っていないのかは不明だけれど」
「じゃあ、どうやって接触を?」
「人体を乗っ取るのよ。憑依と表現したほうがわかりやすいかしら」
人類が初めてイーターと接触し、そして人体に憑依されたのは月面着陸の際だ。
アポロ計画による月面着陸は嘘が誠か? 今でも度々話題になる議論ではあるが、結論から言えば、人類は月面着陸に成功している。
だが、月面への着陸に成功した数分後、二人いたうちの一人の様子が一変したらしい。
それまでは月に降り立った事を喜ぶような素振りを見せていた彼は、突如動きを止めて、もう一人の男を食い入るように見つめだした。
すると、頭の中に直接呼びかけるような声が聞こえてくる。
『おまえらは、あの惑星の住民か?』と。
宇宙空間では声は聞こえないはず。幻聴かと思った彼だが、その後も頭には尋問のような質問の数々が送られてくる。
怖くなった彼は船内に戻り、もう一人の男もその後に続く。
そして船内に戻り、様子の一変した彼に話を聞くと、自分は宇宙の外側からきた存在であり、これ以上宇宙を進行するのならば人類は終焉を迎えると。
戯言か、それとも錯乱したのか。男の精神状態が不安定になったと判断した彼と操縦士は、とにかく帰還することに決めた。
そして、この時、男に憑依したイーターが、地球に入り込んだ初のイーターと見られる。
イーターの警告を戯言と決めつけて無視し、その後も宇宙への進行を続けた人類。宇宙へ行く度に、宇宙飛行士の体に憑依して地球に入り込んだイーターは徐々に数を増やし、ついにイーターはアポロ計画上層部を乗っ取り、アポロ計画そのものをイーターを地球に送り込む計画へと変貌させた。
そして各国のトップへと『小さな惑星で慎ましく暮らしていれば見逃してやろうと思ったが、これ以上テリトリーに侵入を許すわけにはいかない』と、宣戦布告。イーターによる地球終焉計画が始動した。
◇
「宇宙がイーターのテリトリーってコトですか?」
「正確には宇宙の外が、彼等のテリトリーね」
宇宙の外から来た存在が、宇宙に進行した人類を敵視した理由。
おそらく宇宙の先にはイーター達の世界に通じる門か何かがあり、人類の異常な文明の進化に危機感を持ったイーターは人類に警告を鳴らした、ということだろうか。
イーターの存在を知った人類は、ただちにイーター対策本部を設立。
最初はイーターを撃退する事を目的としたが、その考えはあっさりと潰される。軍隊はあっさりとイーターに乗っ取られ、まったくといっていいほど機能しなくなった。
例え兵器を作っても、トップがイーターに乗っ取られたら終わりだ。
その後はイーターに悟られないよう、様々な計画を乱立させた。
地中都市計画、宇宙移住計画、タイムマシン計画、他にも様々な計画があり、NWもそのうちのひとつだった。
立案された計画の中では初期投資の金額が一番少なく、夢物語と言われたNW。しかし、NW社は限られた資金の中でイヴさんの記憶の転送、魂の定着、そしてNos.の実装に成功する。
これを成し遂げだ意味はとてつもなく大きい。イヴさんがNW側の住人になったことで、例え現実側のNW社をイーターに乗っ取られても、イヴさんがNW側から計画を止めることなく【ワールド・エスケープ】を使い、強行できてしまうからだ。
そしてNW社は自らの手で大規模記憶障害、通称ロスト・メモリーズ事件を引き起こし、満を持して移住計画を発表した。
「でも、イーターはNWに存在していますよね?」
「ええ、ここからはまたイーグル達から引き出した情報なのだけれど、イーターは人間に憑依してNWにログイン後、魂が弾き出された。そしてその魂は今度はモンスターに憑依したみたいね」
あれだけ大々的に移住計画を発表すれば、当然イーターにもその情報は知れ渡る。NW移住計画を知ったイーターは、憑依した人体でNWにログインするも、魂の定着が上手くいかずに弾き出される。元々自分自身の身体じゃないので、同期に不具合が出たのだろう。イーターの魂は現実に戻ることなくNWを彷徨うことになる。
そして今度は記憶や魂の同期を必要としないNW内のモンスターに憑依し、再びNWでの活動を始めた。
このNWを制圧するにあたって最も邪魔なのはNos.。
自分で手をくだす事も出来るが、あえてイーグルさんに接触したのは以下の理由。
まずは相手の手の内を探る目的。イーターである人面虫がいくら圧倒的な力を持っていると言っても、このNWとNos.にはまだまだ未知数な部分が大きい。慎重になるに越したことはない。
次はNos.同士が殺し合う事によって、自分の存在を隠しつつNos.を減らせる事だ。派手に人間を喰い散らかせば自分の正体が明るみに出ることになる。そこで脅せば堕ちそうな者を狙ってNos.を人面虫のサイドに引き込んだのだろう。
最初はにわかに信じがたいと疑っていたイーグルさん。
だが、人面虫が目の前でイーグルさんの友人をPKしてみせたところ、その友人は復活することなくNWから消え去ったという。
さすがにチートを使った違反行為だろうと思い、ログアウトして現実の友人宅を訪ねたところ、その友人は心肺停止状態。
それを見たイーグルさんは、人面虫はリアルの人間を殺せるNos.の持ち主ではないかと疑い、このままでは自分も殺されると思って人面虫の指示に従うしかなかった。
これは私の個人的な見解だが人面虫とイーグルさん達、両者共にここで判断を誤った。用が済んだらイーグルさん達はどのみち人面虫達に処分されるだろうし、脅せば簡単に堕ちるイーグルさん達が捕まったら今度は人間サイドに人面虫の内部情報を簡単に漏らす。どちらもリスクが高すぎる選択だ。
後者の状況になったのは人間サイドからしたら不幸中の幸いか。
「さて、アナタ達。心の準備は出来ているかしら」
イヴさんが私を真っ直ぐ見つめて口にした言葉。それは人面虫と戦う準備か、それとも喰われる準備か。
「NWの住人になる準備よ」
「でも、第一次移住計画に私は応募しないですよ」
「マリちゃん。私はアナタに生きてほしいから言うわ。NWに移住しなさい」
「それは、もう時間がないって事ですか?」
「ええ、イーターは地球を終焉へ導く準備を整えているはず。そして自分達の存在が私達に知られた以上、一気に事は動き出すはずよ。だから移住計画は予定通り24日に決行するわ。そして第2次移住計画は存在しない、これが最初で最後の選択よ。選びなさい、マリちゃん。生きるか死ぬか」
「そんな……」
イヴさんが口にした選択肢は『移住するか、しないか』じゃない。『生きるか、死ぬか』だ。私達に退路はない。選ぶしかない、生きる道を。




