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ハナビはここで死ぬのでしょうか? ~ 味とネズミと激辛料理 ~

「これが……味!!」


そう呟いたのは、いつもよりも少しラフな格好をした双海さんだ。

味覚が実装された当日、トリデンテの面子は全員ログインし、私達のマイホームにて細やかなパーティーを開いていた。


「凄いよ神崎さん! 私、ついに味を……味覚を! 革命だね」

「双海さん、がっつきすきだよ。あと名前がリアルネーム呼びに戻ってる!」


少しオーバーなリアクションだが、実際すごい。

だって、ゲームをしながら数々の料理の味や香りを楽しめ、それも食べ過ぎても病気や肥満のリスクがないのだ。


「引きこもりが増えそうな快適空間だね」


そう言った沙耶は肉やお菓子類をメインで食べている。


「ふふ、沙耶嬉しそうだね」

「うん、だって今までは思う存分好きな物を食べるなんて行為、怖くて出来なかったもの」


リアルではスタイルや健康に気を使って食事をしているので野菜などを意識的に食べているが、この世界では今まで我慢していた物を思う存分食べれるのだ。


「スタイル維持も楽じゃないんだね……あ、ハナビちゃん、これが私のオススメの塩漬けの数の子」

「数の子って……マリ意外と渋いところを」

「えー? でも美味しいよ、数の子!」

「ありがとうございます、マリお母様。それでは……いきます」


私が数の子を渡すと、まるでこれからバンジージャンプでも飛ぶかのような緊張感を漂わせ、ハナビちゃんは息を飲む。

そうなった原因はパーティーが開かれた直後、ハナビちゃんが最初に手に取った料理に原因があった。


私や沙耶から受け継いだ知識こそあるものの、実際に味というものを経験したことのないハナビちゃんは、とりあえず目の前にある料理を手に取り、口に運んだのだが、それがいけなかった。運悪く……いや、私達がもっと気を利かせれば防げたのだが、とにかくその真っ赤に染まる激辛ハバネロ焼きそば(クイーンからの差し入れ)を食べてしまったのだ。


食べた瞬間、ハナビちゃんは口を大きく開けながら「口の中でファイヤーボールが飛び交っています…ハナビは……ハナビはここで死ぬのですか……」と悲壮な顔をしていたが、急いで水を飲ませ、なんとか回復し今に至る。


