お泊まり
沙耶の家を出て、同じ傘に入りながら体を寄せあって私の家までの道を歩く……のだが。
「ご、豪雨すぎる」
相合い傘で恋人気分を味わおうと意気揚々と出てきたのはいいが、風も強く、吹き付けるような雨が横から直撃し、それどころではない。
「レインコートが正解だったか……」
「相合いガッパ?」
「それは大きいゴミ袋でも被らないと実現出来ないね」
「ゴミ袋じゃムードも何もないね」
とはいえ、今の状況もムードなんてない。
なんとかカバンの中身を濡らさないように庇いながら、駆け足で私の家に向かう。
幸い、沙耶の家から私の家までの距離は500メートル程なので、風で傘が壊れる前に到達出来た。
とはいえ、私達の体は横から吹き付ける雨のせいで大惨事なのだが。
「うわぁ、びしょ濡れ~。沙耶、ちょっと待っててね」
「あ、うん」
服からピチャピチャと滴る水で床が濡れてしまうので、まずはタオルを用意したい。
「雪ちゃ~ん! いる~?」
私は玄関に立ったまま、二階に向けて大きな声で呼び掛ける。
「ん~? な~に~」
用件を伝えてないので降りて来る気配はないが、どうやら既に帰宅しているらしい。
「濡れちゃったからタオルお願~い! 二枚ね」
返事はないが、上の階からバタバタと音がするので、おそらく持ってきてくれるのだろう。
しばらくすると、階段を降りる音がして雪ちゃんが顔を出す。
「はい、これでい……いィ!?」
私にタオルを渡そうとした雪ちゃんは、右手を前に出した状態のまま固まってしまう。
その視線の先には学園の姫である沙耶。私にとっては当たり前の光景だけど、雪ちゃんにとっては見慣れぬ光景なのだ。
「はじめまして、マリの妹さん?」
固まっている雪ちゃんに向けて笑顔で挨拶をする沙耶。それに対して雪ちゃんは慌てて反応する。
「はっ…初めまして!! 神崎雪子です!! お目にかかれて光栄でございます」
なんだ、その喋り方は。
「ふふ、そんなに畏まらないで。もっと気楽に話してよ」
「滅相もございません! あぁ、こんなにお濡れに……お労しい」
人気者とはいえ、同学年の私達は気軽に話せるが、一年生の雪ちゃん達は沙耶に会う機会も少ないから雲の上の存在になっているらしい。まるで一国の姫と面会するかのような態度をとっている。
それにしたって、ちょっと大袈裟だ。
「御姉様にも、はい、タオル」
「雪ちゃん、気持ち悪いからやめて、その話し方」
「ぶー」
頬を膨らませて不服そうな顔をする雪ちゃん。
お見合いじゃないんだし、わざわざ猫被る必要ないでしょ! と雪ちゃんを一喝すると、渋々話し方を元に戻した。
いくら沙耶が有名だからって姫に仕える家来のような話し方は違和感ありすぎる。
「そのままじゃ風邪ひいちゃうね。私が入ろうと思ってお風呂沸かしてあるから入ってよ」
雪ちゃんは外出から戻ると即お風呂に入るタイプの人で、私達が帰宅した頃合いで丁度お風呂が沸いていた。
「ありがとう、雪ちゃん。いこ、沙耶」
「うん。ありがとうね、雪子ちゃん」
「あ、はい……え、お姉ちゃん達、一緒に入るの?」
雪ちゃんの言葉を聞いてから、しまった、と後悔する。
ごく自然に、当たり前のように一緒に入ろうとしたが、普通は別々に入るのか、と。
「待ってる間に風邪ひいちゃうかもしれないからね。あ、そうだ。雪子ちゃんも一緒に入る?」
「い、いえ! さすがに三人は無理なので、またの機会に」
そんな機会あっても入らせませんけど! と、心の中でツッコミを入れ、沙耶が上手く誤魔化してくれたことに感謝する。
制服の洗濯はデリケートな物らしく、自分で洗濯せずにお母さんに任せる事にして、とりあえずはハンガーにかけて乾かすことに。その他の衣類は洗濯機に入れて回すことにした。
「ふぁ、温かい!気持ち良い! 雨に濡れた甲斐があったね。沙耶」
「そんな甲斐ないってば」
雨で冷えた身体に温かいお湯が染み渡る。
入浴剤を入れてあるので、程よい甘さのアロマティックハーブの香りが私達を包み込み、あまりの心地よさに眠ってしまいそうになる程だ。
私は沙耶の肩に頬を乗せて、幸せな一時を堪能する。
「あ、沙耶。お風呂といえばだけど、闘技場の優勝商品、忘れてないよね?」
「もちろん! マグマストーンだよね」
マグマストーンとは、村に温泉を作る際に必須になるクラフト素材で、かなりのレアアイテムだ。
