決着
決勝進出を決めた夜、私はいつも通りに沙耶と通話をしていた。
「明日は沙耶と対決かぁ……なんだか不思議だね」
「ネット上でも話題になってるみたい」
沙耶に言われ掲示板を見ると確かに反響は大きいようだ。
夫婦喧嘩対決で離婚の危機とか、トリデンテ一族に闘技場が制圧されたとか、マリとサーヤを見てると幸せな気分になるとか。
「一族って……」
「夫婦喧嘩で離婚だって、笑っちゃうね」
「ていうか、まだ結婚してない!」
そもそも結婚というシステムはまだ存在していないので、したくても出来ないのだ。
「子供は作ったのにねぇ」
「順序が逆になっちゃうね~」
極々普通の会話だが、お互いどことなく緊張しているのが伝わる。
私と沙耶が決勝に進んだことにより、どちらかに優勝賞品が渡るので気負ったりする必要はないのだが、それでも沙耶と戦うなんて考えもしなかった。
みんなは格闘ゲームやレースゲームで一回対戦するような物だから気楽にいけって言ってくれたけど、やっぱりなんか違う気がする。
大舞台の決勝で戦うのだから、サッカーのワールドカップ決勝で戦うようなものだろうか。
「私はマリ対策をキッチリと練ったから、覚悟しててね」
「え、え~! 対策って何!?」
「それを言ったら意味ないじゃない」
「ぐぬぬ……」
私だって沙耶を一番近くで見てきたのだから戦い方の癖などはわかっているけど、対策と言われるとピンとこない。
クイーンとの戦いで新しい一面も垣間見えたので、より難しくなっていると思う。
「なんにせよ、お互い頑張ろうね、マリ」
「うん! 全力でいくからね」
◇
翌日、いつも通りにクラフト素材を準備し、武器、防具などの最終確認も済ませて、会長やヒビキちゃん達からの激励を受けて沙耶と一緒に控室を出る。
「ハナビちゃん、用事があるって言ってたけど、どこいったんだろう」
「まぁ、ハナビにだってプライベートがあるのよ」
「ま、まさか……恋人が?」
「かもね」
「おませさんだなぁ」
「中学生なのにこんな会話してる私達もね」
「あはは、確かに」
入場口に辿り着いた私はゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
決勝戦ともあって会場の盛り上がりは半端ではない。
『さぁ、いよいよナンバーズカップ決勝戦! 実況はこの私スキュラ、解説は引き続きイヴさん、ゲストにハナビ・トリデンテさんをお迎えしております』
「ええー!? ハナビちゃん、あんな所にいた!」
「ゲストって……」
実況席にはスキュラ氏とイヴさんに挟まれる形でハナビちゃんが座っていて、こちらに向かい手を振っている。
『決勝はトリデンテ対決ということで、お二人のNCであるハナビさんに来てもらったのですが、お二人は普段どんな方なので?』
『はい、どちらのお母様も優しいですが、少々甘やかしすぎる傾向が。あと、人目も憚らずイチャイチャするのは問題です』
意外と辛口な解説をするではないか、娘よ。
余計な事を口にするんじゃないかとハラハラしてしまう。
『マリお母様はテクニカルなスタイルですが、実は大きなダメージが出る大技を狙うのが好きで、潜在的脳筋です』
誰が潜在的脳筋だ。
『サーヤお母様は戦闘中、常にマリお母様を気にかけて動いています。そういう意味ではマリお母様の動きを知り尽くしていると思います』
「え~、も~沙耶ったら~」
「試合前なんだから喜ばないの」
『あれです、また人目も憚らずイチャイチャしています』
『な、なるほど。さぁ、仲良しすぎて試合前の光景としては珍しいですが、いよいよ決勝戦が始まるぞ~!』
血気盛んな人達が怒号を飛ばしていた今までの試合と違い、クスクスと笑いながら和やかな雰囲気でのスタートとなる前代未聞の状況。
これも私達らしさなのかな、なんて苦笑してしまう。