ハナビちゃんは私が渡した数の子を数秒間見つめた後、意を決して数の子を口に運ぶ。

すると、口にいれ数回歯応えを確認し、ハナビちゃんは両手を頬に当てて感嘆の声をあげる。


「お…美味しいです!」

「本当!? よかったぁ」

「はい! 口に入れた瞬間にほんのり広がる絶妙な塩加減、噛んだらプチプチと弾けるような弾力……素晴らしいです」


そう言ってハナビちゃんは一つまた一つと、どんどん数の子を口に入れていった。


「美味しそうに食べるねぇ、ハナビちゃん」

「ハナビ、これも食べてみ」


ひたすら数の子だけを食べるハナビちゃんを見て今度はヒビキとハヅキさんがハナビちゃんに黄色くてプルプルとした料理を手渡す。


「これは……」

「プリンだよ、さすがに知ってるか?」

「知ってはいますが、味までは……」

「まぁ、実際に食べてみないとね! 美味しいよ」


ヒビキとハヅキさんに勧められるがままプリンをスプーンですくい口に運ぶハナビちゃん。


「……美味しい! 甘いです!」

「だろ~? プリンってのは女子なら嫌いなヤツはいないからな」

「そうなのですか?」

「ウソ言わないのヒビキ! 好みは人それぞれだから当然いるでしょ」


ハヅキさんに軽く頭を叩かれて笑うヒビキは、いつもよりテンションが高く見える。

トリデンテ全員が集まる日はそんなに多くはないので、賑やかな今の状況は愉しくて仕方ないって感じだろうか。


会長が第一次移住者になればヒビキやハナビちゃんと合わせて合計三人がトリデンテに常駐することになる。


「なんですのマリさん? ワタクシをじっと見つめたりして」

「い、いえ、もう少しで移住なんだなって」

「ああ、その事ですか。大丈夫、ワタクシは小学生の頃から覚悟を決めていたのですから」


会長の顔には一天の曇りもない、迷いなんて微塵も感じさせない辺りが覚悟を決めている証拠なのだろう。


「じゃあ会長、私達がログインしていない間はハナビちゃんとヴォイスの事、頼みますね! 私もいずれはNWに移住するので、それまでは」

「ええ、もちろんですわ」


すると、私達の会話を聞いていたのか、ヴォイスが会長の足元にすり寄って来て甘い声を出している。


「まぁ、ついに私にも心を開いてくれたのですね!」


会長はヴォイスを抱きかかえると、赤ちゃんをあやすようによしよしと撫で、ヴォイスも心地良さそうに受け入れている。

というか心を開く開かないではなく、アルティメットきゃべつ太郎という名前に反応しないだけでは……。


「そういえば会長は守護獣どうします? ヴォイスはヒビキが契約してるし、ヴォイスもモンスターの仲間が増えたら嬉しいかなって思って探してるんですけど、中々しっくりくるモンスターがいなくて」


守護獣とは【契約】のスキルを使ってモンスターと契約し、自分の守護獣として永久に付き合っていくパートナーだ。

離れた場所にいても【召喚】を使って呼び出せるので非常に心強い味方になる。


「守護獣に関してはワタクシも色々と考えていたのですが……そうですわね、良い機会だし、少しパーティーを中断して町の外までついてきてください」

「え?」

「ほんの5分ほどですわ」







「リン、一体なんだって言うのよ」



パーティーの途中、会長がみんなを連れて一度外に出ることに。辺りは既に陽が落ちて暗くなり、トリデンテに灯る火が辺りを照らしている。

町から歩いて1分程度だろうか、会長が足を止めると前方に動く影を捉えて叫ぶ。


「いましたわ! あれが目的の獲物ですわ!」


会長が指差す方向には小さな影、大きさは現実世界で例えるなら猫、そしてその外見は茶色な毛に覆われ、短い足で一生懸命に走り回るアイツがいた。


「あ、マウスキャットですか?」

「そうですわ!」


マウスキャット、この周辺からゲームを始めた人ならば絶対に一度は遭遇するであろうネズミ型のモンスターだ。

私もゲームを開始した直後に遭遇し、毒のブレスを浴びてピンチになったが、間一髪の所で沙耶が私を助けてくれた思い出がある。

それは会長も同じで、ゲームを始めて間もない会長は丸腰の状態でマウスキャットに遭遇し、初心者狩りのマウスキャットの餌食になったのだ。


「マウスキャットを守護獣にするんですか?」

「ええ、そう決めましたわ」


「マウスキャットってここらじゃ一番弱いモンスターだろ? 守護獣は一度契約したら二度と変更は出来ないぞ。いいのか、リンっち」

「大丈夫ですわ。どんなモンスターでもワタクシが強くしてさしあげます! それに過去に出会ったモンスターを振り返ってみると、真っ先にマウスキャットが思い浮かぶのですわ」


伝説の木の枝の件といい、会長は思い出を大切にするタイプだ。だから一番最初に出会ったモンスターであるマウスキャットに惹かれるのは必然なのかもしれない。


「会長、頑張ってください!」

「ええ、いきますわよ!」


そう言うと会長はNos.【ファストアリア】を発動し、マウスキャットに魔法を直接当てずに氷の刃で逃げ道を塞いで閉じ込める。

そしてカバンから毒の瓶を取り出すと、身動きの取れなくなったマウスキャットへ向かって投げつけ毒のステータス異常を付与し、じわじわと体力を削る。


「ふふふ、どうですの! 幾多のプレイヤーが受けた苦しみ、その身で味わいなさいな!」

「か、会長! これから契約するモンスターですけど大丈夫ですか? やり過ぎな気も……」

「はっ! いけませんわ、ワタクシとしたことが」


初心者の頃にやられた事を思い出していたのか、ネズミに対しての怨みが爆発していた会長をなんとかなだめ、落ち着いた会長はHPの減ったマウスキャットに対して【契約】のスキルを発動をする。