温泉が存在する村は全世界に3箇所のみといえば、その稀少さがわかる。
修学旅行の時にも『いつかトリデンテにも温泉を作りたい』と言ったが、あまりにもレアなので希望は薄いかなと思った。
だが、そのチャンスが今、目の前まで来ているのだ。
本来、キングを倒した時点で私達トリデンテの当初の目標は達成したと言える。
キングは沙耶との対戦を熱望し『闘技場に参加しないならば闘技場に攻めて来るかも』なんて脅しまでかけられたが、私がキングを倒し満足させたことにより、その可能性はなくなった。
そもそもキングがトリデンテに攻め込むというのは本当だったのかすら怪しい。
対戦して、話してみて分かった。キングの言葉は過激だが、それは闘技場を好きだからこその言葉だった。
闘技場と無縁の小さな村をわざわざ襲うとは考えにくい。
クイーンも、キングがあんなに素直に負けを認めるのは意外だったと驚いていた。 そもそも私達にキングのぶっ飛んだイメージを植え付けたのはクイーンなのだが……。
「沙耶、次はクイーンだね」
「うん。いままでは組み合わせに恵まれたって言ったら相手に失礼かもしれないけど、クイーンは格が違う。正直対策がないと厳しい」
「対策かぁ」
沙耶のNos.は相手の攻撃を無効化する【アイギス】
加えてダイヤモンドシールド等の防御特化の装備で固めたスタイル。
クイーンのNos.はスピードを飛躍的に上昇させる【疾風迅雷】
私が使う【縮地】は瞬間的な速さだが、【疾風迅雷】は発動中、常に高速で動けるので攻撃をヒットさせるのが難しい。
加えてクイーンの武器は刀などの攻撃的な武器を採用し、ヒット&アウェイでジワジワ削っていくスタイルだ。
「何か案はあるの?」
「ん~、スキルリセットかな」
「えええ!?」
スキルリセットは今まで振り分けたスキルをリセットして一から振り直しをする救済システム。
例えば、魔法をメインに上げてきたけど近接メインに転向したい! といった時に実行する。
今まで振り分けた分のスキルポイントが返ってくるので、デメリットはない。しかし、いつでも何回でも振り直せるわけではなく、当然制限は存在する。
一度振り直しを行うと、次の振り直しまでは30日の間を空けないと再度振り直しを行えない、という事だ。
「ここへ来てスタイルを変えるのはリスク高くない?」
「うーん……けど、今のままでも勝てる気はしないな」
スタイルは変更すること事態には問題はない。
だが、慣れ親しんだ戦闘スタイルから不馴れなスタイルに移行すれば、様々な変化に戸惑って、力を100%発揮出来るまでには時間が掛かるはずだ。
「とりあえず後で少しクイーンの研究しようよ」
闘技場に参加した理由は、あくまでもキングとの対戦だったので、あまりクイーンの対策をとれていないのが現状だ。
クイーンと沙耶の対戦は明日の夜に行われるので、まだ研究する時間はあるだろう。
「オッケー! でも、研究に没頭しすぎないようにしよう。せっかくマリの家に泊まりに来たんだから」
◇
お風呂からあがり、一先ず私の部屋に。
「へー、すっきりしてて綺麗だね」
「そうかな? えへへ」
私の部屋は机などの家具は黒や灰色が多めで、女の子らしいかと言われるとそうでもない。
最近はオシャレなどにも気を使うようになってきたので明るい色の部屋に模様替えしたいとも思うが、家具の買い替えなどはそう易々と出来るものでもない。
何よりも今現在仕様している家具にも少なからず愛着があるので無理に買い替える必要もないかな、なんて。
そんなことを考えていると、沙耶が体勢を低くしてベッドの下を覗いている。
「ないよ、あるわけないでしょ」
「ないか」
会長の部屋には何故かあったが、普通は雑誌をベッドの下に隠す人なんていないだろう。
「何かないの? 見られたらマズイもの」
期待する気持ちもわかるが、そんな物があっても言うわけがない。
そもそも女の子が女の子に見られたらマズイ物なんてあるだろうか。
エッチな本なんて所持してる人はいないだろうし、下着を見られても困るわけでもないし、アニメやゲームは隠す程の趣味ではない。
「具体的には?」
「ポエム帳」
「ないよ。ポエムなんて書くわけないでしょ」
「沙耶しか愛せない、は?」
「やーめーてー!」