「いくよ、沙耶!」
「悔いの残らないように、全力でね!」
『試合、開始!』
◇
「変幻自在のマリアージュ!」
開幕直後、私は変幻自在のマリアージュを使って武器を具現化しようとする。
使用しようとした武器は【想混・水滸伝】
混は盾を破壊しやすいという特性を持つ、私はその特性を活かして沙耶の生命線である盾の部位破壊を試みようとしたのだ。
しかし……
「マリ?」
「あ、あれ?」
本来ならば左手薬指にあるエンゲージリングが武器に変化するのだが、まったく反応がないのだ。
「な、なんで!?」
『Nos.が発動しない? 実に興味深いわね』
実況席のイヴさんが目を輝かせながら状況を見守る。
そう、何故かNos.が発動しないのだ。
「せっかく私にもNos.が発現したのに、なんで~」
「……もしかして」
沙耶が何かを察したのか、私と同じようにNos.を発動しようとする。
「【アイギス】!」
しかし、沙耶のNos.もまったくの無反応である。
「やっぱり……」
「どういうこと? 沙耶」
「口にすると笑われそうだから言わない」
そう言って沙耶は私の問いに答えることをやめた。
口にすると笑われるとはどういうことだろうか。
その疑問に答えを出してくれたのは、実況席にいるハナビちゃんだった。
『おそらく、相手がサーヤお母様だからではないでしょうか』
『はぁ、というと?』
ハナビちゃんの言葉にスキュラ氏が反応して聞き返す。
『マリお母様のNos.はサーヤお母様の想いが詰まったNos.です。だからサーヤお母様を傷付ける事を拒んだのでは』
『なるほど、そしてサーヤちゃんのNos.はマリちゃんを守りたい想いから発現したスキル。お互いに相手を想うからこそ力に制御がかかったみたいね』
イヴさんも状況を理解して熱心にNos.について語り始める。
だが、最後には予想通りの言葉を口にするのだ。
『呆れたバカップルね』と。
◇
「マリのNos.に対しての対策練ってたのに参ったなぁ、プランが狂っちゃった」
「えへへ、ごめんね」
「嬉しそう」
「だって大切な人を傷付けたくないから制御がかかるなんて、素敵な力だなぁって」
「お互いを想ってる証でもあるわね」
私と沙耶は顔を見合わせて微笑む。
ナンバーズカップと銘打った大会の決勝でNos.が使えないのは皮肉な話だが、Nos.が使えないからといって試合放棄するわけにもいかない。
「それじゃ、仕切り直して」
「うん、今度こそいくよ、沙耶!」
私は武器を風迅弓に持ち替えて、今度こそはと構える。
予定は狂ってしまったが、Nos.なしでも私には出来ることがいっぱいあるはずだ。
それをキッチリこなしていけばいい。
まずは先制攻撃だ。
常に先手をとっていけば……って!
気付いた時にはもう遅く、沙耶の姿が目の前にある。
沙耶は【縮地】を使って一気に接近してきたのだ。
「キリングステップ!」
不意を突かれた私は回避が間に合わずに沙耶の攻撃を無防備に受けてしまう。
『サーヤ・トリデンテの先制攻撃! マリ・トリデンテに500のダメージが入る!』
キリングステップはダメージと共に攻撃力と素早さを上昇させる効果を持つ便利なスキル。
片手剣を使う者はまず一番最初に使うべきスキルで沙耶はセオリー通りにそれを実行してきた。
私は受けたダメージを即座に【ヒーリングアロー】で回復する。受けたダメージ500に対しての回復したHPは300。
残りのHPは4300/4500になる。
沙耶は再び接近してくると片手剣を振りかざす。
私は弓を装備しているのでなるべく距離を取りたいが故にバックステップして、更に【縮地】を使って沙耶との間合いを取る。
しかし沙耶はクイーン戦で見せた盾を投げる奇襲で私を追撃する。
しかし、これは予測済みだ。
沙耶が私を知り尽くしているように私だって沙耶を見てるんだから!
