準備
大会二日目
先日の戦いでNos.を手にした私は、続く二回戦でNos.25の【大食い】ジェイミーに勝利。
【大食い】はアイテムを使えば使う程ランダムでステータスがアップしていくスキル。
もちろんアイテムを使う時に硬直時間が発生するので、相手はスタン効果のあるスキルを織り交ぜる戦法をとってきたが、私もいつものようにクラフトの防壁でスタン攻撃を防ぎ対応し、有利に試合を進めて危なげなく勝利。
沙耶も無事に突破し、トリデンテの二人はベスト4に駒を進めることが出来た。
◇
「沙耶、本当に今日泊まるの?」
翌日、学校の帰り道、並んで歩きながら隣の沙耶に質問した。
「ダメなら今度でもいいけど」
ダメ…というわけではない。
明日は休みだし、ロクに友達を家に招かない私が沙耶を連れてきたら、お母さんだって喜ぶだろう。
「ん、ん~……家族になんて説明しよう」
「説明? 普通に泊まるじゃダメなの?」
「それはそれでいいけど、ほら、私達の関係」
「それは説明しなくてもいいって!」
「そ、そう? まぁ、確かに『恋人が出来ました』なんて紹介して、それが女の子だったら、お母さん倒れちゃうかも」
「別に隠したいわけじゃないけど、理解を得られるか分からないうちは言わなくても、ね」
ウインクしながら沙耶が言う。
トリデンテの住人は私達の関係をすんなり受け入れているが、相手が実の親ともなるとデリケートな問題なので躊躇してしまう。
「じゃあ、とりあえずは親友って紹介するね。ちなみに、うちの家族は勘が鋭いから隠してもバレるかも」
雪ちゃんは私の記憶障害をあっさりと見破り、お母さんは私がNWをプレイしていることを知っていた。
正直、隠し事をするには厄介な相手だ。
「へー……それは楽しみ」
「楽しみって……」
「隠し事ってワクワクしない?」
「え~? 浮気とかしないでよね」
「あのねぇ……」
「いや、だって沙耶ってモテるし……」
モテる男は90%浮気するというデータを過去に見た気がする。
芸能ニュースも浮気や不倫ネタで溢れてるので、あながち間違いでもないかもしれない。
そもそも沙耶はモテる男ではなく、モテる女だから当てはまるのか分からないが。
「そういうマリだって告白されてたじゃない。双海ちゃんに」
「……え、修学旅行の飛行機の……? 沙耶、寝てたんじゃ……」
「私は沙耶しか愛せない、だっけ?」
「ちょ――――! 恥ずかしいからやめて~~!!」
私は顔を真っ赤にし、慌てて沙耶の口を塞ぐ。
心の底から思った言葉だが、思い返すとさすがに恥ずかしい。
ましてや聞かれてると思わずに言ったのだから。
お母さんと雪ちゃんに加えて沙耶までもが隠し事を見破ってくるなんて。
「もーー!! 沙耶、人が悪い! 盗み聞きなんて!」
「いや、いくら小声でも席が前なら聞こえてくるって。それに、嬉しかったよ」
嬉しかったよ、と言うと同時に今度は沙耶が私の口を塞ぐ。
手で塞いだ私とは違い、唇で塞ぐところが沙耶らしい。
周りは木々に覆われて人通りは少ない道だが、こんな場所でしてくるとは思わなかった。
さっき言っていた隠し事、いわゆるスリルを楽しんでいるのかもしれない。
「沙耶、誰かに見られちゃう」
「誰も来ないよ、こんなところ」
木々が生い茂って薄暗い場所ではあるが、森の中にいるわけではない。歴とした通学路なのだから、少ないとはいえ人は通る。
「もう! せめて家でしようよ」
「ごめんごめん。マリの言葉を思い出したら昂っちゃった」
「変な言い回ししないで! とにかく、今日泊まるって事ね」
私はスマホを取り出してメッセージアプリの神崎家グループに連絡を入れる。
