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考える人

「神崎さん、寝るの上手いな。なんか『考える人』の像に似てた」


 深夜のスノートリトンを調査した翌日…いや、正確には当日。

 頬杖をついて教科書を見るような姿勢で、真面目に授業を聞いているフリをしながら寝ていた私を双海さんはそう表現した。


「双海さんが正直すぎるんだよ。机に突っ伏して寝ていたらそりゃ先生も怒るってば」

「いやぁ徹夜は辛くてねえ」

「大丈夫って言ったのは双海さんでしょ」


 かく言う私も寝てしまったのだが、正直笑い事ではない。

 勉強を疎かにしたら沙耶と同じ高校にいけなくなってしまうからだ。


「これからは気を付けようね、お互い」

「うむ。これからは、まぶたに目を書いておくよ。ところで今日の深夜は? 調査」

「双海さん……話聞いてた?」




 ◇




 お昼の時間、私と双海さんはお弁当を持って中庭へ出向く。

 そこにはシートを敷いてお弁当を広げている沙耶と会長の姿が。

 最近のお昼はいつもこんな感じで四人で一緒に食べる事が多い。中庭、屋上、空き教室など、場所は様々だ。

 沙耶と会長は私達の姿に気付いて手招きしている。



「おまた〜、姫、スズ!」

「遅いですわよ、まったく」

「ごめんごめん。先生からお説教食らっちゃって〜。ね〜、 神崎さん」

「私は大丈夫だったってば。巻き込まないでよ」

「え〜、一緒に寝たのに」

「その言い方やめて」

「おや、スズのお弁当美味しそう!交換しない?」


 聞いちゃいない。


「お弁当って…ワタクシのはコンビニで買ってきたパンですわよ」

「じゃあ、そのピザパン! はい、お返しに玉子焼きをあげよう」

「明らかに量が釣り合ってないのですが」

「え〜、仕方ないなぁ。今日は多めに作ってきたからなんでも好きに食べていいよ!」


 双海さんは自分の持っていた重箱のお弁当を広げると「召し上がれ」と会長に向けて差し出す。


「大きいですわね。何故そんな量を……いえ、とりあえずいただきますわ」

「おすすめはおにぎりだよ」

「おにぎり? では、おにぎりから」


 会長は手のひらサイズのおにぎりを手に取り口に運ぶ。

 というか双海さん「作った」って言った?

