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唯一無二の盾

 「キミ、マリ・トリデンテだろ?」


 学校の帰り道、沙耶と別れた直後に唐突に背後から話しかけられ、私は身構えた。


 振り返ると、そこには少し大きめの女性が立っている。

 身長は180弱、栗毛の髪は肩まで伸びて前髪は綺麗に揃っている。いや、そんなことよりも目を引くのはその服装だ。

 一般的なスーツの上からインバネスコートを羽織り、頭には鹿撃ち帽を乗せている。

 インバネスコートとは長い丈のコートの上からケープを羽織ったようなデザインの外套だ。

 もっとわかりやすく言うならば、そう―――


「シャーロック・ホームズ……探偵さん?」

「よくわかったね。そう……僕は探偵だよ、ワトソンくん」


 よくわかったというか、単にシャーロック・ホームズのコスプレをした人だと思ったのだ。でもまさか、本当の探偵……?


「あの、私、急いで帰らないといけないんですけど」

「まぁ、待ちなよ。話くらい聞いてくれてもいいじゃないか」


 その話がややこしそうだから聞きたくないのだが、どうやら簡単には逃がしてくれそうにない。

 探偵に事情聴取されるような事をしただろうか?

 双海さんにお弁当の唐揚げを取られたとか、会長の代わりに異世界大事典を買いに行かされたとか、遊びでヒビキに上空から海に落とされたとか。

 いや、むしろこれは全部被害者側の立場では。


「まさか、唐揚げの敵討ちを?」

「は? 唐揚げ……?」


 どうやら違うようだ。ならば、一体私に何を聞こうと言うのだろうか。


「最近、世間では不可思議な死因の変死体が相次いで出ているのは知っているかい?

「え、まぁ……」


 ここ数日、異常気象のニュースが大半で目立っていないが、死因が不明の変死を遂げた死者が出ているという報道を見た気がする。

 しかし、それが私と関係あるかといえば、100%関係ないだろう。では何故、私はこの偽ホームズに事情聴取をされているのだ。


 何か危険な香りがする……目の前にいる怪しい人物に恐怖を感じた私は急いで逃げようと走りだそうとする……が、すぐに手を捕まれて、逃走は失敗した。


「や、やめてください!」

「待ってくれ、話を聞くだけだから」


 私は掴まれた手を必死に振りほどこうと暴れまわる。

 しかし私を掴んだ手の握力は思いのほか強く、簡単には振りほどく事は出来ない。

 いっそ大声を出そうか。田舎とはいえ、ここは住宅街だ。面倒な事件になりそうだが大声を出せば助けに来てくれるかもしれない。

 そう思った時だった。


 私を掴んだ腕を片手でパシッと払いのけて、とある人物が私と偽ホームズの間に割って入る。

 長い髪をなびかせ、その鋭い眼光で相手を睨み付け、私と同じ制服に身を包んだ王子様。


「どなたか存じませんが、私のマリに手を出さないでもらえる?」

「沙耶!」


 乱暴に掴まれた事で震えていた私の体は、優しく手を握ってくれた沙耶のおかげで少し落ち着きを取り戻す。


「おっと、姫を守るナイト様の登場か」


 少し沙耶を挑発するような言動、だが沙耶は動じずに私を守るように立ち、偽ホームズをに対して不敵に笑う。


「そうね、私は盾。マリを守る唯一無二の盾なの。だから私の前では、もう指一本マリに触れさせやしない」

「そう怒らないでほしいな、僕はただ話がしたかっただけなんだ」


 両手をあげてなだめるようなポーズをとって敵意がないことを示すが、私と沙耶は警戒を怠らない。

 何せ掴まれた腕の辺りはジンジンと傷み、少し赤くなって手形が浮かび上がっている。想像以上の握力に本当は探偵じゃなくてプロレスラーか何かじゃないかと疑いの目を向けた。