私は盾を回避して弓を構えるが、今度はまた別の物が飛んできた。
「きゃあ!」
沙耶が投げたのは装備していた剣、シャーク・オブ・オーシャン。
盾を避けた私の着地点に的確に飛んできてヒットする。
沙耶は再び一気に接近してきて剣を回収すると【シャークバイト】を使用し、私に大ダメージを与えてくる。
休む間もなく繰り出される怒涛の攻撃に私のHPは削られ、残りHPは既に2300になってしまう。
沙耶、強い……。
これが蒼海の死神の実力なんだ。
「本当は脳筋プレイしたいのに、私のために盾までしてくれるなんて……」
「いや、別にそこまで脳筋プレイしたいわけじゃ……盾は盾で楽しいよ」
「そうなの?」
「そうなの、たまにやるくらいで十分なの」
そういうものか、ずっと好きな物を食べ続けるよりも、たまに食べるくらいのほうが有り難みがあるとか、そんな感覚なのかもしれない。
というか、私が今考えないといけないのはそんな事ではない。
この超攻撃スタイルの蒼海の死神の圧倒的な猛攻をどうやって防ぐかだ。
「まだまだいくよ、マリ!」
「うっ…」
沙耶の怒涛の攻撃に対して正直思考は追い付かない。
これだけ強いなら、そりゃクイーンにだって勝てるはずだ。
とりあえず沙耶の盾投げや剣投げはクラフトで防御するしかないだろう。沙耶の手から武器が離れた時が最大のチャンスだ。
私は再び距離をとって、あえて沙耶の投擲を誘うことにした。
私が距離をとった瞬間、狙い通りに盾が飛んでくる。
だが私が誘うのは剣投げのほうだ。
盾はブーメランのように投げるので最終的に沙耶の元へ戻るが、剣は一直線に飛んでくるので必ず沙耶の手元から離れる。
その瞬間を狙い撃てば勝機は十分にあるはずだ。
私は盾を回避して次の剣投げに備える。
回避しながら沙耶のほうを見ると先程と同じように一直線に剣が飛んできた。
「狙い通り!」
私は右手をかざしてクラフトで壁を作り上げ、沙耶の剣を弾いた。
そして弓を構えて沙耶の方に向かって射る……つもりだったのだが、沙耶は【縮地】を使いながら一気に距離を詰めてきた。
私は武器を回収しに来たのだと思い、武器の落ちているほうへ照準を合わせようとする。
しかし、その判断が過ちだったことに気付く。
沙耶は武器ではなく私を目掛けて突進してきているんだ。
「【流星群】!」
沙耶は高く飛び上がると、ぐるりと回転しながら私に向かって上空からの回し蹴りをお見舞いしてくる。
「格闘スキル!?」
本来、格闘スキルは爪を装備した者が使うと本領発揮するスキルだが、武器による制限はなく、どの武器を装備していても使用が可能な万能スキルだ。
完全に裏をかかれる形になった私はまたもや被弾。
このままでは沙耶に一撃も当てることなく完封すらあり得る。
Nos.を使用せずにクイーンに勝った沙耶の強さは最早異次元レベルなんじゃ……。
その時、歓声に紛れて一人の人物の罵倒が耳に届く。
「何をしておる愚者! 貴様それでも我に勝った男か!」
声の主は言うまでもなくキングだ。
相変わらず闘技場の一番高い場所で足を組ながらふんぞり返って観戦してる。
それにしても、あんな偉そうなランキング最下位がいるだろうか。
「誰が男だ~! 私は歴とした女の子です!」
でも、そうか。私、キングに勝ったんだよね。
沙耶がクイーンに勝ったように、私だってキングに勝ってるんだ。
自信を持て、臆するな、守りに入るな。悔いのないように戦おう!