思い返せば沙耶に対する言葉の数々はポエムになるのかもしれないけど、本人がそれを蒸し返すとは、意地が悪い。
「そんなことより、クイーンの対策練ろうよ」
「えー、もう? もう少しくつろぎたいなぁ。あ、そうだ。さっきの続き、しよ?」
「え、さっきの続きというと……」
「わかるでしょ? 家で、って言ったのはマリなんだし」
沙耶はそう言って私の肩に手を添えて、そのままベッドに押し倒す。そして私に覆い被さるような体勢になり、顔を近付けてきた。
こんな体勢でされるのって初めて。
今日の沙耶は、いつにも増して積極的だ。
恋人と自室にいるという状況が影響しているのだろうか、私もドキドキが最高潮になり、心臓が激しく鼓動して体温が上昇する。
目を閉じて沙耶を受け入れる体勢に入った―――
「お姉ちゃ~ん!」
瞬間、階段を上りながら私を呼ぶ雪ちゃんの声が響く。
その声を聞いた私と沙耶は、物凄い速さでバッとお互いに距離を取り平然を装おうとするも逆効果だったようで、ドタバタしたことで結構な物音をたててしまう。
物音に驚いた雪ちゃんは『何かあったの? 大丈夫!?』とドアを開けて入ってきたのだ。
「ななななにもないよ雪ちゃん」
「……お姉ちゃん、何慌ててるの。やらしーことでもしてた?」
前にもこんな事があった気がする。
しかし、やらしーかどうかはともかく、今回は実際それに近い事をしていたわけで。
「確かに鋭い」
「さーやー!!」
余計な事を言わないで! と沙耶を黙らせ、ちょっとふざけてただけだよ。と雪ちゃんを誤魔化して、事なきを得た。
いや、雪ちゃんの事だから実際には勘づいている可能性もなきにしもあらず。まぁ、NWの事も黙っててくれたし、雪ちゃんになら万が一バレても大丈夫か。
「それで、何用?」
「ご飯どうするのかなって、ママはまだ帰ってこないし、私が作ろうか?」
「あー! それなら私が作る事になってるの! 沙耶に手料理振る舞うから!」
お母さんの帰りが遅くなる事が多い神崎家では雪ちゃんと私が夕飯を作る事が日常茶飯事だが、私の料理の腕は雪ちゃんに劣る。
だから客人に対して、より良い物をと申し出てくれたのかもしれないが、私がそれを許さなかった。
「な、なんか婚約者を連れてきた娘みたいに張り切ってるね。お姉ちゃん」
そんな経験したことないでしょう。と心の中でツッコミを入れるが、実際には似たよう状況なわけで。
「雪ちゃん、鋭い」
「ちょっと、マリ!」
マリまで納得してどうするの! と沙耶に呆れられ『前に手料理を振る舞ってくれるって約束したから御馳走になりにきたの』と雪ちゃんを誤魔化して事なきを得た。
まぁ、実際に約束していたわけだし嘘ではない。
沙耶が覚えてたいたように、もちろん私だって覚えてる。
「確かシーフードカレー、だったよね」
「そう!」
トリデンテキャベツを栽培し【トリデンテ風 潮風の野菜炒め】が完成した時、現実でも手料理を振る舞うと沙耶と会長に約束したのだ。
今日は会長がいないので、とりあえず沙耶にリクエストされたシーフードカレーを作る事に。
まずは鍋にオリーブオイルを入れ、スライスしたタマネギを弱火で炒める。
鍋でタマネギを炒めてる間に、あらかじめカットされているイカ、ホタテ、エビをフライパンで炒める。
炒めていたタマネギが柔らかくなってきたところでシーフードを鍋に投入する。そこにローリエを1枚入れ、水を入れて中火で少し煮込む。
ローリエとは煮込み料理には欠かせないゲッケイジュの葉を乾燥させた香辛料。。
もっとも見た目はそこらに落ちている枯れ葉と大差がないので使う事に抵抗がある人もいるとかいないとか。
煮詰まってきたらカレーのルーを入れ、かき混ぜながら更にカレー粉も使い風味を出し、シーフードカレーを完成させた。
「じゃ~ん! 出来たよ、沙耶」
「お~! 本格的」
そして、カレーが出来上がったタイミングで丁度お母さんが帰ってきた。
お母さんに沙耶を紹介し、家族三人+沙耶で夕飯を食べることに。
「ん~、美味しい! マリってば謙遜してたけど料理上手いじゃない」
「えへへ、今日はいつもより頑張ったから」
「マリをお嫁にもらう人は羨ましいなぁ、私がもらいたいくらい」
「え、あはは……やだなぁ、沙耶ってば」
沙耶ってば、隠すとか言っておきながら際どいラインを攻めすぎでは?
