蒼海の死神
沙耶視点
準決勝一試合目
キングが敗退した今、優勝候補はクイーンかマリということになっている。
私への評価は地味、退屈など、あまりよろしくない様子。
まぁ、守って守ってカウンターで進めていくしかないので闘技場映えはしない。その意見はごもっともだ。
「よろしくね、サーヤちゃん」
「よろしくお願いします、クイーン」
闘技場のリングに立ち、クイーンと向き合って対峙する。
観客は今日も満員。キングが敗退したことにより新しい王者が生まれるのは確定なので、盛り上がりは最高潮だ。
「防御が高いサーヤちゃんが相手ともなると、今日は長丁場になりそうね」
クイーンの試合は基本的に短期戦。
リンとの試合をはじめ、過去の試合もほとんどを1分以内に終わらせている。
「心配しなくても短期決戦になりますよ、クイーン」
「あら、降参でもしてくれる?」
スクリーンにはお互いのステータスが映し出されている。
クイーンはリンと対戦した時のデータとは大差がない……しかし、私はそうじゃなかった。
ランキング2位
【クイーン】Lv75
HP 5150
MP 541
攻撃力 318
防御力 225
魔攻力 119
魔防御 452
素早さ 877
ランキング12位
【サーヤ・トリデンテ】Lv75
HP 6000
MP 480
攻撃力 750
防御力 300
魔攻力 120
魔防御 270
素早さ 480
「驚いた……サーヤちゃん、あなた防御を捨てたの?」
普段ならば私は防御700超えの数値を保っているが、今日の私の装備は攻撃を重視した物になっている。
そう、結局私はスキルもリセットし、装備も見直した。
もちろんレア装備であるダイヤモンドシールド等はそのまま使うつもりだが、鎧や兜はガチガチに固めていた重装備から動きやすさを重視した軽装備へ、武器は防御を上昇させる効果のあった物から攻撃的な物へ。
そしてスキルも防御系スキルから攻撃的なスキルへと振り直した。
「ふーん、武器の種類は片手剣のままなのね」
「ええ、片手剣は盾とセットで使う事が多いから防御重視のステータスの物がほとんどだけど、攻撃的な片手剣がないわけじゃない。今までも片手剣を集めていたから所持している武器の中から一番火力の高い物を選んだら片手剣になったってわけですよ。別にこだわりがあるわけじゃないです」
クイーンはあまり納得していない様子で、腰に手をあてて不満気な顔をする。
「うーん……サーヤちゃん、私は今までも色んな人を見てきたからわかるけど、自分を見失った者は負けるよ。積み重ねがないスタイルなんて怖くも何もない」
「では、あのままのスタイルなら私に勝機があったと思いますか」
私の防御系スタイルは、あくまでもPT用のスタイル。
Ptメンバーを守るスキルを多く習得していた私にとって、ソロで戦う時には役に立たないスキルは多かった。
「振り直したことを非難しているわけじゃないわ。防御を捨てた事を言っているのよ」
「ああ、そういうことですか」
防御系のスキルにはもちろん自身の防御力を上昇させたり回復させるソロで役に立つスキルも存在する。
振り直すにしても、それらのスキルを取って慣れ親しんだ防御スタイルで挑むべきだった、と言いたいのだろう。
そうこうしているうちに試合開始の時間になり、スキュラ氏によるカウントダウンが始まった。
『さぁ、大会も残すは3試合のみ! ファイナリストは悲願の優勝を目指すクイーンか、Nos.1がNo.1向けてに駆け上がるのか! 試合、開始!』
◇
「加速しろ!【疾風迅雷】」
クイーンは開始直後にNos.3【疾風迅雷】を発動する。
これは予想通りだ。今までの試合でも例外なく開幕に疾風迅雷を発動している。
ならば、防御型の私は疾風迅雷の効果が切れるまで粘って反撃すべきか、と考えてみた。
過去のクイーンの動画を見る限り、疾風迅雷の効果は5分以上続く事が判明している。
私と同じく防御型のスタイルの挑戦者が耐えに耐えたが、結局は疾風迅雷の効果は切れずにクイーンが圧倒したまま沈んだ。
唯一クイーンに黒星をつけているキングのように、常時発動型の防御スキルが必要だ。それも圧倒的な効果である【金剛不壊】のおかげだろう。
私の【アイギス】は瞬間的な防御スキルなので厳しい。
ならば、リンのようにスピード勝負はどうだろうか。
クイーンのスピードについていくには、こちらもスピード型のNos.を用意しないと無理だろう。つまり論外。
では、マリのようなテクニカルなスタイルはどうだろうか。
クラフトを起点にしてクイーンの動きを制限する……やってみる価値はあるかもしれない。
けど、どうやって? マリと相談しようかと思ったけど、やめた。