「切り裂け!【真空波】」
私の放った真空波は沙耶を目掛けて追尾する。
しかし沙耶は真空波を防御した。それも盾で防御したわけではない、クラフトだ。
私と同じように防御手段として使用するためにクラフト素材を持ち込んだんだ。
「ごめんね、マリ。悪いけど真似させてもらったよ」
「またまだ!」
闘技場で何度も見せた以上、誰かが同じ手段をとってくるのは想定していた。
それが沙耶になるとは思わなかったけど。
「降り注げ【乱れ撃ち】!」
乱れ撃ちを発動し、20本の矢が上空から降り注ぐ。
沙耶は手をかざして壁の天井を作って防ごうとするが、乱れ撃ちは多段攻撃だ。
1本、2本……10本までは防がれるが、そこで沙耶の作った防壁は崩れ去る。
残りのいくつかの矢は沙耶にヒットし、ようやく沙耶に対してダメージを与える事が出来た。
『ここでようやくマリ・トリデンテの攻撃がサーヤ・トリデンテに通る! 更にマリ・トリデンテが【エアリアル・アロー】で追撃する!』
私は上空に飛び上がり矢を放ち、更に武器を大鎌に可変させて【真空波】を、そして沙耶が真空波を防ごうとクラフトの壁を展開したのを見て【縮地】で距離を詰める。
再び武器を弓に戻すと、真空波によって壁が崩れた瞬間に【サイレントアロー・零式】を撃ち込んだ。
背後からではなく真正面からの攻撃だったけど、それでも十分なダメージだ。
『今度はマリ・トリデンテが圧倒的な攻撃を見せる! 魅せる!』
「っつ~、さすがはマリ。一筋縄じゃいかないな」
私の残りHPは1900/4500
沙耶の残りHP2800/6000
いける、十分引っくり返せる数字だ。
まだ劣勢な事には変わりないが、もう一度沙耶を崩せれば逆転出来る。
沙耶はどう動く? 前に出てくるか、カウンターを狙ってくるか。
今の沙耶は超攻撃的スタイルと言われた蒼海の死神だ。おそらく前に出てくるだろう。
「そろそろラストスパートだね、悔いのないようにいくよ、マリ!」
きた!
まずは盾投げで私を牽制、回避しても油断しちゃダメだ。沙耶はそこを狙ってくる。
エアリアルアローを発動しつつ上に逃げようか……いや、一度見せた技だし沙耶もそこを狙ってくるかもしれない。
逃げずに真正面からの受け止めよう。沙耶の気持ちを受け止めてきたように。
「噛み砕け!【シャークバイト】」
「撃ち抜け!【サイレントアロー・零式】」
真正面からぶつかったお互いが持つ最大火力のスキルで両者のHPは一気に減る。
距離が縮まったことにより、私は武器を大鎌に可変させて沙耶と撃ち合う。
お互いのHPは残り一撃で倒せるギリギリのラインだ。
「マリ! これで終わり!」
「負けないよ、沙耶!」
最後の一撃の直前、私は沙耶との距離をほんの少しだけ空ける。
沙耶は片手剣、私は大鎌。そう、リーチの差だ。
私の大鎌は沙耶の片手剣よりリーチが長く、片手剣よりも遠い位置の敵にも攻撃が届く。
それが私が最後に描いたシナリオだった。
『…………決ッ着! ランキング1位のマリ・トリデンテ、王座防衛……ならず! 鮮やかな剣投げでフィニッシュ、優勝はサーヤ・トリデンテに決まったぁぁ!!』
◇
「あー、失敗した。沙耶にはコレがあるんだった~」
最後は狙い通りに距離を空け、実際に沙耶の攻撃は私に届かない間合いだったのだ。
しかし攻撃が届かないことを察していた沙耶が咄嗟に選んだのは剣を投げること。
その剣は私の大鎌が沙耶に届くよりも早く私の胸に突き刺さり、私は刹那の攻防に負けたのだ。
「おめでとう、沙耶」
「ありがとう、マリ」
沙耶に差し伸べられた手を取って私は起き上がる。
「まだまだ沙耶には敵わないや」
「ギリギリだったし、最後はほとんどギャンブルだよ」
「悔しいなあ」
「でも、私は勝てて良かったって思ってる。だってマリを守る盾である私が負けたら格好つかないもん」
「沙耶……えへへ、じゃあ、これからもうんと甘えちゃうからね」
「もちろん、いつでも受け止めてあげる」
そう言って私は沙耶の胸に飛び込み、沙耶は私を抱き締めてくれた。




