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死虫

「捕縛中のイーグル達が吐いたわ。あの人面虫は外敵、イーター。地球を終焉に導く存在の先遣隊よ」

「そんなのが、なんでNWに! ここは世界の終焉から逃れる場所のはずなのに」

「詳しい話は、ここを凌いでからね」


 確かに、呑気に話している場合ではない。

 この人面虫に喰われたら終わりだ。

 しかし、どうやって凌ぐ? あのスピードは常軌を逸している。

 私の弓なんて、まず当たらないだろう。

 でも、とにかくやるしかない!


「あたれ!」


 私は弓を構えて人面虫に目掛けて矢を放つ。

 それを合図に他のみんなも人面虫に斬りかかった。

 私の矢は当然はずれて、人面虫は大きく飛び上がりホワイトランスの側面に張り付く。そこへ会長の【ファストアリア】でアイスニードルが連続で飛んでいくも、人面虫は再び跳び上がり、なんなく回避。この間わずか三秒。異常なほどの俊敏だ。

 人面虫の着地した地点に待ち構えていたのは双海さんとエンゼルケアさん。


「深海の檻に囚われろ!【ディープ・シー・ゲージ】」

「ふふふ、逃げ回る敵は得意なんだよね~、この瞳子ちゃん愛用の蛇流棍は!」


 双海さんは人面虫に狙いをつけて、先端が棘鉄球になっている蛇流棍を鞭のようにしならせながら振り回す。

 そしてエンゼルケアさんはディープ・シー・ゲージで人面虫を捕らえようとする。しかし人面虫は双海さんの攻撃も、エンゼルケアさんの檻をもあっさりとかわしてみせる。

 ディープ・シー・ゲージの発動は一瞬のはずだ。以前エンゼルケアさんと戦った時は、私や沙耶だって回避出来なかった。回避出来るという発想すらなかった。それをこうも簡単にやってのけるのか。しがも双海さんの攻撃を回避しつつだ。


 人面虫は回避後、大きく口を開けてエンゼルケアさんの頭を刈り取ろうとしている。おそらくPCの頭部には記憶に関するデータが保存されている。つまり頭を持っていかれたら終わりだ。


「ひっ……」


 エンゼルケアさんは回避しようとするも間に合わない。が、近くにいた沙耶が【アイギス】を発動させる。

 その神々しい光に包まれた盾は人面虫の牙を弾き返した。


「ほう。俺を押し返す猛者がいるか」

「絶対防御は伊達じゃないのよ! ハナビ!」

「まかせてください!」


 沙耶の後ろから飛び出したハナビちゃんは人面虫の頭部に狙いを定めて手裏剣を投げつける。

 手裏剣はメインウェポンとは違って、誰もが扱える消費アイテム。意表を突くにはもってこいのサブウェポンだ。


 これは当たる! と思ったのだが、人面虫は背中の羽根を高速でバタつかせて風を巻き起こす。すると、風に煽られた手裏剣は虚しく地面に叩き付けられ、あっけなく無力化した。

 人面虫が高速で羽根を動かすと同時に、リーンリーンという音が鳴り響いた。

 これは私達が深夜の探索中に聞いた鳴き声だ。

 やっぱりアレは鳴き声じゃなくて、羽根を高速で動かした時に発生する摩擦音。

 人面虫は人の多い時間帯はホワイトランスの上層部に身を隠し、人のいなくなった深夜に、見つからぬように人を喰う。私達が最初に聞いたリーンリーンという鳴き声、もとい羽音は、人面虫が深夜にプレイヤーを喰い、ホワイトランスの上層部に戻るために羽ばたいていた音なのかもしれない。そして村人Cさんが聞いた声の正体は被害者の断末魔?


「ちょこまかと逃げ回りやがって! おとなしく斬られろ、イーター!」


 人面虫が沙耶とハナビちゃんに気を取られている隙に、ツルギさんは人面虫の背後に忍びより斬りかかった。

 今度こそ不意打ちが成功するかと思われた瞬間、人面虫の頭は180度ぐるりと回転し、逆にツルギさんの不意を突いた。


 時間が止まったようにスローモーションに感じた。

 ならば助けにいかねば。しかし、私の足は動かない。

 当然だ。実際は時間が止まったわけでもスローモーションになったわけでもない。たった1秒間の出来事なのだから。


「ツルギが……喰われた?」


 消え入りそうな声でつぶやいたのはネカマさん。

 ツルギさんがダメージを受けた時に備えて回復魔法を唱えるつもりだったのだろう。ツルギさんの少し後ろに陣取っていた。

 私は慌てて叫ぶ。


「ネカマさん、逃げて!!」

「は…うわぁぁあ!」


 私は急いで矢を放つが人面虫はネカマさんを咥えて跳び上がり、またも木の側面に退避される。

 駄目だ、遅かった。

 ネカマさんは人面虫に捕らえられてそのまま体を呑み込まれる。

 一瞬で二人もやられた。まずい。何かないのか。何か策はないのか。


「俺が喰った今の二人……運営の手の者か。しかし重要な情報は持っていない。持っているのは……おまえか」


 人面虫はイヴさんに視線を移す。今度はイヴさんを取り込むつもりだ。

 いや、このままではどのみち全員喰われてしまう。

 こんなところで死ぬのか。何が起きているのかもわからず、何も知らずに、こんなにもあっけなく。


「いい? マリちゃん。勝とうなんて思わないで、逃げなさい」

「イヴさん……でも!」

「いいから逃げなさい! 死ぬわよ」


 ああ、その通りだ。このままでは全員死ぬ。

 この圧倒的なまでの俊敏性を前に私達は何も出来ない。

 通用したのは沙耶の【アイギス】くらいだ。


「みなさん。ワタクシの周りに!」


 会長は既にテレポの詠唱を始めている。集まってから詠唱なんてしていたら、その間に人面虫に喰われる。それくらい切羽詰まった状況なのだ。それを見たハナビちゃんも、双海さんも、沙耶も、急いで会長の周りに集まる。


「マリ、はやく!」

「ごめん……ごめんなさい。ツルギさん、ネカマさん」


 迷っていられる時間はない。私は人面虫に取り込まれた彼らに背を向けて会長のほうへ走り出した。

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