だが、冗談を装いながら反応を見るのは良い作戦かもしれない。
対してお母さんの反応はというと。
「あらあら、でも沙耶ちゃんみたいな子になら安心して茉莉ちゃんを任せられるわね」
おぉ、好感触!
沙耶は礼儀正しく振る舞い、初対面のお母さんや雪ちゃんの質問などにもしっかりと迷いなく対応し、時折冗談を交えながら笑顔も絶やさない。
これが学園の姫たる所以なんだなと改めて感じる。
TVをつけると、相変わらず異常気象は続いているようで、イギリス南部で激しい雷雨が発生し、4時間で15000回の落雷が確認されるなどのニュースが放送されている。
そして今現在、私達の住む地域も激しい雷雨が発生しているのだ。
「停電しないといいけれど……」
お母さんは心配そうに天井の電気を眺める。
ちなみにNW専用VRは停電時にもサーバーへアクセス出来るよう、通常の電源に加えて予備バッテリーも搭載し、停電時の通信手段も確保出来るようになっている。
普段ならば台風のような激しい雷雨は学校が休みになるかもしれないという期待感などが相まってワクワクするのだが、NW社の会見を見た後の今はとてもそんな気分になれない。
◇
私が食器を洗っていると、沙耶が後片付け手伝うよ、と申し出てくれたが「姫先輩は客人なんだからそんなことしなくていいですよ!」と雪ちゃんに捕まり様々な質問責めにあっている。
「姫先輩、恋人はいますか!?」
「恋人? うん、いるよ」
「お…おぉぉ! やっぱり姫先輩くらいにもなると当然いるんですね! どんな人なんですか?」
「可愛くて守ってあげたくなる感じだけど、いざというときは頼りになる素敵な人だよ。何よりも一緒にいると心地良い」
洗い物をしながら耳を傾けていたが、どうにもむず痒い。
「沙耶! 洗い物を終わったから、私の部屋いこ!」
沙耶の言葉が嬉しくてニヤニヤとだらしのない顔になっていたが、なんとか引き締め直して沙耶に言う。
「え~、もっと姫先輩と話したかったなぁ」
「ふふ、学校でも話しかけてくれれば、いつでも時間取るから、また今度ね」
◇
「沙耶、攻めすぎ」
「ごめんごめん。でも疑われなかったでしょ」
確かに、下手に隠そうとするよりも上手くいっていた気がする。
こういう事って隠そうとするとバレやすいけど、ある程度真実を織り交ぜてアレンジすることで、より現実味が増してボロが出る可能性が激減されるのだ。
ただ、代わりといってはなんだが、沙耶の恋人についてはアレコレ妄想や憶測が飛び交うのかもしれない。
その後はクイーンの対策を練りながら時間を過ごし、日付も変わるかという時間になり、今日はもう寝ることにした。
「沙耶、どっちで寝る?」
「ん、じゃあ手前で」
手前? 手前とはなんだろう?
私は床の布団で寝るか、ベッドで寝るか聞いたのだが。
「手前か奥じゃなくて?」
「ああ、そういう……シングルだから狭いけど、いい?」
「落ちないようにしないとね」
それは沙耶と思いっきり寄り添って寝るという事で、もしも家族に見られたらどうなるのか、という不安はある。
まぁ、客人のいる部屋にノックもなしに入ってくる事はないだろうけど、さっきの雪ちゃんみたいなケースもあるのだ。
電気を消して布団に入ると、雨の音がより大きく聞こえる。
一人の夜だと少し不安になるのだが、今は沙耶が目の前にいるので安心感に包まれる。
例え世界が終わろうとも、沙耶と一緒ならなんとかなる。そんな事を考えながら眠りについた。