 まさか自分で作ったのだろうか。

 ということは、おにぎりには何の具が入っているのだろう。

 双海さんの性格を考えるとノーマルな具が入っているとは考え難い。

 ジャムか? バターか? お菓子が入っている事も考えられる。

 私はおにぎりを口に運ぶ会長を恐る恐る見つめた。


「美味しい…美味しいですわ」

「えぇ〜!?」

「ちょっとちょっと! 何を驚いているのさ神崎さん。失敬な」

「い、いや。具は何かな〜と……」

「具? 鮭とおかかだよん」

「ふ、普通だ。双海さんの事だから変則的な具材が入っると思っちゃったよ……火薬とか」

「今は料理を勉強中なのだよ。だから本気のお弁当」


 そう言われ、改めて双海さんのお弁当を見ると、タコさんウインナー、ほうれん草とベーコンのソテー、玉子焼きなど彩りも考えて作ってある完璧なお弁当だ。


「おぉ……これは中々」

「ふふん。みんなもお食べ」


 そう言われてみんなでお互いのお弁当を分け合いながら食べることに。

 しかし、双海さんは朝方までNWにログインして調査をしていたのに…そこからお弁当も作って登校したのか。

 どこにそんなパワーが? なんて事を考えながら双海さんに視線をやると、そこには会長のパンを頬張る双海さんの姿がある。

 そういえば会長は両親があまり帰ってこないからコンビニ弁当で済ませる事が多いって……。そっか、そういうことか。

 双海さんは普段コンビニ弁当ばかりの会長のためにお弁当を用意してきたんだ。

 以前、双海さんは意外と周りが見えていて気遣いができるのかもと思った事がある。きっとそれは間違いじゃなかったんだって、この時に確信した。


「じゃあ、私もおにぎりもらうね」

「どうぞどうぞ〜♪」


 私は手前にあった小さめのおにぎりを手にとって口に運ぶ。ひとくち、ふたくち、確かに良い塩加減のおにぎりだ。そして三口目にして異変に気付く。


「ん……んんー!!?」


 日本人ならばよく知っている鼻にツーンとくる馴染みのある痛み。目からは涙が出てくる。


「げほっ…げほっ……わ、わさびじゃん!」

「おっ、アタリ〜! ロシアンおにぎり大成功〜!」

「本気のお弁当はどこいったの!」

「いや〜、本気ながらも遊び心がほしくなっちゃって。でもお寿司にもわさびつけるし、意外といけるんじゃない? わさびおにぎり!」


 ……やっぱり双海さんは双海さんだ。





 ◇




「それで、さっきの話の続きなんだけど」


 双海さんは私や沙耶のお弁当にも箸を伸ばしつつ、様々なオカズを口に含んだまま切り出す。


「さっき? 私にわさび入りおにぎり食べさせた件?」

「違う違う。もっと前! 調査の話」

「あぁ、連日の調査は体に負担かかっちゃうからやめようかと思うけど」

「ふむ」

「したいの?調査」

「したいというか、なんか昨日の調査中に違和感があったような気がしてさ」

「違和感?」

「その違和感がなんだったのかは自分でもよくわからないのだよ」



 双海さんが感じた違和感……気のせいで済ませるのは簡単だけど、どうだろう。周りがよく見えている(かもしれない)双海さんの言うことだから少し気になる。



「じゃあ、昨日の情報を整理してみようか」



 違和感があるという情報だけで各々悩んでいても解決しそうもないので沙耶が切り出した。



「情報かぁ……と言っても昨日得た情報ってそんなに多くないよね」

「そうだね。私は待機しているだけだったし、マリ達はホワイトランスをぐるりと一周しただけだよね?」

「うん。特に見た物とかはないけど……でも、そうか。情報量が多い中から違和感を探すよりは情報量が少ない方がむしろいいかも」

「待機していた私が得た情報といえば……海から聞こえる波の音、木々が風に揺られててざわめく音、後はマリと双海ちゃんの会話する声くらい。基本的に音の情報しかないよ」

「捜索班の私と双海さんが得た情報もほとんど変わらないはずだよ。木々が揺れる音、波の音、虫の鳴き声。後はホワイトランスを周りながら歩いたから、ずっと雪を踏む音とかが聞こえてたかな。視界に変な物が入ることはなかったよ。双海さんくらいしか」

「をい! かわいいかわいいアクアニちゃんを悪く言うのはこの口かなぁ〜?」


 ワサビおにぎりの仕返しに軽い冗談を言った私の頬を引っ張るとぐにぐにする双海さん。


「いひゃい〜! ごめんなひゃい〜」

「うーん、やっぱり情報が少なすぎるかな」

「待って沙耶。私も今の情報、どこかおかしい気がする……」

「マリも? 聞いてる限りはまったくと言っていいほど違和感ないけど」


 波の音……これはスノートリトンが港町だから聞こえてくる。であれば違和感の正体ではない。


 木々のざわめく音。こちらも港町がゆえに風を遮る物が少なく、海から吹く風をホワイトランスがモロに受け、その葉を揺らしていた音だ。何もおかしな事はないだろう。


 そして虫の鳴き声。リアルなNWならば虫の鳴き声が聞こえてきても不思議は……いや、待て。雪にまみれたこの地方に虫なんて存在するだろうか? ……正直、昆虫に詳しくないのでわからない。冬に活動している虫だっているのかもしれない。

 でも違う。違和感はそこじゃない……そう、そうだ。そもそもNWに虫は存在しない。いや、存在自体はしている。ただ、現実世界のように人間の手のひらに乗るようなサイズの虫が存在しているわけじゃない。

 存在する虫は……NWで目にしてきた昆虫は……そうだ、全て巨大化したモンスターだ。

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