船の名は
「おはよう、みんな」
「おはよ、マリ」
北海道地方へ出発する日曜、私は誰よりも早くログインしたつもりだったが、どうやら沙耶に先を越されたらしい。
沙耶はハナビちゃん達と一緒に釣りをしているところだった。
「早いね、沙耶」
時刻は朝7時、普段の日曜日ならまだ寝ている時間だ。
それに昨日も沙耶と一緒に狩りをしてログアウトしたのが1時過ぎなので、あまり寝ていないものと思われる。
「楽しみで眠れなかったとか?」
「違うってば、マリを一人でログインさせないためだよ」
「へ……」
「あんな予告状送り付けられたのに危機感ないなぁ、マリは」
「あ……ごめん。そっか、そうだよね。気を付ける!」
ここ最近、沙耶が絶対に私より先にログインして、私より遅くログアウトするのはそういうことか。
私の家に届いた予告状の件、その予告状の内容を見た瞬間は体の震えが止まらずに恐怖に支配されていたが、人間とは単純な物で2~3日もすれば、すっかり元のメンタルへと戻るのだ。
もちろん予告状の件はトリデンテ全員に伝え、なるべく一人で行動しないようにソロ活動は自重している。
それは私だけではなくトリデンテ住人全員同じだ。
実際に予告状が届いたのは私一人だけなのだが、何が起こるかわからない以上、トリデンテ全員に警戒を怠らないようにと通達した。
最も今のトリデンテにはヒビキとハナビちゃんに加えてヴォイスとジャガミが常駐しているので防衛面はだいぶ安心出来る。
◇
他のみんなも次々にログインしてきて、私がインしてから30分後にはトリデンテ全員が集まった。
「私で最後かな? おまたせ~」
「遅いぞハヅキ!」
「ええ? みんなが早いんだよ。まだ朝8時前だし!」
「あはは、まぁ約束の時間は8時でしたし、全員時間通りですね」
じゃれあうヒビキとハヅキさんをなだめて、場を落ち着かせた後に、沙耶が場を仕切って船の名前を出し合うことになった。
「それじゃ、順番に発表していこうか、まずはヒビキ先輩から」
「おう、ウチはセイレーン号」
「それ、縁起悪くないですか」
「ハハハ、でもウチと言えばセイレーンだからな」
セイレーンとは美しい歌声で全員を眠らせ、船を沈めることで有名な怪物とされている。
縁起が悪いといえば悪いかもしれない。
「じゃあ、次はマリ」
「あ、うん。私はメアリー・セレスト号!」
「いやいや、それも縁起悪い! 悪いというか怖い! 怪奇事件じゃん!」
「あはは、でもほら、メアリーとマリーって発音的に似てるし」
メアリー・セレスト号とは、船が航海可能な状態であるにも関わらず、その船が放棄され乗員10人全員の行方がわからなくなった事件。
謎めいた血痕や引っ掻き傷などが残っていた事から怪奇事件として扱われることもある。
「まったく……じゃあ、次は双海ちゃん」
「オッケー! ワ・タ・シのは~……タイタニッ――」
「それもう縁起とか言うレベルじゃないから!!」
◇
「で、結局候補は3つか。ハナビのソレイユとハヅキ先輩のローズマリー号、それとまさかのリンが提案したイルマーレ」
「まさかとはなんですの」
「いやだって突然まともな名前を出すからビックリしちゃって」
「ワタクシはいつだってまともですわ!」
イルマーレとはイタリア語で海を表すらしい。
ソレイユは太陽、ローズマリーは海のしずく。
どれも素敵な名前なので捨てがたい。
結局、多数決をとって決めることになり、最終的にローズマリー号に決定した。
私と沙耶がハナビちゃんのソレイユに票を入れて親バカ扱いされたのはご愛嬌。
その後、進水式のためにサイバーフィッシュの住人から譲ってもらった白ワインを船体に優しくかけていった。
本来ならばシャンパンやワインのボトルを叩きつけるのが習わしらしいが、私達の場合は形だけ真似ているような物なので問題ないだろう。
「いよいよだね、いくよ~!」
「お~!」
沙耶の号令と共に私はローズマリー号を囲っているクラフトの壁に向けて弓矢を撃ち込み破壊する。
すると破壊された箇所から水が流れ込んでローズマリー号は水に浮いて見事航海が可能な状態になった。
「それじゃ、しゅっぱ~つ!!」
ローズマリー号に全員乗り込んだのを確認し、沙耶は船を出発させる。
高速船といっても北海道までは長い道のりなので交代で舵を取ることになっている。
何よりも皆ローズマリー号を操縦してみたいときかないのだ。
「やっぱり綺麗だね~、NWの海って」
甲盤から身を乗り出して海を眺めていた私の横にハヅキさんが来て言う。
「あ、ハヅキさん。素敵な船の名前ありがとうございます!」
「いいのいいの、私の方こそ名付けの親になれて嬉しいから」
「【ウッドマスター】のきっかけもハヅキさんだし、ハヅキさんのおかげで想像以上の豪華な船になっちゃいましたね」
「あはは、そんなことないって。ほとんどマリちゃんのNos.の力のおかげだよ。ローズマリーもマリちゃんの名前から連想したからね」
「えっ! そうなんですか? 嬉しいけど、なんだか照れちゃうなぁ」
でへへ、と照れ笑いを浮かべていると、背後から「浮気現場発見!」との声がして振り返る。
「ちょっとやめてよ双海さん! そんなんじゃないから」
「ほほ~う、本当かなぁ」
「それにほら、ハヅキさんにはヒビキがいるし」
「ちょっとマリちゃん! 私とヒビキもそんなんじゃないから!」
すかさずハヅキさんのツッコミが入る。
もちろんわかってはいるが、どうもハヅキさんとヒビキはカップルに見えてしまうのだ。
「ぐぬぬ……ズルイ! みんなしてリア充でズルイ!」
「だから私とヒビキは違うってば。でも将来、双海ちゃんの恋人になる人かぁ、どんな人なんだろうね」
「そうだなーー、理想は神崎さんみたいな一途な人かな~~!」
「私に浮気疑惑をかけた直後に言われても」
「ちょっとした冗談だってば~! もう、拗ねない拗ねない」
◇
「ハヅキさ~ん、交代お願いします」
航海に出てから30分経過した頃、操縦を沙耶からハヅキさんに交代した。
ちなみに私は操舵手に立候補していない。操縦も楽しそうだが、景色を見ながらのんびり航海を楽しみたいなと思ったからだ。
「お疲れ様、沙耶。どうだった? 操縦した感想は」
「うん、楽しかったよ。でもやっぱり疲れた。後はマリとのんびり船旅を楽しもうかな」
「えへへ、私も同じこと思ってた!」
それから私と沙耶は手摺にもたれ掛かり肩を寄せあって景色を眺め、時々双海さんに横やりを入れられたり、船内を駆け回るジャガミを捕まえようとしてる会長を手伝ったりと、飽きることなく楽しく船旅を満喫した。