決勝で戦うかもしれないマリの力を借りすぎるのは違う気がしたからだ。マリもそれを理解して、お互い決勝で戦おうねって言ってくれた。
クラフトを駆使して戦うのならマリのように瞬時に対応出来る判断能力と発想が必要なので、とりあえず保留。
そして残った攻撃スタイルに行き着いた。
「いきますよ、クイーン!」
私は片手剣【シャーク・オブ・オーシャン】を構える。
シャーク・オブ・オーシャンはバブルハンマーからドロップした素材を元に作った片手剣。
透き通る海のような鮮やかな蒼い刀身が特徴だ。
100匹近くのバブルハンマーを討伐したので素材は有り余っているが、今まで私がシャーク・オブ・オーシャンを使わなかったのは、この剣を装備すると攻撃を飛躍的に上昇させる代わりに防御が下がるからだ。
今までの盾役に徹していた私にとっては必要のない剣だった。だが、今の私にとってはこれ以上ないくらい最適な剣であろう。
私は猛スピードで突進してきたクイーンの攻撃をダイヤモンドシールドで弾くと、ヒット&アウェイで後退していくクイーン目掛けて瞬時に剣を突き出す。しかしクイーンのスピードに追い付けずにミス。
ちなみに盾で攻撃を弾いても、衝撃で小さなダメージは私に通る。
これを繰り返されるとジワジワとHPを削られていく。
私の攻撃を回避したクイーンは再び猛スピードで接近してくる。
攻撃を盾で弾くまでは先程とおなじ、しかし、今度は弾くと同時に早いタイミングで剣を突き出す。
そして今度はその剣がわずかに届き、クイーンにダメージを与えた。
サーヤの攻撃 → クイーンに 188 のダメージ
「やるわね、たった2回で私に攻撃をヒットさせるなんて。それに攻撃スタイルになっても盾の扱いは相変わらず上手い……か。なら!」
クイーンは手にしてる長身の刀を両手で持ち、刃を寝かせた状態のまま頭の上で構える。
「壱之太刀・烈風!」
クイーンとの距離は十分にあったが、そのスキルの発動と共に一直線で風の刃が私の元へ瞬間的に襲いかかる。
しかし、私は発動の0.5秒前には回避行動を取り、クイーンによるスキル攻撃を回避することに成功した。
「へぇ……よく研究してる」
発動してからでは遅い。
クイーンのモーションを見て、何を発動してくるか予想しながら回避行動を取らなくてはならない。
クイーンの動作を頭に叩き込んで、全部記憶しなければならない。
そして、次の動作は刀を鞘に納めて抜刀の構えを取る。
抜刀術、または居合いとも言う技だ。
「弐之太刀・流水!」
腰を落とし、目にも留まらぬ速さで距離を詰められ、抜刀した刀の剣筋に水しぶきのようなエフェクト。
回避したつもりだったが、思ったよりも範囲が広く被弾する。
更にクイーンは畳み掛け、防御が追い付かない程の速さで攻撃を繰り出す。
炎を纏って一刀する【参之太刀・焔】
攻撃と共に雷が降り注ぎ回避を許さない【肆之太刀・雷鳴】
夜空に浮かぶ月のエフェクトに合わせて、下から真っ二つに斬り上げる【伍之太刀・月光】
その全てが被弾してHPは3割程度まで削られた。
「サーヤちゃん、アナタやっぱり防御スタイルにしたほうが良かったわね。受け身が染み付いてるもの」
別に受け身になっていたわけではない。
反撃しようとしてもクイーンの動きが速すぎて攻撃が当たらなかっただけだ。
「でも、まぁ、確かに受けすぎたかもしれないですね」
NWを始めてから、もうすぐ5ヶ月かな、その間に染み付いたプレースタイルはやはり簡単に抜けきる物ではない。
だが、もっと長い目で見れば、私の中に積み重なっている物はたくさんあるんだ。
「試合時間は1分か。いつも通りに早期決着…かな」
クイーンは刀を自分の体の前で構え、目を瞑る。
このモーションから繰り出されるのは、おそらく【明鏡止水】
刀のスキルでは最上位の火力を持つ一撃必殺のフィニッシュブロー。
静の動作から瞬時に距離を詰めて一閃する、そのスキルが私に襲いかかる……が、私とて無策でここにいるわけじゃない。
「【縮地】!」
私は縮地を発動する。しかし、これは回避しようと距離を取るために発動したわけではない。
距離を詰めて攻撃を仕掛けるための策だ。
「【キリングステップ】!」
クイーンも猛スピードで突進し、私も縮地で一気に距離を詰めるので、一瞬でクイーンが目の前まで急接近してきた。
私はキリングステップで舞うようにクイーンの攻撃を回避して剣を振り回す。
クイーンのお株を奪うように攻撃と回避を同時にやってのけた私は無傷でクイーンのHPゲージを減らした。
「明鏡止水が……かわされた?」
「クイーン、私は確かにNWでは防御スタイルを貫いてきた。けど、私が積み重ねてきた経験はNWだけじゃない」
「じゃあ、まさか……」
「半年前までプレイしていたVRMMOでの私の通り名は蒼海の死神。超攻撃スタイルのPKだよ」