「私とマリが別れたタイミングを見計らって声をかけるあたり、怪しさ満点なんだけど?」

「はは、すまないね。サーヤくんには用なしだったからね。マリくんだけに声をかけさせてもらったんだよ」


 満面の笑みで答える偽ホームズ。

 しかしなんだろう、先程から違和感があるのは。

 顔、衣類、口調……いや、どれも違う。

 相手が名前を名乗ってないからだろうか? と思ったところで気付く。


「あ! 名前」


 そう、名前だ。

 偽ホームズは沙耶の事をサーヤと呼び、私の事をマリ・トリデンテと呼んだ。

 つまり、この人は……


「NW関係者……ですか?」

「惜しいね。NW関係者ではなく、NW社に調査の協力を求めただけさ」

「協力を……?」

「一連の変死事件の犯人がNW内部から現実世界の身体の脳にダメージを与えている可能性が浮上したのさ」

「脳にダメージって……記憶障害のように専用VRを使って?」


 一度ロスト・メモリーズ事件を経験している沙耶が少し戸惑いの表情を向けて問う。

 あの事件があったのだから、何らかの方法で脳にダメージを与え、狙った人物を殺害することは容易いのかもしれない。


「もしくは、Nos.を使ってね」


 偽ホームズは人指し指で鹿撃ち帽のツバをくいっと持ち上げてそう、言った。

 Nos.での事件といえばアカウント・ブレイクだ。

 PKした相手をログイン不可にしてしまう歪んだNos.の前例がある以上、Nos.を使ってリアル側の人間を殺めることがあっても不思議ではない。

 しかし、Nos.の仕業だというのならば、とある疑問が浮かび、私はそれを口にする。


「でも、Nos.の仕業ならNW社が把握しているんじゃ……Nos.発現者は名前が公表されますよね?」

「その通りだが、たった一つだけ例外があるじゃないか」


 言われてから気付く。そうだ、私が発現したNos.38……その前の番号であるNos.37の存在が確認出来ていないのだ。


「Nos.37が犯人ということですか?」

「どうだろうね? だが、可能性がないわけじゃない……そこでマリ・トリデンテ、君に助手を頼みたいのさ」


 偽ホームズは私を指差していい放つ。

 助手なんて明らかな面倒事を引き受けたくはないのだが……。

 しかもそれが人命に関わっているのだから尚更だ。


「頼むよ、キミにしか出来ない事があるんだ」

「私にしか……」


 私にしか出来ない事……。

 あまり頼られてこなかった私は、そんな台詞に少し心を揺さぶられてしまう。

 私にしか出来ない事で人助けが出来るなら、助けたい。


「わかりました……ただし、沙耶も一緒にいいですか?」

「サーヤくんを…? いいのかい? 彼女を危険に晒すことになるかもしれないよ」

「私達にとっては離ればなれになるほうが危険なんです。そうだよね、沙耶」

「そうね、危険な場所なら尚更二人で向かうべき。それがお互いを信頼しあえるパートナーだから」


 相方が危険な状況に置かれている時の心境を考えたら別行動はありえない。

 相方を置いて行くくらいなら自分もいかないし、危険な場所に飛び込むなら共に行く。それが私達の在り方だ。


「なるほど、安っぽい上辺だけの信頼関係とは違うってことか。君達の絆は」




 ◇




 事件の捜査を協力すると約束した翌日、私と沙耶はホームズに指定された小さなカフェに集まっていた。

 店内はブラウンを主色にしたレトロでモダンな雰囲気で、BGMには心が落ち着くような和やかなクラシックが鳴り響く。


「な、なんか大人の雰囲気だね……ていうか沙耶、なんか服装いつもと雰囲気違くない?」


 黒いタートルに紺のスカート、その上から白いシャンブレーシャツのボタンを下から3つだけ止め、スキッパーのように重ねている。そして防寒用にタイツを履いて派手な色じゃないながらも色気とオシャレさが溢れている。

