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噂話

 沙耶と一緒に雪原を歩きながら、雪化粧をした木々や凍った池の水面に映し出される幻想的な景色を眺めたりし、目的地のスノートリトンへ到着した。



「相変わらず大きい樹だなぁ」


 この町に訪れた人の100人中100人が、たぶん同じ感想を言うのではないだろうか。

 既に何回も訪れている私がこの町を訪れる度に、町全体を傘のように覆っている巨木を見上げて同じ感想を口走ってしまうのだから。


「あら、マリさん。最近よく来るわね」


 と、声をかけてきたのは、この町の長であるスノウさん。

 相変わらず町に訪れるプレイヤーに声をかけては案内や勧誘をしているらしい。根っからのリーダー気質というか、マメな性格というか。とにかく、この人が長ならば町の急速な発展速度も頷ける。



「こんにちは、スノウさん。今日は情報収集に来たんです」

「今日も、でしょ? 最初に訪れた時だってそうじゃない」

「あはは、確かにそうかも…」

「そんなに情報収集ばっかりして、君は探偵にでもなるの?」

「そんなつもりないですけど。なんか前にも同じような事を沙耶に言われたような」

「そうなの? でも、今はそのサーヤさんも一緒じゃない」


 スノウさんは、私の横にいる沙耶に視線を向けて言う、が、その視線は沙耶の顔の高さから徐々に下へと降りていき、私と沙耶の手の部分に行き着いた。


「とても情報収集してる人間には見えないんだけれど?」


 スノウさんが見つめる先には、お互いの指を絡めあって、いわゆる恋人繋ぎをしている私と沙耶の手があった。


「いや、これは寒いからマリと手を繋いでるだけであって……」

「はいはい、そういうことにしておいてあげましょう」


 恋人繋ぎをしながら情報収集という間抜けな有り様に少々恥ずかしくなったのか、咄嗟に理由を探す沙耶。だが今の言い訳は少々苦しい!

 だって今、まったく寒くないんだもの。

 一面雪国のこの地方は確かに一見寒そうだが、先程も言った通り実際は涼しいだけなのだ。よって寒いからという理由でお互いの手を握り合う人は存在しない。


「まぁ、いいですけど。そんなことより、ちょっと聞きたい事があるんです」

「なんでも聞いて頂戴。トリデンテには協力したいからね」


 恥ずかしがってる沙耶って、なんだか新鮮! なんて思っていたのも束の間。切り替えが早い沙耶は既に情報収集モードへ移行していた。

 もうちょっと照れてる沙耶を見たかった、なんて残念な気持ちもあるが、こんな風にあっさり割り切って先へ先へと進んでいくのは沙耶の魅力の一つだ。その沙耶の隣に立つ事で私も前に進んできたのだから。


「緑の髪をした女性の幽霊を見なかったって? どうしてまた幽霊だなんて?」

「まぁ、その、色々とあって」


 緑の髪をした女性の幽霊とはセーラさんの事。

 意識だけが彷徨っていると聞かされたはいいが、その意識ってどうやって探せばいいの? セーラさんのアバターはアカウントブレイクによって破壊されてしまったので、セーラさんがアバターの姿のままなのか、現実世界の姿なのか、はたまた形なんてものは存在せずにゆらゆらと漂っているのかは不明である。

 とりあえず私が知っているセーラさんの姿を元に探そうという結論に落ち着いた。


「幽霊ねぇ……あぁ、でも"声"を聞いたって噂なら耳にしたよ」

「声?」


 スノウさんは「スノートリトンの住人から聞いた話なんだけど」と前置きして語り始める。

 その日、スノートリトンの住人である村人Cは、勤めている職場が翌日臨時休業になった事もあり、普段はぐっすりと寝ているであろう深夜にログインしたらしい。



「あの……」

「何よ、マリちゃん。話の腰を折らないで頂戴」

「ごめんなさい。でも、なんで村人Aも村人Bも出てきてないのに、いきなり村人Cなんですか?」

「あぁ、説明が不足していたわね。情報を提供してくれたその人のプレイヤーネームが村人Cなの」

「紛らわしい!」


 心底どうでもいい質問をしてしまったと後悔しつつ、再びスノウさんの言葉に耳を傾ける。

 その村人Cさんは深夜にログインすると、普段は顔を合わせる機会の少ないスノートリトンの深夜組プレイヤーと意気投合して、しばらく狩りをしたり酒場で語り合ったりしていたそうだ。

 そして深夜2時が過ぎて深夜組も徐々にログアウトしていくプレイヤーが増えていき、解散の流れになった。普段はログインしていない時間にログインしている解放感からか、それとも深夜組と盛り上がって騒いだテンションが下がりきらないからなのか、中々眠くならない村人Cさんは普段は見れない静かなスノートリトンを散歩してみようと夜の町を一人で歩きだしたらしい。


 スノートリトンは100人以上が暮らす大規模な町。

 更には町の外からも多くの人が訪れ、普段はどこを見ても人、人、人の山なのだが、散歩をしながら時計を見ると深夜も3時。それまで僅かに残っていた深夜プレイヤーもいなくなり、いつものスノートリトンからは想像も出来ないくらい静まり返って不気味な雰囲気を醸し出していたとか。


 ゲーム内とはいえ、ここはリアルな描写のあるNWの中。なんだか薄気味悪くなってきた村人Cさんは町全体を覆っているホワイトランスの根元辺りまで来た所で引き返してログアウトしようと思い踵を返したが、そこで村人Cさんの耳に奇妙な声が届いた。



「助けて、って声がね」

「助けて?」


 スノウさんの言葉に私は聞き返す。テンプレのような台詞にありきたりな怪談話だな、というのが私の印象だった。



 村人Cさんは近くに誰かいるのだと思い、キョロキョロと辺りを見渡す。しかし周囲には村人Cさん以外には誰もいない。

 誰かがスキル【ステルス】を使って姿を隠したままイタズラをしているのだろうか? だがステルスは姿が見えなくなるとはいえ、そこまで万能なスキルではない。

 足音は隠せないし、雪の上を歩けば足跡が残る。

 しかし周囲の足跡は先程自分が歩いてきた時に出来た物があるだけ。古い足跡は時間と共に消えてしまうが、わざわざイタズラをするために長時間待機していたとも考え難い。

 何よりも声を上げたらステルスは解除されるので、幽霊を偽ってイタズラするには向いていないスキルだ。

 そんな事を考えていると、また声が聞こえてくる。「殺される。助けて」と。



「助けて……か。PKに襲われた人からのヘルプ? それとも不具合か何かに遭遇したとか?」

「さぁ、どうかしらね。加工されたような高い声だから、声の主が男か女かもわからなかったって。怖くなった村人Cは慌ててログアウトしたから、結局真相はわからず終い」

「なるほど……調べてみる価値はありそうですね。情報ありがとうございます」



 私達はスノウさんに頭を下げてお礼をし、その場を後にする。次は先程の話に出てきた村人Cさんに直接会ってみることにした。

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