『今度友達が泊まりに来るかも』とは伝えてあったが、昨日の今日で来るなんて思わなかったので私は焦るが、お母さんは快く承諾してくれた。
雪ちゃんは『誰? 誰? もしかして彼氏!?』と興奮している。あながち間違いでもないが、あえてスルーして誰が来るかは秘密にしておいた。
◇
一度沙耶の家に寄り、着替え等を手にしてから私の家に向かう事にした。
沙耶の家は想像通りの立派な家で、一階には車を駐車する車庫のようなスペースがあり、その横には玄関がある。
玄関から家に上がり、二階をスルーして、そのまま沙耶の部屋がある三階へと上がった。
三階には沙耶の部屋に加え、一つの空き部屋と、下の階の屋根を利用した広いルーフバルコニーがある。
ルーフバルコニーにはテーブルとイスを設置してお洒落なカフェテリアのような雰囲気だ。
「うわぁ、雰囲気いいなぁ」
私の視線は、そのバルコニーに釘付けになった。
「ふふ、お気に入りの場所なの。今度うちに泊まりに来た時はじっくり堪能してよ」
「お、おぉ……」
他人の家に泊まりに行くなんて緊張でどうにかなってしまいそうだが、あまりにも素敵な家なので少し楽しみになってきた。
一階の車庫の裏には中庭があり、三階の窓からも見下ろせる形になっている。
「姫宮家は富豪か」
「まぁ、子役やってた頃の遺産みたいなもんだよ。家だけは立派だけど、その他は至って普通」
「えー、でも、お姉さんが海外に留学してるんでしょ? …あれ? じゃあ、この家って今は沙耶と沙耶のお母さんの二人暮らし?」
事情は聞いてないが、確か沙耶の家族は母、姉、沙耶の三人家族だったと記憶している。
修学旅行の時に沙耶が口走ったので間違いない。
「あれ? 話したっけ?」
「修学旅行の時に口にしてたよ」
「あー、そうだっけ? マリも人の事を言えないくらい鋭いね。リアル割れした時も私の発言からだし……将来の夢は探偵?」
「探偵って稼げるの? アニメでしか見たことないんだけど……」
「それなりに良い収入らしいけど、マリが探偵になったら美少女探偵とか言われて有名になれるかも! CMとかの依頼もきたり?」
「いや、探偵が有名になっちゃダメなんじゃ……顔が割れてると尾行とか出来ないし」
「それもそうか」
くだらない話に花を咲かせながら、バルコニーを後にして沙耶の部屋に入る。
もう一つの空き部屋は沙耶のお姉さんの物で、お姉さんがいない今は三階が沙耶のスペース、二階が沙耶のお母さんのスペースになっているらしい。
沙耶の部屋には大きなテレビ、その下にはいくつものゲーム機が並んでいて、通話中に目にしていた棚には本やゲームソフトが並んでいる。
「ぬいぐるみとかはないんだね」
「柄じゃないでしょ」
「沙耶は亀のぬいぐるみとか似合いそう」
「亀? なんで?」
「盾=亀」
「安直」
でも、ダイヤモンドも亀からドロップしたって言うし、やっぱり亀は縁起が良いかもしれない。
よし、今度沙耶の誕生日にプレゼントしよう。
「沙耶って誕生日いつなの?」
「7月15日だよ」
「え~!! もう過ぎてる! しかも、その時はもう私と出会ってる! なんで教えてくれなかったの!」
「だって自分から進んで誕生日を伝えるのも押し付けがましいじゃない。ちなみにマリの誕生日は?」
「7月15日だよ」
「同じじゃん! なんで教えてくれなかったのよ!」
「えへへ」
同じ年、同じ日に産まれ、同じ学校に通い、同じゲームで出会い、惹かれ合った。
これがいわゆる運命ってやつなのかもしれない。
「すぐ準備するから適当にくつろいでて」
そう言って沙耶は制服を脱ぎ、私服に着替えていく。
私はテレビの前の机に置いてある雑誌を手に取った。
「ファッション誌かぁ……」