 季節に合わせるというよりも、このモダンな店に合わせたような大人っぽいコーデだ。


「そのバッグも高そう……」

「下調べしたら大人っぽい雰囲気の店だから、あんまり浮かないようにお母さんに借りちゃった。でもちょっと背伸びしすぎたかな」


 背伸びという程でもない、実際に沙耶の雰囲気は落ちついた大人の女性そのものだ。

 その美しい容姿に惹かれてか御手洗いに立つ人が一瞬だけ沙耶をチラッと見るが、この美しい人物がまさか中学生だとは思うまい。


「背伸びなんてことないよ! 素敵だよ、沙耶!」

「ふふ、ありがと。マリも可愛いよ」


 お互いの顔を見てちょっと照れ笑い。

 四人用のテーブルだが、私と沙耶は隣り合わせで座っているので、こっそりと手を繋いでみたりする。


「相変わらず仲がよろしいことで、お姫様と騎士様は」


 お互いに見合わせていた顔を声の主の方角に向けると、そこには私達の到着から約10分遅れで到着したホームズの姿がある。

 そう、間違いなくホームズなのだ。鹿撃ち帽も、インバネスコートも、そして左手に持ったパイプ煙草も。


 鹿撃ち帽やインバネスはともかく、パイプを吸ってる人は初めて見たな。

 沙耶とは別の意味でチラチラと視線を向けられている。


「こんにちは、えーと……ホームズさんでいいのかな」

「うん? なんだい?」

「い、いえ、名前知らないなって」


 その外見からホームズと呼んではいるが、本名がホームズなわけではないだろう。

 このままホームズと呼んでいいものか、いや、単純に名前が気になるという好奇心もあるのだが。


「名前かい? そういえば教えていなかったね。なんだと思う?」

「は?」

「いやなに、ちょっとしたクイズさ。探偵の助手ならば名前を導き出すくらいの事は出来るんじゃないかい?」


 いやいや、出来るわけない。

 まだ言葉を交わした時間は30分あるかないかだ。そんな短時間でこの人物の本名を導き出すのは不可能だろう。

 ヒントなんかがあればまた違うのだろうが、そんなヒントらしいヒントをもらった覚えはないのだ。



「ヒントとかないんですか?」

「ヒントかい? う~ん、そうだね……ありきたりな名前だよ」


 ありきたりな名前……多い名字といえば田中、鈴木、佐藤、高橋、この辺りだろうか。


「この中に名字はあります?」

「うん、あるね。どれだと思うんだい?」


 全国的に多い名字というのはどうやら正解らしい。

 しかし、この中から適当に選んでも確率は4分の1だから絞り込めたとも言えない。


「沙耶はどう思う?」

「私? そうだなぁ……ありきたりな名前、って言葉を信じるなら全国的に一番多い佐藤かな」


 私は田中や鈴木が一番多い名字だと思っていたが、沙耶の話によると佐藤が一番多いらしい。博学だな、沙耶は。


「じゃあ、私も佐藤で……どうですか? 合ってます……?」


 ありきたりな名前と言っただけで一番多い名字と言ったわけではない。つまりこの答えが正解かどうかは4分の1のギャンブルに過ぎないのだが、これ以上悩んでも確信的な答えに辿り着けそうもないので、とりあえず佐藤を挙げる。


「うん、正解だ! さすがはワトソンくん」

「あはは、え~と、後は名前ですね……名前もありきたりな名前なんですか?」

「うん、そうだね」


 名字に続いて名前もか。しかし、ぱっと思い浮かぶ名字に比べて名前はパターンが多すぎて、さすがにわからない。

 ならばとまたまたヒントを聞き出すことに。


「もうちょっとヒントがほしいです。例えば食べ物に関する名前とか、花に関する名前とか」

「ふふ、そうかい? じゃあヒントは花に関する名前だよ」


 花に関する名前、そのヒントがあればある程度は絞れる気がする。

 私は沙耶と一緒になって相談することに。


「花に関する名前って言ってもパターンが多すぎない?」


 確かにそうかもしれない。例えば菜の花から取って"菜"がつく名前も候補になるとしたら菜々子や菜々美など、数多くのパターンが存在する。


「んー、ありきたりな名前って言ってたし単純な名前を挙げればいいかもね」


 まぁ、別に名前を当てても賞金が出るわけでもないし、外したところで損をするわけでもない。

 思い浮かんだ名前をそのまま口にして外れて終わり。それでもいいのでは、という結論になり私と沙耶は試しに「さくら」という最も多く使われていそうな花に関する名前を口に出した。


「お、正解! やるねぇ」

「ええ!? 正解なんですか?」


 ヒントを得て最も多く使われている名字と名前を挙げただけなのだが、思いの外すんなり正解が導き出されて拍子抜けしてしまう。

 まぁ、私は一番多いのは別の名字だと思っていたので、一番多い名字の正解を把握していた沙耶の知識量のおかげで正解出来たとも言えるが。



「えっと、佐藤サクラさん。改めてよろしくお願いします」

「ああ、よろしくね。ワトソンくん」



 その呼び名もどうにかしてほしいものだが、と思いながら私は偽ホームズこと佐藤サクラさんに改めて事件についての詳細を聞くことにした。

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