問題はこの契約をマウスキャットが受け入れるかどうかなのだが、マウスキャットは何かを品定めしているかのように会長の顔を見つめたまま20秒ほど考えこんで、最終的に契約を受け入れた。


「ついにワタクシにも守護獣が……よろしくお願いいたしますわ」


会長は契約を受け入れてくれたマウスキャットに手を差し伸べて最初のコミュニケーションを計ろうとする……が、それは見事に失敗に終わる。

マウスキャットは会長の手に勢いよく噛み付き、更には顔面に後ろ蹴りを入れ、不意をつかれた会長は反動で後ろへ倒れこんでしまう。


「あイタッ! な、なんですの! 何が起きたんですの!」


会長がマウスキャットの方を見ると、マウスキャットはしてやったりというような視線を向けて鼻を鳴らしていた。


「ハハハッ、さっきの仕返しっぽいな」


そんな会長達を見てヒビキは笑って言った。

ヴォイスの時もそうだったが、ヒビキはセイレーンとしてNWで活動した影響からかモンスターの考えていることがある程度理解出来るのだ。


「でもこのマウスキャット、会長(スズ)を出し抜くなんて、NWでは弱小モンスターの部類なのに中々やるねぇ」


双海さんはマウスキャットに近付いて頭を撫でる。

どうやら双海さんの事は受け入れているようだ。


確かに弱小モンスターなのだが、仲間にしてもステータスに変化はないのかな、なんて思ったので私はマウスキャットに対して【アナライズ】を発動させる。



アナライズの効果で表示されたステータスを見ると、このマウスキャットのレベルは15らしく、マウスキャットの中ではやけにレベルが高い気がする。

初心者の頃に出会うのだからモンスターの初期レベルは1~3辺りが妥当な気がするのだが……まさか、初心者を狩ってマウスキャットもレベルアップしていたという事だろうか。


レベル、各種ステータス、弱点属性、普通の【透視】で確認出来るステータスはこれらが限界だが、私はNos.の効果で透視を【アナライズ】へと進化させているので更に詳細な情報を見る事が可能である。


もっともプレイヤーへアナライズを使ってしまうと見てはいけない個人情報まで見えてしまうので自重しているのだが、リアルの個人情報がないモンスターに対してはそんな遠慮は必要ない。


このモンスターが今まで移動した距離、生き延びた時間、所持している全アイテム、便利な情報や必要のない情報まで様々な物が表示される。

そして最後に、この個体が今まで倒したプレイヤーの一覧が表示され、私はそこにある名前に驚き、目を疑った。


「か、会長! 大変、大変です!」

「なんですの、マリさん。そんなに慌てて」

「そのマウスキャット……会長が始めてログインした日に会長を倒した個体です!!」

「なっ…!」


私の言葉を聞いた会長は驚きのあまりに口を開けたまま、ギギギと壊れかけのロボットのようにゆっくりとマウスキャットの方向へ首を向ける。


「ま、まさか……そんな……あの時のマウスキャットがアナタだというのですの?」


会長の事だから自分に縁のあるモンスターと契約したことを喜んでいるのだろう。しかし、マウスキャットは会長から視線を外してまたまたフンッ! と、鼻を鳴らして知らんぷりしている。