沙耶と出会ってからオシャレをするようになったとはいえ、まだまだニワカ知識しかないので参考になるものがないかとページをめくる。
背の高い美人のモデルが華やかな服を着てポーズを決めている。
元が美人だから、どんな服も良さそうに見えてしまうのはズルいなぁと思うが、沙耶も美人でスタイルも良いから沙耶にとっては参考になるのだろう。
「マリにはこの服が似合うと思う」
着替え終わった沙耶が私の横に座り、私が見ていたページの右上を指差した。
そこには白いワンピースにブラウンのカーディガンとブーツ、頭には可愛らしい帽子を乗せた女性の写真が載っている。
白といえば夏のイメージだが、小物にブラウンを使うことで秋らしさを演出している。
「オ、オシャレすぎる…私なんかに似合う?」
「あどけなさが残るモデルがマリそっくりだし絶対似合う!」
どうやら沙耶は、私にはどれが似合うのか想像しながらファッション誌を読む事が多くなったらしい。
ファッション誌にそんな楽しみ方があったとは、私も今度買って沙耶を想像しながら読んでみようかな。
なんせ私の部屋にあるのはゲームやアニメ雑誌で、女の子らしさからは程遠い物ばかりだ。
「じゃあ、マリの誕生日に、この服を買ってあげよう」
「だから過ぎてるってば!」
それから15分程おしゃべりして、そろそろ私の家に向かおうかという時、窓にポツポツと雨粒が叩きつけられる音に気付いた。
「うわ、雨降ってきちゃった。私、傘持ってきてないよ」
「どうせ一緒に行くんだから貸すよ。あ、それとも相合い傘がいい?」
「おぉ! 思春期学生達の憧れ、相合い傘! それ、イイ!」
何本も傘があるわけでもないので、私の家までは一緒の傘でいく事になった。
それにしても、最近は天気予報が外れる事が多い。
雨だけではない。世界各地で異常気象は起きている。
東京で20日連続で雨が降ったのは記憶に新しいが、その他にも大量の雹が降り注ぎ、雪のように道を埋めつくしたり、頻繁に大きい地震が相次いでいる。
ハワイでは火山が噴火し住宅街が壊滅的被害を受け、アメリカでは突然けたたましい音が鳴り響いたと思ったら体調不良になったりと様々な原因不明の異常な事態がニュースで連日放送されている。
それが世界の終焉の前触れだと予想する人も居れば、何十億という年月を重ねてきた地球の自然現象の一部に過ぎないと言う人もいる。
NW社ならば何かを知っているのかもしれないが、あの会見を信じた者だけがNWに、信じない者は地球に残ればいいというスタイルのままで、終焉に関する詳しい言及は避けている。
「沙耶、家族にNWのキャラ作るように言った?」
「念のためにキャラだけは作ったらって言ってみたけど、笑われて終わりだったよ。マリは?」
「うん。うちは一応キャラだけ作ってもらった。本当に作るだけだから、NWで何かをしたりはしてないけど」
「じゃあ、神崎家はミッションクリアかぁ。いいなぁ」
震災に備えてリュックに懐中電灯や非常食を用意しておくのと同じように、もしもに備えてNWのキャラを作ってもらい、準備だけはしてもらったのだ。
イヴさんの話によるとNWで生きたいという想いも関係しているらしいが、地球に終わりが来たら誰でもNWに逃げたいと思うのではないだろうか。
恐怖心から増大した想いを利用すれば今現在NW移住を信じていない者を土壇場で移住させる事が出来るかもしれない。というのが私の考え。
だからNW専用VRを取り寄せ、キャラを予め作成しとおく行為は大きな希望になる。
もしも終焉が来なければ少しバカにされるだけ。
だが、もしも終焉が来たら準備なしでいることは絶対に後悔する。こんなちょっとした行為でも、やっておく事に意味はあるんだと私は思う。