「そんな昔の事なんて忘れた、覚えてないってよ」


ヒビキは通訳係として会長にマウスキャットの意思を伝える。

その言葉を聞いた会長は「そ、そんな…!」と悲しそうな顔をして肩を落としていた。


凸凹コンビが誕生してしまったと皆が笑ったり慰めたりしているが、私はこの二人のコンビは悪くないんじゃないかって思ってる。


だって不思議じゃない? 決して強くはないマウスキャット族でありながら、約半年もの間、討伐されることなく生き延びていた用心深いモンスター。そのモンスターが、あんなにあっさりと高レベルプレイヤーである私達の前に現れたんだもん。


もしかして、このマウスキャットは会長の事を覚えていて、自ら進んで現れたのかもしれない……なんて、深読みしすぎかな。







トリデンテに戻った私達はマウスキャットの歓迎会も兼ねて、更にパーティーは盛り上がっていた。


マウスキャットもヴォイスと仲良くなり、二匹一緒にご飯を貪っている。


マウスキャットの名前を決めようと会長が次々と案を出すが、尽くマウスキャット本人に却下されて命名は難航していた。

ジャガイモ掘りズミーとか、ライジングスイカ大臣、らっきょうマウンテンなど、キャベツ太郎に負けず劣らずのインパクトある名前が候補に挙がっては消えていく。


「心なしかヴォイスが同情の目でマウスキャットを見ている気がするわ」

「サーヤっち、よくわかったな。正解」


どうやらヴォイスは自分も経験したゲテモノネームを付けられるかもしれない恐怖に怯えるマウスキャットに同情しているらしい。


「あれもダメ、これもダメ、一体どうすればいいんですの」


挙げた名前が受け入れてもらえずに頭を抱える会長。


「自分のPCネームを決めた時のようにシンプルに考えたらいいかもしれないですよ、会長」

「む、そうですわね……」


鈴川沙綾の鈴という漢字から名付けられたリン。

今回もマウスキャットをもじればいいのではと提案してみた。

例えばスキャットちゃんとか、マーちゃんとか、意外とすんなり受け入れてもらえそうだ。



「ではジャガイモ掘りズミーをもじってジャガミは如何かしら?」

「あ、そっちをもじるんですね……」


会長はマウスキャットのほうに向き直り、ジャガミはどうかと提案する。

マウスキャットは少し困惑している様子だったがやがてヒビキのほうにキュッキュッと可愛らしい鳴き声を鳴らして何かを伝えた。


「あまりしっくりはこないけど、他の名前よりはマシだから妥協するそうだ」

「妥協って……ひどいですわね。まぁ、いいですわ。それではジャガミ、これからよろしくお願いいたしますわ!」

「キュゥ」


噛みつかれた先程とは違い、今度はしっかりと会長の手に顔を擦り寄せて応えるジャガミ。

やっぱりいいコンビだ。




「それじゃあ改めて、かんぱ~い!!」


会長の守護獣であるマウスキャットにもジャガミという名前がつき、パーティーを再開した私達。

しかし、またもや悲劇は起きてしまうのだった。



「この緑色のクリームは……美味しそうです」



とある料理の隅に添えられていた緑色のクリーム、ハナビちゃんはそれを丸々とすくいあげ勢いよく口に運ぶのだった。


「あっ!! ハナビちゃん、それダメ~~!!!」


止めようとした時には既に遅く、ハナビちゃんは緑色のクリーム……いや、クリームなんかではない、大量のわさびを口に入れてしまったのだ。


「んんー!? ん"ん"ん"!!」


目に涙を浮かべ、鼻を押さえるハナビちゃん。

ああ、わかる。今どんなに辛いかよくわかるよ。


「うう……毒の塊を食べてしまいました。マリお母様、サーヤお母様、ハナビは……ハナビはここで死ぬのでしょうか……」


「しっかり、しっかりして、ハナビちゃーん!!」



味覚や嗅覚の実装により様々な経験をしたハナビちゃん。

その後、ハナビちゃんが辛いものが苦手になった事は言うまでもない。

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